祖父デレ(Dele)に対するサダカ

目次

  1. 概要

    1. サダカの背景(フィールドノートより)

    2. 日誌より

  2. サダカの過程(フィールドノートより)

    1. 出発とサダカ前日

    2. サダカ当日

    3. サダカでの肉の分配

  3. サダカでの祖先への語りかけ(日本語訳)

    1. 墓を耕して除草する際の語りかけ

    2. ヤギを示し、3色の短冊状の布をそれぞれの墓石に巻き付けつつ語る

    3. デレの母の墓に行き、墓石に短冊状の布を結んで語りかけ

    4. デレの妻たちの墓に布片を結びつけて、語りかける

    5. デレの墓の前でヤギを屠る

    6. 調理されたヤギの肉をそれぞれの墓に供える

    7. デレの母ムワカの墓に肉を供え、語りかけ

    8. デレの二人の妻に肉を供え、語りかけ

    9. デレの息子の妻に対する語りかけ

    10. 墓に水を撒きながら祖父デレに対する最後の語りかけ

  4. 考察・コメント

    1. 祖霊とサダカ

    2. チャリ夫婦とデレ

    3. 施術師としての成功と不調・病気の回帰・新たな問題

    4. デレの関与の経緯

  5. 注釈

概要

タンザニアとの国境近く、ルンガルンガ方面への3泊4日の調査旅行を終えて、翌日レンタカーも返し一息ついたと思ったその翌々日に、チャリから1月23日に彼女の祖父デレ(Dele)の祖霊のためのサダカ(sadaka1)を開くことになったので、同行しないかとの誘いがあった。急遽、決まったサダカだった。

サダカ(sadaka, pl.sadaka)とは、スワヒリ語では「喜捨、施し、宗教的捧げ物、供犠」などを意味するが、ドゥルマでは、もっぱら墓場で徹夜の太鼓演奏などの後に、早朝に祖霊に対して行う、動物供犠を伴う饗宴を指す。これによって生者は死者に対して負っていた負債を返し、死者の怒りを鎮め、子孫たちの「つつがなきこと」を願う。この際に祖先に対して供される肉は塩を入れずに別鍋で調理され、子供たちによって墓場で食べ尽くされる。サダカは、すでに「熟した服喪(hanga ivu2)」を終えた祖霊に対してしか行うことはできない。サダカの様子については浜本, 1992,「ドゥルマにおけるコマの観念」『九州人類学会報』Vol.20:30-51も見られたい。

サダカの背景

チャリから聞いたこのサダカの背景は以下の通り (1990/1/20 のフィールドノートより)7

チャリの MF9 Dele は呪医であった。彼はチャリが生まれたときにはすでに他界していたが、チャリの uganga10 はこの祖父の mukoba4を受継いだものであると考えられている。 チャリの病気、彼女に子供が生まれないこと、uganga の仕事がうまく行かないこと、これらの問題を mburuga11 に諮問した結果、彼女の祖父 Dele のせいであることがわかった。1988年のこと(当時、私は日本)。そのときチャリは Dele に雄山羊を一頭供犠することを約束する。チャリの家のDeleの chigongo cha k'oma12に対してkuhatsa14 1989 年 mulamulo120 は再びさまざまなトラブルの原因に tsawe121 Dele を挙げた。 1990/1/20の朝、不吉な事件が起こった。mukoba4に白蟻(lutswa122)がたかったのである。白蟻は地下の生き物で死者と結びつきがある124。こうしてサダカを開いてかねてからの約束を果すことが緊急となった。chigongo cha k'oma12に、次のkurimaphiri127にsadaka1を開くと告げる。

(補注) このフィールドノートの記述には誤解が含まれている。ここでは、1988年にさまざまな不調の原因を占いに諮問した結果、祖父デレのせいだとわかった、と書いているが、サダカでの語りの書き起こしを見ると、祖父デレの怒りは、チャリがムリナと一緒になったことをデレに報告しなかったことをデレが(もちろんはるか昔に亡くなっているのだが)怒ったことに始まったらしい。それはチャリがムリナといっしょになった後、重病にかかったときの話で、その後、さらに癒しの術(uganga)の継承を要求するデレによってその病気が送られてきたのだとされた。そこでヤギの供犠を約束したということらしい。とするとそれは1980年代の初め頃ということになる。約束をほったらかし過ぎだろう、いくらなんでも。事がうまく行っているときは、祖霊との約束は忘れる(後回しにする)の法則。

日誌より

(1990/1/20(Sat, kurimaphiri)の日誌より)128

...Murina&Chari、1月23日にSamburu129のチャリのMBの屋敷でチャリの祖父Dele(ChariのMF)131のsadaka1を開くことになったという。まだ車があると思った模様。またモンバサで借りてこないと。Nyamawi132によるmihi48の正式伝授はかなり先の話になりそう?...

(1990/1/23(Tue, kpwaluka)の日誌より)

9:00出発と聞いていたので、早めにMurina133のところへ行くが、Murinaはヤギを車で運ぶパーミットをサブチーフに取りに行っており、留守。結局出発は13:30になる。またドゥルマさんに騙されたね。まあ、この間、Murinaの兄(Mwachidudu, たまたまMurina宅に来ていた)にku-uruswa134について質問したりしていた。Samburuには15:30頃着。「ジャコウネコの池」からキナンゴ経由マリアカーニ136までの道は、雨でもうぐちゃぐちゃ。ジムニーでよかった。が、マリアカーニからは舗装されたモンバサ街道。サンブルから分かれて少し奥地に入るが、この辺りには雨は降らなかったのか、道はそんなに荒れていない。 Batiの屋敷に到着すると、Bati137はちょうど自分の娘のために瓢箪のmulamulo120をしているところだった。


短い木の棒を図のように瓢箪の穴に入れて、唱えごと。左手に瓢箪を持ち、右手でキティティ(chititi138)を振る。Yes/No で答えられる質問をする。Noの場合は棒は穴の中で振り子のように振動しているが、Yesであれば直立して静止する。施術師によって操作可能なように見える。相談しているのが実の娘なので、操作して恣意的に答えを導いても仕方がないような気もする。

(1990/1/24(Wed, kurimaphiri)の日誌より)

詳しくは、フィールドノート。sadaka1を終えて16:30帰宅。帰途マリアカーニで砂糖を手にいれる。夜3日ぶりに水浴び、洗濯して熟睡。

サダカの実施行程

(1990/1/23~1990/1/24 のフィールドノートより)7

出発とサダカ前日

サダカ当日

sadakaでの肉の分配(Murinaによる)

サダカで供犠された山羊 mbuzi ya k'oma158 は完全に分配しきってしまわねばならない。p'afu159 ya murisa160 (肺は通常 murisa の特権)も無視される。

これに対し通常の肉の分配は以下の通り

  1. p'afu ya murisa: その山羊を世話した(従って所有者)に権利がある。

  2. nyama ya malaga166: 肋骨の部分は figo167, maini168 などと一緒に煮て、長老や客人のみが食べる。

  3. ndei: 袋状の臓器に lwingu169 などを入れて縛り、ソーセージのようにして煮る。これも長老の特権である。

サダカでの祖霊への語りかけ(日本語訳)

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墓を耕して除草する際の語りかけ

1805 (Deleの息子Batiによる、祖霊Deleへの語りかけ)

Bati(故デレの息子 B): さて、あなたお父さん、あなたの母ともども、あなたはそちらにおられる。死んだ者は(後に子孫たちを)残す者です。この者はチャリです。チャリ、あなたが、絶え間なく苦しめている者、はその夫のもとに行きました。彼女もまた癒しの術はあなたが与えた癒しの術です。さて今、私は癒しの術が明るくなる(輝く)よう望みます。癒しの術がますます明るくなり(輝き)ますように。良き施術師とは、収入を得る施術師です。ですが、人は(家に)じっと腰をおろしていて、癒しの術をもっているなどと言えるでしょうか。誰も尋ねてくる者はいないとしたら。ただの人にすぎません。そこにいるだけの。自分の瓢箪といっしょに。 それと黄色アリ(ng'anda125)。それが家の中にいることは、同じように、あなたのせいだと言われています。さて、今は、あれら、あれらの黄色アリがいたのは、一昨日、昨日のこと(過ぎたこと)。今はこうしてこちらに参りました、この者にどうかつつがなさ(uzima170)をお与えください。あなたの孫たち全員に。一人はここにはおりません。その者は、病気だそうです。さて、もしあなたの癒しの術なのでしたら、それが出てまいりますように。人がもし夢を見て、(その夢のなかで)薬(ここでは草木を指す)を求めに行ったとしたら、これはこの病気の(原因があなたの)癒しの術(を継承せよという要求)なのではないでしょうか。

1806

Bati(B): さて、私は全員が涼しい風に打たれるよう願います、どうか彼らを放置して下さい、放置して下さい。彼らがそのように放置していただければ、そうです、彼らはここにやって来てあなたに布(nguo)を持ってきてくれるでしょう。もし彼らをあなたが殺してしまったら?人々がいなくなってしまいます。人々がどの木(墓に立てられている)の前に立つというのでしょうか。ムワカ(デレの娘=チャリの母)の息子ムズングは、もう負けかかっています。息子がいないからです。残っているのは、あちらで(店を)開こうとしている者一人だけ。商売をやろうとしている者、商売がうまくいきますように。彼らはあなた方の子孫たちなのです。あなたムワカの父ともども、皆さん方全員の。あなた方にヤギを持ってまいりました。あなたの子供たち、あなたの子供たちの妻たち、皆さん全員、あなた方は裁きの御前に(mbere za hachi171)、ムルングのもとに、行ってしまわれた方々です。 ああ、疲れた(唱えごとするのに)。 (Chariによる祖父Deleへの語りかけ) Chari(C): あなた、おじいさん、あなた、おじいさん。私はお話しいたします。このような時間にお話することもなかったでしょうに。あなたおじいさん御本人を私は知りません。でもあなたは私をご存知です。私という者は、ムワカ・ワ・デレ(デレの娘であるムワカ)から生まれました。そしてこのデレとは他のどなたでもありません。あなたです。私はあなたにヤギの借りがあります。でも私自身は病気だったのです。

1807

Chari(C): 私が病気であった際に、実は、お前はお前の祖父からヤギを求められているのだと、すでに言われていました。その理由は、お前がいっしょにいるお前の夫のことを、お前の祖父がまったく知らないから、というのです。さて、私どもは病気を治療してもらいました。重ねて治療してもらいました。そしてその病気は、祖先のもっていた癒しの術(k'oma ya uganga172)によるものと判明したのです。その癒しの術は、他の誰のでもありません。あなた、あなたの一族の癒しの術です。私はヤギをたしかに取り置きしました174。ヤギはあなたの娘によってその耳をつかまれさえしました。ムワカ・ワ・デレです。私たちはいっしょにそのヤギを連れて参ろうと考えていたほどです。あなたの娘ムワカも、同じく、神の御前に(mbere za hachi171)行ってしまいました。ヤギは私がもっています。私はヤギとともに暮らしています。私は稼ぎました。ありがたいことに、なにも得られなかったとは申しません。でも、面倒事はたくさん。そして今はというと、先日のこと、私どもは本当に行き詰まってしまいました。家の中に、黄色アリ(ng'anda125)が入り込んだのです。それらがどこからやって来たのか、私にはわかりません。大きな鳥どもが、私のうえに舞い降りたこともありました。占いに行ったところ、私はお前の祖父がしたことだと言われました。こうして今、私はあなたにヤギを持ってまいりました、あなたお祖父様。ですから、私がここを去れば、私が解放され、健康になりますように。

1808

Chari(C): 稼ぎ、収入を手に入れる。ヤギをあなたに持ってきた、このあなたのムラム(ここではムリナ氏のこと、mulamuo177)も、稼ぎ、収入を手に入れますように。だって彼が手に入れた暁には(macheroni)、彼はあなたにもたくさんお与えすることになるのですから。なのに、どうして私たちは驚き戸惑っているのでしょう。病気はまったく後戻りしません。この身体の持ち主である私自身には、妊娠し、腹に胎児がいればわかります。いまごろ、こうして私はやって来るとしたら、臨月間近であったことでしょう。そもそも胎児は腹の中でいなくなってしまったのです。この11月です。子供はすっかり消えてしまい、今や、私にはなんの望みもありません。妊娠は、すっかり影を潜めてしまいました。先日、私は占いに参りました。そして言われるのです。黄色アリ(ng'anda125)はまさにあなただと、妊娠が消えてしまうのも、あなたのせいなのだと。 ねえ、人というものは子供たちによって(がいることで)、置かれる(この世に確かな場所を得る)ものです。さて、あなた、私をこんな状態に置いて、誰が埋葬する者(muziki178)、私たちを埋葬してくれる者になるというのですか?どうでしょう。あなた(の墓)は、私たちがあなたのために耕しています。私たちだって、子供たちが欲しいのです。孫をもちたいのです。なのにどうして、私たちはこんな風に驚き戸惑っているのでしょう。

1809

Chari(C): 私は、私の癒しの術を欲します。私は私の癒しの術を持っていくためにここに参りました。このムコバ(mukoba4)は、あなたの一族のそれにほかなりません。私は、あなたを軽んじてなどおりません。だって、あなたは私の母を産んでくださったのですから。そして死んだ者とは、後に(子孫を)残す者です。ところで、もし彼ら、あなたが残した者たちが死んでしまえば、このお墓を耕して(除草して)くれるのは誰になるでしょう? 今、私が欲しいのは、つつがなきことです。つつがなきこと、私が治りますように、そして稼ぎ、収入を手に入れますように。私が家に着いたら、そう、(癒しの術を求める人々で)賑わっていますように。先日、外に出してもらったシェラたちの癒しの術もあります。でもこの癒しの術(の成果を)未だ目にしておりません。私が見るのは、病気だけ、この先まで続いていく病気だけです。 もしかしたら、あなたはお怒りだったのかもしれません。もしかしたらあなたのヤギ、あなたは嘘を吐かれていて、あなたのこのヤギが持ってこられることなどないだろうと。私はヤギを持って参りました。あなたの妻、カゾ・ワ・マラウともご一緒に、皆さんで、私が健康であるようにと、私を鞭打って下さい。もし私自身が健康になれば、その暁には、あなた方が乞われるものを、あなた方はまたお受け取りになるでしょう。

1810

Chari(C): さて、私が今日、ここ、この場所に参りましたからには、私を娶ったこの者も、私が娶ったのは病気ばかりしている奴(chikongbwe)だと言うこともないでしょう。はい、私は健康が欲しい。私は私の健康を願いに参りました。というのも、あなたはお話しになるときには、コマ・ヤ・キガンガ(k'oma ya chiganga172)を奉じて欲しいとおっしゃいます。私にはあなたに(それを)置いて差し上げる余裕がありませんでした。どうしてかって?まだあなたにあなたのヤギをお捧げしていなかったからです。でも今、これなるヤギを屠りますうえは、私は健康を欲します。私自身と私の夫の。そして私の子供たちが健康でありますように。どうしてか、私の子供たちはひたすら痩せていくように見えるのです。この子たちがいったい何に喰われているのか、私にはわかりません。さて、健康こそ私が欲しいものです。 次に(除草のために)耕すのは誰かしら? Murina(M): (手鍬は)そこに置いておいて。 (Batiの息子 Chuphiによる語りかけ) Chuphi(Batiの息子 Ch): うう、あなたおじいさん、あなた。わたしたちは、この早朝に、そうこのような時間にやって来ました。家を見舞った苦難のことで。そして占いに行くと、あなたのせいだと言われるのです。

1811

Chuphi(Ch): そしてあなたは、まさに神の御前(mbere za hachi171)におられ、すべてのことをご覧になっている。ほら、(この苦難を)見て下さい。また、私は人々がつつがなくあることを望みます。なぜなら、人は死んで、後に(子孫を)残すといいます。ほら、あなたは神の御前に行って、あなたが後に残した他の者たちは、そう、子供を生む。彼らが産んだので、今や私たちも生まれたのです。 さて、果てはこうしてあなたのためにここで墓を耕しているこの者、はい、チュービです。あなたの孫です。あなたのことは少しも知りません。チュービ・ワ・バティです。そう、こうして、こうして、あなたの屋敷を耕して差し上げてます。私たちにも涼しい風が当たりますように。 誰かのために何かをした者は、明るくなり(輝き)ます。「ああ、私はこんなことをしました。そしてこんな風に収入を得ました」と知るのです。たぶん、明日何かを手に入れて、ああ、物事はうまく行っているな、とわかる。そんな風にして、あなたは、一層、子孫から思い出されることになるのではないでしょうか。 その人がしたその仕事がその人に価値あるものをもたらすと分かれば!あなた、そしてあなたの祖父たち、その人たちを見れば、そのとき人は考える。ああ!私も(そうしよう)。待ってろよと。

1812

Chuphi(Ch): こんな風にヤギと布を差し出し、上々の歌で夜を徹したら、人の喜びです! Chari(C): そうよ。あなたを日照りに放置したいとは思わないでしょう。だってあなたは人々に、物事がうまくいくと示してくださるんですから。 Ch: さて、人はこうも言いいます。私はこんな風にします。なぜなら嬉しいからだと。でも人は、問題をかかえているから、こんな風にしに来ます。家から立ち去ってくれない病気。そう。苦しまない人はいません。そして苦しみからはやがては解放されます。そう、このチャリも家の中、でも今日は外に出ますように。明日には、また家から出ない。その身体のせいで。まるで血を吸われているみたいな。毎日、血を吸われてばかり。 人は食事をして、ああ食べたと知ります。おかずの野草を食べ、なにかにを食べ。やがて身体が良好になるのを見ます。さて、ムベユ180もそう。彼女も始終、病弱です。そちらへ行って騒ぎますと、彼女は言われるのです。あなた方のせいなのですねと。そう。そして彼らはと言ったら!

1813

Chuphi(Ch): 今日び、お金が無ければ人は、この世で長生きはできません。さあ、人は耕しに行かねば。病身でありながら。厄介事は尽きることなし。私自身も、あちらでは賃仕事をしています。賃仕事もしばしば問題を次々にもたらします。私は言います。仕事先で出てくる厄介事を、すべて封じてほしい。私が心配なく仕事ができるように。さらに言います。あらゆる問題が、順調に進みますようにと。順調に進んで、私が仕事をしたら、20シリングもらえますようにと。これは大金です。そう。なぜなら今、私の子供たち、ムブイの子供たち。この子たち、食事をしても満腹になることがない。いろいろ病気だからです。思わず、いったいどうしたらいいんだと言うほど。だって一人はケヘ、ケヘ(空咳ばかり)。 さて、賃仕事をするにしても、家を出なければ。屋敷をほったらかして、子供たちは病気だというのに。無理です。どうやってお金を稼げるというのでしょう。でも、じゃあ、もしお前がお金を稼げなければ、子供たちはどうやって食べるというのか?子供たちは治らない。

1814

Chuphi(Ch): 畑で得られたたいしたことのない収穫物であっても、少しは人々の救いにはなるでしょう。でも雨はこんな具合い。ちょっとワーッと降ったかと思うと、それっきり。今では、畑仕事する人々も、もうそれだけに頼ることはできない。ただ眺めて、ああ事態はこんな風に進むんだと思い知るばかり。私たちはいったい何をしたらいいんだろう。申し上げます。解きほどいて下さい。賃仕事をする者が、道を見いだせますように。畑に行く者も、畑からちゃんとした作物が取れるのが見られますように。 人々が、私が何もせずに、こうして暮らしているのをわかってくれますように(後に語られるように、チュービは職場でトラブルに巻き込まれ自宅待機中)。苦難、苦難を経験しない人はいません。でも苦難の中には度を越したものもあります。なぜなら、人が自分の家で過ごして、なんの困難もないなんて日などありません。とんでもない。それらの困難をとくと見ると、まずは病気が多い。病気は実に多い。毎日、お前は薬を試みる。果ては、病院さえも。あちら(マリアカーニの病院)にはあなたの子供の奥さんたちが、一人はモンバサの病院にいます。彼女は退院しました。でも彼女の子供がそこにいます。

1815

Chuphi(Ch): ここにいるこの人も病人です。だから申し上げます。これらの病人たちが、解きほどかれますように、解きほどかれますように。こうしている今も、私たちは道を探っています。屋敷にいる自分たちを助けてくれるお金をなんとか手に入れようと。飢饉でもあるし。道が見えますように。なぜなら私ども、ここであなたのために仕事をし続けています。私たちが当地を去って、現金収入を得る場所に移り住み181、そこで畑を手にいれることがお望みでしょうか。(そうなったら)あなた(の墓)は、誰に耕してもらおうと言うのでしょう?ここには、あなたのために耕してくれる人はいなくなるでしょうよ。 (チュービ、留まるところを知らない) Bati(B): もういいよ、もういいよ、手鍬を置きなさい。あなたの仲間が待ってるよ。さて、あなた。御婦人、全部吐き出してください。あなたを憑依状態にする憑依霊がいるなら、そいつらにもすっかり喋らせましょう(冗談)。 Murina(M): さあ、急いで急いで、奥さん、日差しが強くなってきたよ。

(ムカラ氏の交差イトコ、褐色の肌の女性、耕しつつ語る)182

Mukoi of Mkala(Bw): うう。さて、あなた祖霊(k'oma)よ。 祖霊とは、あなたおじいさん。私は、苦難を経験しています。私を驚き戸惑わせる苦難です、みなさん。その苦難とは、単なる病気という苦難です。でもそれこそが私を驚き戸惑わせます。本当に病気なんです。それも永遠に続く。

1816

Mukoi of Mkala(Bw): 私は身体中しっかり治療してもらったわ、でも挙句に、夫が人から「君は奥さんにいいようにされているよ。奥さんは全然病気なんかじゃないさ。ただの怠け者だよ」と言われる始末。彼も、それ(そのアドバイス)に従って、怠け者説を採用しちゃった。それで言うには、「御前は毎日畑にも行かない。お前は病気のことを言い続ける。」でも本当に病気なんだってば。彼はそれに(その友だちのアドバイス)従って、私のことを腐ってる(役立たずの碌でもない奴だ183)なんて。私は占いに行って、それはあなたのお祖父さんの癒しの術のせいだと言われました。夢で何も見せないで、ただ身体を苦しめる癒しの術って、いったい何なのそれ。昔はたしかに夢をみました、でも夢見はそのうちなくなって、後には病気が残っただけ。私自身と子供たちを苦しめる病気がね。 今は、ここで言ったように、あなたお祖父さん、私と私の子供たちのために健康を解きほどいてくださるよう願います。これからも私が今のような状態が続くのなら、ああ、どうか今、私を解きほどいてほしいです。現在、私はンゴマをうってもらう日時が決まっています。私を外に出すンゴマです。ねえ、もし癒しの術が問題なのだったら、あなたの癒しの術が順調に出てまいりますように。もし私が治ったら、私はあなたに感謝を捧げに参ります。

1817

Mukoi of Mkala(Bw): でももし私が治らなかったら、そんなことは考えませんから。私は健康が欲しいわ、私の子供たちも、他の友人たちも治りますように。あなたお祖父さん、そしてあなたメデレ・ムワカお祖母184さんもご一緒に、どうか解きほどいてください。皆様、私を解きほどいてください、サラマ・サラミーニ185。あなたお祖母さん、メデレ・ムワカでしたっけ、私はあなたを知りません。でもあなたは私をご存知です。だから私を解きほどいて下さい。私はもう疲れてしまいました。だから言います。ご主人様、どうかお静まり下さい。充分な健康こそ、私が欲しいもの。私の子供たちも。どうして私の子供たちはいつも病弱なんですか。私自身も(病弱であることの)第一位です。私はぐったりしています。落ち着きなくあちこち虚しく(求め)歩くばかり。まるでドゥア186の妖術を打たれた人間みたいに。私は生きていく手立てを全然持ってないんですよ。 今は、そう、つつがなきことを欲します、あなたお祖父さん、もし本当にあなたの癒しの術のせいなんだったら、その癒しの術が首尾よく出てきますようにサラマ・サラミーニ。私は健康が欲しい、畑を耕すなら、私に耕させて。 (Bwの語り終了) (チャリ、再び手鍬をとって語る) Chari(C): 私はつつがなきことを欲します。私はつつがなきことを欲します。そしてたくさん収入を得ること。家についたら、病人たちが(治療を求めて)詰めかけて来ますように。

1818

Chari(C): 私はお金をかせぎ初めて以来、もうすっかりすっかり疲れてしまいました。お金は家に全然残らないのです。私一人がお金をつかみ、そしてお金がどこに行ってしまうのか私にはわからない。病気はまったく立ち去ろうとしない。私は「悪い母系クランの人間(muvuna190)」とさえ呼ばれ、驚き戸惑っています。夫のもとからいなくなってしまおうかと考えるほど。だって病気がまったく治らないからです。そう今は、健康が欲しい。 健康、そして稼いで、収入を手に入れる。そして私の子供たちの健康、私の夫の健康。皆が健康でありますように。私はあなたに贈り物を差し上げます。あなたのことを思い出した者は、あなたにヤギを差し上げます。そしてあなたもその者に感謝を与えます。今、私は健康が欲しいのです。癒しの術が欲しいのです。私の癒しの術が明るくなり(輝き)ますように。先日外に出してもらった、あのクズザ(kuzuza24)の癒しの術ですが、たしかに多くの患者を集めました。つつがなきこと。あちらの私たちの屋敷があるクワレに、病人がいます。どうしようもないほどの病人です。まさに病人です。そしてその病気は、癒しの術を(外に出すことが)求められているのだと言われています。癒しの術を求められているその者が、ねえ、あんな風に発狂するものでしょうか。どうか皆を解きほどいてください。

1819 (ムカラ氏の交差イトコの女性、再び手鍬をとって語る)

