ムァナコンボの「嗅ぎ出し」治療

目次

  1. 概要

  2. 日誌より抜粋

  3. 主な参加者

  4. 施術の進行

  5. ドゥルマ語テキスト日本語訳

  6. 考察・コメント

  7. 注釈

概要

チャリは、1989年に施術師NyamawiとMwakaによって、シェラ、ライカ、憑依霊ディゴ人の3人の霊を「外に出し」てもらっている。しかし、病気はますます深刻になり、この「外に出す」施術が失敗していたと考えるにいたった。私が帰国後、別の施術師によって再度同じ憑依霊たちについて「外に出し」てもらうが、チャリの話によると、これも失敗した。そして1991年11月にMwainziとAnzaziの施術師夫妻によって、これら3人の霊に対する三度目の「外に出す」ンゴマを受けた。三度目の正直というか、このンゴマは成功したみたいだった。このンゴマ後の初「嗅ぎ出し」は翌月12月14日の瓢箪子供を差し出すカヤンバのなかで行われた「嗅ぎ出し」だが、大成功のうちに終了。その後「嗅ぎ出し」はチャリの得意分野のひとつになった。

「嗅ぎ出し」は、「外に出す」カヤンバや「瓢箪子供」カヤンバ、「重荷下ろし」など、さまざまなンゴマ(カヤンバ)の構成要素としても組み込まれているが、もちろん単独でもなされる。おそらくそちらのほうが多いだろう。ここでは「嗅ぎ出し」をメインとするカヤンバの中でも、私がわりと真面目に記録しようと頑張ったカヤンバの一例として、1992年の9月にチャリが、自分のかつてのムテジ(muteji[^muteji])であった女性のために実施したものを紹介したい。参加者はほぼ、チャリ夫妻と彼らの施術上の子供(現/過去)および、その親族関係者であるので、内輪のカヤンバと言ってもよいだろう。

この事例では「嗅ぎ出し」のやり方がかなり詳細にわかると同時に、一人の施術師の施術上の子供たちとの関係、子供たちどうしの人間関係などの問題も垣間見える事例となっている。

日誌より抜粋

(from diary of Sept. 26(sat), 1992, kurimaphiri)[^diary]

...9:00チャリが行うkuzuzaを見に出かける。すでに何人かが集まっている。チャリとkayamba[^kayamba]の調達に出かけ、私自身もkayambaを一つ手に入れる。良くできたkayambaで、よく鳴る。12時前にkayamba開始。しかしmuwele[^muwele]のMwanakomboのkuphunga[^kuphunga]が延々続き、なかなかkuzuzaに出発しない。チャリとムリナはkayambaの場に常駐せず、頻繁に小屋に引っ込んで何やらやっている。Mueleは頻繁にgolomokpwa[^golomokpwa]したが、....(浜本注チャリの代わりに)Mwa...ti1がいろいろ世話をやく。....muweleはgolomokpwaするとしばしばkayambaの場を離れて歩き出したり、小屋まで泣きながらチャリやムリナを迎えに行ったりする。 kuzuza自体は16時前に始まる。chiza cha photsi[^chizaphotsi]のところでチャリをkuphunga[^kuphunga]し、川に向かって出発。チャリは直前まで足が腫れて、普通に歩くのも痛そうにしていたのに、いざkuzuzaが始まるといつもの飛び跳ねるような軽やかな歩調で川に向かって走り出す。川のどこに入るのか、行ったり来たりし、一度は入ってもまたすぐに出たりで、ついていくanamadzi[^mwanamadzi]たちもたいへんだ。結局いつものpanga[^panga]のあるところに行き、終了。 今回は小屋の中に入ってからの手続きに重点を置いて写真も撮影。...6時前に皆でチャイとマハムリを食べて終了。160シルの料金は、施術師とanamadziたちで半々に折半する。

主な参加者

  1. 患者(ムウェレ(muwele[^muwele])): Mwanakombo(「ジャコウネコの池」村以来のチャリの施術上の子供であり助手(muteji[^muteji])であったが、その後、疎遠になっていた。

  2. 施術師: Chari wa Malau[^Chari]

  3. 助手その他の参加者: Mwanakomboを「扇ぐ(kuphunga[^kuphunga])」する際に、チャリに代わってムウェレを世話する助手は、「ヒツジの場所」村のMwa..tiさんだった。今回チャリの娘のMuchenzalaも初めて助手として活躍した。カヤンバ奏者や食事の用意は全てチャリの施術上の子供たちとその家族(子供たちとか)が務めた。観客にはそれ以外の地域住民の姿も見られた。

施術の背景

 

施術の進行

(from the fieldnote of Sept.26(Sat), 1992)[^fieldnote] 場所: 「ころがり」村のムリナの屋敷

kuphunga muwele before kuzuza

12:00 kayambaの用意始る muwele[^muwele]、小屋から芋虫行列で連れ出され、席につく
「池」の前に着席するムウェレ。「池」は搗き臼ではなく、大きなプラスチックの洗面器。