Mkala's mukoi(Bw): あなたお祖父さん、私は先日、異様な症状に驚いて占いに行きました。そして、私たちの一族の癒しの術を引き継ぐことを求められていると言われたのです。私は施術師に依頼しに行き、鍋(nyungu56)を据えに来てもらいました。お祖父さん、鍋はひとりでに火から落ちて、地面にうつ伏せにかぶさっているではないですか。いったい何がそんな風にしたのか、今も私にはわかりません。もしかして妖術使いのせいでしょうか。もし妖術使いじゃないなら、あなたお祖父さんですか。その鍋は、私はそもそも放置して、二度とその湯気を浴びることはしません。このことは私を驚き戸惑わせ、今だに身体が震えます。鍋がどうやってひとりでに火から落ちたりするというのでしょう!(浜本:ネズミかも) さて、もしあなたお祖父さんのせいなら、あなたはその鍋が気に食わなかったのでしょうか。あなたはあなたのムルングの鍋を欲していたのでしょうか。それともあなたのせいではないのか。私にはわかりません。でも私は健康を祈願いたします。私という者は、健康が欲しいのです。

(続いて別の男(名前はわからない)が語りを始める)

Man1(M1): さて、私どもはここに、この時間にやって参りました。私どもは、苦難のせいでやって来ました。なんの苦難でしょう。病人がおります。私が語っている者たちは、ともに施術師です。でも癒しの術は順調には出ていません。

1820

Man1(M1): 彼(女?)にはもう一人のキョウダイがいて、クワレにいます。彼(女?)も同じく重い病気です。治療をされ、癒しの術を出すよう求められているのだと言われています。そうです。癒しの術は順調にやって来ています、でも癒しの術は、問題ばかりで、結局それは出てきていません。 Mkala's mukoi(Bw): 死んだ者は後に子孫を残す者ですよぅ。だから、あなたはこうして(墓を)せっせと耕してもらっているのです。もし人がいなかったら、ここはいったい誰に耕してもらえたでしょうね。今頃、手つかずの草むら(muhunduni191)になっていることでしょう。ねえ、私たちはたくさん健康が欲しいのよ。私たちの子供たちもね。健やかであれ。でももし私たちがずっと病気がち(swee swee192)続きだったら、私たちには(祖先の墓に来る)なんの意味もないことになるでしょう。ここにも誰も二度とやってこないことになるでしょう。

(続いてムリナ氏の語り。長いです。もう)

Murina(M): つつがなきこと、つつがなきこと。私たちはつつがなきことを追い求めます。私という者を、あなたはご存知ありません。私はムリナ・ワ・キメラと申します。ムリナ・ワ・キメラと申しますように、父系氏族はムワカイになります。あなたはムァワヤ氏族ですね。ウシの血ではキョウダイを買うことはできないと申します。でも今は、カニのような横歩きです。なぜなら、もし他人の一族の人を娶ったなら、妻がそこからやって来たところ(妻の親族)の状況(そこでのトラブルや問題、必要とされていること)を知らねばならないからです。

1821

Murina(M): 屋敷には4つの隅があると言います。さて今、(理由なく)ここに来ることはなかったでしょう。私はデレの名前とともにここに参りました。そう、ナイフの鋭い刃物から多くのトウジンビエが生まれます193。そう、私という者は、デレの孫を娶りました。ムワカの娘195、チャリです。そう、彼女は、彼女を私が娶って以来、彼女は健康ではなく、対処の仕方もありません。でも占いを打ったところ、私は彼女の祖父の祖霊がそこにいると告げられたのです。そして彼女の祖父はかつてその道を極めた施術師でした。彼の癒しの術も、一族(fuko)のもつ癒しの術でした。一族とはほかでもありません。あなたの一族です。という訳で、今です。あの3つのカヤのドゥルマのやり方を、私は果たします。あなたという方はあなたの孫娘にヤギを所望されました。あなたの孫娘にヤギを所望することは、謂わば私にヤギを所望したということです。なぜなら私はあなたの孫ではないでしょうか。あなたの孫娘を娶ったのですから。 さて今、私は例のヤギをあなたのために連れてまいりました、お祖父さん。しっかりと。私は私の健康と、私の癒しの術を持って帰りに来ました。なぜなら、癒しの術がチャリとともにあるのであれば、それは私のものでもあります。

1822

Murina(M): 私こそが金の稼ぎ手です。私が(私の金で)癒しの術をお出ししました。今、あなたは私に癒しの術を分かち与えてくださる。癒しの術が明るくなり(輝き)ますように。その癒しの術が、まさしく私どもを背負い、道を示してくれるもの(mwerekera196)でありますように。やって来る病人は、このチャリに薬を注いでもらえば、病気が治りますように。施術師は占いをたくさん打つ、施術師は眠らない、施術師は休むことなし。その癒しの術は、他でもございません。癒しの術はあなたがたの一族のものです。一族とはあなた自身です。なぜならあなたこそが長老ですから、あなた。今、このヤギを私はあなたに持ってまいりました。このヤギは癒しの術で得たお金で手に入れたヤギです。あなた自身のところから由来した癒しの術のお金です。最初のヤギ、始祖たるあなたのヤギが、この仔ヤギを産んだのです。かくして、今、私はあなたに、あなた、あなたの癒しの術による金に由来するこのヤギをお持ちいたしました。 今は、そう、私は解きほどかれることを願います。つつがなきことこそ私が望むものです。充分な健康と、充分な収入。それこそが、私にウシですらあなたに持ってこさせるでしょう。もしあなたがウシをお望みなら、もし私にウシがあれば、即お持ちしますよ。

1823

Murina(M): じゃあ、もしその癒しの術も、ジガバチ197に刺されてしまうとしたら?いったい、私に何が得られるというのでしょう?何が得られると?何が得られると?このように、あなたが私にヤギを所望し、私があなたに差し上げたように、今、私はつつがなきことを所望いたします。健康と自分の子供たち。私が娶ったこの妻、子供(胎児)たちは腹の中で突然腐ってしまうのです。胎児たちを腐らせるものがいったい何なのか、私にはわかりません。そう、第一に、そもそも、もし子供が腹の中で隠されてしまうのだとすると、その子供を明るみに現れさせてほしい、誰にでもわかるように。さらに、その子供がこの場にやって来て(生まれてきて)、なるほどあなたには(腹の中の)子供を隠す力が確かにおありなんだと、そしてあなたには子供を出現させる力もお持ちなんだと、私にもわかるように。 今、私は健康と、たくさんの物がほしい。これこそ私が願うもの。今、そう、私が家に帰り、尻を家の中に落ち着かせるやいなや、私が、遠くはタンガ(Tanga198)からも仕事の依頼する人が訪ねてきますように。施術師なら誰でも、というのではなく、施術師といえば私たちを彼らが訪ねますように。お金が家にたくさん、これこそ私たちがほしいもの。たくさんのヤギと子供たち。ところで、あなたは私の現状が最悪だとご存じないのですか。

1824

Murina(M): 彼女が妻です。妻は病気です。私があなたの孫娘を娶って以来、私は今に至るまで、穀物倉にトウモロコシを入れた覚えがありません。味わうためにほんの数本齧っただけです。病気のせいでどうしようもありません。彼女を責めたりしませんとも。なぜなら怠け者ではないからです。ただ健康じゃないのです。ですから今、私は健康が欲しいのです。私は例のヤギを連れてまいりました。そのヤギは、あなたデレ自身のヤギです。私はあなたと面識がありません。でもあなたは私をご存知です。私はあなたを見ることはありませんが、あなたは私をご覧になります。今私は健康が欲しい。健康、それに私の仕事、そして私の屋敷が良き涼しい風に打たれますように。人(妖術使い)がその妖術媒体(使い魔等 makafara199)を投げてよこしたとしても、そいつの妖術媒体が彼本人のところに返りいきますように。私と私の妻を憎む悪しき者の目を、あなたが前にいて突き破って下さいますように。 私は今、つつがなきことを欲します。その癒しの術のせいで(嫉妬で)、私を食い入るように見つめている者たちがいるのです。その癒しの術は、全能の神(mwenyezi mungu)の癒しの術です、あなただって、それを全能の神から与えられたのです。あなたは他人からその癒しの術を盗んだりなさいませんでした。

1825

Murina(M): さて、やつらですが、今や彼女の(癒しの術による)収入と、彼女の氏族(mbari200)によって分かち与えられた能力に、嫉妬の目を凝らし始めました。その氏族とは他でもありません。あなたの氏族です。一族の祖霊によって与えられた生きる糧に、やつらは嫉妬しているのです。ムルング一人では仕事をすることはできません。ムルング一人では、人が(癒しの術を)祈願しても、それを与えることはできません。人間のもつ備えで増幅しないと。ムルングは能力を与えました。ムルングは目を、分別を、耳をあたえました。もしかしたら、あなたは自分にはヤギはもらえないだろうとお考えになったかもしれません。でも今、私がヤギをあなたに持ってきました。私はあなたに、このヤギが死ぬことがないようにと申しました。というのも(たぶん夢のなかで)、あなたはやって来てこのヤギをお握りになった。そして私は言いましたよね。もしそれ(このヤギ)が死んだらと。もしあなたが(このヤギを)殺したら、私は(あなたの墓には)参りませんよと。そして今、ほら、このヤギです。あなたのヤギです、これは。どうかヤギを美味しく召し上がって下さい。ヤギを美味しく召し上がって、彼女に道を解きほどいてやって下さい。とってもとっても良い道、とってもとっても良い風を。悪い風は、脇を吹き通りますように。

1826

Murina(M): 悪しき者、悪しき者は脇を通り過ぎよ。良き客人とは、(食べ物の入った)編み袋(chikaphu201)を持ってくる人。良き客人とは、未払い分の婚資を持ってくる人。やって来て、議論を持ち込む者は、客人ではない。私たちは論争は嫌いです。なぜなら論争では屋敷は養えないから。論争そのものは稼ぎを生まず、人に(収穫物の詰った)麻袋を確保してくれないから。チャリとその夫が手にしている何かに嫉妬した者、ムルング本人とあなた方はともにそいつをご覧になるでしょう。 私たちは自分たちの健康と収入(pato)を祈願いたします。今は、私たちは収入と、彼ら子供たちが健康でいてくれることを祈りに参りました。ああ、今、私を頼ってくる彼ら子供たち202、あなた方は彼らを終わらせるのですか。目を駄目にしてしまうことで。祖霊(k'oma)のための正式な服喪(hanga203)などが問題なのでしょうか、癒しの術に関わる。あなたには、彼らがそれを実施しないと見えるから。平安なれ。たった一つのことで、人々全員が打ち負かされることはありません。私たちはそれに対して協力します。そして私たちは、あなた方が望むところの物を、お届けに参ります。たとえそれがウシであったとしても、私たちはそれを屠るでしょう。でも、どうでしょう?私たちが欲しいのは、健康です。私たちがさらに解きほどかれることです。あなたが癒しの術を解きほどいてくださるだけで、あなたは即、ウシを手に入れますよ。

1827

Murina(M): なぜなら、あらゆることが、もしうまく行ってさえいたら、あなたにとっても、物事は順調で、結構なことです。だって、とってもとっても盛大な本格的なンゴマ(wira142)で徹夜することになるでしょうから。そしてこちらには(薬液を入れた)搗き臼、そしてふんだんなヒマ油も。 Chari(C): 今日、お金を手に入れたとしても、明日にはなくなってる。 M: そこで人々は楽しく夜を徹し、日中を過ごし、そしてコマ・ヤ・キガンガ(k'oma ya chiganga172です。夕刻に、人々はヒマの油を、そして薬液を撒きます。仮設のテント(weka204)の中で。小屋の中で。今は、解きほどいてください。また再び参ったときには、あなたの一族の人々が、そしてあなたの孫たちが健康であるのを見ることができますように。そしてあちらでも全員が良き風に打たれますように。彼らを解きほどいてください。私には争いはございません。 C: 私たちが欲しいのは健康です。 M: 私は御慈悲を祈願いたします。私はあなたの孫娘の夫です、私は。もし、あの友(妻のこと)が、あの女性たちの一族(mbari)が誰の一族なのかを思いださず、差し上げることに怠慢であったなら!

1828

Murina(M): 私は、そう、4つの角を知る者です。なぜなら私は屋敷そのものが4つの角からなることを知っているからです。2つの角は夫の、2つの角は妻のです。2つの角は妻の角だと言われています。そう、つまり彼女の実家の人々であるあなた方を知ることです。 私は、そう、こうしてやって参りました。誰の名前のためにでしょうか。あなたの名前のためにです。あなたこそ頭、あなたこそトウジンビエとともにいらっしゃる方(たくさんの子孫を残した方)194、あなた、デレ、あなたです。今は、そう、私たちを解きほどいてください。 Bati(B): これが、ムワカ・ムァレマ。この人が、この人(Dele)の母親ですよ。父はこの人に背負われ、この土地に屋敷を開きに来るんです。この人(Dele)は実に背負われて(赤ん坊のときに)きたんですよ。この人(ムワカ・ムァレマ)こそ、この場所、屋敷の場所に来た人です。彼女は来て、たくさんの子供を産みました(字義通りには中身をこの土地に空け移しました)。というわけで私たちは尊敬しているんです。でも、どうして私たちは衰えて(活気がない)いるんでしょうか?頭と足が冷たい。人が畑に行くと、頭痛が始まってしまう。頭痛で、手鍬をカランと地面に落とし、そこに頭を横たえる。これじゃあそこでどうして仕事ができるというのでしょうか。本当に、痛い痛いと苦痛の声をあげるんです。 手鍬でここを。この人ムルーチェで終わりにしましょう。彼は私の兄です。ベムベユ・ムルーチェ、この人もデレの息子です。

1829

Murina(M): あなた、私のムツェザ(mutsedza205)ムルーチェよ。あなたは神の御前に行かれた。私はいまだに後ろの虚栄の世界におります。人は乞い願うと、それを手に入れます。私はあなた方にヤギを持って参りました。あなた方のお父さんといっしょにお食べ下さい。そう、私が欲しているのはつつがなきことです。つつがなさこそ私がほしいもの。今、この後は、私の妻が涼しい風に打たれますように。あなた方の娘であるこの者が、涼しい風に打たれますように、そしてさらに妊娠しますように、なぜなら私は仲間たち(自分の子供たち)が欲しいからです。私には子供がいない。現在、私は婚資206を稼いでいます。ヤギたち。いったい誰が放牧してくれるんでしょう。身内(である子供)によって放牧される必要のある婚資は、すでにあります。そして今や、それらがすでに私を困らせているのです。といってもほんの少数です。放牧してくれる人手がいないのです。今は、そう、私は身内(である子供)が欲しい。さらにもっと婚資(=家畜を)手に入れて、身内(である子供)も手に入りますように。なぜなら、人は、枝分かれによって屋根を葺かれます。枝分かれとは身内たる子供たちです。もし私たち二人が、まるでミドリマダラバト(map'uji208)のようだとしたら、どうでしょう。そんなことがあっていいでしょうか。ねえ、死んだ者は後に子孫を残すというじゃないですか、皆さん。私たちを解きほどいて下さい。ウブォルウェ(upholwe 前の晩の残り物のワリ(wari152))は子供たちが食べるもの、けっして一人前の男が肩をいからせて、前日の死んだワリに穴をうがっ(を食べ)たりするもんじゃありません。

1830

Murina(M): ああ、ごらんなさい。親(大の大人)が恥じゃないですか。お前さん本人が食べるだけのワリ。それに向かってかがみ込むのも、お前さん。口の中を真っ赤にするのも、お前さん。そしてまた食べるのも、お前さん。 Bati(B): 食うものがあるんだから。 M: そんなんじゃ、この上、なんの意味がある?小鍋でつくられる少しばかりのワリ、粉はお椀一杯の量り売り、あるいは缶一杯半。だって家には人がいないんだから。ワリを食べるのはお前さんだけ、残ったところで、食べる人がいない。翌朝早起きして、(冷えたワリを)お前さんが食べる、残りはとっておく。畑を耕して、トウモロコシを手に入れる?雨が降るならな。雨が落ちると思えば、通り過ぎて隣人の畑を潤す。俺の畑にはやって来ようともしない。もしこんな風に雨を妨害しているのがあなた方の仕業なら、私を解きほどいてください。雨雲がこちらまできますように!私にちゃんとしたワリを下さいよ。なのに、今はごらんなさい。私を見舞っている苦境を。ワリは、他人に(トウモロコシの粉を)乞うてばかり。まるで、私がトウモロコシをどう耕作するか知らないみたいに。

1831

Murina(M): ですから、どうか私を解きほどいて、私に(富を)得させて下さい。畑を耕し、収穫を得て、ヤギを買う。ヤギは繁栄し、仔ヤギを2匹ずつ産む。鶏を買って、鶏が産む。鶏の中には卵から逃げる(温めない)のがいて、卵は家のなかで大砲をぶっ放す(破裂する)。ああ、これってダメダメじゃないか、これ。ヒヨコを産む鶏こそ、(鶏を売ったお金で)ヤギを買う(ことに繋がる)、ヤギはやがてウシを買い、ウシはやがて人を買う(婚資となることで207)。さて、じゃあもし(鶏が)卵から逃げたら。その場で玉子に破裂されて、あわてて外にとび出す。こんな有様。これって驚き困ることですよね。それこそ貧乏ってものでしょう。 おだやかに、ですよ。解きほどいて、解きほどいてください。鶏が、卵一つごとにヒヨコ二羽ずつ生まれる、双子で産む。まさにそんな風に始まるのを、私は見たいものです。鶏で満ち満ちますように。だって、私は以前、一つの卵からヒヨコが二羽出てくるのを見たことがあるんですから、私は。まるでお話みたいですが、私はそういうこと(が起こるの)を知っています。でもああ、それは過ぎたこと、もとに戻ってしまいました。それもまた人の目(dzitso)(妖術使いの妬み)のせいだったなら、その妬みを打って、それがそれて戻っていくようにして下さい。

1832

Murina(M): 私は、私に必要なことは、私に属する物々が涼しい風に打たれることです。私に属する者たちよ、私がすることが順調でありますように。道は一筋でありますように。私は、彼らのことを優先いたします、友よ。「ああ、私はこれこれの物が足りません」「あなた、大丈夫ですか。どうか、お困りにならないように。ほらどうぞ、これで問題を解決して下さい」これこそ人の道です。でも、ドゥルマ人は違う。お前が知り合いのドゥルマ人を訪ねていくと、(彼には)お前がまるで野牛の皮でも被っていて、見えないかのよう。「ああ、あいつが、もう(金を借りに)やって来る。」「あいつに何かされたのかい?」「あいつは人々の家々に行っては、助けてもらってるのさ。あいつはそんな具合いで、もしお前さんに借りたとしたら、行ったきり(返してくれない)と思いなさいな。お前さん自身、思い知ることになるよ。」本当のドゥルマ人ならそんな風に言われない(そんな風に言われるのは恥だ)。ドゥルマ人なら「あの人(は良い人だ)」と言われる(べきだ)。けっして「あのろくでなし209」なんて言われるべきじゃない。さて今、私はつつがなきことを求めてここに来ました。それと収入(pato)とを。私が私の手を入れたときには、何かを手に握れますように。私の目は、壁の割れ目のごとく、物事を見れますように。私の頭は木のお椀のように、しっかり立ちますように。手は握りますように。

ヤギを示し、3色の短冊状の布をそれぞれの墓石に巻き付けつつ語る

(チャリ、ヤギをデレの墓石の前に連れてきて、語りかける)

Chari(C): さて、あなたお祖父さん、お祖父さん。私はあなたにヤギを持って参りました。このヤギはあなたのために取り置いていたヤギです。

1833

Chari(C): このヤギは、私がずっと以前にあなたにとり置いていたものです。今日、今がまさに私がこのヤギをあなたに差し上げる日です。あなたのヤギを召し上がって、私に健康をお与え下さい。私に健康と収入(tsumo210)をお与え下さい。癒しの術はすっかり死んでしまいました。家の中に、生まれて以来見たこともなかったような動物が入ってきました。もし、あなたがこのあなたのヤギのことで怒っておられたのなら、今日、今ヤギを食べて、私に健康をお与え下さい。さらに健康と言っても、すべての人に対してです。これがあなたの布(nguo211)です。今日私たちはあなたに布を結んで差し上げます。あなたのヤギをお食べ下さい。あなたのお母さんといっしょに。あなたの妻といっしょに。あなたの妻たちとご一緒に。あなたデレお祖父さん、あなたの妻カゾ・ワ・マラウ、そしてあなたの母ムワカ・ワ・ムヮレマもご一緒に。私は皆様方を存じあげません。でも皆様方は私のことをご存知です。なぜなら、私はあなたに申し上げます。人は、その一族の子孫を見失うことはないと。というのも、あなた方は、多くの家々を通り過ぎて、果ては、私のお家まで私を追って来られたのですから。人はその子孫を放っておかないものです。私も、あなた方に対して不遜212ではありません。そう、私は健康が欲しいのです、あなたお祖母さん、あなたお曾祖母さん。病気が治らないのです。

1834

Chari(C): 子供たちはというと、妊娠したと思うと、腹の中でいなくなってしまうのです。ゴキブリどもにでも食べられているのでしょうか213、私にはわかりません、やれやれ。そう私は健康が欲しい、そして子供を産みたいです。施術師は子供を生まないなんて、そんな話はありません。(ムブルガに用いる)キティティ(chititi138)が子供に壊された、とか、さてこの布が、とか。健康よ、健康。そして畑仕事をして収穫を得る。稼いで富を得る。お金は溜まり、穀物庫にはトウモロコシ。なのにどうして私はまるで畑仕事ができないみたいなんでしょう。

デレの母の墓に行き、墓石に短冊状の布を結んで語りかけ

Bati(B): さあ、こっちに、あなたの曾祖母の墓に。 (チャリ、デレの母(チャリの曾祖母ムワカ)に対する語りかけ。彼女の墓は他の墓とは少し離れた場所にある) C: さて、あなたお母さん214、その名もムワカ本人。ワ・ムヮレマ(wa Mwarema ムヮレマの娘)ですね、あなた。あなたこそ、豊穣をもたらした者215。あなたこそデレを産んだ方です。デレもまたムワカ(デレの娘でチャリの母)を産みました。そのムワカも、そう私を産んだのです。今、そう、私は苦難を経験しています。占いに行くと、私はあなた方のせいだと言われるのです。今日、私は皆様方にヤギを連れてまいりました。皆さん、お食べ下さい。私に健康を下さり、稼ぎを与えて下さい。畑仕事をして、収穫を得ること。子供を産むこと、それこそが私が望むことです。ウブォルウェ(冷たくなった前夜の夕食のワリの残り物)のワリは、子供たちが食べるものです。長老たちが食べるものではありません。

1835

Chari(C): 腹の中が水でいっぱいになるのは、なし。突っ張るのもなし。小屋の中に黄色アリ(ng'anda125)でしょうか、に入りこまれる。癒しの術の編み袋(ムコバ mikoba4)がシロアリにたかられる。太陽がこの辺りにあるときに(午前9時ごろ)、紙幣を落とすと12時(6時216)には見えなくなって、(シロアリに食べられて)ただの土になっている。私はあなた方のヤギを持って参りました。私にはそもそも不遜はありません。だって、私が欲しいのは健康(つつがないこと)だから。お金はたしかに家に入っては来ます。でも全く豊かになりません。私は食べ物を独り占め(kutona217)したくなるほど。私の子供たちも、身体は痩せて弱々しい。健康こそ、私が欲しいもの、私の子供たちもいっしょにね。健康こそ、私の欲しいもの。あなたお曾祖母さん、あなたムワカ・ワ・ムヮレマ御本人。あなたこそ、多くの子孫を残した、トウジンビエを生む一粒の種子218。あなたはたくさんの人々を産みました。私も、彼らが私を産んだので、こうして私がここにやって来たのです。さあ、今は、あなた方のヤギを召し上がって下さい。そして稼ぎを私に得させてください、子供たちも私は欲しています。

デレの妻たちの墓に布片を結びつけて、語りかける

1836

Mukoi of Mkala(Bw): (Batiに向かって)ねえ、大きいお父さん(baba muvyere219)、あなたのお母さんってカダマ・ワ・ジロでしたっけ? Bati(B): (それには答えず、チャリに向かって一つの墓を指して)ムルチェの母だよ。 Chari(C): さて、あなたお祖母さん。あなたお祖母さん、私は今日あなたに差し上げに参りました。私は、ムワカ・ワ・デレの子供です。私がここに参りましたのも、そう、あなた方が理由でやって参ったのです。あなた方こそまさに、ムワカをお生みになった方々。ムルンゴの人々もお生みになった。皆さん方全員、お母さんの皆様なのです。今、そう、私は布(nguo211)を届けに参りました。ヤギも届けに参りました。どうか皆様ヤギを召し上がって、私たちにつつがなさをお与え下さい。それも極め付きのつつがなさを。さらに、つつがなさを私たち全員に。私たちデレのファミリー(famili ya kpwa Dele)は、そう、私たちはつつがなきことを欲しているのです。私たちは今、哀悼いたしております。 ところで、ムルチェの人々を、ご覧ください。私たちをこの墓まで連れてきてくれた人々です。あなた方は彼らの目を殺そうとしておられる。今後、いったい私たちは誰に連れてきてもらうというのでしょう?そんな風にムルチェの目を見えなくしてしまうなら。ムランバさん、長老ムランバさんの目も死にそう。彼はもはや何も自分ではできることがない。そして彼らこそ、私が来たときには、私を墓まで連れてきてくれる、私の子供たちなんです。

1837

Chari(C): 今日、今、私はあなた方に皆様のヤギを差し上げます。すべての者をお解きほどき下さい。人に稼ぎと、私の癒しの術をお与え下さい。どうか癒しの術を良好にお解きほどき下さい。手始めに、私が家に着くと病人たちが私を待っているのを見たいです。病人たちは昨日から来ていたと。私に、たしかにあなた方のせいだったのだとわからせて下さい。私は乞われるまでもなく、ここにヤギといっしょにやって来ます。でも、ヤギが充分な数に達したと見れば、です。私の一族の方々が私に豊穣性(rotuba)を与えてくださったとわかるからです。私は皆様方が、日照りのなかにおられるのが嫌なので、皆様方のために運んでまいります。健康が、そして子供たちが私は欲しい。私がしたいことは、子供を産むことです。 Bati(B): お前さんは、私たちがンゴマ(ngoma143)に飢えているのを放置した。そしてお前さんも、苦境にあって今日、唱えごとをしている。 C: 今、私はやって来ました。あなた伯父さん(aphu220)は神の御前171に行ってしまわれた。私はというと、いまだここ、後ろの方におります。死ぬ者はあとに(子孫を)残します。今、私はヤギを持って参りました。あなた方にあなた方のヤギを差し上げます、皆様でお召し上がり下さい。あなたとあなたのお父さん、そしてあなたの母と祖母。私はつつがなきことを欲します。私の癒しの術、この癒しの術は、そうデレの癒しの術なのです。

(ムルングの布をデレの墓に広げ、4隅を石で固定し、布の中心部をナイフで切る(これは後で聞くと、布が誰かに盗まれないようにわざと破損させるのだとのこと))

1838 (直前の語りから、録音ミスのためしばらく無音、書き起こしテキストなし)

Chari(C): ...妊娠して、子供は腹の中でいなくなる。妊娠して、流れる。後に占いに行くと、あなた方のせいだと言われます。今日、今、そう、私はヤギを差し出し、今日、この布(nguo211)をお着せいたします。私は、そう、チャリ・ワ・ムワカ・ワ・デレ(デレの娘ムワカの娘チャリ)です。私は健康を求めています。残された人々にはもはや健康がないからです。目が落ち込んでしまった者もいます。あのようにショックで動けない者もいます。どうか、彼ら残された者たちが涼しい風に打たれますように。あなた方にしても、(感謝で人々が頻繁に除草に訪れることで)あなた方の墓に草が蔓延ることはなくなるでしょう。 さて、健康こそ私がほしいものです。そして私は私の癒しの術も乞い祈ります。私が家に着くと、病人が来てくれますように。私は、けっして人々が病気にかかるようにと言っているわけではありません。癒し手とは病気を治す者です。でもどこにも行かずに家の中でじっとしている施術師の編み袋(mukoba4)などありません。ましてやシロアリにたかられたりするものではありません。あれらすべての動物どもを家の中で二度とけっして見ることがありませんように。私は昨日来て以来、心待ちにしていました。「さあ、いいとも。患者を治そう」と言えるのを。

1839

Chari(C): ほんのちょっとした施術、20シリング請求しましょう。なんと患者は500シリングも払って、いなくなっちゃうの。私は盗みを働いたことにはならないわ。だって、勝手にいなくなっちゃったんだもの。あなた方なんですね、私をこんな風に助けて下さるのは。私は稼ぎ、そして子供を手に入れる。こんな風に、私に癒しの術のもたらす利益がどんなものなのかわからせて下さい。 どうして、私が稼いで、お金が家に入っても、全然残らないのでしょうか。たとえ今日お金が入っても、明日にはない。100シリング札をこの時間にくずしたら、夕方には無くなっている。どうか、私を解きほどいて下さい、皆様方。私の子供たち、私の夫とともども。 この夫が、自分の妻は実家にヤギの借りがある(祖霊からヤギを求められている)ということを思い出させてくれた人なんです。彼も、稼いで収入をたくさん手に入れられますように。歩いていて、人が財布を落とすのを見て、それを拾って咥えて(自分のものにして)、持って大急ぎで家に帰ってくる。 Murina(M): 盗んだと言われないだろうか? C: その人が自分で落としちゃった、ということになるでしょうよ。

1840

Chari(C): つまり、彼(夫)は、運良くそれに噛みついたということ。さて、このように私は健康と私の稼ぎが欲しいのです。

デレの墓の前でヤギを屠る

Murina(M): あなたのヤギですが、私が行ってあなたに差し上げましょうと言ったヤギはこのヤギです。これこそ人の道にかなったやり方です。今、どうぞこのヤギをお受け取り下さい、友となって、南にも、北にも、私をお解きほどき下さい。西にも私をお解きほどきください。私をお解きほどきください、あなた。健康の良き風で私をお解きほどき下さい。私たちのヤギ、私があなたにお話していたヤギはこれです。 今こそ、そう私は癒しの術を望みます。癒しの術が明るくなる(輝く)ように、癒しの術が、降り来たる者のように降りてきますように。癒しの術が、子供を背負い運ぶ者のように、背負い運びますように。癒しの術は、月のごとく明るくあれ。そもそも、そう、今私は癒しの術が欲しいのです。そもそも、私はもはや頭の中に癒しの術がない感じがするのです。協力し合っているあれらの憑依霊たち、彼らの癒しの術は一体です。あなたが、あなたの憑依霊たちを縛ってしまうと、私の方でも私の憑依霊たちがブレーキ(bureki)をかけてしまうのです。今、私は肩を並べて行きたいのです。

1841

Murina(M): 私は妻の頭が沸騰することを欲します。そして夫の頭も同様に沸騰しますように。私たちの仕事は、癒しの仕事です。私たちは癒しの術で食べております。妻は薬液(mavuo59)(つまり内陸系の憑依霊の治療)で、私は大皿(makombe60)(つまりイスラム系の憑依霊の治療)で。妻はドゥルマ人たち(ここでは内陸系の憑依霊たちの意)をもっており、私はイスラム教徒たち(海岸系のイスラムの憑依霊たちの意)をもっています。私たち二人でいっしょに家を富ませるために稼いでいます。そう、私たちは何百シリング、何百シリングと欲しい。それでウシを買うのです。 Chari(C): ナニで(占いで)(下手人として)見てとられた者、そのなしたことが本人に返りますように。 M: それ(その妖術(utsai))をそいつに戻し、さらにはそれがそいつの目を突き破りますように。 C: 癒しの術がまさしくほどけますように。だって今はもう癒しの術はすっかりすっかり死んでしまいました。もう癒しの術なんか何もありません。 M: さあ、あなたのヤギはこれです。癒しの術を解きほどいて、この後は私たちに病気を投げ捨てさせて下さい。 (ムリナ氏、ヤギを屠る)

C: あなた方はムランゼ(ムランゼの根の粉末の香料221)とヒマの油71の皆様です。今日は私はあなたにヒマの油を塗り、布をお着せしました。そしてこのヤギ、このヤギをあなたの子供といっしょにお召し上がり下さい。

1842

Chari(C): ねえ、この人たちはこれまでマハンド(mahando223)を着てたのよね。今日が過ぎたら、明日になったら、今風の装いで知られることになるわね。さて、健康とたくさんの雨、雨をもたらしてくださいね。これらのあなたの子孫たちは、あなた方が雨を与えてくれたら、この場を去らないでしょう(頻繁に墓の世話をしてくれるでしょう)。でも、もしあなた方が(雨を)拒めば、あちらでも彼らは来ることを考え直すわよ。

調理されたヤギの肉をそれぞれの墓に供える

(調理されたヤギの肉を墓に供える)

Bati(B): ここには5人います。男2人で女は3人。 Murina(M): 2人で肉が10片だね224 B: あなたの孫娘のチャリは彼女の癒しの術を求めています。ちょうどあなたがかつて癒し手であったように。さて彼女は癒しの術が明るくなっ(輝い)て欲しい、そして家族の者が丈夫な身体になり、健康で風に打たれて欲しい。そのために彼女はやって来て、日除けと、ワリ(wari152)とこれらのヤギをあなたに持ってきたのです。 このヤギは、あなたの娘ムワカがその耳をつかんだヤギです。(ムワカの墓に)あなた自身も、その後神の御前に行ってしまわれた。さて今、この肉はあなたお母さんに持って来られたものです。

1843

Bati(B): さて、そう彼女はその癒しの術だけを持ち帰りたいのです。そして、彼女自身が、お母さんと呼ばれるようにと。そして果てはお祖母さんと言われるようになるのです。あなた、父の兄(baba muvyere)よ、あなた。さあ、あなた、ワリはこれです、副菜はこれです。あなたは歯がないので、押し潰し、押し潰して食べてらっしゃいましたね。 さて、さて、このワリは、あなたの娘のワリですよ。ムワカの娘の。彼女に健康をお与え下さい。癒しの術が明るくなり(輝き)ますように。悪しき悪しき獣どもは、脇に逸れていきますように。彼女が耕せば、収穫を得、妊娠もしますように。私たちは木の杭を打ち込まれたいのです225 Chari(C): さて、お祖父さん、私はあなたにあなたのこのヤギを差し上げました。このヤギはずいぶん以前にあなたのためにおとり置きしていたヤギです。今日、今、私はあなたのワリを差し上げました。私はあなたが装う布を差し上げました、私はあなたに日除けの布も差し上げました。今、私は健康が欲しいです。稼いで富を得たいです。私は、驚き途方に暮れています。妊娠したと思ったら、子供が腹の中でいなくなってしまうのです。人とは子供によって救われるものです。今日、私はヤギをもって来たじゃないですか。私は、縛られています。私が人間である以上、今私も、子供が欲しいのです、私も。

1844

Chari(C): 私は(ジャコウネコの池の家には)今、不在です。明日になったら(残してきた娘が)「私は曽祖父さんのところに行くの」と言うかもしれません。どうでしょう。私は子供のために何もできません。まったく。私一人だけなんだから。今、私は健康が欲しい。私の癒しの術が明るくなり(輝き)ますように。私の子供たちが、私の夫ともども、健康でありますように。二人そろって稼いで、富を得られますように。たとえ狭いとはいえ、土地を引っ掻いて(耕して)、得られたトウモロコシがありえないほど大量でありますように。だって、貯めおかれるお金は、家の中(に貯蔵された)のトウモロコシだと言うじゃないですか。 私は健康が欲しい。つつがなきことこそ私がここに祈願しに来たものです。あなたのヤギでしたら、お差し出しいたしました。あなたの布もお与えしました。あなたが身につける布もお与えしました。今は、そう、私は健康がほしいです。この病気はここに置き去りにできますように。 そう、腹が唸る事はなし、あるいは腹が水の声でしゃべることもなし、身体の節々が壊れ痛むこともなし。もしあれらのシロアリどもを連れ込んだのが、まさしくあなたなら、私がここを去れば、もう一匹たりとも家の中にシロアリを見ることがないよう望みます。そして稼げば、収入が得られますように。

デレの母ムワカの墓での語りかけ

1845

Chari(C): あなた、曾祖母さん(mayo muvyere226)、あなたはムワカ母さんとも呼ばれています。私はここに来ました。ヤギを連れて来ました。誰のヤギを連れてきたのでしょう。あなたの息子デレのヤギです。デレとあなた自身ご一緒に。だって、人は、自分独りで食べるために物をもって来てもらったりしませんよね?あなたはデレをお生みになりました。あなたこそが豊穣をもたらし来た者(ndiwe mudza na luhango215)。私たちは、ここ世界の中に生きております。そしてあなたこそデレをお生みになった方です。ついでデレはムワカを産みました。そして彼女ムワカがチャリを産みました。チャリは私です。そうこのヤギは私が持って参りました。どうか皆様お召し上がり下さい。またこれらの布を皆様にお着せしました。そして美しい油を差し上げました。 私は健康が欲しい。私は稼いだ富が家にやって来て欲しい。そして私は、たとえほんの狭い土地でも耕して、さらにトウモロコシの収穫が得られることを願います。トウモロコシの穂こそ、お金を家に置いてくれるもの。その暁には私はあなたを再び思い出すことになるでしょう。私には、皆様方が私に富をくださったのだとわかるからです。癒しの術が明るくなり(輝き)ますように。先日外に出した癒しの術も、私はそれが本物の癒しの術であることを欲します。

1846

Chari(C): 嗅ぎ出し(kuzuza24)、鍋(nyungu56)を置くこと、マパンデ(mapande50)の装着、薬液(mavuo59)、癒やし手は「そのとおり」と言われる者であれ。癒やし手は不平を言われる者であってはなりません。癒し手を試そうとする者、たとえ私がその者に土で試したとしても、その者が治りますように。あなた、曾祖母さんはあなたです。あなたこそが豊穣をもたらし来た者。そして私は私の健康を祈願いたしに参りました。 Murina(M): 今は、私には家畜を放牧してくれる者すらおりません。あの子供(胎児)が生き返り、その母の胎内に戻るのを私に見せて下さい。なぜなら、私はその子がどこに行ってしまったのかわからないからです。先日(占いで)、我が友よ、あなたのせいだとの結果を得ました。あなたこそがあの子供を隠した者であると。あなたはヤギの約束をうながしていただけだと。私は思いました。ヤギなら私はもっている。それを食べたりしなかった。さて、ご主人様。今日、私はあなたにワリを差し上げに参りました。どうかお解きほどき下さい。 私にはこれ以上言うことはありません。私の言葉は以上です。今は、そう、私はつつがなきことを欲します。良き良き風が私の屋敷の前庭を吹き通りますことを欲します。悪しき風は端を通り過ぎますように。今私は富を欲します。

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Murina(M): このヤギをあなたの息子とご一緒に召し上がりください。今、私は収入が欲しいです。人とは歩いていて何かを手に入れるもの。仕事をして収入を手に入れます。人とは歩いていて何かを拾うもの。ヤギはブッシュへ行って、そこで仲間のヤギを手に入れてきます。 今、私は私の癒しの術が明るくなる(輝く)ことを願います。たとえ白人の土地であっても、友たちと仲良く意を通じ合うこと、それこそ私が欲すること、私は繁盛を欲します。一年が終わるときには、家がすっかり新品のヤギたちで溢れていますように。過去のヤギたちは脇に置いて。どうかワリをお食べ下さい。

デレの妻に肉を供え、語りかけ

Bati(B): お母さん、このワリを。そう、このワリはチャリとともに来ました。チャリはあなたの孫娘です。ムワカの娘です。さて、今、つつがなきことを。彼女自身、健康を求めて来ました。彼女が涼しい風に打たれますように。 このワリとともに、彼女は祖父のためにヤギを連れてきました。さあ、あなた方、ワリを食べ、彼女に健康をお与え下さい。

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Bati(B): さて、当地ですが、私には仕事をしている子供がいます。さて、その仕事場で問題が起きて、お呼びがかかるまでここ(家)にいろとのこと。これがお前のお金だと言われたそうです。今、私がここで申しますように、息子を助けてほしいのです。申します。彼に手紙が届き、「あなたの所持品を取りに来て欲しい、そして、仕事に戻って欲しい。仕事先で暮らすように」と。これぞ本人も望んでいることです。彼を揉め事に巻き込んだ彼奴ら、私は申します、彼奴らを吹き飛ばして下さいと。さらには、息子があちらに着くと、彼自身がボスとなり、畏れ尊敬される者になりますように。なぜならあなた方は見ておられる。私たちには物事は見えません。でもあなた方は見ておられる。 さて、私がここで申し上げました問題が、一月も経つかどうかで、過ぎ去り終わっておりますように、私はお願いいたしました。「チュービが呼び戻されました、この手紙で」と私が耳にできますように。なるほどあなた方には解きほどく力があると、私に教えてください。さて、あなたはとくに神の御前に行かれ171、前に進まれて、小さい者どもを残していかれた。さて、あなたが残して行かれたこれらの小さい者ども、私に残していかれ、今や私が育てたこの者たちは、自分たちの祖父のいるところすら知りません。

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Bati(B): さて今、このヤギはチャリのヤギです。彼女が持ってきて、彼女の祖父に捧げに来たのです。さて彼らを自由にして、解きほどき、彼らが涼しい風に打たれますように。彼らが畑を耕したら、収穫が得られますように。あのあなたの息子、あちらで仕事に就いている息子です。ところで彼が仕事をしていたとき、彼はあなたにヤギを与えました。そうして彼はあちら(仕事場)に参ったのです。さてその後、彼はそこから出ましたが、私はお願いしました。彼に手紙が届いて、ほらこの手紙が届いたよと言われますようにと。(その手紙には)「あなたは仕事場で必要とされています。ここにはあなたの身の回りの品々があります。こちらに仕事をしに来て下さい」。これこそ私たちが欲していることです。私たちは...(Chuphiに向かって)お前も話しなさい。 Chuphi(Ch): さて、あなたは、まだ私が小さい頃に、私を後に残されました。私はまだ大きくはなってませんでした。私は学校で学び、学び、ついに仕事を手に入れました。今、私が先ほどここでお話したように、ここを去ったら、すべての問題が一直線に(laini mwenga)になりますように。今は、私が希望していた例の施術を実施し、それが成功し、ことが上々に運ぶように調えます。あなた方も、どうかそちらでお解きほどきください。なぜなら今ここで、あなたこそがすべての問題をすっかり見ておられる方。そして私を捕らえていたあの病気が、すっかり立ち去ってくれますように。

1850

Chuphi(Ch): それは薬(muhaso29)ではありません(妖術によるものではない)。その(職場での)問題は。そう、私はお願いします。皆様方、仕事が良好に進んでいきますよう、お解きほどきくださいと。私たちは子供(複数)をなしました(hudzima227)。でも、どの子も健康が思わしくありません。私はお願いします。彼らもお解きほどき下さい。あなたの息子たちの妻らも、健康が思わしくありません。このキジも病気がちです。彼女もその子供たちともどもお解きほどきください。 あなたの子供も、屋敷に帰って来ますように。どうしてカゾ母さんがここにいないのでしょう。あなたの子供が、屋敷に帰って来ますように。なぜなら今、私たちは(今までずっと)心配しているのです。だって、今や私たちがまるで彼女と仲違いしたかのように見えるんですから。私たちはけっして彼女と仲違いなどしていません。はい、彼女は誰にも分かれを告げずに、いなくなったんです。いったい彼女をどうやって探せばよいというのでしょう。私はお願いします。彼女が今いる場所から、彼女を引き寄せて、自分でやって来させて下さいと。私たちが彼女を追い出したわけではありません。とんでもない。彼女自身が自分で自分を追い出したのです、あの人は。そう、彼女の心を変えさせて、彼女がやって来るようにして下さい。(屋敷には)小さい子供たちもいます。私はお願いします。彼らに勉学心を与えて下さい。彼らが勉強するように。私は、彼らが勉強して、一人前になるようにと、お願いいたします。あらゆることが、明るくなりますように。

デレの息子の妻に対する語りかけ

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Chari(C): さて、あなた伯父の妻(mukaza228 aphu220)よ、私は今日この日お話しいたします。私はヤギをもって参りました。そのヤギはあなたの義理のお父さん(bevyalayo229)のヤギです。このヤギはあなたの義理の父のためにとり置いてあったヤギなのですよ。あなたは神の御前(mbere za hachi171)に行ってしまわれた。この世を充分に見て回ることも、まったくなく。あなたは子供たちを後に残されましたが、彼らはそのときまだ言葉もわかってはおらず、ものもわかってはいませんでした。屋敷に残された子供たちの一人だけが、臼でトウモロコシを搗くことができる年齢でした。 今日、私はあまりの異常にすっかり驚いてしまいました。この(後に残された)あなたの娘本人が、今はどの方面にいるのかわからないというのですから。私たちはいったい何の間違いが起こったのかわかりません。今日、今、私はあの子たち、(残された)男の子供たちのつつがなきことを欲します。仕事についている子は、彼が稼げば、収入を得ますように。悪しきこと、悪しきことは、脇を通り過ぎて行きますように。良きこと、良きことこそ、あれらの男の子供たちに私たちが欲することです。 女の子供たちも、一人はとても重い病気です。もし皆様方の援助が得られますなら、ねえ、その子が治ってくれますように。

1852

Chari(C): そしてモンバサにいるという彼女、彼女も、どうか皆様方、引っ張り寄せて下さい。だって、娘は嫁いで婚資をもたらし、それで自分の兄弟たちに妻を娶らせる者。なのにいったいどうして彼女はブッシュを転々としているのでしょう(町であちこち居所が定まらない)。さらにこのあたりでは、仕事に行ってそのままそこで暮らそうという者はおりません。どうして皆様方は、この者を追い払ってしまわれたのですか。今も、彼女は町(madzombani230)にいます。いったいいつから、ここ出身の者が町に行って暮らすようになったというのでしょう。ですから、あの者を屋敷に来させて下さい。嫁いで婚資をもたらす子供は彼女なのです。彼女を引き寄せ、屋敷に来させて下さい。他の子供たちも彼らのキョウダイのために心配しています。子供たちは全部で4人、その4人ともさ迷っています。私は私の家のつつがなきことを欲します。でも私より年下の者たちのつつがなきことも欲します。

墓に水を撒きながら祖父デレに対する最後の語りかけ

Chari(C): さて今、私はヤギを差し出しに参りました。私がここを去れば、雨が降りますように、人々がトウモロコシを収穫できますように。というのも、人々はムァングーダ(地名)のことを(そこに移転しようかと)考え始めています。ここではトウモロコシの収穫が望めない、(トウモロコシが)もうほとんど210 (熟しそう)とみると、雑草が茂って、トウモロコシは死んでしまう。 Chuphi(Ch): さて、私たちは、現金収入のために屋敷を離れています。ここにいる人々は、食べ物を手に入れられますように。 C: トウモロコシを熟させる雨が降りますように。(トウモロコシを水分過多で)萎えさせてしまう(kuhosa231)雨じゃなくて、トウモロコシを熟させる雨よ。

1853

Murina(M): 病気、病気(manyonge232)は立ち去りますように。人々は健康だけが欲しいのです。良好に。 Chari(C): つつがなきことを。お祖父さん。私たちは健康が欲しい。私たちを涼しい風が打ちますように。ご覧ください、この土ぼこりを。あなた方が吹き寄こされた土ぼこりを。ええ、私たちはそれはムルングのせいだと言います。でもあなた方も、私たちが土ぼこりに苦しんでいるのを見たら、私たちに日陰を作ってくださり、私たちを涼しい日陰にいさせて下さい。一人の姉妹がおります。彼女の夫は今はキリスト教徒です。彼が屋敷に着けば、彼が気持ちを変えて、宗教を捨て、ドゥルマのやり方に戻って、私の姉妹に治療を受けさせてくれますように。彼女はまだ子供が産めるのです。

考察・コメント

祖霊とサダカ

この辺りでは、人は子供を残して死ねば、死後祖霊(k'oma)になるとされる。祖霊は残された子孫の夢に現れ、さまざまな要求をする。これが「祖霊が~に夢を見させる(yunamulohesa ~)233」という出来事である。

ちなみに、子供を生むことなく死んだ男は、祖霊になることはできない。その遺体は「燃えさしの棒 chinga cha moho」を添えて埋葬される。背中にそれを添え、「お前、人に二度と夢を見させるな。お前はここに子孫を残さなかった。焼けぼっくい、これがお前の子供だ。(We utsilose kahiri, uwe kusiyire kuku. Mwanao ni chichi chinga cha moho.)」などと(人によってバリエーションあり)と語りかけながら234

ともあれ、祖霊(k'oma)の仕事は夢を見させることであるようだ。実際ドゥルマ語のk'oma自体、「夢」と言う意味でも用いられる。つい、夢はお前が見てるんだろうと突っ込みたくなるかもしれないが、誰も見ようと思って見ているわけではないので、やはりなにかによって「見せられている」という見方は充分ありうる。

祖霊は生前の姿で夢にやって来て、さまざまな要求を子孫に伝える。それは間接的な形で伝えられる場合もある。例えば死後、日の浅い(数年以内の)死者が夢の中にやって来て、食事を所望したら、それは「熟した服喪(hanga ivu2)」を開催して欲しいという要求である、など。夢で伝えた要求が、あまり叶えられないようだと見ると、祖霊は他の徴を送りつけてくる。ツチブタが敷地内を掘り返すとか、陸ガメが敷地内に入り込んだとか、シロアリが施術の袋ムコバ(mukoba4)を食べたとか。これらは占いによって、祖霊の仕業だと確認されたりする。これらと並行して祖霊はさまざまな災いを子孫に送りつける。病気が代表例だ。それ以外にも仕事を解雇されるとか、家畜が死ぬとか、ありとあらゆる災いや困難が祖霊の仕業でありうる。

もちろん、誰もできれば、さっさと祖霊の要求を叶えてしまいたいのだが、日々の食事にも苦労しがちな貧しいドゥルマの人々にとっては、それは決して容易なことではない。死後日の浅い祖霊の要求である「熟した服喪」をいつ開催するかは、単独の屋敷を超えた大リニージの問題で、4~5世代前の創始者のすべての子孫である長老たちの集まりで議論される。当然のことだが、「熟した服喪」を開催したい屋敷あるいは小リニージは多く、順番待ちになっており、次はどの死者に対して開かれるべきかは、しばしば激論の末決定される。「熟した服喪」の莫大な出費は多くの人々の協力でまかなわれるので、大問題なのだ。かつては熟した服喪が済むまでは死者の財産(残された妻を含む)の相続ができなかったので、そのためにも熟した服喪の開催を急ぐ理由があった。ともかく「熟した服喪」を開けるまでは、祖霊は夢で催促し続けてくるだろうし、いろいろな問題を引き起こしてくる。しかしすぐに要求をかなえるのは無理なので、その都度、死者の墓に出かけて、もし墓が遠方の場合は、自宅の戸口で、あるいはそこに立てた「祖霊の棒(chigongo cha k'oma12)」の場所で、半分に切った瓢箪の容器に入れた少量のトウモロコシ粉水で溶いただけのもの(ムヴア(mvua235))を撒きながら、祖霊に自分たちの苦境を説明しつつ、もうしばらく待ってくれるよう説得するしかない。