12:25 ubani[^ubani]で燻す mafufuto[^fufuto] ga muzukani[^muzuka] で燻す short makokoteri[^makokoteri] 日本語訳(DB 5342) ドゥルマ語テキスト

12:30 kayamba開始 mulungu[^mulungu]4曲 日本語訳(DB 5343-5347) ドゥルマ語テキスト
12:43 チャリ、kuhatsa[^kuhatsa] ←Mwanakomboが憑依状態にならないため Chariの初期のateji[^muteji]たちとの関係と不和について言及 日本語訳(DB 5348-5350) ドゥルマ語テキスト コップの水を口に含んで患者に吹き付ける 続いてMurinaがkuhatsa ムリナ風アラビア語でmakokoteriすると、Mwanakomboぶるぶる震え始める 日本語訳(DB 5351-5352) ドゥルマ語テキスト 12:50 Mwarabu[^mwarabu] 演奏開始 日本語訳(DB 5353) ドゥルマ語テキスト muwele少し震えるが、憑依とはみなされない

12:55 Mwarabu 2曲目 日本語訳(DB 5354) ドゥルマ語テキスト Murina、muweleが踊らないので、kuphendulaを始める 日本語訳(DB 5355) ドゥルマ語テキスト Mwarabu 2曲目再開、 muwele yugolomokpwa2 and start kuvina[^kuvina]. Murina&Chari 小屋の中に入って準備作業しているが、Muwele泣きながら小屋の中に入り、Murina&Chari、Muweleをkayambaの場に連れ戻す。

13:00 jamba 演奏開始。 日本語訳(DB 5356-5358) ドゥルマ語テキスト 2曲目で激しくgolomokpwaし、再び泣きながら小屋の中に。Murina外に連れ出す。 Mwanakombo 激しく踊り、後ろに倒れかかる
13:10 Murina、makokoteriする 日本語訳(DB 5359-5360) ドゥルマ語テキスト 13:15 Chitsimbakazi[^chitsimbakazi] 日本語訳(DB 5361-5364) ドゥルマ語テキスト 13:22 Masai[^masai] 日本語訳(DB 5366-5374) ドゥルマ語テキスト Mwanakombo、golomokpwaし、vuo[^vuo]の水を撒き散らす。 激しく腕を振り回しながら踊る
13:36 Musambala[^musambala] 日本語訳(DB 5375-5379) ドゥルマ語テキスト Jine mwanga[^jine_mwanga] 日本語訳(DB 5380) ドゥルマ語テキスト Mukpwaphi[^mukpwaphi] 日本語訳(DB 5381-5382) ドゥルマ語テキスト 13:48 Gojama[^gojama] 日本語訳(DB 5383-5384) ドゥルマ語テキスト 白い布 Mwanakombo、golomokpwaして泣きながら歩き出す 我が子を追い回し捕まえようとする 子供たち、および子供をおぶった女性たち、あわてて逃げる (Gojamaは子供の血を吸うとされる) Mwanakombo泣きながらムリナに連れ戻される 激しく踊る 全員立ち上がる。女たち踊りまくる。 Mwanakombo、vuoの水を浴びせかけられる。 Mwanakombo、皆にvuoの水をかけて回る この間、チャリは姿を消し、患者の世話をmutejiの女性にまかせっきりだった。

14:10 Ichiliku[^ichiliku] 日本語訳(DB 5385-5387) ドゥルマ語テキスト 14:20 muwele 自分の子供を無理やり捕まえ、裸にしてvuoの水で洗う。 子供おびえて激しく泣く。 一方、ムリナは chiza cha mwalimu dunia3 の用意をしている。 地面に杭を4本打ち、その上に白い磁器の器をのせる。器は水で満たし、中に白いペレメンデ[^peremende]を入れる 世界導師のキザ
灰で作った団子(mikahe ya ivu[^mukahe_ivu])7個用意される。

14:30 kuzuzaする用意がまだ整っていないという

14:35 mudigo[^mudigo] 日本語訳(DB 5388-5390) ドゥルマ語テキスト 14:43 muduruma[^muduruma] 日本語訳(DB 5391-5396) ドゥルマ語テキスト muwele 激しくgolomokpwaし、Chari彼女に対してmakokoteri(only partially audible because of the loud sounds of makayamba) 唱えごと日本語訳(DB 5397-5398) ドゥルマ語テキスト ドゥルマ人の歌続き日本語訳(DB 5399-5401) ドゥルマ語テキスト 終了後の会話日本語訳 ドゥルマ語テキスト

ku-zuza 開始

15:05 チャリ、chiza cha photsi[^chizaphotsi] の前に座り、anamadzi[^mwanamadzi]たちにndonga[^ndonga] (mulunguの)の中身をこすりつけてやる カヤンバ再開 mwanamulungu[^mulungu]の歌 日本語訳(DB 5402) ドゥルマ語テキスト
15:22 laika[^laika] 日本語訳(DB 5403) ドゥルマ語テキスト mwingo[^mwingo]を持って立ち上がる。 chiza cha photsi の中に足をつっこむ 焼けた炭をもってこさせて、それを踏む 小屋の周りを一周し、chizaに戻って、vuoの水をmwingoであたりに撒き散らす 焼けた炭を踏みしだく チャリ、自ら歌を先導し、しきりと大きなため息をつく Hofwi 再び立ち上がり、小屋の周りを時計回りに一周。 Murina、anamadziたちにkufinywa[^kufinya]のndongaの中身を塗ってまわる 喉元と右目の下
15:29 左手にshera[^shera]のndonga4、右手にmwingo sheraのndongaをMek...(one of muteji)に渡し、kufinywaのndongaをもつ ペレメンデ[^peremende]の水を数人の顔に撫でつける

15:31 another song of laika[^laika] (led by Chari) 日本語訳(DB 5404) ドゥルマ語テキスト kuzuza 出発!!