サダカについても同様である。「熟した服喪」を終えた祖霊に対しては、サダカを開くことができる。というか、祖霊は夢でいろいろな要求ができるようになる。祖霊の要求は肉にせよ、布にせよ、日除けにせよ、多くの場合は、待ってもらうしかない。

最初の巨大なハードルである「熟した服喪」を開催してもらった祖霊は、それで満足して以後おとなしくなってくれるかもしれないが(またチャリのようにその傾向があると言い張る人もいるのだが)、強力な祖霊は、今やここぞとばかりに、さまざまな要求を繰り出してくるかもしれない。これもそれを叶える約束をしつつ(墓場、または「祖霊の棒」で)、待ってもらう。そして充分な余力ができたときに、サダカを開いてその饗宴で祖霊の要求をかなえるのである。

一族の誰かが、祖霊の誰かのためのサダカを開くことになると、それはその死者の子孫たち全体にとって、さまざまな祖霊たちとの間で抱えている係争に、小休止をもたらす格好の機会を提供する。一人の祖霊に対するサダカでは、同じ墓の敷地(chikuta)を共有する一族の主賓以外の祖霊たちも饗宴のご相伴にあずかれるので、みんなハッピーになってくれそうで、その機に乗じて彼らに借りのある生きた親族たちも、彼ら彼女らに対していろいろお願いをすることができる。この点は、ここで取り上げたデレに対するサダカで、参加者がそれぞれいろいろな死者に対してここぞとばかりに語っているあれこれのなかにも見て取れるだろう。

チャリ夫婦とデレ

ここで取り上げる事例では、母方の祖父デレ(チャリの母の父親)に端を発する、一族に帰属する「癒しの術(uganga)」をチャリも引き継いだことによる、デレとチャリとの関係が焦点になっている。チャリはムリナと駆け落ち同然の形で結婚したが、その頃から病気で苦しんでいた。病状は深刻で、いっそキリスト教に改宗して病院で治療を受けようかと思うほどだったという(癒しの術を出すに至るチャリの病歴)。でも「一族のなかで継承される癒しの術は、とっても厄介」で、それを受け入れるまでは本人を病気で苦しめ続ける。極貧の中での二人での闘病生活は6年続き、7年目にチャリは癒しの術を外に出してもらった。たくさんの霊が出現したが、外に出してもらえた霊はムルング(ムルング子神6768)一人であった。最初に外に出さねばならないのは、憑依霊たちの筆頭であるムルングというのが決まりになっているからである。

チャリを外に出した施術上の父は、チャリの姉の息子(彼もデレの癒しの術を引き継いでいた)バンジュ(別名ムヮバンズ)・ワ・ムレマ(親族上はチャリの「息子」にあたる)、施術上の母はチャリとは直接親族関係にはないメズマという名の女性施術師であった。外に出す施術には必ず男女二人の施術師が、患者の施術上の父と母17として必要とされている。それは瓢箪子供69として、つまり患者の「子供」として「外に出される」憑依霊にとっての父と母でもある。その男女二人の施術師は自らも、出てくる憑依霊をもっている(瓢箪子供をもっている)施術師でなければならないからである。

こうしてチャリは施術師として活動を始めた。病気は治り(小康 kabaha236を得た)、チャリは占いをした。良く当たったという。しかしそれは半年しかもたなかった。半年たって、チャリは突然占いができなくなり(「閉じてしまった」と彼女は言う)、それとともに病気がぶり返した。チャリの癒しの術を封印してしまった(「結んだ、閉じた(kufunga)」)のは、ムルングが外に出されて仕事をもらったことを嫉妬する他の憑依霊たちの仕業だった。チャリは、下手人としてとりわけ女性の憑依霊ドゥルマ人カシディ(kasidi163)を挙げている。チャリは再び5年間、重病に苦しむことになる。チャリは、彼女にとって二人目の施術上の母フピ・ワ・ンゴメに出会い、治療をうけた。その過程で、チャリの最も強力な持ち霊となる「世界導師(mwalimu dunia237)」が出現する。そのエピソードについては別のページで紹介したい。フピとは、後にチャリは喧嘩別れすることになるが、チャリは今なお彼女のことを地域で最も偉大な、道を極めた施術師だと評価している。彼女によってムルングを外に出し直し、さらに憑依霊ドゥルマ人(muduruma161)と「世界導師(mwalimu dunia237)」を外に出してもらう。この時の施術上の父はマシュディ・ワ・マンガーレであった。その後チャリたちは、そのままフピの屋敷に部屋を与えられ、新しい住まいが見つかるまではそこで暮らすことになる。

この「世界導師」や、同じくチャリの持ち霊で今ひとつ正体不明な「憑依霊ガンダ人(muganda241)」などについて、私は長い間、チャリ独自の霊(キナンゴ近辺では「世界導師」や憑依霊ガンダ人を持っている施術師は他に一人もいなかったので)だとずっと勘違いしていた。これらがチャリの祖父デレの持ち霊であったことがわかったのは、なんと1998年の調査でだ。すごくダメな調査をしているな>私。

というわけでチャリがデレの癒しの術を継承しているというのには、私が長い間考えていたよりも、実質的な内容がともなっていたのである。 詳しくは別稿: チャリの癒しの術の継承の経緯をご覧いただきたい。

そこからもわかるように、チャリの癒しの術がデレの癒しの術の継承であるというのは、単にデレが高名な施術師であったから、その流れを受け継ぐという以上のものである。デレの持ち霊までやってくるという意味で、有無を言わせない継承なのだ。なぜなら、憑依霊はこちらが来て欲しいと思ったからやってくるような奴らではなく、こちらの意思や願いとは無関係に自分たちの勝手でやって来て宿主に選んでとり憑く奴らだからだ。実際、憑依霊ガンダ人と世界導師は、ともに重病に苦しむチャリの夢の中に出現して自ら名乗ったとされている。拒んだら去ってくれるような連中ではない。まさに癒しの術の継承は「厄介なのよ」なのだ。

ほぼ同内容だが、デレの癒しの術の継承関係の説明他(2004年の調査)では、やや詳しく癒しの術の継承が母系をたどるという説明がなされている。

施術師としての成功と不調・病気の回帰・新たな問題

さて、この2度目の外に出すンゴマによって、チャリは再び健康を取り戻し、施術師としての活躍が始まった。しかしこの活躍のせいで、チャリによると、施術上の母フピとの関係が悪くなる。「私を外に出した後で、彼女は私に不正を働いたのよ(私を嫉妬したのよ)。私の憑依霊たちがそれはそれは本当に仕事をするもんだから。なぜなら彼女は私を覆ってしま(kunifinikira246)おうとして、失敗したのよ。」とチャリは言う。さまざまな経緯の後、チャリ夫婦はフピと袂を分かって、最終的に「ジャコウネコの池」に移り住むことになる。それが1986年の終わりであった。

「ジャコウネコの池」で、チャリはよく当たる占いで評判となり、施術も繁盛する。私が「すっぱい」村のカリンボさんに誘われて、パートナーの不調を占いに行って初めてチャリに出遭ったのが、その翌年1987年であった。チャリの占いには連日行列ができているほどで、私たちが午後4時近くに行ったときには、朝からずっと占いをしていてもう疲れたから止めたいみたいなことを言うのを、あえてお願いしたことを覚えている。まさに絶好調のときに出遭っていたことになる。この年の8月に私は帰国し、1989年8月に再び戻るまで2年間の空白がある。この間に、チャリの夫婦に何があったのだろうか。

私がカタナ君によって正式にチャリ夫婦に紹介されたのは1989年11月17日であった。この時点では、私は彼らについてほとんど何も知識をもっていなかった。私の目には活発に施術活動をし、熱心に癒しの術について語る精力的な二人に見えていた。翌日招待された「月のカヤンバ」でも、飢饉の年であったため施術上の子供たちからの金銭的貢献がほとんどなかったにも関わらず、自腹で彼らに報酬を払い、食事を振る舞うなど、多くのこの地方の人々同様に貧しくはあるが、それなりに余裕のある暮らしぶりに私には見えた。

しかし、この「月のカヤンバ」での憑依霊と人々のやり取りのなかで、すでにチャリ夫婦が直面しているいくつかの問題が語られていた。当時の私はほぼ何のことか理解していなかったが。

整理すると3つの問題になる。

  1. 一緒になって以来、ムリナとチャリの間に子供が生まれていない。「月のカヤンバ」が開催されたとき、この年に、腹のなかにいた子供が「消えてしまった」「死んでしまった」とチャリが語る出来事が起きている。このカヤンバではムリナはおそらく妖術を疑っており、下手人を教えてほしいと食い下がっているが、憑依霊は答えることを拒み、別の夫人の子供の問題に話題を変えて、占いモードに入っている。この問題は、このサダカにおいても取り上げられ、妊娠の失敗が占いでデレのせいだとわかったと語られている。

  2. チャリの「病気」。単にチャリは妊娠できないだけではなく、1988年以降、再び体調をくずし、ドゥルマでは女性に最も期待されている労働である畑仕事が一切できなくなってしまった。この問題は、「月のカヤンバ」では妊娠の問題といっしょに問題にされているが、自分の畑に食料の調達が期待できず、食料の多くを購入にたよることになれば、次に述べる施術が以前のように繁盛しなくなった点とあわせて、事態の深刻さはいや増すことになる。1990年以降次第に肥大化していく、近隣からの妖術攻撃の疑いはこの状況と切り離して考えることはできない。

  3. かつてほどチャリの施術が繁盛していない。1986年にムリナとチャリが「ジャコウネコの池」に移り住んだ当初から1~2年は、チャリの占いはよく当たるという評判を呼び、連日相談者が詰めかけていた。同時に施術も繁盛した。チャリに問題点を言い当てられた相談者は、その問題を解決してくれる施術師候補にチャリ自身を含めることが多いので、自然と施術の客も多くなる。その幾人かはチャリの施術上の子供となる。しかしこうしたことは、施術師になりたての人にはよく起こることだ。人々はニューフェイスに期待するものであるが、こうしたブームはたいてい数年で終息し、地域の他の施術師たちと同じような仕事のペースに戻るのだろうと、私は見ている。しかしチャリたちにとっては、こうした後退には、なんらかの原因があるはずだということになる。

    1. 一つは、他の憑依霊たちの嫉妬である。すでに認知され、外に出されて仕事の要求を叶えてもらった憑依霊たちに、自分たちの同様な要求がまだ叶えられていない他の憑依霊が嫉妬して、施術師の仕事を封じてしまおうとする。チャリが最初にムルングを外に出した際にも同じことが起こったとされている。チャリは占いをし、それは成功だった。しかしわずか6ヶ月でチャリは占いができなくなってしまった。それはムルングだけが外に出してもらったことを妬んだ、憑依霊ドゥルマ人たちの仕業だった。「月のカヤンバ」でも、チャリの施術の退潮を引き起こしているかもしれない、他の強力な憑依霊の要求を次に叶えることが話題になっている。元々「月のカヤンバ」の次の週に予定されていたライカとシェラを「外に出す(kulavya nze15)」ンゴマに関するムリナと憑依霊との打ち合わせ(?)がこの日の、憑依霊とのやり取りのかなりの部分を占めていた。このンゴマは結局12月に実施され、チャリはライカ、シェラ、憑依霊ディゴ人(これらの憑依霊は同じ一つの瓢箪子供に同居)を正式に外に出された。これで問題が解決すれば、問題はこれらの霊によってもたらされていたことが確定する。

    2. 自分たちの成功を妬んだ妖術使いやライバルの施術師による攻撃も、もう一つの可能性である。11月の「月のカヤンバ」では妊娠が阻害されている問題にも、この可能性が持ち出されていたが、チャリたちの施術の退潮についても、その可能性は示唆されている。これは少し後の話になるが、この可能性が1991年以降は手のつけようがないほど肥大し、ムリナ夫婦は近隣の長老を妖術使いとして告発しようとするところまで行ってしまうのである。

1990年の1月に開催された祖先デレに対するサダカでは、これら3つの問題がすべて祖霊デレの仕業である可能性に重きが置かれている。人々にとって、このサダカはこの疑念に対する答えを提供するはずだ。何年にもわたってペンディングになっていた祖霊の要求についに正式に応答し、負債をなくしたことで、もしデレの怒りが原因であったとしたら、すべての状況は改善されるはずである。もし改善されなかったなら、出発点に戻って別の犯人の可能性を追及することになるだろう。

デレの関与の経緯

私はフィールドにいなかったが、これらの問題は1988年にはすでに顕在化していたようだ。

冒頭近くのチャリのデレへの語りかけのなかに述べられているように、デレの関与は、チャリが施術師になるきっかけとなる、ムリナとの結婚のすぐあとに始まる最初の病気の時に遡る。そもそもヤギはそのときに要求されたものだった。チャリがいっしょに暮らしている夫のことを知らされていないことに、デレは怒っていたらしい。しかしその後の治療の過程で、デレが彼の癒しの術の継承をチャリに求めていることが明らかになった。ムコバの継承の要求は、すでにデレの子孫たちのあいだで繰り返されていたもので、いくら治療してもしつこく繰り返す病気は、自然とこの要求の観点からながめられることになる。

ただこの時期、ムリナ夫婦は極貧状態だったため、ヤギを約束するゆとりなどなかった(そもそもヤギを所有していなかった)はずで、ヤギを取り置き、サダカを約束したのはチャリの施術が順調でヤギを何頭か所有できていた1986年以降だと思われる。

それが正確にはいつだったにせよ、チャリと当時まだ存命だった母ムワカは1頭のヤギを、デレのために取り置き、それを遠くない将来デレに対して差し出す約束を行ったという。 その後も、チャリは施術師として順調な稼ぎがあり、取り置いたヤギは仔ヤギを産んだ。そんななかで、デレとの約束の履行は再び後回しになってしまったようだ。あらゆることがうまく運んでいるときに、真っ先に忘れられるのも、祖霊に対する約束であるみたいだ。

その後、1988年に入り、初期の施術の成功にも陰りが見え始め、繰り返す妊娠問題、病気のぶり返しのなか、再び祖霊に対する負債が想起される。デレに対するヤギの約束を思い出させたのは、チャリの語りかけにあるようにムリナだった。ムリナが言っているように、デレはムリナを訪問し、ヤギを殺そうとした。デレはヤギが約束通り届けられることはない、自分は騙されたのだと思ったのだろうとムリナは語り、ヤギを殺さないようにとデレを説得した。

夢はつねに占いによって確認されねばならない。占いは、チャリの妊娠のトラブルも、病気もデレの仕業であると示した。デレの祖霊の棒に対してしばしの猶予が乞われる。そして約束は再び日々の忙しさのなかに紛れてしまう。やがて、さまざまな凶兆が送られてきた。なかでも黄色アリ(ng'anda)の小屋への侵入は、あまりにもあからさまな徴しであり、占いは再びそれがデレの送った催促であることを確認した。サダカをもうあまり遅らせるわけにはいかない。そして施術の編み袋ムコバがシロアリ(lutswa)に喰われるに及んで、もう待ったなしで、このサダカになったわけである。このように祖霊の要求はけっして永遠に拒み続ける訳にはいかず、その督促は容赦ない。

とは言うものの、祖霊に対する負債は、サダカという定まった「身を切る」饗応によって返し切ることができる、確実に解消できるトラブルでもある。

祖霊の要求が正面にある原因であるとしても、もちろん、それは他のより深刻な物語を排除するものではない。ムリナの語りの中では、チャリの施術の成功を妬んでいる隣人たち、そのなかにいるはずの妖術使いの攻撃の疑いが繰り返し語られている。憑依霊や妖術使いの方が、しばしば緊急に対処すべき当面の課題として立ちはだかる。だが祖霊が執拗に送りつけ続けるサインによって、かなりショッキングなサインによって、ときに祖霊が最優先で取り組むべき課題として浮上することもある。サダカが行われるのは、そんな場合だ。

祖霊デレはサダカの饗応を受けることによって今や、より深刻な攻撃に対する迎撃を祈願してよい存在となる。つまり祖霊に対する負債は、最初に確実に取り除くことができる、できれば最初に取り除いておくべき、でも緊急性は普通少なめな障害なのである。

長い期間の後、ようやく祖霊に対する負債を払い終え、人々の気分は(しこたま飲んだヤシ酒の影響もあるが)軽くなっている。参加者全員が、事態の好転を期待している。もちろん現実は往々にしてそんな甘いものではないのだが。

より過酷な戦いが待っている。私の目には、もうキリがないようにしか見えない。ある憑依霊の要望を満たしても、要望が放置されている他の憑依霊がいる。そして妖術使いたちは、どんなに対抗してその攻撃を跳ね返しても、執拗に新たな攻撃を仕掛けてくる。いい加減にして欲しい。そして、もっともげんなりすることに、祖霊だって実は一人ではないとわかるのだ。え、あの人も!?もう!!

注釈


1 サダカ(sadaka, pl.sadaka)。スワヒリ語では sadaka は「喜捨、施し、宗教的捧げ物、供犠」などを意味するが、ドゥルマでは、墓場で徹夜の太鼓演奏などの後に、早朝に祖霊に対して行う、動物供犠を伴う饗宴を指す。これによって生者は死者に対して負っていた負債を返し、死者の怒りを鎮め、子孫たちの「つつがなきこと」を願う。この際に祖先に対して供される肉は塩を入れずに別鍋で調理され、子供たちによって墓場で食べ尽くされる。サダカは、すでに「熟した服喪(hanga ivu2)」を終えた祖霊に対してしか行うことはできない。サダカの様子については浜本, 1992,「ドゥルマにおけるコマの観念」『九州人類学会報』Vol.20:30-51
2 ハンガ・イヴ(hanga ivu)。直訳すると「熟した服喪」。死者のハンガ・イツィ「生(なま)の服喪」3の数年後に開催される。父系親族集団(ukulume5)はクラン(mbari)、ムランゴ(mulango, 「戸口」を意味する)、ニュンバ(nyumba, 「家、小屋」を意味する)、ムジ(mudzi6, 「屋敷」を意味する)に分節するが、ハンガ・イヴを開催するためにはニュンバレベルの話し合いで許しを得る必要がある。ハンガ・イブにはいくつものダンスや演奏集団が招待され(最近では車のバッテリで音響システムを駆動するディスコも人気だ)、主宰者の屋敷の周囲の広い敷地が会場になる。広い範囲から客が集まり、出店や簡易食堂なども出され、徹夜で賑わう。かつて(30年ほど以前)は、ハンガ・イヴを開催して初めて死者の財産や残された未亡人の相続が行われていた。死者の霊(祖霊 k'oma)に対する供犠は、ハンガ・イヴを開催したあとでしかできなかった(今日でも)。祖霊のもっとも執拗な要求は、早く自分のハンガ・イヴを開催せととの要求である。
3 ハンガ・イツィ(hanga itsi)。死者の埋葬後、クランごとに日数は異なるが、死者の親族は数日にわたる喪にに服する。これがハンガ・イツィ(hanga itsi, 直訳すると「生(なま)の服喪」)である。死者の屋敷の人びとや近親者(enye afererwa)はこの間、椅子、寝台の使用が禁止され、地面の上で起居する。大きな動作や大声も禁止され、すでに身内を失った経験のある者によって別火で調理された食事を食す。この間、アトゥイ(atuwi, sing.mutuwi)と呼ばれる弔問客たちは、死者の屋敷で賑やかに飲み食いし、連日屋敷の前広場では近隣の男女によってキフドゥ(chifudu)と呼ばれる卑猥な内容の歌と踊りが催される。最終日の「水に寝る日」の夜明けに死者の遺族たち(enye afererwa)は男女別に水場まで行列し、そこで水で洗い清められ、死者の配偶者は屋敷で「巣立ちkuuruswa」と呼ばれるてつづきにより、寝台と椅子の使用が解禁される。なお死者が憑依霊を多く持つ施術師であった場合は、服喪の期間中毎晩、キフドゥなどとは別に死者のもっていたムコバ(mukoba4)あるいは瓢箪子供を囲んでカヤンバが演奏される。このカヤンバも「お悔やみのカヤンバ(kayamba ra pore)」と呼ばれる。この「生の服喪」の数年後(残された集団の財力に依存する)、盛大な「熟した服喪 hanga ivu」が開かれる。かつては死者の財産や未亡人の相続は、熟した服喪の後に行われた。
4 ムコバ(mukoba)。持ち手、あるいは肩から掛ける紐のついた手提げ、あるいは肩掛け編み袋。サイザル麻などで編まれたものが多い。憑依霊の癒しの術(uganga)では、施術師あるいは癒やし手(muganga)がその瓢箪や草木を入れて運んだり、瓢箪を保管したりするのに用いられるが、癒しの仕事を集約する象徴的な意味をもっている。自分の祖先のugangaを受け継ぐことをムコバ(mukoba)を受け継ぐという言い方で語る。また病気治療がきっかけで患者が、自分を直してくれた施術師の「施術上の子供」になることを、その施術師の「ムコバに入る(kuphenya mukobani)」という言い方で語る。患者はその施術師に4シリングを払い、施術師はその4シリングを自分のムコバに入れる。そして患者に「ヤギと瓢箪いっぱいのヤシ酒(mbuzi na kadzama)」(20シリング)を与える。これによりその患者はその施術師の「ムコバ」に入り、その施術上の子供になる。施術上の子供を辞めるときには、ただやめてはいけない。病気になる。施術上の子供は施術師に「ヤギと瓢箪いっぱいのヤシ酒(mbuzi na kadzama)」を支払い、4シリングを返してもらう。これを「ムコバから出る(kulaa mukobani)」という。施術師のムコバ(mukoba)には、施術に用いる装備品が入れられているだけでなく、施術から得られた収入も、すべてムコバに入れなければならない。そのお金は必要なものを購入する際には使うことができるが、黙って使用してはならず、必ず憑依霊たちにしかじかの目的に使う旨、許しを求めたうえでしか使用することはできない。
5 ウクルメ(ukulume)。父系クラン。mbari ya kulume とも言う。母系クランは、ウクーチェ(ukuche)あるいはmbari ya kuche。ドゥルマはミジケンダの9グループのなかで、隣接するラバイと並んで二重単系出自のシステムをもつ。14ある父系クランはMwamweziおよびMurimaと呼ばれる二つのグループに分かれ、それぞれが7つのクランからなる。MurimaにはMwabeja, Mwanyota, Mwamukala, Mwalikuta, Mulaire, Mwachenda, Muchandaの7クラン、MwamweziにはMwadzine, Mwakai, Mwayawa, Muphande, Mwamundu, Mwatsangari, Mwachingodzaの7クランが属する。かつては父系的に継承されるのは土地とそこに生えている樹木、弓矢のみであった。家畜その他の動産はすべて母系相続されていた。
6 ムジ(mudzi)はドゥルマ社会における自律的な最も基礎的社会単位である。「屋敷」という日本語は裕福な家族が暮らす広い敷地をもつ大きな家屋のイメージであるが、mudzi(複数形 midzi)には家屋の大きさの含意はない。mudziの最小単位は一人の男性とその妻、子供からなり、居住のための小屋一つとその前庭、おそらくは家畜囲いがあるだけのものである。一夫多妻であれば、それぞれの妻が自分の小屋をもち、それらが前庭を取り巻く形で配置されている。さらにそれぞれの妻の息子たちが結婚し、自分の妻の小屋を父の小屋群の前庭の周辺にもつようになると、mudziの規模は大きくなる。兄弟たちは、父の死後も同じ場所に留まり、そこは父親の名前で「~のmudzi」と呼ばれ続ける。さらに孫の世代もということになると、mudziはほとんど集落、村と呼んでもおかしくないほどの規模になる。今日ではmudziの規模は小さくなる傾向にあるが、私が調査を始めた1980年代前半には、キナンゴの町とその近傍以外の地域では、こうした大きな規模のmudziが普通に見られた。そんな訳で「屋敷」という訳語は必ずしも違和感なく用いることができた。現在でもmudziが、その内部の問題を自分たちで解決する独立した自律的単位であることには変わりはなく、そうした自律した社会集団、周囲の世界(ブッシュ)とはっきり区別された小宇宙という意味で、「屋敷」という訳語を使い続けたいと思う。
7 フィールドノートは帰国後テキストファイル化を進めているが、まだ完了していない。「フィールドノートより」の記述は、フィールドノートの記述をそのまま転記したものであるため、現地語や今日の観点では不適切と思われる訳語もそのままにしている。例えばnyunguを「壺」としたり、makokoteriを「呪文」としたり、muhasoを「呪薬」としたり、mugangaを「呪医」としたり、といったもの。「呪」はないだろう、「呪」は。現地語についてもあえて日本語に直さず注を付ける形で説明をつけることにする。なお記述における各セクションのタイトルや、項目のナンバリングはウェブ化に際してのものも含まれる。書き起こしテキストへの紐づけ、およびリンクも当然ウェブ化に際してのものである。画像やスケッチのキャプションもウェブ化の際のもの。植物名の同定はフィールドではできず、文献に基づく事後的な補筆である8。なお地名、人名についてはウェブ化に際して一定の配慮を施した。地名は、ドゥルマ語を字義通りの日本語に直して、例えばMwoyeni(Moyeni)村は「皆さん、お休みください」村といった具合に。人名は私とごく親しい関係になった数名の施術師とその弟子たち、近隣の友人たちを除いて、仮名またはイニシャルのみのような省略形を用いて書き直している。
8 カッコ内の学名は帰国後、同定可能だった分。フィールドワークの時点では、ただひたすら見分け能力の不足と、植物学の素養のなさを痛感するのみだった。帰国後の同定には下記の文献を参照した。1990年代以降のこれら一連の民族植物学研究には感謝しかない。すべてのドゥルマの(ましてや施術師たちの)草木の呼び名が同定可能だった訳ではないが。
Johnson, F., ed. 1971(originally 1939), Standard Swahili English Dictionary, London: Oxford University Press. (参照時にはSSEと略する)
Karisa, J.F., et.al. 2011, Mboga za Watu wa Pwani, Kilifi Utamaduni Conservation Group, Bioversity International
Kokwaro,J.O.,1993,Medicinal Plants of East Africa(Second ed.),Nairobi:Kenya Literature Bureau;
Maundu,P.,& B.Tengnasu eds.,2005,Useful trees and shrubs for Kenya,World Agroforestry Center;
Pakia,M. & J.A.Cooke,2003a, "The ethnobotany of the Midzichenda tribes of the coastal forest areas in Kenya: 1. General perspective and non-medicinal plant uses" South African Journal of Botany 69(3):370-381;
Pakia, M. & JA Cooke, 2003b, "The ethnobotany of the Midzichenda tribes of the coastal forest areas in Kenya: 2. Medicinal plant uses", South African Journal of Botany 69(3): 382–395;
Pakia, M., 2005, African Traditional Plant Knowledge Today: An ethnobotanical study of the Digo at the Kenya Coast, A dissertation submitted in fulfillment of the Requirements for the degree of a Doctor of Natural Science, at The Faculty of Biology, Chemistry and Geoscience, The University of Bayreuth, Germany; 2. Medicinal plant uses",South African Journal of Botany 2003, 69(3): 382–395;
9 MFはMother's Fatherの略。「母方の祖父」つまりチャリの母ムワカ(Mwaka)の父である。
10 ウガンガ(uganga)。癒やしの術、治療術、施術などという訳語を当てている。病気やその他の災に対処する技術。さまざまな種類の術があるが、大別すると3つに分けられる。(1)冷やしの施術(uganga wa kuphoza): 安心安全に生を営んでいくうえで従わねばならないさまざまなやり方・きまり(人々はドゥルマのやり方chidurumaと呼ぶ)を犯した結果生じる秩序の乱れや災厄、あるいは外的な事故がもたらす秩序の乱れを「冷やし」修正する術。(2)薬の施術(uganga wa muhaso): 妖術使い(さまざまな薬を使役して他人に不幸や危害をもたらす者)によって引き起こされた病気や災厄に対処する、妖術使い同様に薬の使役に通暁した専門家たちが提供する術。(3)憑依霊の施術(uganga wa nyama): 憑依霊によって引き起こされるさまざまな病気に対処し、憑依霊と交渉し患者と憑依霊の関係を取り持ち、再構築し、安定させる癒やしの術。
11 ムブルガ(mburuga)。「占いの一種」。ムブルガをすることをドゥルマ語ではムブルガを「打つ(kupiga mburuga)」と表現する。相談者が占いに相談に行くことを婉曲的に「山に行く(kpwenda vilimani)」と言う言い方もある。ムブルガ(mburuga)は憑依霊の力を借りて行う占い。占いに行く者は、必ずしも病人、あるいはトラブルの当事者本人であるとは限らない。むしろ事情に詳しい代理人が行くのが普通である。客は占いをする施術師の前に黙って座り、何も言わない。占いの施術師は、まず問題を抱えているのが男性であるか女性であるか、大人であるか、子供であるかを当てねばならない。次に自ら患者(あるいは問題の当事者)の抱えている問題を、それが病気であれば、頭から始まって身体を巡るように逐一挙げていかねばならない。中にトウアズキ(t'urit'uri)の実を入れたキティティ(chititi)と呼ばれる小型瓢箪を振って憑依霊を呼び、それが教えてくれることを客に伝える。施術師の言うことが当たっていれば、客は「そのとおり taire」と応える。あたっていなければ、その都度、「まだそれは見ていない」などと言って否定する。施術師が首尾よく問題をすべてあげることができると、続いて治療法が指示される。最後に治療に当たる施術師が指定される。客は自分が念頭に置いている複数の施術師の数だけ、生木の小枝を折ってもってくる。施術師は一本ずつその匂いを嗅ぎ、そのなかの一本を選び出して差し出す。それが治療にあたる施術師である。それが誰なのかは施術師も知らない。その後、客の口から治療に当たる施術師の名前が明かされることもある。このムブルガに対して、ドゥルマではムラムロ(mulamulo)というタイプの占いもある。こちらは客のほうが自分から問題を語り、イエス/ノーで答えられる問いを発する。それに対し占い師は、何らかの道具を操作して、客の問いにイエス/ノーのいずれかを応える。この2つの占いのタイプが、どのような問題に対応しているのかについて、詳しくは浜本満1993「ドゥルマの占いにおける説明のモード」『民族学研究』Vol.58(1) 1-28 を参照されたい。
12 キゴンゴ・チャ・コマ(chigongo cha k'oma, pl.vigongo vya...)。「祖霊の棒」。すでに「熟した服喪(hanga ivu2)」を開いてもらった祖霊は、さまざまな要求を夢のなかで子孫に伝えに来る。それらの要求は死者の墓(mbira)で開催されるサダカ(sadaka1)と呼ばれる饗宴と太鼓演奏(省略可)によって応えることができる。また、こうした要求について、その履行を待ってもらいたいなどのときには、同じく墓場に行って祖霊に語りかけることができる。しかし、墓場が遠方で簡単には訪問できない場合には、自分が住んでいる屋敷の小屋の入口の脇にその祖霊を表す木の棒(chigongo cha k'oma12)を立てて、それに対して水で溶いたとうもろこし粉(mvua)を振りまきながら語りかけること(kuhatsa13)ができる。すでに熟した服喪を開かれた祖霊しかキゴンゴは立ててもらえない。それに用いられるのはchitwadzi21、muhumba22、mukone117、muvumo118の生木に限る。晩(dziloni)に伐り出しに出かけ、そこに一晩寝かせた後、明け方長いまま棒の前後を二人で死体を運ぶようにもって、持ち帰る。独りで運んだり、地面を引きずったりしてはならない。屋敷に着いた後に必要な本数に切り分ける。ヤギを供犠し、戸口の脇に(本数が多い場合には小さい小屋(chibanda cha k'oma)を立ててその中に)並べて立てる。死者すべてを立てるわけではなく。いろいろ厄介事を持ち込む祖霊たちのみを立てる。「熟した服喪」が未開催の死者の棒は立てることができない。祖霊の棒でできるのは、水溶きとうもろこし粉を撒き、死者に語りかけることだけで、祖霊が要求するものを捧げたり、饗宴を開いたりはできない。鶏程度の供犠なら可能とする人もいる。本格的な饗宴は死者の墓場でのみ可能。ただし、分墓の手続きが取られた場合、そこではサダカを開催することも可能になる。二人一組で墓にでかけ、そこでコマに語りかけた後、墓から3ヵ所(頭部、胸部、足元)の土を取り死体を包む白い布に包んで持ち帰る。一行が屋敷に近付くと屋敷の女たちが号泣して迎えることになっている。30センチ程の深さの穴が掘られ、そこに白い布に包んだ土が「埋葬」される。その場で山羊が屠殺されその血が地面に突き刺された棒に注がれ、女たちは埋葬歌を歌い踊る。祖霊の棒や祖霊の社は、完全には墓の代用をつとめることは出来ないが、分墓が行なわれていれば、そこは儀礼的に完全に墓と同じ役目を果す。
13 ク・ハツァ・コマ(ku-hatsa k'oma)。「祖霊(k'oma)に対して語りかける行為」。夢でコマの訪問を受けたり、特定の災厄がコマの干渉であることが明らかになると、小屋の戸口で、あるいはコマの社で、あるいは墓場でコマに対してクハツァ kuhatsa14 を行なう。コマの御飯、つまり一穂のトウモロコシを粉にし半分にわった瓢箪の容器(bebe)に入れて水で溶いたもの(ムヴア mvua と呼ばれる)を用意し、夕方小屋の戸口で、ムヴアを左手でつまんではコマに語りかけながらあたりに振りまく。あるいは墓場にでかけて、そこを整地し、ムヴアを撒きながら語りかけ、干渉をやめてくれるよう祈願するのである。コマの要求に応じて酒が用意されていることもある。空腹や渇きの場合ならこれで済むこともある。それ以上のことに関してはコマに対してその要求をかなえる旨約束し、とりあえず自分たちをほっておいてくれるよう頼む。コマの要求が家畜の供犠であるような場合、幼獣を墓につれていき、その耳を切って(父系のコマなら右耳、母系のコマなら左耳)この幼獣が成獣となった時に墓で供犠することを約束する。
14 クハツァ(ku-hatsa)。文脈に応じて「命名する kuhatsa dzina」、娘を未来の花婿に「与える kuhatsa mwana」、「祖霊に語りかける」、「祖霊の祝福を祈願する kuhatsa k'oma」、自分が無意識にかけたかもしれない「呪詛を解除する」、「カヤンバなどの開始を宣言する kuhatsa ngoma」などさまざまな意味をもつ。なんらかのより良い変化を作り出す言語行為を指す言葉と考えられる。憑依の文脈では、特定の霊の施術師になるための「外に出す(kulavya nze15)」ンゴマにおいて、その霊に固有の草木を折り取らせる最終テストの際に、見事に折り取った草木を主宰する施術師はクハツァして、テストに合格した者に正式に与える必要がある(これは後日、その他の草木を教える際にも繰り返される)。また、憑依霊を呼び出すンゴマ(カヤンバ)の場で、患者(ムウェレ(muwele16)がなかなか憑依状態に入らない(踊らない場合)があり、それが患者に対して心の中になにか怒り(ムフンド(mufundo20))をもっている親族(父母、夫など)がいるせいだとされることがある。その場合は、そうした怒りを感じている人に、その怒りの内容をすべて話し、唾液(あるいは口に含んだ水)を患者に対して吹きかけるという、呪詛の解除と同じ手続きがとられることがある。この行為もクハツァと呼ばれる。ンゴマやカヤンバにおいてムウェレが踊らない問題についてはリンク先を参照のこと。
15 ク・ラヴャ・コンゼ(ンゼ)(ku-lavya konze, ku-lavya nze)は、字義通りには「外に出す」だが、憑依の文脈では、人を正式に癒し手(muganga、治療師、施術師)にするための一連の儀礼のことを指す。人を目的語にとって、施術師になろうとする者について誰それを「外に出す」という言い方をするが、憑依霊を目的語にとってたとえばムルングを外に出す、ムルングが「出る」といった言い方もする。同じく「癒しの術(uganga)」が「外に出る」、という言い方もある。憑依霊ごとに違いがあるが、最も多く見られるムルング子神を「外に出す」場合、最終的には、夜を徹してのンゴマ(またはカヤンバ)で憑依霊たちを招いて踊らせ、最後に施術師見習いはトランス状態(kugolomokpwa)で、隠された瓢箪子供を見つけ出し、占いの技を披露し、憑依霊に教えられてブッシュでその憑依霊にとって最も重要な草木を自ら見つけ折り取ってみせることで、一人前の癒し手(施術師)として認められることになる。
16 ムウェレ(muwele)。その特定のンゴマがその人のために開催される「患者」、その日のンゴマの言わば「主人公」のこと。彼/彼女を演奏者の輪の中心に座らせて、徹夜で演奏が繰り広げられる。主宰する癒し手(治療師、施術師 muganga)は、彼/彼女の治療上の父や母(baba/mayo wa chiganga)17であることが普通であるが、癒し手自身がムエレ(muwele)である場合、彼/彼女の治療上の子供(mwana wa chiganga)である癒し手が主宰する形をとることもある。
17 憑依霊の癒し手(治療師、施術師 muganga)は、誰でも「治療上の子供(mwana wa chiganga)」と呼ばれる弟子をもっている。もし憑依霊の病いになり、ある癒し手の治療を受け、それによって全快すれば、患者はその癒し手に4シリングを払い、その癒やし手の治療上の子供になる。この4シリングはムコバ(mukoba4)に入れられ、施術師は患者に「ヤギと瓢箪いっぱいのヤシ酒(mbuzi na kadzama)」(20シリング)を与える。これによりその患者は、その癒やし手の「ムコバに入った」と言われる。こうした弟子は、男性の場合はムァナマジ(mwanamadzi,pl.anamadzi)、女性の場合はムテジ(muteji, pl.ateji)とも呼ばれる。これらの言葉を男女を問わず用いる人も多い。癒やし手(施術師)は、彼らの治療上の父(男性施術師の場合 baba wa chiganga)18や母(女性施術師の場合 mayo wa chiganga)19ということになる。弟子たちは治療上の親であるその癒やし手の仕事を助ける。もし癒し手が新しい患者を得ると、弟子たちも治療に参加する。薬液(vuo)や鍋(nyungu)の材料になる種々の草木を集めたり、薬液を用意する手伝いをしたり、鍋の設置についていくこともある。その癒し手が主宰するンゴマ(カヤンバ)に、歌い手として参加したり、その他の手助けをする。その癒し手のためのンゴマ(カヤンバ)が開かれる際には、薪を提供したり、お金を出し合って、そこで供されるチャパティやマハムリ(一種のドーナツ)を作るための小麦粉を買ったりする。もし弟子自身が病気になると、その特定の癒し手以外の癒し手に治療を依頼することはない。治療上の子供を辞めるときには、ただやめてはいけない。病気になる。治療上の子供は癒やし手に「ヤギと瓢箪いっぱいのヤシ酒(mbuzi na kadzama)」を支払い、4シリングを返してもらう。これを「ムコバから出る」という。
18 ババ(baba)は「父」。ババ・ワ・キガンガ(baba wa chiganga)は「治療上の(施術上の)父」という意味になる。所有格をともなう場合、例えば「彼の治療上の父」はabaye wa chiganga などになる。「施術上の」関係とは、特定の癒やし手によって治療されたことがきっかけで成立する疑似親族関係。詳しくは「施術上の関係」17を参照されたい。
19 マヨ(mayo)は「母」。マヨ・ワ・キガンガ(mayo wa chiganga)は「治療上の(施術上の)母」という意味になる。所有格を伴う場合、例えば「彼の治療上の母」はameye wa chiganga などになる。「施術上の」関係とは、特定の癒やし手によって治療されたことがきっかけで成立する疑似親族関係。詳しくは「施術上の関係」17を参照されたい。
20 ムフンド(mufundo)。フンド(fundo)は縄などの「結び目」であるが、心の「しこり」の意味でも用いられる。特に mufundo は人が自分の子供などの振る舞いに怒りを感じたときに心のなかに形成され、持ち主の意図とは無関係に、怒りの原因となった子供に災いをもたらす。唾液(あるいは口に含んだ水)を相手の胸(あるいは口中に)吹きかけることによって解消できる。この手続きをクハツァ(kuhatsa14)と呼ぶ。知らず知らずのうちに形成されているmufundoを解消するためには、抱いたかもしれない怒りについて口に出し、水(唾液)を自分の胸に吹きかけて解消することもできる。本人も忘れている取るに足らないしこりが、例えばンゴマやカヤンバで患者が踊ることを妨げることがある。muweleがいつまでたっても憑依されないときには、夫によるkuhatsaの手続きがしばしば挿入される。ムフンドは典型的には親から子へと発動するが、夫婦などそれ以外の関係でも生じるとも考えられている。
21 キトゥワジ(chitwadzi, pl.vitwadzi)。Ormocarpum kirkii(Pakia&Cooke2003b:391)。冷やしの草木(muhi wa peho)の一つ。
22 ムフンバ(muhumba)。Cassua subgyeaba (Pakia&Cooke2003b:390)。ニャリ23の草木。またビルハルツ住血吸虫症やテゴ(t'ego116)の薬としても用いられている。
23 ニャリ(nyari)。憑依霊のグループ。内陸系の憑依霊(nyama a bara)だが、施術師によっては海岸系(nyama a pwani)に入れる者もいる(夢の中で白いローブ(kanzu)姿で現れることもあるとか、ニャリの香料(mavumba)はイスラム系の霊のための香料だとか、黒い布の月と星の縫い付けとか、どこかイスラム的)。カヤンバの場で憑依された人は白目を剥いてのけぞるなど他の憑依霊と同様な振る舞いを見せる。実体はヘビ。症状:発狂、四肢の痛みや奇形。要求は、赤い(茶色い)鶏、黒い布(星と月の縫い付けがある)、あるいは黒白赤の布を継ぎ合わせた布、またはその模様のシャツ。鍋(nyungu)。さらに「嗅ぎ出し(ku-zuza)24」の仕事を要求することもある。ニャリはヘビであるため喋れない。Dena90が彼らのスポークスマンでありリーダーで、デナが登場するとニャリたちを代弁して喋る。また本来は別グループに属する憑依霊ディゴゼー(digozee111)が出て、代わりに喋ることもある。ニャリnyariにはさまざまな種類がある。ニャリ・ニョカ(nyoka): nyokaはドゥルマ語で「ヘビ」、全身を蛇が這い回っているように感じる、止まらない嘔吐。よだれが出続ける。ニャリ・ムァフィラ(mwafira):firaは「コブラ」、ニャリ・ニョカの別名。ニャリ・ドゥラジ(durazi): duraziは身体のいろいろな部分が腫れ上がって痛む病気の名前、ニャリ・ドゥラジに捕らえられると膝などの関節が腫れ上がって痛む。ニャリ・キピンデ(chipinde): ku-pindaはスワヒリ語で「曲げる」、手脚が曲がらなくなる。ニャリ・キティヨの別名とも。ニャリ・ムァルカノ(mwalukano): lukanoはドゥルマ語で筋肉、筋(腱)、血管。脚がねじ曲がる。この霊の護符pande50には、通常の紐(lugbwe)ではなく野生動物の腱を用いる。ニャリ・ンゴンベ(ng'ombe): ng'ombeはウシ。牛肉が食べられなくなる。腹痛、腹がぐるぐる鳴る。鍋(nyungu)と護符(pande)で治るのがジネ・ンゴンベ(jine ng'ombe)との違い。ニャリ・ボコ(boko): bokoはカバ。全身が震える。まるでマラリアにかかったように骨が震える。ニャリ・ボコのカヤンバでの演奏は早朝6時頃で、これはカバが水から出てくる時間である。ニャリ・ンジュンジュラ(junjula):不明。ニャリ・キウェテ(chiwete): chiweteはドゥルマ語で不具、脚を壊し、人を不具にして膝でいざらせる。ニャリ・キティヨ(chitiyo): chitiyoはドゥルマ語で父息子、兄弟などの同性の近親者が異性や性に関する事物を共有することで生じるまぜこぜ(maphingani/makushekushe)がもたらす災厄を指す。ニャリ・キティヨに捕らえられると腰が折れたり(切断されたり)=ぎっくり腰、せむし(chinundu cha mongo)になる。胸が腫れる。
24 クズザ(ku-zuza)は「嗅ぐ、嗅いで探す」を意味する動詞。憑依霊の文脈では、もっぱらライカ(laika)等の憑依霊によって奪われたキブリ(chivuri25)を探し出して患者に戻す治療(uganga wa kuzuza)のことを意味する。ライカ(laika30)やシェラ(shera91)などいくつかの憑依霊は、人のキブリ(chivuri25)つまり「影」あるいは「魂」を奪って、自分の棲み処に隠してしまうとされている。キブリを奪われた人は体調不良に苦しみ、占いでそれがこうした憑依霊のせいだと判明すると、キブリを奪った霊の棲み処を探り当て、そこに行って奪われたキブリを取り戻し、身体に戻すことが必要になる。その手続が「嗅ぎ出し」である。それはキツィンバカジ、ライカやシェラをもっている施術師によって行われる。施術師を取り囲んでカヤンバを演奏し、施術師はこれらの霊に憑依された状態で、カヤンバ演奏者たちを引き連れて屋敷を出発する。ライカやシェラが患者のchivuriを奪って隠している洞穴、池や川の深みなどに向かい、鶏などを供犠し、そこにある泥や水草などを手に入れる。出発からここまでカヤンバが切れ目なく演奏され続けている。屋敷に戻り、手に入れた泥などを用いて、取り返した患者のキブリ(chivuri)を患者に戻す。その際にもカヤンバが演奏される。キブリ戻しは、屋内に仰向けに寝ている患者の50cmほど上にムルングの布を広げ、その中に手に入れた泥や水草、睡蓮の根などを入れ、大量の水を注いで患者に振りかける。その後、患者のキブリを捕まえてきた瓢箪の口を開け、患者の目、耳、口、各関節などに近づけ、口で吹き付ける動作。これでキブリは患者に戻される。その後、屋外に患者も出てカヤンバの演奏で踊る。それがすむと、屋外に患者も出てカヤンバの演奏で踊る。クズザ単独で行われる場合は、この後、患者は、再びキブリをうばわれることのないようにクツォザ(kutsodza110)を施され、ンガタ52を与えられる。やり方の細部は、施術師によってかなり異なる。
25 キヴリ(chivuri)。人間の構成要素。いわゆる日本語でいう霊魂的なものだが、その違いは大きい。chivurivuriは物理的な影や水面に写った姿などを意味するが、chivuriと無関係ではない。chivuriは妖術使いや(chivuriの妖術26)、ある種の憑依霊によって奪われることがある。人は自分のchivuriが奪われたことに気が付かない。妖術使いが奪ったchivuriを切ると、その持ち主は死ぬ。憑依霊にchivuriを奪われた人は朝夕悪寒を感じたり、頭痛などに悩まされる。chivuriは夜間、人から抜け出す。抜け出したchivuriが経験することが夢になる。妖術使いによって奪われたchivuriを手遅れにならないうちに取り返す治療がある。chivuriの妖術については[浜本, 2014『信念の呪縛:ケニア海岸地方ドゥルマ社会における妖術の民族誌』九州大学出版,pp.53-58]を参照されたい。また憑依霊によって奪われたchivuriを探し出し患者に戻すku-zuza24と呼ばれる手続きもある。詳しくは別項を参照されたい。
26 キブリの妖術(utsai wa chivuri)。人のキブリ25は妖術使いによっても奪われうる。イスラム系の妖術では妖術使いの使い魔となっている魔物(majine27)その他の手段によって犠牲者のキブリを呼び込む。自分を呼ぶ声が聞こえて、それにうっかり返事すると、その瞬間に犠牲者のキブリは妖術使いに捕らえられてしまう。妖術使いによって捕らえられたキブリは水を張った容器の水面にその人の姿として映し出される。それを妖術使いが切ると、その瞬間に人は死ぬ。非イスラムのドゥルマ的妖術においては、妖術使いは自分の身近な親族(とりわけ母や姉妹などの女性親族)を(妖術によって)殺害し手に入れた親族のキブリを閉じ込めた瓢箪をもっている。これが「キブリの瓢箪(ndonga ya chivuri)」と呼ばれるものである。閉じ込められたキブリは妖術使いの命令に従って、別の犠牲者のキブリを呼び込む。ここでも犠牲者は自分の名前が呼ばれているのを聞き、思わず返事した瞬間に、そのキブリは妖術使いの瓢箪のなかに取り込まれる。西遊記で似たような話しを読んだような。妖術使いは取り込んだキブリをじっくり痛めつけるが、最後にはそれを「切る」ことで犠牲者に死をもたらす。これら妖術使いに対抗する妖術を治療する施術師がいるが、これらの施術師も「キブリの瓢箪」をもっている。自分のもっているキブリの瓢箪を使って、妖術使いに捕まえられているキブリを取り返すのである。キブリは施術師の瓢箪の中に取り込まれ、そこから犠牲者の体内に戻される。問題は、妖術使いに対抗するキブリの施術師がもっている瓢箪も、彼自身が自分の女性親族を殺して作ったものだとされている点である。というわけでキブリの妖術に対抗する施術師もある意味、妖術使いと同じ穴のムジナだという側面をもつ。というわけでいずれにしてもキブリの瓢箪は怖い瓢箪なのである。