15:59 キラジニ川の淀みに到着
(チャリ、憑依霊ディゴ人の肩掛けをムテジの一人に渡して水の中にじゃぶじゃぶ入っていく) 水中で k'uk'u mweruphe[^kuku] のkutsinza[^kutsinza] laika mwendo[^laika_mwendo] を激しく演奏しつつ 水中から泥、matoro[^toro]、水草の根などを採取し、布に包んでもちかえる 屋敷に向かって出発!!
16:15 屋敷に戻る 小屋の周りを反時計まわりに2回周回し 小屋の中に後ろ向きに入る muweleを寝かせたまま、ndongaで各関節をkubusa[^kubusa] mulunguの布を仰向けに横たわっているmuweleの上に数人でもって広げ、とってきた泥等を入れて、上からバケツの水をかける muweleを座らせて、同様の仕方で、同じく大量の水をかける ムリナ、チャリ、患者の前後に立って、交代で患者の背中側から布をkutimvya[^kutimvya]して風を送る 子供4人を使って、kufinywaのndongaの中の黒いmuhasoをもたせ、muweleの各関節に擦り込ませる Muchenzalaにngataを持たせ、後ろ向きに立たせて、3回患者の名を呼ばせる。 患者が三回目に呼び掛けに応えると、mwana hiyu と言って ngataを患者に渡す。 ngata手渡し日本語訳(DB 5404-5405) ドゥルマ語テキスト

その後、Muchenzala 患者にngataを結んでやる。

16:45 終了 Muchenzala 患者の両手の小指をとって立ち上がらせる。患者、手足を順番に kutsuphaする
17:15 チャイを飲んだ後、k'uk'u mwiru[^kuku] をmuweleの頭にのせてmakokoteri 唱えごと日本語訳(DB 5406-5407) 完全終了

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書き起こしテキストの日本語訳

(各段落の冒頭の数字をクリックすると、対応するドゥルマ語テキストに飛びます)

5342 (小マワヤ、ムウェレに対し乳香を燻しながら唱えごと)

Mwawaya mudide(Ml): キツィンバカジ[^chitsimbakazi]、憑依霊サンバラ人[^musambala]、それからの他、なんとか母さん、彼ら... Mawaya muvyere(Mb): 列挙して、列挙して、すべての憑依霊をさ、おっさん。 Ml: グジャマ[^gojama]、ニャグ[^nyagu]... Woman1(W1): あんたに言っとくけど、ここでのこの難儀。 Woman2(W2): あんたの子供をちょっとあっちに除けてよ。 Ml: なんて憑依霊だっけ、お父さん(父の弟)?一人の憑依霊がいるよね、いろんな場面で優先して彼女の身体の中にいないといけないっていう。 W2: 土をひっかくのはあっちでしてよ、私はこっちの方を向くから。 Woman3(W3): マハムリ(mahamuri[^hamuri])用意するのにこの茣蓙がいるんだけど、人が座ってるのよ。ムボゼ(人名)!そっちの茣蓙をとってきて! W2: この茣蓙、マハムリ用なの? Chari(C): そっちの茣蓙でも寝ないでちょうだい。 Ml: お父さん(父の弟)、もう少し入れてください。 Bekpwekpwe(Bk): どこに入れたらいいんだい? Ml: ここで(ムウェレを)布ですっかり覆ってくださいってば。お父さん(父の兄)の奥さんですよ、この人は、あなた。 (Bk、ムウェレをムルングの布ですっぽり覆い、その中でムズカ(muzuka[^muzuka])から採ってきた塵芥他を燻す。チャリ、ごく短い唱えごと) C: ムズカはこれです。ムズカの塵芥はこれらです。今、もはやムズカはありません、まったくありません5

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


1 「ヒツジの場所」村に住むチャリのムテジ(muteji[^muteji])の一人。
2 「ムウェレは憑依状態になった」
3 世界導師のキザ(chiza[^chiza])
4 シェラの瓢箪と記述しているが、シェラ、ライカ、憑依霊ディゴ人は同じ瓢箪を共有する。
5 カヤンバの前にムズカから採ってきた塵芥でムウェレを燻すことがしばしばある。ムウェレが万一ムズカに「汚れ(nongo[^nongo])」をもっていかれている場合、それでカヤンバがうまくいかないことがある。前もってそれに対策しておくため。