彼女の亡夫は名高い妖術系の施術師であった。彼がもっていたキブリの瓢箪。彼の術は強力で危険であったため、子供たちはだれもそれを相続したがらなかった。
27 マジネ(majine)はジネ(jine)の複数形。イスラム系の妖術。イスラムの導師に依頼して掛けてもらうという。コーランの章句を書いた紙を空中に投げ上げるとそれが魔物jineに変化して命令通り犠牲者を襲うなどとされ、人(妖術使い)に使役される存在である。自らのイニシアティヴで人に憑依する憑依霊のジネ(jine)と、一応区別されているが、あいまい。フィンゴ(fingo28)のような屋敷や作物を妖術使いから守るために設置される埋設呪物も、供犠を怠ればジネに変化して人を襲い始めるなどと言われる。
28 フィンゴ(fingo, pl.mafingo)。私は「埋設薬」という翻訳を当てている。(1)妖術使いが、犠牲者の屋敷や畑を攻撃する目的で、地中に埋設する薬(muhaso29)。(2)妖術使いの攻撃から屋敷を守るために屋敷のどこかに埋設する薬。いずれの場合も、さまざまな物(例えば妖術の場合だと、犠牲者から奪った衣服の切れ端や毛髪など)をビンやアフリカマイマイの殻、ココヤシの実の核などに詰めて埋める。一旦埋設されたフィンゴは極めて強力で、ただ掘り出して捨てるといったことはできない。妖術使いが仕掛けたものだと、そもそもどこに埋められているかもわからない。それを探し出して引き抜く(ku-ng'ola mafingo)ことを専門にしている施術師がいる。詳しくは〔浜本満,2014,『信念の呪縛:ケニア海岸地方ドゥルマ社会における妖術の民族誌』九州大学出版会、pp.168-180〕。妖術使いが仕掛けたフィンゴだけが危険な訳では無い。屋敷を守る目的のフィンゴも同様に屋敷の人びとに危害を加えうる。フィンゴは定期的な供犠(鶏程度だが)を要求する。それを怠ると人々を襲い始めるのだという。そうでない場合も、例えば祖父の代の誰かがどこかに仕掛けたフィンゴが、忘れ去られて魔物(jine27)に姿を変えてしまうなどということもある。この場合も、占いでそれがわかるとフィンゴ抜きの施術を施さねばならない。
29 ムハソ muhaso (pl. mihaso)「薬」、とりわけ、土器片などの上で焦がし、その後すりつぶして黒い粉末にしたものを指す。妖術(utsai)に用いられるムハソは、瓢箪などの中に保管され、妖術使い(および妖術に対抗する施術師)が唱えごとで命令することによって、さまざまな目的に使役できる。治療などの目的で、身体に直接摂取させる場合もある。それには、muhaso wa kusaka 皮膚に塗ったり刷り込んだりする薬と、muhaso wa kunwa 飲み薬とがある。muhi(草木)と同義で用いられる場合もある。10cmほどの長さに切りそろえた根や幹を棒状に縦割りにしたものを束ね、煎じて飲む muhi wa(pl. mihi ya) kunwa(or kujita)も、muhaso wa(pl. mihaso ya) kunwa(or kujita) として言及されることもある。このように文脈に応じてさまざまであるが、妖術(utsai)のほとんどはなんらかのムハソをもちいることから、単にムハソと言うだけで妖術を意味する用法もある。
30 ライカ(laika, pl. malaika)、ラライカ(lalaika)とも呼ばれる。複数形はマライカ(malaika)で、スワヒリ語では「天使」(単複ともにmalaika)の意味になるのだが、関係ないかも。ライカにはきわめて多くの種類がいる。多いのは「池」の住人(atu a maziyani)。キツィンバカジ(chitsimbakazi31)は、単独で重要な憑依霊であるが、池の住人ということでライカの一種とみなされる場合もある。ある施術師によると、その振舞いで三種に分れる。(1)ムズカのライカ(laika wa muzuka32) ムズカに棲み、人のキブリ(chivuri25)を奪ってそこに隠す。奪われた人は朝晩寒気と頭痛に悩まされる。 laika tunusi36など。(2)「嗅ぎ出し」のライカ(laika wa kuzuzwa) 水辺に棲み子供のキブリを奪う。またつむじ風の中にいて触れた者のキブリを奪う。朝晩の悪寒と頭痛。laika mwendo78,laika mukusi79など。(3)身体内のライカ(laika wa mwirini) 憑依された者は白目をむいてのけぞり、カヤンバの席上で地面に水を撒いて泥を食おうとする laika tophe80, laika ra nyoka80, laika chifofo83など。(4) その他 laika dondo84, laika chiwete85=laika gudu86), laika mbawa87, laika tsulu88, laika makumba89=dena90など。三種じゃなくて4つやないか。治療: 屋外のキザ(chiza cha konze57)で薬液を浴びる、護符(ngata52)、「嗅ぎ出し」施術(uganga wa kuzuza24)によるキブリ戻し。深刻なケースでは、瓢箪子供を授与されてライカの施術師になる。
31 キツィンバカジ(chitsimbakazi)。別名カツィンバカジ(katsimbakazi)。空から落とされて地上に来た憑依霊。ムルングの子供。ライカ(laika)の一種だとも言える。mulungu mubomu(大ムルング)=mulungu wa kuvyarira(他の憑依霊を産んだmulungu)に対し、キツィンバカジはmulungu mudide(小ムルング)だと言われる。男女あり。女のキツィンバカジは、背が低く、大きな乳房。laika dondoはキツィンバカジの別名だとも。「天空のキツィンバカジ(chitsimbakazi cha mbinguni)」と「池のキツィンバカジ(chitsimbakazi cha ziyani)」の二種類がいるが、滞在している場所の違いだけ。キツィンバカジに惚れられる(achikutsunuka)と、頭痛と悪寒を感じる。占いに行くとライカだと言われる。また、「お前(の頭)を破裂させ気を狂わせる anaidima kukulipusa hata ukakala undaayuka.」台所の炉石のところに行って灰まみれになり、灰を食べる。チャリによると夜中にやってきて外から挨拶する。返事をして外に出ても誰もいない。でもなにかお前に告げたいことがあってやってきている。これからしかじかのことが起こるだろうとか、朝起きてからこれこれのことをしろとか。嗅ぎ出しの施術(uganga wa kuzuza)のときにやってきてku-zuzaしてくれるのはキツィンバカジなのだという。
32 ライカ・ムズカ(laika muzuka)。ライカ・トゥヌシ(laika tunusi)の別名。トゥヌシは洞窟などのムズカの主。またライカ・ヌフシ(laika nuhusi33)、ライカ・パガオ(laika pagao)、ライカ・ムズカは同一で、3つの棲み処(池、ムズカ(洞窟)、海(baharini))を往来しており、その場所場所で異なる名前で呼ばれているのだともいう。ライカ・キフォフォ(laika chifofo)もヌフシの別名とされることもある。
33 ライカ・ヌフシ(laika nuhusi)、ヌフシ(nuhusi)はスワヒリ語で「不運」を意味する。ドゥルマ語の「驚かせる」(ku-uhusa)に由来すると説明する人もいる。ヌフシはまたムァムニィカ同様、内陸部と海を往復する霊であるともされる。その通り道は婉曲的に「悪い人の道njira ya mutu mui(mubaya)」と呼ばれ、そこに屋敷などを構えていると病気になると言われる。ある解釈では、ヌフシは海で人に取り憑いた場合は、海のパガオ(ライカ・パガオ(laika pagao34))が憑いているなどと言われるが、単にヌフシの別名に過ぎない。ライカ・ムズカ(laika muzuka32)もヌフシの別名。ムズカに滞在中に取り憑いた際の名前である。その証拠に、この3つは同じ症状を引き起こす。つまり「口がきけなくなる」という症状。霊がその気になれば喋れるのだが、その気がなければ、誰とも口をきかない。
34 ライカ・パガオ(laika pagao)。海辺で取り憑くライカ。ライカ・ヌフシ(laika nuhusi33)の別名。ジネ・パガオ(jine pagao)という名前で、ジネ(jine35)に数えられることも。
35 ジネ(jine, pl. majine)。イスラムでいうところのジン(精霊)。スワヒリ語ではjini。ドゥルマの憑依霊の世界では、イスラム系の憑依霊の一グループで、犠牲者の血を奪うことを特徴とする。血を奪う手段によって、さまざまな種類があり、ジネ・パンガ(panga)は長刀(panga(ス))で、ジネ・マカタ(makata)はハサミ(makasi(ス))で、ジネ・キペンバ(chipemba)はカミソリの刃(wembe)で、ジネ・バラ・ワ・キマサイ(jine bara wa chimasai)は槍で、ジネ・シンバ(またはツィンバ)(jine simba/tsimba)はライオン(tsimba)の鋭い爪で、といった具合に。ジネ・ンゴンベ(jine ng'ombe)はウシ(ng'ombe)が屠殺されるときのように喉を切り裂かれて血が奪われる。ジネ・ムヮンガ(jine mwanga)は犠牲者を組み敷き首を絞めることによって。一方、こうした自らの意思で宿主にとり憑く憑依霊としてのジネとは別に、より邪悪なイスラムの妖術によって作り出されるジネ27もあるとされる。コーランの章句を書いた紙を空中に投げると、それが魔物に変わり、命令通りに犠牲者を殺す。
36 ライカ・トゥヌシ(laika tunusi)。ヴィトゥヌシ(vitunusi)は「怒りっぽさ」。トゥヌシ(tunusi)は人々が祈願する洞窟など(muzuka)の主と考えられている。別名ライカ・ムズカ(laika muzuka)、ライカ・ヌフシ。症状: 血を飲まれ貧血になって肌が「白く」なってしまう。口がきけなくなる。(注意!): ライカ・トゥヌシ(laika tunusi)とは別に、除霊の対象となるトゥヌシ(tunusi)がおり、混同しないように注意。ニューニ(nyuni37)あるいはジネ(jine)の一種とされ、女性にとり憑いて、彼女の子供を捕らえる。子供は白目を剥き、手脚を痙攣させる。放置すれば死ぬこともあるとされている。女性自身は何も感じない。トゥヌシの除霊(ku-kokomola)は水の中で行われる(DB 2404)。
37 ニューニ(nyuni)。「キツツキ」。道を進んでいるとき、この鳥が前後左右のどちらで鳴くかによって、その旅の吉凶を占う。ここから吉凶全般をnyuniという言葉で表現する。(行く手で鳴く場合;nyuni wa kumakpwa 驚きあきれることがある、右手で鳴く場合;nyuni wa nguvu 食事には困らない、左手で鳴く場合;nyuni wa kureja 交渉が成功し幸運を手に入れる、後で鳴く場合;nyuni wa kusagala 遅延や引き止められる、nyuni が屋敷内で鳴けば来客がある徴)。またnyuniは「上の霊 nyama wa dzulu38」と総称される鳥の憑依霊、およびそれが引き起こす子供の引きつけを含む様々な病気の総称(ukongo wa nyuni)としても用いられる。(nyuniの病気には多くの種類がある。施術師によってその分類は異なるが、例えば nyuni wa joka:子供は泣いてばかり、wa nyagu(別名 mwasaga, wa chiraphai):手脚を痙攣させる、その他wa zuni、wa chilui、wa nyaa、wa kudusa、wa chidundumo、wa mwaha、wa kpwambalu、wa chifuro、wa kamasi、wa chip'ala、wa kajura、wa kabarale、wa kakpwang'aなど。これらの「上の霊」のなかには母親に憑いて、生まれてくる子供を殺してしまうものもおり、それらは危険な「除霊」(kukokomola)の対象となる。
38 ニャマ・ワ・ズル(nyama wa dzulu, pl. nyama a dzulu)。「上の動物、上の憑依霊」。ニューニ(nyuni、直訳するとキツツキ37)と総称される、主として鳥の憑依霊だが、ニューニという言葉は乳幼児や、この病気を持つ子どもの母の前で発すると、子供に発作を引き起こすとされ、忌み言葉になっている。したがってニューニという言葉の代わりに婉曲的にニャマ・ワ・ズルと言う言葉を用いるという。多くの種類がいるが、この病気は憑依霊の病気を治療する施術師とは別のカテゴリーの施術師が治療する。時間があれば別項目を立てて、詳しく紹介するかもしれない。ニャマ・ワ・ズル「上の憑依霊」のあるものは、女性に憑く場合があるが、その場合も、霊は女性をではなく彼女の子供を病気にする。病気になった子供だけでなく、その母親も治療される必要がある。しばしば女性に憑いた「上の霊」はその女性の子供を立て続けに殺してしまうことがあり、その場合は除霊(kukokomola39)の対象となる。
39 ク・ココモラ(ku-kokomola)。「除霊する」。憑依霊を2つに分けて、「身体の憑依霊 nyama wa mwirini40」と「除去の憑依霊 nyama wa kuusa4142と呼ぶ呼び方がある。ある種の憑依霊たちは、女性に憑いて彼女を不妊にしたり、生まれてくる子供をすべて殺してしまったりするものがある。こうした霊はときに除霊によって取り除く必要がある。ペポムルメ(p'ep'o mulume46)、カドゥメ(kadume61)、マウィヤ人(Mawiya62)、ドゥングマレ(dungumale65)、ジネ・ムァンガ(jine mwanga74)、トゥヌシ(tunusi75)、ツォビャ(tsovya77)、ゴジャマ(gojama64)などが代表例。しかし除霊は必ずなされるものではない。護符pinguやmapandeで危害を防ぐことも可能である。「上の霊 nyama wa dzulu38」あるいはニューニ(nyuni「キツツキ」37)と呼ばれるグループの霊は、子供にひきつけをおこさせる危険な霊だが、これは一般の憑依霊とは別個の取り扱いを受ける。これも除霊の主たる対象となる。動詞ク・シンディカ(ku-sindika「(戸などを)閉ざす、閉める、閉め出す」)、ク・ウサ(ku-usa「除去する」)、ク・シサ(ku-sisa「(客などを)送っていく、見送る、送り出す(帰り道の途中まで同行して)、殺す」)も同じ除霊を指すのに用いられる。スワヒリ語のku-chomoa(「引き抜く」「引き出す」)から来た動詞 ku-chomowa も、ドゥルマでは「除霊する」の意味で用いられる。ku-chomowaは一つの霊について用いるのに対して、ku-kokomolaは数多くの霊に対してそれらを次々取除く治療を指すと、その違いを説明する人もいる。
40 ニャマ・ワ・ムウィリニ(nyama wa mwirini, pl. nyama a mwirini)「身体の憑依霊」。除霊(kukokomola39)の対象となるニャマ・ワ・クウサ(nyama wa kuusa, pl. nyama a kuusa)「除去の憑依霊」との対照で、その他の通常の憑依霊を「身体の憑依霊」と呼ぶ分類がある。通常の憑依霊は、自分たちの要求をかなえてもらうために人に憑いて、その人を病気にする。施術師がその霊と交渉し、要求を聞き出し、それを叶えることによって病気は治る。憑依霊の要求に応じて、宿主は憑依霊のお気に入りの布を身に着けたり、徹夜の踊りの会で踊りを開いてもらう。憑依霊は宿主の身体を借りて踊り、踊りを楽しむ。こうした関係に入ると、憑依霊を宿主から切り離すことは不可能となる。これが「身体の憑依霊」である。こうした霊を除霊することは極めて危険で困難であり、事実上不可能と考えられている。
41 ニャマ・ワ・クウサ(nyama wa kuusa, pl. nyama a kuusa42)。「除去の憑依霊」。憑依霊のなかのあるものは、女性に憑いてその女性を不妊にしたり、その女性が生む子供を殺してしまったりする。その場合には女性からその憑依霊を除霊する(kukokomola39)必要がある。これはかなり危険な作業だとされている。イスラム系の霊のあるものたち(とりわけジネと呼ばれる霊たち27)は、イスラム系の妖術使いによって攻撃目的で送りこまれる場合があり、イスラム系の施術師による除霊を必要とする。妖術によって送りつけられた霊は、「妖術の霊(nyama wa utsai)」あるいは「薬の霊(nyama wa muhaso)」などの言い方で呼ばれることもある。ジネ以外のイスラム系の憑依霊(nyama wa chidzomba45)も、ときに女性を不妊にしたり、その子供を殺したりするので、その場合には除霊の対象になる。ニャマ・ワ・ズル(nyama wa dzulu, pl.nyama a dzulu38)「上の霊」あるいはニューニ(nyuni37)と呼ばれる多くは鳥の憑依霊たちは、幼児にヒキツケを引き起こしたりすることで知られており、憑依霊の施術師とは別に専門の施術師がいて、彼らの治療の対象であるが、ときには成人の女性に憑いて、彼女の生む子供を立て続けに殺してしまうので、除霊の対象になる。内陸系の霊のなかにも、女性に憑いて同様な危害を及ぼすものがあり、その場合には除霊の対象になる。こうした形で、除霊の対象にならない憑依霊たちは、自分たちの宿主との間に一生続く関係を構築する。要求がかなえられないと宿主を病気にするが、友好的な関係が維持できれば、宿主にさまざまな恩恵を与えてくれる場合もある。これらの大多数の霊は「除去の憑依霊」との対照でニャマ・ワ・ムウィリニ(nyama wa mwirini, pl. nyama a mwirini40)「身体の憑依霊」と呼ばれている。
42 クウサ(ku-usa)。「除去する、取り除く」を意味する動詞。転じて、負っている負債や義務を「返す」、儀礼や催しを「執り行う」などの意味にも用いられる。例えば祖先に対する供犠(sadaka)をおこなうことは ku-usa sadaka、婚礼(harusi)を執り行うも ku-usa harusiなどと言う。クウサ・ムズカ(muzuka)あるいはミジム(mizimu)とは、ムズカに祈願して願いがかなったら云々の物を供犠します、などと約束していた場合、成願時にその約束を果たす(ムズカに「支払いをする(ku-ripha muzuka)」ともいう)ことであったり、妖術使いがムズカに悪しき祈願を行ったために不幸に陥った者が、それを逆転させる措置(たとえば「汚れを取り戻す」43など)を行うことなどを意味する。
43 ノンゴ(nongo)。「汚れ」を意味する名詞だが、象徴的な意味ももつ。ノンゴの妖術 utsai wa nongo というと、犠牲者の持ち物の一部や毛髪などを盗んでムズカ44などに隠す行為で、それによって犠牲者は、「この世にいるようで、この世にいないような状態(dza u mumo na dza kumo)」になり、何事もうまくいかなくなる。身体的不調のみならずさまざまな企ての失敗なども引き起こす。治療のためには「ノンゴを戻す(ku-udza nongo)」必要がある。「悪いノンゴ(nongo mbii)」をもつとは、人々から人気がなくなること、何か話しても誰にも聞いてもらえないことなどで、人気があることは「良いノンゴ(nongo mbidzo)」をもっていると言われる。悪いノンゴ、良いノンゴの代わりに「悪い臭い(kungu mbii)」「良い臭い(kungu mbidzo)」と言う言い方もある。
44 ムズカ(muzuka)。特別な木の洞や、洞窟で霊の棲み処とされる場所。また、そこに棲む霊の名前。ムズカではさまざまな祈願が行われる。地域の長老たちによって降雨祈願が行われるムルングのムズカと呼ばれる場所と、さまざまな霊(とりわけイスラム系の霊)の棲み処で個人が祈願を行うムズカがある。後者は祈願をおこないそれが実現すると必ず「支払い」をせねばならない。さもないと災が自分に降りかかる。妖術使いはしばしば犠牲者の「汚れ43」をムズカに置くことによって攻撃する(「汚れを奪う」妖術)という。「汚れを戻す」治療が必要になる。
45 ニャマ・ワ・キゾンバ(nyama wa chidzomba, pl. nyama a chidzomba)。「イスラム系の憑依霊」。イスラム系の霊は「海岸の霊 nyama wa pwani」とも呼ばれる。イスラム系の霊たちに共通するのは、清潔好き、綺麗好きということで、ドゥルマの人々の「不潔な」生活を嫌っている。とりわけおしっこ(mikojo、これには「尿」と「精液」が含まれる)を嫌うので、赤ん坊を抱く母親がその衣服に排尿されるのを嫌い、母親を病気にしたり子供を病気にし、殺してしまったりもする。イスラム系の霊の一部には夜女性が寝ている間に彼女と性交をもとうとする霊がいる。男霊(p'ep'o mulume46)の別名をもつ男性のスディアニ導師(mwalimu sudiani47)がその代表例であり、女性に憑いて彼女を不妊にしたり(夫の精液を嫌って排除するので、子供が生まれない)、生まれてくる子供を全て殺してしまったり(その尿を嫌って)するので、最後の手段として危険な除霊(kukokomola)の対象とされることもある。イスラム系の霊は一般に獰猛(musiru)で怒りっぽい。内陸部の霊が好む草木(muhi)や、それを炒って黒い粉にした薬(muhaso)を嫌うので、内陸部の霊に対する治療を行う際には、患者にイスラム系の霊が憑いている場合には、このことについての許しを前もって得ていなければならない。イスラム系の霊に対する治療は、薔薇水や香水による沐浴が欠かせない。このようにきわめて厄介な霊ではあるのだが、その要求をかなえて彼らに気に入られると、彼らは自分が憑いている人に富をもたらすとも考えられている。
46 ペーポームルメ(p'ep'o mulume)。ムルメ(mulume)は「男性」を意味する名詞。男性のスディアニ Sudiani、カドゥメ Kadumeの別名とも。女性がこの霊にとり憑かれていると,彼女はしばしば美しい男と性交している夢を見る。そして実際の夫が彼女との性交を求めても,彼女は拒んでしまうようになるかもしれない。夫の方でも勃起しなくなってしまうかもしれない。女性の月経が終ったとき、もし夫がぐずぐずしていると,夫の代りにペポムルメの方が彼女と先に始めてしまうと、たとえ夫がいくら性交しようとも彼女が妊娠することはない。施術師による治療を受けてようやく、彼女は妊娠するようになる。その治療が功を奏さない場合には、最終的に除霊(ku-kokomola39)もありうる。逆に女性のスディアニもいて、こちらは夢の中で男性を誘惑し、不能にする。
47 スディアニ(sudiani)。スーダン人だと説明する人もいるが、ザンジバルの憑依を研究したLarsenは、スビアーニ(subiani)と呼ばれる霊について簡単に報告している。それはアラブの霊ruhaniの一種ではあるが、他のruhaniとは若干性格を異にしているらしい(Larsen 2008:78)。もちろんスーダンとの結びつきには言及されていない。スディアニには男女がいる。厳格なイスラム教徒で綺麗好き。女性のスディアニは男性と夢の中で性関係をもち、男のスディアニは女性と夢の中で性関係をもつ。同じふるまいをする憑依霊にペポムルメ(p'ep'o mulume, mulume=男)がいるが、これは男のスディアニの別名だとされている。いずれの場合も子供が生まれなくなるため、除霊(ku-kokomola)してしまうこともある(DB 214)。スディアニの典型的な症状は、発狂(kpwayuka)して、水、とりわけ海に飛び込む。治療は「海岸の草木muhi wa pwani」48による鍋(nyungu56)と、飲む大皿と浴びる大皿(kombe60)。白いローブ(zurungi,kanzu)と白いターバン、中に指輪を入れた護符(pingu53)。
48 ムヒ(muhi、複数形は mihi)。植物一般を指す言葉だが、憑依霊の文脈では、治療に用いる草木を指す。憑依霊の治療においては霊ごとに異なる草木の組み合わせがあるが、大きく分けてイスラム系の憑依霊に対する「海岸部の草木」(mihi ya pwani(pl.)/ muhi wa pwani(sing.))、内陸部の憑依霊に対する「内陸部の草木」(mihi ya bara(pl.)/muhi wa bara(sing.))に大別される。冷やしの施術や、妖術の施術10においても固有の草木が用いられる。muhiはさまざまな形で用いられる。搗き砕いて香料(mavumba49)の成分に、根や木部は切り彫ってパンデ(pande50)に、根や枝は煎じて飲み薬(muhi wa kunwa, muhi wa kujita)に、葉は水の中で揉んで薬液(vuo)に、また鍋の中で煮て蒸気を浴びる鍋(nyungu56)治療に、土器片の上で炒ってすりつぶし黒い粉状の薬(muhaso, mureya)に、など。ミヒニ(mihini)は字義通りには「木々の場所(に、で)」だが、施術の文脈では、施術に必要な草木を集める作業を指す。
49 マヴンバ(mavumba)。「香料」。憑依霊の種類ごとに異なる。乾燥した草木や樹皮、根を搗き砕いて細かくした、あるいは粉状にしたもの。イスラム系の霊に用いられるものは、スパイスショップでピラウ・ミックスとして購入可能な香辛料ミックス。
50 パンデ(pande, pl.mapande)。草木の幹、枝、根などを削って作る護符51。穴を開けてそこに紐を通し、それで手首、腰、足首など付ける箇所に結びつける。
51 「護符」。憑依霊の施術師が、憑依霊によってトラブルに見舞われている人に、処方するもので、患者がそれを身につけていることで、苦しみから解放されるもの。あるいはそれを予防することができるもの。ンガタ(ngata52)、パンデ(pande50)、ピング(pingu53)、ヒリジ(hirizi54)、ヒンジマ(hinzima55)など、さまざまな種類がある。ピング(pingu)で全部を指していることもある。憑依霊ごとに(あるいは憑依霊のグループごとに)固有のものがある。勘違いしやすいのは、それを例えば憑依霊除けのお守りのようなものと考えてしまうことである。施術師たちは、これらを憑依霊に対して差し出される椅子(chihi)だと呼ぶ。憑依霊は、自分たちが気に入った者のところにやって来るのだが、椅子がないと、その者の身体の各部にそのまま腰を下ろしてしまう。すると患者は身体的苦痛その他に苦しむことになる。そこで椅子を用意しておいてやれば、やってきた憑依霊はその椅子に座るので、患者が苦しむことはなくなる、という理屈なのである。「護符」という訳語は、それゆえあまり適切ではないのだが、それに代わる適当な言葉がないので、とりあえず使い続けることにするが、霊を寄せ付けないためのお守りのようなものと勘違いしないように。
52 ンガタ(ngata)。護符51の一種。布製の長方形の袋状で、中に薬(muhaso),香料(mavumba),小さな紙に描いた憑依霊の絵などが入れてあり、紐で腕などに巻くもの、あるいはライカのンガタが代表的であるが、帯状の布のなかに薬などを入れてひねって包み、そのまま腕などに巻くものなど、さまざまなものがある。
53 ピング(pingu)。薬(muhaso:さまざまな草木由来の粉)を布などで包み、それを糸でぐるぐる巻きに球状に縫い固めた護符51の一種。厳密にはそうなのだが、護符の類をすべてピングと呼ぶ使い方も広く見られる。
54 ヒリジ(hirizi, pl.hirizi)。スワヒリ語では、コーランの章句を書いて作った護符を指す。革で作られた四角く縫い合わされた小さな袋状の護符で、コーランの章句が書かれた紙などが折りたたまれて封入されている。紐が通してあり、首などから掛ける。ドゥルマでも同じ使い方もされるが、イスラムの施術師が作るものにはヒンジマ(hinzima55)という言葉があり、ヒリジは、ドゥルマでは非イスラムの施術師によるピングなどの護符を含むような使い方も普通にされている。
55 ヒンジマ(hinzima, pl. hinzima)。革で作られた四角く縫い合わされた小さな袋状の護符で、コーランの章句が書かれた紙などが折りたたまれて封入されている。紐が通してあり、首などから掛ける。イスラム教の施術師によって作られる。スワヒリ語のヒリジ(hirizi)に当たるが、ドゥルマではヒリジ(hirizi54)という語は、非イスラムの施術師が作る護符(pinguなど)も含む使い方をされている。イスラムの施術師によって作られるものを特に指すのがヒンジマである。
56 ニュング(nyungu)。nyunguとは土器製の壺のような形をした鍋で、かつては煮炊きに用いられていた。このnyunguに草木(mihi)その他を詰め、火にかけて沸騰させ、この鍋を脚の間において座り、すっぽり大きな布で頭から覆い、鍋の蒸気を浴びる(kudzifukiza; kochwa)。それが終わると、キザchiza57、あるいはziya(池)のなかの薬液(vuo)を浴びる(koga)。憑依霊治療の一環の一種のサウナ的蒸気浴び治療であるが、患者に対してなされる治療というよりも、患者に憑いている霊に対して提供されるサービスだという側面が強い。https://www.mihamamoto.com/research/mijikenda/durumatxt/pot-treatment.htmlを参照のこと
57 キザ(chiza)。憑依霊のための草木(muhi主に葉)を細かくちぎり、水の中で揉みしだいたもの(vuo=薬液)を容器に入れたもの。患者はそれをすすったり浴びたりする。憑依霊による病気の治療の一環。室内に置くものは小屋のキザ(chiza cha nyumbani)、屋外に置くものは外のキザ(chiza cha konze)と呼ばれる。容器としては取っ手のないアルミの鍋(sfuria)が用いられることも多いが、外のキザには搗き臼(chinu)が用いられることが普通である。屋外に置かれたものは「池」(ziya58)とも呼ばれる。しばしば鍋治療(nyungu56)とセットで設置される。
58 ジヤ(ziya, pl.maziya)。「池、湖」。川(muho)、洞窟(pangani)とともに、ライカ(laika)、キツィンバカジ(chitsimbakazi),シェラ(shera)などの憑依霊の棲み処とされている。またこれらの憑依霊に対する薬液(vuo59)が入った搗き臼(chinu)や料理鍋(sufuria)もジヤと呼ばれることがある(より一般的にはキザ(chiza57)と呼ばれるが)。
59 ヴオ(vuo, pl. mavuo)。「薬液」、さまざまな草木の葉を水の中で揉みしだいた液体。草木を水のなかで揉みしだく動作をク・ヴガ(ku-vuga)という。薬液は、すすったり、phungo(葉のついた小枝の束)を浸して雫を患者にふりかけたり、それで患者を洗ったり、患者がそれをすくって浴びたり、といった形で用いる。
60 コンベ(kombe)は「大皿」を意味するスワヒリ語。kombe はドゥルマではイスラム系の憑依霊の治療のひとつである。陶器、磁器の大皿にサフランをローズウォーターで溶いたもので字や絵を描く。描かれるのは「コーランの章句」だとされるアラビア文字風のなにか、モスクや月や星の絵などである。描き終わると、それはローズウォーターで洗われ、瓶に詰められる。一つは甘いバラシロップ(Sharbat Roseという商品名で売られているもの)を加えて、少しずつ水で薄めて飲む。これが「飲む大皿 kombe ra kunwa」である。もうひとつはバケツの水に加えて、それで沐浴する。これが「浴びる大皿 kombe ra koga」である。文字や図像を飲み、浴びることに病気治療の効果があると考えられているようだ。
61 カドゥメ(kadume)は、ペポムルメ(p'ep'o mulume)、ツォビャ(tsovya)などと同様の振る舞いをする憑依霊。共通するふるまいは、女性に憑依して夜夢の中にやってきて、女性を組み敷き性関係をもつ。女性は夫との性関係が不可能になったり、拒んだりするようになりうる。その結果子供ができない。こうした点で、三者はそれぞれの別名であるとされることもある。護符(ngata)が最初の対処であるが、カドゥメとツォーヴャは、取り憑いた女性の子供を突然捕らえて病気にしたり殺してしまうことがあり、ペポムルメ以上に、除霊(kukokomola)が必要となる。
62 マウィヤ(Mawiya)。民族名の憑依霊、マウィヤ人(Mawia)。モザンビーク北部からタンザニアにかけての海岸部に居住する諸民族のひとつ。同じ地域にマコンデ人(makonde63)もいるが、憑依霊の世界ではしばしばマウィヤはマコンデの別名だとも主張される。ともに人肉を食う習慣があると主張されている(もちデマ)。女性が憑依されると、彼女の子供を殺してしまう(子供を産んでも「血を飲まれてしまって」育たない)。症状は別の憑依霊ゴジャマ(gojama64)と同様で、母乳を水にしてしまい、子供が飲むと嘔吐、下痢、腹部膨満を引き起こす。女性にとっては危険な霊なので、除霊(ku-kokomola)に訴えることもある。
63 マコンデ(makonde)。民族名の憑依霊、マコンデ人(makonde)。別名マウィヤ人(mawiya)。モザンビーク北部からタンザニアにかけての海岸部に居住する諸民族のひとつで、マウィヤも同じグループに属する。人肉食の習慣があると噂されている(デマ)。女性に憑依して彼女の産む子供を殺してしまうので、除霊(ku-kokomola)の対象とされることもある。
64 ゴジャマ(gojama)。憑依霊の一種、ときにゴジャマ導師(mwalimu gojama)とも語られ、イスラム系とみなされることもある。狩猟採集民の憑依霊ムリャングロ(Muryangulo/pl.Aryangulo)と同一だという説もある。ひとつ目の半人半獣の怪物で尾をもつ。ブッシュの中で人の名前を呼び、うっかり応えると食べられるという。ブッシュで追いかけられたときには、葉っぱを撒き散らすと良い。ゴジャマはそれを見ると数え始めるので、その隙に逃げれば良いという。憑依されると、人を食べたくなり、カヤンバではしばしば斧をかついで踊る。憑依された人は、人の血を飲むと言われる。彼(彼女)に見つめられるとそれだけで見つめられた人の血はなくなってしまう。カヤンバでも、血を飲みたいと言って子供を追いかけ回す。また人肉を食べたがるが、カヤンバの席で前もって羊の肉があれば、それを与えると静かになる。ゴジャマをもつ者は、普段の状況でも食べ物の好みがかわり、蜂蜜を好むようになる。また尿に血や膿が混じる症状を呈することがある。さらにゴジャマをもつ女性は子供がもてなくなる(kaika ana)かもしれない。妊娠しても流産を繰り返す。その場合には、雄羊(ng'onzi t'urume)の供犠でその血を用いて除霊(kukokomola39)できる。雄羊の毛を縫い込んだ護符(pingu)を女性の胸のところにつけ、女性に雄羊の尾を食べさせる。
65 ドゥングマレ(dungumale)。母親に憑いて子供を捕らえる憑依霊。症状:発熱mwiri moho。子供泣き止まない。嘔吐、下痢。nyama wa kuusa(除霊ku-kokomola39の対象になる)42。黒いヤギmbuzi nyiru。ヤギを繋いでおくためのロープ。除霊の際には、患者はそのロープを持って走り出て、屋敷の外で倒れる。ドゥングマレの草木: mudungumale=muyama66
66 ムヤマ(muyama)。ムルング(mulungu67)の草木、ドゥングマレ(dungumale65)、ニューニ(nyuni37)の草木。Croton megalocarpus, in Giriama(Maundu&Tengnas2005:182)。'The Duruma use the roots and leaves as medicines for convulsions, gastric lesions and inflamation, while the Giriama use them to treat spiritual ailments.'(Pakia&Cooke2003b:389)ムラガパラ(mulagapala73)に同じとも。
67 ムルング(mulungu)。ムルングはドゥルマにおける至高神で、雨をコントロールする。憑依霊のムァナムルング(mwanamulungu)68との関係は人によって曖昧。憑依霊につく「子供」mwanaという言葉は、内陸系の憑依霊につける敬称という意味合いも強い。一方憑依霊のムルングは至高神ムルング(女性だとされている)の子供だと主張されることもある。私はムァナムルング(mwanamulungu)については「ムルング子神」という訳語を用いる。しかし単にムルング(mulungu)で憑依霊のムァナムルングを指す言い方も普通に見られる。このあたりのことについては、ドゥルマの(特定の人による理論ではなく)慣用を尊重して、あえて曖昧にとどめておきたい。
68 ムァナムルング(mwanamulungu)。「ムルング子神」と訳しておく。憑依霊の名前の前につける"mwana"には敬称的な意味があると私は考えている。しかし至高神ムルング(mulungu)と憑依霊のムルング(mwanamulungu)の関係については、施術師によって意見が分かれることがある。多くの人は両者を同一とみなしているが、天にいるムルング(女性)が地上に落とした彼女の子供(女性)だとして、区別する者もいる。いずれにしても憑依霊ムルングが、すべての憑依霊の筆頭であるという点では意見が一致している。憑依霊ムルングも他の憑依霊と同様に、自分の要求を伝えるために、自分が惚れた(あるいは目をつけた kutsunuka)人を病気にする。その症状は身体全体にわたる。その一つに人々が発狂(kpwayuka)と呼ぶある種の精神状態がある。また女性の妊娠を妨げるのも憑依霊ムルングの特徴の一つである。ムルングがこうした症状を引き起こすことによって満たそうとする要求は、単に布(nguo ya mulungu と呼ばれる黒い布 nguo nyiru (実際には紺色))であったり、ムルングの草木を水の中で揉みしだいた薬液を浴びることであったり(chiza57)、ムルングの草木を鍋に詰め少量の水を加えて沸騰させ、その湯気を浴びること(「鍋nyungu」)であったりする。さらにムルングは自分自身の子供を要求することもある。それは瓢箪で作られ、瓢箪子供と呼ばれる69。女性の不妊はしばしばムルングのこの要求のせいであるとされ、瓢箪子供をムルングに差し出すことで妊娠が可能になると考えられている70。この瓢箪子供は女性の子供と一緒に背負い布に結ばれ、背中の赤ん坊の健康を守り、さらなる妊娠を可能にしてくれる。しかしムルングの究極の要求は、患者自身が施術師になることである。ムルングが引き起こす症状で、すでに言及した「発狂kpwayuka」は、ムルングのこの究極の要求につながっていることがしばしばである。ここでも瓢箪子供としてムルングは施術師の「子供」となり、彼あるいは彼女の癒やしの術を助ける。もちろん、さまざまな憑依霊が、癒やしの仕事(kazi ya uganga)を欲して=憑かれた者がその霊の癒しの術の施術師(muganga 癒し手、治療師)となってその霊の癒やしの術の仕事をしてくれるようになることを求めて、人に憑く。最終的にはこの願いがかなうまでは霊たちはそれを催促するために、人を様々な病気で苦しめ続ける。憑依霊たちの筆頭は神=ムルングなので、すべての施術師のキャリアは、まず子神ムルングを外に出す(徹夜のカヤンバ儀礼を経て、その瓢箪子供を授けられ、さまざまなテストをパスして正式な施術師として認められる手続き)ことから始まる。
69 ムァナ・ワ・ンドンガ(mwana wa ndonga)。ムァナ(mwana, pl. ana)は「子供」、ンドンガ(ndonga)は「瓢箪」。「瓢箪の子供」を意味する。「瓢箪子供」と訳すことにしている。瓢箪の実(chirenje)で作った子供。瓢箪子供には2種類あり、ひとつは施術師が特定の憑依霊(とその仲間)の癒やしの術(uganga)をとりおこなえる施術師に就任する際に、施術上の父と母から授けられるもので、それは彼(彼女)の施術の力の源泉となる大切な存在(彼/彼女の占いや治療行為を助ける憑依霊はこの瓢箪の姿をとった彼/彼女にとっての「子供」とされる)である。一方、こうした施術師の所持する瓢箪子供とは別に、不妊に悩む女性に授けられるチェレコchereko(ku-ereka 「赤ん坊を背負う」より)とも呼ばれる瓢箪子供70がある。瓢箪子供の各部の名称については、図72を参照。
70 チェレコ(chereko)。「背負う」を意味する動詞ク・エレカ(kpwereka)より。不妊の女性に与えられる瓢箪子供69。子供がなかなかできない(ドゥルマ語で「彼女は子供をきちんと置かない kaika ana」と呼ばれる事態で、連続する死産、流産、赤ん坊が幼いうちに死ぬ、第二子以降がなかなか生まれないなども含む)原因は、しばしば自分の子供がほしいムルング子神68がその女性の出産力に嫉妬して、その女性の妊娠を阻んでいるためとされる。ムルング子神の瓢箪子供を夫婦に授けることで、妻は再び妊娠すると考えられている。まだ一切の加工がされていない瓢箪(chirenje)を「鍋」とともにムルングに示し、妊娠・出産を祈願する。授けられた瓢箪は夫婦の寝台の下に置かれる。やがて妻に子供が生まれると、徹夜のカヤンバを開催し施術師はその瓢箪の口を開け、くびれた部分にビーズ ushangaの紐を結び、中身を取り出す。夫婦は二人でその瓢箪に心臓(ムルングの草木を削って作った木片mapande50)、内蔵(ムルングの草木を砕いて作った香料49)、血(ヒマ油71)を入れて「瓢箪子供」にする。徹夜のカヤンバが夜明け前にクライマックスになると、瓢箪子供をムルング子神(に憑依された妻)に与える。以後、瓢箪子供は夜は夫婦の寝台の上に置かれ、昼は生まれた赤ん坊の背負い布の端に結び付けられて、生まれてきた赤ん坊の成長を守る。瓢箪子どもの血と内臓は、切らさないようにその都度、補っていかねばならない。夫婦の一方が万一浮気をすると瓢箪子供は泣き、壊れてしまうかもしれない。チェレコを授ける儀礼手続きの詳細は、浜本満, 1992,「「子供」としての憑依霊--ドゥルマにおける瓢箪子供を連れ出す儀礼」『アフリカ研究』Vol.41:1-22を参照されたい。
71 ニョーノ(nyono)。ヒマ(mbono, mubono)の実、そこからヒマの油(mafuha ga nyono)を抽出する。さまざまな施術に使われるが、ヒマの油は閉経期を過ぎた、かつ夫と死別して夫がいない女性によって抽出されねばならない。ムルングの瓢箪子供には「血」としてヒマの油が入れられる。雨乞いにかつて用いられていたヒマの油も閉経期を過ぎた助成によって抽出されたものが用いられていた。死別の条件はなし。
72 ンドンガ(ndonga)。瓢箪chirenjeを乾燥させて作った容器。とりわけ施術師(憑依霊、妖術、冷やしを問わず)が「薬muhaso」を入れるのに用いられる。憑依霊の施術師の場合は、薬の容器とは別に、憑依霊の瓢箪子供 mwana wa ndongaをもっている。内陸部の霊たちの主だったものは自らの「子供」を欲し、それらの霊のmuganga(癒し手、施術師)は、その就任に際して、医療上の父と母によって瓢箪で作られた、それらの霊の「子供」を授かる。その瓢箪は、中に心臓(憑依霊の草木muhiの切片)、血(ヒマ油、ハチミツ、牛のギーなど、霊ごとに定まっている)、腸(mavumba=香料、細かく粉砕した草木他。その材料は霊ごとに定まっている)が入れられている。瓢箪子供は施術師の癒やしの技を手助けする。しかし施術師が過ちを犯すと、「泣き」(中の液が噴きこぼれる)、施術師の癒やしの仕事(uganga)を封印してしまったりする。一方、イスラム系の憑依霊たちはそうした瓢箪子供をもたない。例外が世界導師とペンバ人なのである(ただしペンバ人といっても呪物除去のペンバ人のみで、普通の憑依霊ペンバ人は瓢箪をもたない)。瓢箪子供については〔浜本 1992〕に詳しい(はず)。
73 ムラガパラ(mulagap'ala, pl.milagap'ala)。トウダイグサ科の草木、Croton pseudopulchellus(Pakia&Cooke2003b:389)、muyama66とも呼ばれる。ムルング6768、ドゥングマレ(dungumale65)、ニューニ(nyuni37)の草木。
74 ジネ・ムァンガ(jine mwanga)。イスラム系の憑依霊ジネの一種。別名にソロタニ・ムァンガ(ムァンガ・サルタン(sorotani mwanga))とも。ドゥルマ語では動詞クァンガ(kpwanga, ku-anga)は、「(裸で)妖術をかける、襲いかかる」の意味。スワヒリ語にもク・アンガ(ku-anga)には「妖術をかける」の意味もあるが、かなり多義的で「空中に浮遊する」とか「計算する、数える」などの意味もある。形容詞では「明るい、ギラギラする、輝く」などの意味。昼夜問わず夢の中に現れて(kukpwangira usiku na mutsana)、組み付いて喉を絞める。症状:吐血。女性に憑依すると子どもの出産を妨げる。ngataを処方して、出産後に除霊 ku-kokomolaする。
75 トゥヌシ(tunusi)。ヴィトゥヌシ(vitunusi)とも。憑依霊の一種。別名トゥヌシ・ムァンガ(tunusi mwanga)。イスラム系の憑依霊ジネ(jine27)の一種という説と、ニューニ(nyuni37)の仲間だという説がある。女性がトゥヌシをもっていると、彼女に小さい子供がいれば、その子供が捕らえられる。ひきつけの症状。白目を剥き、手足を痙攣させる。女性自身が苦しむことはない。この症状(捕らえ方(magbwiri))は、同じムァンガが付いたイスラム系の憑依霊、ジネ・ムァンガ76らとはかなり異なっているので同一視はできない。除霊(kukokomola39)の対象であるが、水の中で行われるのが特徴。
76 ムァンガ(mwanga)。憑依霊の名前。「ムァンガ導師 mwalimu mwanga」「アラブ人ムァンガ mwarabu mwanga」「ジネ・ムァンガ jine mwanga」あるいは単に「ムァンガ mwanga」と呼ばれる。「スルタン(sorotani)」、「スルタン・ムァンガ」も同じ憑依霊か。イスラム系の憑依霊。昼夜を問わず、夢の中に現れて人を組み敷き、喉を絞める。主症状は吐血。子供の出産を妨げるので、女性にとっては極めて危険。妊娠中は除霊できないので、護符(ngata)を処方して出産後に除霊を行う。また別に、全裸になって夜中に屋敷に忍び込み妖術をかける妖術使いもムァンガ mwangaと呼ばれる。kpwanga(=ku-anga)、「妖術をかける」(薬などの手段に訴えずに、上述のような以上な行動によって)を意味する動詞(スワヒリ語)より。これらのイスラム系の憑依霊が人を襲う仕方も同じ動詞で語られる。
77 ツォビャ(tsovya)。子供を好まず、母親に憑いて彼女の子供を殺してしまう。夜、夢の中にやってきて彼女と性関係をもつ。ニューニ37の一種に加える人もいる。鋭い爪をもった憑依霊(nyama wa mak'ombe)。除霊(kukokomola39)の対象となる「除去の霊nyama wa kuusa42」。see p'ep'o mulume46, kadume61
tsovyaの別名とされる「内陸部のスディアニ」の絵
78 ライカ・ムェンド(laika mwendo)。動きの速いことからムェンド(mwendo)と呼ばれる。mwendoという語はスワヒリ語と共通だが、「速度、距離、運動」などさまざまな意味で用いられる。唱えごとの中では「風とともに動くもの(mwenda na upepo)」と呼びかけられる。別名ライカ・ムクシ(laika mukusi)。すばやく人のキブリを奪う。「嗅ぎ出し」にあたる施術師は、大急ぎで走っていって,また大急ぎで戻ってこなければならない.さもないと再び chivuri を奪われてしまう。症状: 激しい狂気(kpwayuka vyenye)。
79 ライカ・ムクシ(laika mukusi)。クシ(kusi)は「暴風、突風」。キククジ(chikukuzi)はクシのdim.形。風が吹き抜けるように人のキブリを奪い去る。ライカ・ムクセ(laika mukuse)とも。ライカ・ムェンド(laika mwendo) の別名。
80 ライカ・トブェ(laika tophe)。トブェ(tophe)は「泥」。症状: 口がきけなくなり、泥や土を食べたがる。泥の中でのたうち回る。別名ライカ・ニョカ(laika ra nyoka)、ライカ・マフィラ(laika mwafira81)、ライカ・ムァニョーカ(laika mwanyoka82)、ライカ・キフォフォ(laika chifofo)。
81 ライカ・ムァフィラ(laika mwafira)、fira(mafira(pl.))はコブラ。laika mwanyoka、laika tophe、laika nyoka(laika ra nyoka)などの別名。
82 ライカ・ムァニョーカ(laika mwanyoka)、nyoka はヘビ、mwanyoka は「ヘビの人」といった意味、laika chifofo、laika mwafira、laika tophe、laika nyokaなどの別名
83 ライカ・キフォフォ(laika chifofo)。キフォフォ(chifofo)は「癲癇」あるいはその症状。症状: 痙攣(kufitika)、口から泡を吹いて倒れる、人糞を食べたがる(kurya mavi)、意識を失う(kufa,kuyaza fahamu)。ライカ・トブェ(laika tophe)の別名ともされる。
84 ライカ・ドンド(laika dondo)。dondo は「乳房 nondo」の aug.。乳房が片一方しかない。症状: 嘔吐を繰り返し,水ばかりを飲む(kuphaphika, kunwa madzi kpwenda )。キツィンバカジ(chitsimbakazi31)の別名ともいう。
85 ライカ・キウェテ(laika chiwete)。片手、片脚のライカ。chiweteは「不具(者)」の意味。症状: 脚が壊れに壊れる(kuvunza vunza magulu)、歩けなくなってしまう。別名ライカ・グドゥ(laika gudu)
86 ライカ・グドゥ(laika gudu)。ku-gudula「びっこをひく」より。ライカ・キウェテ(laika chiwete)の別名。
87 ライカ・ムバワ(laika mbawa)。バワ(bawa)は「ハンティングドッグ」。病気の進行が速い。もたもたしていると、血をすべて飲まれてしまう(kunewa milatso)ことから。症状: 貧血(kunewa milatso)、吐血(kuphaphika milatso)
88 ライカ・ツル(laika tsulu)。ツル(tsulu)は「土山、盛り土」。腹部が土丘(tsulu)のように膨れ上がることから。
89 マクンバ(makumba)。憑依霊デナ(dena90)の別名。
90 デナ(dena)。憑依霊の一種。ギリアマ人の長老であるとされるが、8つの頭をもった大蛇という姿もとる。ギリアマ老人としてはヤシ酒と牛乳を好む。別名マクンバ(makumbaまたはmwakumba)。突然の旋風に打たれると、デナが人に「触れ(richimukumba mutu)」、その人はその場で倒れ(このあたりはライカ30と同じモード)、身体のあちこちが「壊れる」のだという。瓢箪子供に入れる「血」はヒマの油ではなく、バター(mafuha ga ng'ombe)とハチミツで、これはマサイの瓢箪子供と同じ(ハチミツのみでバターは入れないという施術師もいる)。症状:発狂、木の葉を食べる、腹が腫れる、脚が腫れる、脚の痛みなど、ニャリ(nyari23)との共通性あり。治療はアフリカン・ブラックウッド(muphingo)ムヴモ(muvumo/Premna chrysoclada)ミドリサンゴノキ(chitudwi/Euphorbia tirucalli)の護符(pande50)と鍋。ニャリの治療もかねる。要求:鍋、赤い布、嗅ぎ出し(ku-zuza)の仕事。ニャリといっしょに出現し、ニャリたちの代弁者として振る舞う。ニャリも人の姿と蛇の姿をもつが、施術師によっては、ニャリは蛇なので言葉を喋れない。そこでデナがニャリたちの代弁者となると説明する人もいる。でもデナも蛇なんですが。
91 シェラ(shera, pl. mashera)。憑依霊の一種。laikaと同じ瓢箪を共有する。同じく犠牲者のキブリを奪う。症状: 全身の痒み(掻きむしる)、ほてり(mwiri kuphya)、動悸が速い、腹部膨満感、不安、動悸と腹部膨満感は「胸をホウキで掃かれるような症状」と語られるが、シェラという名前はそれに由来する(ku-shera はディゴ語で「掃く」の意)。シェラに憑かれると、家事をいやがり、水汲みも薪拾いもせず、ただ寝ることと食うことのみを好むようになる。気が狂いブッシュに走り込んだり、川に飛び込んだり、高い木に登ったりする。要求: 薄手の黒い布(gushe)、ビーズ飾りのついた赤い布(ショールのように肩に纏う)。治療:「嗅ぎ出し(ku-zuza)24、クブゥラ・ミジゴ(kuphula mizigo 重荷を下ろす92)と呼ばれるほぼ一昼夜かかる手続きによって治療。イキリク(ichiliku94)、おしゃべり女(chibarabando95)、重荷の女(muchet'u wa mizigo96)、気狂い女(muchet'u wa k'oma97)、狂気を煮立てる者(mujita k'oma98)、ディゴ女(muchet'u wa chidigo108、長い髪女(mwadiwa109)などの多くの別名をもつ。男のシェラは編み肩掛け袋(mukoba4)を持った姿で、女のシェラは大きな乳房の女性の姿で現れるという。
92 憑依霊シェラに対する治療。シェラの施術師となるには必須の手続き。シェラは本来素早く行動的な霊なのだが、重荷(mizigo93)を背負わされているため軽快に動けない。シェラに憑かれた女性が家事をサボり、いつも疲れているのは、シェラが重荷を背負わされているため。そこで「重荷を下ろす」ことでシェラとシェラが憑いている女性を解放し、本来の勤勉で働き者の女性に戻す必要がある。長い儀礼であるが、その中核部では患者はシェラに憑依され、屋敷でさまざまな重荷(水の入った瓶や、ココヤシの実、石などの詰まった網籠を身体じゅうに掛けられる)を負わされ、施術師に鞭打たれながら水辺まで進む。水辺には木の台が据えられている。そこで重荷をすべて下ろし、台に座った施術師の女助手の膝に腰掛けさせられ、ヤギを身体じゅうにめぐらされ、ヤギが供犠されたのち、患者は水で洗われ、再び鞭打たれながら屋敷に戻る。その過程で女性がするべきさまざまな家事仕事を模擬的にさせられる(薪取り、耕作、水くみ、トウモロコシ搗き、粉挽き、料理)、ついで「夫」とベッドに座り、父(男性施術師)に紹介させられ、夫に食事をあたえ、等々。最後にカヤンバで盛大に踊る、といった感じ。まさにミメティックに、重荷を下ろし、家事を学び直し、家庭をもつという物語が実演される。またシェラの癒やしの術を外に出すンゴマにおいても、「重荷下ろし」はその重要な一部として組み込まれている。
93 ムジゴ(muzigo, pl.mizigo)。「荷物」「重荷」。
94 イキリクまたはキリク(ichiliku)。憑依霊シェラ(shera91)の別名。シェラには他にも重荷を背負った女(muchet'u wa mizigo)、長い髪の女(mwadiwa=mutu wa diwa, diwa=長い髪)、狂気を煮たてる者(mujita k'oma)、高速の女((mayo wa mairo) もともととても素速い女性だが、重荷を背負っているため速く動けない)、気狂い女(muchet'u wa k'oma)、口軽女(chibarabando)など、多くの別名がある。無駄口をたたく、他人と折り合いが悪い、分別がない(mutu wa kutsowa akili)といった属性が強調される。
95 キバラバンド(chibarabando)。「おしゃべりな人、おしゃべり」。shera91の別名の一つ。「雷鳴」とも結びついている。唱えごとにおいて、Huya chibarabando, musindo wa vuri, musindo wa mwaka.「あのキバラバンド、小雨季の雷鳴、大雨季の雷鳴」と唱えられている。おしゃべりもけたたましいのだろう。
96 ムチェツ・ワ・ミジゴ(muchet'u wa mizigo)。「重荷の女」。憑依霊シェラ91の別名。治療には「重荷下ろし」のカヤンバ(kayamba ra kuphula mizigo)が必要。重荷下ろしのカヤンバ
97 ムチェツ・ワ・コマ(muchet'u wa k'oma)。「きちがい女」。憑依霊シェラ91の別名ともいう。
98 ムジタ・コマ(mujita k'oma)。「狂気を煮立てる者」。憑依霊シェラ(shera91)の別名の一つ。憑依霊ディゴ人(ムディゴ(mudigo99))の別名ともされる。
99 ムディゴ(mudigo)。民族名の憑依霊、ディゴ人(mudigo)。しばしば憑依霊シェラ(shera=ichiliku)もいっしょに現れる。別名プンガヘワ(pungahewa, スワヒリ語でku-punga=扇ぐ, hewa=空気)、ディゴの女(muchet'u wa chidigo)。ディゴ人(プンガヘワも)、シェラ、ライカ(laika)は同じ瓢箪子供を共有できる。症状: ものぐさ(怠け癖 ukaha)、疲労感、頭痛、胸が苦しい、分別がなくなる(akili kubadilika)。要求: 紺色の布(ただしジンジャjinja という、ムルングの紺の布より濃く薄手の生地)、癒やしの仕事(uganga)の要求も。ディゴ人の草木: muphorong'ondo100, mupweke101, mutundukula102, mupera(mpera103), manga104, mbibo(mubibo105), mukanju(mkanju106)
100 ムゴロゴンド(mung'orong'ondo)、ムルングおよび憑依霊ディゴ人、シェラ、ライカの草木。同じ(だと思うのだが)植物は、施術師によってはムロゴンド(murong'ondo)、ムブォロゴンド(muphorong'ondo)などとも呼ばれている。特徴的な照りのある大きな葉があり、ゴバンノアシの仲間、おそらくBarringtonia racemosa。樹皮を剥いで潰したものが魚をとる毒として用いられるということからも、これに違いない。
101 ムプェケ(mupweke)。憑依霊ディゴ人、シェラの草木。英名Rigid star-berry。Diospyros squarrosa、ドゥルマでの別名はムズング・ムホ(mudzungu muho)(Pakia&Cooke2003:389)。これに対し、Maundu&TengnasはムプェケをDiospyros mespiliformis、英名African Ebonyとしている(Maundu&Tengnas2005:199)。
102 ムトゥンドゥクラ(mut'undukula, pl.mit'undukula)。タロウ・ウッド、イエロー・プラム。Ximenia americana(Pakia&Cooke2003:380)。憑依霊ディゴ人、マンダーノの草木。葉を煮たものは目の薬になる; 実 t'undukula は食用になる。一方別の箇所では、Dichapetalum zenkeri(Pakia&Cooke2003b:389)とされている。別の植物が同じ名前で呼ばれているということか。
103 ムペラ(mpera, pl.mipera)。muperaと発音する人も。グァヴァの木。Psidium guajava(Maundu&Tengnas2005:362)。内陸部の草木(muhi wa bara)の一つ。
104 マンガ(manga)。キャッサバ(Manihot esculenta)。ドゥルマでは手のかからない救荒食物として栽培されている。ディゴで好まれている食物の一つ。憑依霊ディゴ人、その他シェラなどディゴ系の憑依霊に憑依されたドゥルマ女性もキャッサバを好むようになる。憑依霊ディゴ人の草木。
105 ムビボ(mbibo, pl.mibibo(mubibo, pl. mibibo))。カシューナッツの木。別名 mukanju(mkanju)106、muk'orosho(mkorosho)107。Anacardium occidentals(Maundu&Tengnas2005:98)。カシューナッツの実自体はk'oroshoと呼ばれる。内陸部の草木(muhi wa bara)として「鍋」の成分の一つに。
106 ムカンジュ(mukanju, pl.mikanju(mkanju, pl.mikanju))。カシューナッツの木。mbibo105を見よ。
107 ムコロショ(mukorosho, pl.mikorosho)。カシューナッツの木。mbibo105を見よ。
108 ムチェツ・ワ・キディゴ(muchet'u wa chidigo)。「ディゴ女」。憑依霊シェラ91の別名。あるいは憑依霊ディゴ人(mudigo99)の女性であるともいう。
109 ムヮディワ(mwadiwa)。「長い髪の女」。憑依霊シェラの別名のひとつともいう。ディワ(diwa)は「長い髪」の意。ムヮディワをマディワ(madiwa)と発音する人もいる(特にカヤンバの歌のなかで)。mayo mwadiwa、mayo madiwa、nimadiwaなどさまざまな言い方がされる。
110 ク・ツォザ・ツォガ(ku-tsodza tsoga)。妖術の治療などにおいて皮膚に剃刀で切り傷をつけ(ku-tsodza)、そこに薬(muhaso)を塗り込む行為。ツォガ(tsoga)は薬を塗り込まれた傷。ある種の憑依霊は、とりわけ憑依霊ドゥルマ人や多くのイスラム系の憑依霊は、自分の憑いている者がこうして黒い薬を塗り込まれることを嫌う。したがって施術には前もって憑依霊の同意を取って行う必要がある。そうせずにクツォザすることは患者を一層重篤にする。
111 ディゴゼー(digozee)。憑依霊ドゥルマ人の一種とも。田舎者の老人(mutumia wa nyika)。極めて年寄りで、常に毛布をまとう。酒を好む。ディゴゼーは憑依霊ドゥルマ人の長、ニャリたちのボスでもある。ムビリキモ(mubilichimo112)マンダーノ(mandano113)らと仲間で、憑依霊ドゥルマ人の瓢箪を共有する。症状:日なたにいても寒気がする、腰が断ち切られる(ぎっくり腰)、声が老人のように嗄れる。要求:毛布(左肩から掛け一日中纏っている)、三本足の木製の椅子(紐をつけ、方から掛けてどこへ行くにも持っていく)、編んだ肩掛け袋(mukoba)、施術師の錫杖(muroi)、動物の角で作った嗅ぎタバコ入れ(chiko cha pembe)、酒を飲むための瓢箪製のコップとストロー(chiparya na muridza)。治療:憑依霊ドゥルマの「鍋」、煙浴び(ku-dzifukiza 燃やすのはボロ布または乳香)。
112 ムビリキモ(mbilichimo)。民族名の憑依霊、ピグミー(スワヒリ語でmbilikimo/(pl.)wabilikimo)。身長(kimo)がない(mtu bila kimo)から。憑依霊の世界では、ディゴゼー(digozee)と組んで現れる。女性の霊だという施術師もいる。症状:脚や腰を断ち切る(ような痛み)、歩行不可能になる。要求: 白と黒のビーズをつけた紺色の(ムルングの)布。ビーズを埋め込んだ木製の三本足の椅子。憑依霊ドゥルマ人の瓢箪に同居する。
113 マンダーノ(mandano)。憑依霊。mandanoはドゥルマ語で「黄色」。女性の霊。つねに憑依霊ドゥルマ人とともにやってくる。独りでは来ない。憑依霊ドゥルマ人、ディゴゼー、ムビリキモ、マンダーノは一つのグループになっている。施術師によっては、マンダーノをレロニレロ114とともにディゴ系の霊とする、あるいはシェラ91の別名だとするなど、見解の違いもある。症状: 咳、喀血、息が詰まる。貧血、全身が黄色くなる、水ばかり飲む。食べたものはみな吐いてしまう。要求: 黄色いビーズと白いビーズを互違いに通した耳飾り、青白青の三色にわけられた布(二辺に穴あき硬貨(hela)と黄色と白のビーズ飾りが縫いつけられている)、自分に捧げられたヤギ。草木: mutundukula、mudungu
114 レロニレロ(rero ni rero)。レロ(rero)はドゥルマ語で「今日」を意味する。憑依霊シェラ(shera91)の別名ともいう。施術師によっては、憑依霊ドゥルマ人のグループに入れる者もいる。その場合は男性の霊とされる。一日のうちに、ビーズ飾り作り、嗅ぎ出し(kuzuza24)、カヤンバ(kayamba)、「重荷下ろし(kuphula mizigo)92」、「外に出す(ku-lavya konze15)まですべて済ませてしまわねばならないことから「今日は今日だけ(rero ni rero)」と呼ばれる。シェラ自体も、比較的最近になってドゥルマに入り込んだ霊だが、それをことさらにレロニレロと呼んで法外な治療費を要求する施術師たちを、非難する昔気質の施術師もいる。草木: mubunduki115
115 ムブンドゥキ(mubunduki)。Bourreria nemoralis(Pakia&Cooke2003b:388)。憑依霊レロ・ニ・レロ(rero ni rero114)の草木。
116 テゴ(t'ego)。男性性器からの膿と痛みを伴う症状。妖術 utsai あるいは呪詛 chirapho によって引き起こされる。ku-hega t'ego 姦通の防止に夫が妻の性器に仕掛けた呪詛 chirapho、もし他人がこの女性と寝ると t'ego になる。t'ego にはさまざまな種類がある。例えば t'ego ya diya 「犬のテゴ」妻の不義を防ぐため部屋の入口にしかけ、もし誰かが妻と性交すると、彼の性器はワギナに挟まれて抜けなくなる、など。
117 ムコネ(mukone, pl.mikone)。冷やしの施術に欠かせない「冷たい草木(muhi wa peho)」。実は食用になる。Grewia plagiophylla(Pakia&Cooke2003b:394,Maundu&Tengnas2005:255-256)
118 ムヴモ(muvumo)。ハマクサギ属の木。Premna chrysoclada(Pakia&Cooke2003b:394)。その名称は動詞 ku-vuma 「(吹きすさぶ風の音、ハチの羽音や動物の唸り声、機械の連続音のように継続的に)唸り轟く」より。ムルングの鍋にもちいる草木。ムルングの草木。ニューニ37と呼ばれる霊(上の霊)のグループの霊が引き起こす、子どもの引きつけや病気の治療、妖術によって引き起こされる妊娠中の女性の病気ニョンゴー(nyongoo119の治療にも用いられる。地域によってはムヴマ(muvuma)の名前も用いられる。
119 ニョンゴー(nyongoo)。妊娠中の女性がかかる、浮腫み、貧血、出血などを主症状とする病気。妖術によってかかるとされる。さまざまな種類がある。nyongoo ya mulala: mulala(椰子の一種)のようにまっすぐ硬直することから。nyongoo ya mugomba: mugomba(バナナ)実をつけるときに膨れ上がることから。nyongoo ya nundu: nundu(こうもり)のようにkuzyondoha(尻で後退りする)し不安で夜どおし眠れない。nyongoo ya dundiza: 腹部膨満。nyongoo ya mwamberya(ツバメ): 気が狂ったようになる。nyongoo chizuka: 土のような膚になる、chizuka(土人形)を治療に用いる。nyongoo ya nyani: nyani(ヒヒ)のような声で泣きわめき、ヒヒのように振る舞う。nyongoo ya diya(イヌ): できものが体内から陰部にまででき、陰部が悪臭をもつ、腸が腐って切れ切れになる。nyongoo ya mbulu: オオトカゲのようにざらざらの膚になる。nyongoo ya gude(ドバト): 意識を失って死んだようになる。nyongoo ya nyoka(蛇): 陰部が蛇(コブラ)の頭のように膨満する。nyongoo ya chitema: 関節部が激しく痛む、背骨が痛む、動詞ku-tema「切る」より。nyongooの種類とその治療で論文一本書けるほどだが、そんな時間はない。
120 ムラムロ(mulamulo)広く用いられている占いの一種。憑依霊をもつ施術師によるムブルガ(mburuga11)においては相談者側は自らからほとんど情報を与えず、相談者の抱えている問題を占い師がすべて語ってみせねばならないのに対し、ムラムロにおいては相談者側が自分から問題を語り、イエス/ノーで答えられる問いを発する。それに対し占い師は、何らかの道具を操作して、客の問いにイエス/ノーのいずれかを応える。この2つの占いのタイプが、どのような問題に対応しているのかについて、詳しくは浜本満1993「ドゥルマの占いにおける説明のモード」『民族学研究』Vol.58(1) 1-28(リンク先は草稿版) を参照されたい。
121 ツァウェ(tsawe, pl.tsawe, ano tsawe)。「祖父」
122 ルーツヮ(lutswa, pl.lutswa, riri-(or lulu-) gaga-)。シロアリ。スワヒリ語ではムチュワ(mchwa)。蟻塚(koro)を作って棲む。地下の生き物であることから、施術の編み袋(mukoba4)や瓢箪子供(mwana wa ndonga123)がシロアリに喰われるのはしばしば祖霊の介入として解釈される。
123 ムァナ(mwana, pl. ana)。「子供」。憑依の文脈では、憑依霊の名前に冠する称号のような用い方もされる。憑依霊ムルング(mulungu)をmwanamulunguと呼ぶなど。こうした用法については、私はmwanaを「子神」と訳して、mwanamulungu 「ムルング子神」、mwana pungahewa「プンガヘワ子神」などとしている。憑依霊の施術師が施術師に就任する際に与えられる子供は、瓢箪で作られ、瓢箪子供(mwana wa ndonga)と呼ばれる。これについては以下で詳しく論じた。浜本満, 1992,「「子供」としての憑依霊--ドゥルマにおける瓢箪子供を連れ出す儀礼」『アフリカ研究』Vol.41:1-22
124 ただし、後出のサダカのテキストからわかるように、そこでは侵入したアリは ng'anda125 とも語られている。シロアリlutswaだと述べられている箇所もある。2つの異常な出来事が別個に起こったものと思われる。1月20日はシロアリ、黄色アリはそれ以前に起こっていた出来事であろう。
125 ンガンダ(ng'anda, pl.ng'anda)。サファリ・アント(tsalafu126)に似ているが、「痩せていて長い」とか「黄色い」とか説明される。Giant African Harvester Ant (Messor cephalotes)かもしれないが、自信はない。黄色いということではCoastal Brown Ant (Pheidole megacephala)の可能性もある。わからないのでドゥルマの人の説明に従って「黄色アリ」としておく。
126 ツァラフ(tsalafu, pl.tsalafu)。スワヒリ語ではシアフ(siafu)。サファリ・アント(軍隊アリ)
127 クリマビリ(kurimaphiri)。ドゥルマの4日で一周する週の第二日目。かつてはこの日も一夫多妻婚の妻たちは共同で夫の所有するメインの畑(dzumbe)で耕作せねばならなかった。詳しくはドゥルマの月日の数え方
128 調査日誌。プライベートな行動記録だが、フィールドノートから漏れている情報が混じっているので、後で記憶をたどり直すのに便利。調査に関わる部分の抜粋をウェブ上に上げることにした。記載内容に手を加えない方針なので、当時使用していた不適切な訳語などもそのまま用いている。例えば「呪医(muganga)」、「呪薬(muhaso)」。「呪」はないだろう。現在は「施術師、癒やし手、治療師」などを用いている。記述内容に著しい間違いがある場合には、注で訂正する。日記中のドゥルマ語の単語は、訳さずドゥルマ語のままとし、注をつけることにする。またいくつかの地名については、特定を避ける必要からその地名を字義通りの日本語に訳したものに置き換える。例えば Moyeniは「皆さん休憩してください」村といった具合に。人名は身近な人々についてはそのまま、他の人々については問題ありそうな場合は省略形(イニシャルのみとか)に変更。
129 サンブル(Samburu)。ナイロビとモンバサを結ぶ街道沿いの小さな交易町。モンバサからナイロビに向かい、マリアカーニを過ぎると、次の主要交易町がサンブルである。ドゥルマの中心町キナンゴで分岐する道の一つは、ヴィグルンガーニを経由してサンブルに至るダートロードで、私の最初の調査地「青い芯のトウモロコシ」村もこのダートロード沿いにあった。このダートロードでサンブルのちょっと手前に、ムガマーニ130がある。
130 ムガマーニ(Mugamani)。地名。mugama は実が食用、幹が薬用になる高木。目立つ木なので、ムガマーニ(ムガマのところ)という地名をもつ場所は多い。学名Mimusops somalensis(Pakia&Cooke2003:393)
131 デレ(Dele)。チャリの母方の祖父。チャリが生まれた時にはすでに死亡。高名な施術師で、デレの子孫の多くがデレの癒しの術を受け継がざるを得なくなったという。チャリもその一人。
132 チャリを最初にライカ・シェラ・憑依霊ディゴ人について「外に出す」ンゴマを主宰した男性施術師。女性施術師はムワカ。かなり型破りのやり方の施術だった。ニャマウィ氏はチャリの夫ムリナ氏の父の兄に当たる。
133 ムリナ・キメラ(Murina wa Chimera)。チャリ(Chari)の夫、妖術系の施術師、イスラム系の憑依霊をもっているが、憑依霊の施術師としては正式に「外に出す」ンゴマを受けていない。しかしその妻がムウェレ(muwele)となる「月のカヤンバ」などでは主宰する施術師の役目を引き受けている。
134 ク・ウルサ(ku-urusa)。ディゴ語。ドゥルマ語ではク・ブルサ(ku-burusa)「飛び立たせる、巣立ちさせる」。ドゥルマでディゴ語のク・ウルサが用いられるのは、(1)「生の服喪(hanga itsi)の最終日、服喪期間中禁じられていた水浴びを済ませた死者の長男、夫、未亡人に対して、薬液を振り撒き(ku-vunga135)し、服喪期間中課せられていた地面の上での起居から解放し、椅子や寝台の使用を可能にする儀礼的手続、(2)ニューニ(nyuni37)の治療で病気の乳幼児に対して薬液を振り撒く行為(その動作)、の二つの場合である。
135 クヴンガ(ku-vunga)。薬液を振りまく動作を指す動詞。鶏の脚をもって鶏を薬液(vuo)に浸け、それを患者に対して激しく振り、薬液を撒いたり、枝を束ねたもので振りまいたり、その手段はさまざまである。ニューニの治療においては薬液の振り撒きはク・ウルサ(ku-urusa「飛び立たせる」)とも語られる。農作業で用いる浅い箕のなかに薬液をいれて振り撒く。
136 マリアカーニ。モンバサ街道沿いの町およびその周辺を指す。ドゥルマ人、ギリアマ人、カンバ人が混住する。
137 チャリの母ムワカ(Mwaka)の弟。祖父デレの当時存命の最年長の息子。
138 キティティ(chititi)。占い(mburuga)に用いる、中にトウアズキ(t'urit'uri)の実を入れた小型瓢箪のマラカス。
139 ク・セマ・ンゴマ(ku-sema ngoma)。ンゴマ(太鼓その他の楽器)演奏を伴う大掛かりな催しを行う際に、それを近隣に告げて回ること。憑依霊のカヤンバ(kayamba140)やンゴマ(ngoma143)の告知は、そのンゴマに先立つ「鍋(nyungu56)」設置の日以降である。これはどの憑依霊が中心になるかによって日数が異なるが、一般にはンゴマの4日前に開始される4日間の鍋(「招待の鍋(nyungu ya kurongesha)」が開始される日である。普通は、ンゴマの当日に近所を回って知らせるだけ。
140 カヤンバ(kayamba)。憑依霊に対する「治療」のもっとも中心で盛大な機会がンゴマ(ngoma)あるはカヤンバ(makayamba)と呼ばれる歌と踊りからなるイベントである。どちらの名称もそこで用いられる楽器にちなんでいる。ンゴマ(ngoma)は太鼓であり、カヤンバ(kayamba, pl. makayamba)とはエレファントグラスの茎で作った2枚の板の間にトゥリトゥリの実(t'urit'ti141)を入れてジャラジャラ音を立てるようにした打楽器で10人前後の奏者によって演奏される。実際に用いられる楽器がカヤンバであっても、そのイベントをンゴマと呼ぶことも普通である。カヤンバ治療にはさまざまな種類がある。また、そこでは各憑依霊の持ち歌が歌われることから、この催しは単に「歌(wira142)」と呼ばれることもある。
141 ムトゥリトゥリ(mut'urit'uri)。和名トウアズキ。憑依霊ムルング他の草木。Abrus precatorius(Pakia&Cooke2003:390)。その実はトゥリトゥリと呼ばれ、カヤンバ楽器(kayamba)や、占いに用いる瓢箪(chititi)の中に入れられる。別名 mutsongo。
142 ウィラ(wira, pl.miira, mawira)。「歌」。しばしば憑依霊を招待する、太鼓やカヤンバ140の伴奏をともなう踊りの催しである(それは憑依霊たちと人間が直接コミュニケーションをとる場でもある)ンゴマ(143)、カヤンバ(140)と同じ意味で用いられる。
143 ンゴマ(ngoma)。「太鼓」あるいは太鼓演奏を伴う儀礼。木の筒にウシの革を張って作られた太鼓。または太鼓を用いた演奏の催し。憑依霊を招待し、徹夜で踊らせる催しもンゴマngomaと総称される。太鼓には、首からかけて両手で打つ小型のチャプオ(chap'uo, やや大きいものをp'uoと呼ぶ)、大型のムキリマ(muchirima)、片面のみに革を張り地面に置いて用いるブンブンブ(bumbumbu,mbumbumbu)などがある。ンゴマでは異なる音程で鳴る大小のムキリマやブンブンブを寝台の上などに並べて打ち分け、旋律を出す。熟練の技が必要とされる。チャプオは単純なリズムを刻む。憑依霊の踊りの催しには太鼓よりもカヤンバkayambaと呼ばれる、エレファントグラスの茎で作った2枚の板の間にトゥリトゥリの実(t'urit'uri141)を入れてジャラジャラ音を立てるようにした打楽器の方が広く用いられ、そうした催しはカヤンバあるいはマカヤンバと呼ばれる。もっとも、使用楽器によらず、いずれもンゴマngomaと呼ばれることも多い。特に太鼓だということを強調する場合には、そうした催しは ngoma zenye 「本当のngoma」と呼ばれることもある。また、そこでは各憑依霊の持ち歌が歌われることから、この催しは単に「歌(wira142)」と呼ばれることもある。
144 ゴロモクヮ(ku-golomokpwa)。動詞ク・ゴロモクヮ(ku-golomokpwa)は、憑依霊が表に出てきて、人が憑依霊として行為すること、またその状態になることを意味する。受動形のみで用いるが、ku-gondomola(人を怒らせてしまうなど、人の表に出ない感情を、表にださせる行為をさす動詞)との関係も考えられる。憑依状態になるというが、その形はさまざま、体を揺らすだけとか、曲に合わせて踊るだけというものから、激しく転倒したり号泣したり、怒り出したりといった感情の激発をともなうもの、憑依霊になりきって施術師や周りの観客と会話をする者など。憑依の状態に入ること(あること)は、他にクカラ・テレ(ku-kala tele)「一杯になっている、酔っている」(その女性は満たされている(酔っている) muchetu yuyu u tele といった形で用いる)や、ク・ヴィナ(ku-vina)「踊る」(ンゴマやカヤンバのコンテクストで)や、ク・チェムカ(ku-chemuka)「煮え立っている」、ク・ディディムカ(ku-didimuka145)--これは憑依の初期の身体が小刻みに震える状態を特に指す--などの動詞でも語られる。
145 ク・ディディムカ(ku-didimuka)は、急激に起こる運動の初期動作(例えば鳥などがなにかに驚いて一斉に散らばる、木が一斉に芽吹く、憑依の初期の兆し)を意味する動詞。
146 ムビラ(mbira, pl.mabira)。「墓」。キクタ(chikuta)は墓を掘るための場所。
147 ク・ゴンバ(ku-gomba)。ドゥルマ語では「話す、発話する、発言する」など発話行為全般を意味する動詞。スワヒリ語では同じ言葉が、議論する、談判する、叱るなどの強い意味をもつが、ドゥルマでもそうした用法もある。とりわけprepositional formのku-gombera などの場合。
148 キデム(chidemu)は布の端布一般を指す言葉だが、憑依霊の文脈では、施術の過程で必要となる3種の短冊状の布を指す。それぞれの憑依霊に応じて、白cheruphe 赤cha kundu 黒(実際には紺色)cha mulunguが用いられる。この場合、白はlaika及びイスラム系、赤はshera、黒はmulunguとarumwengu(他の内陸系憑依霊全般)を表す。
149 ムブジ(mbuzi)。「ヤギ」。 ndenge 雄山羊、ndila 去勢山羊、goma ra mbuzi 仔を産んだ雌山羊、mvarika 出産前の牝山羊
150 ウキ(uchi)。酒。'uchi wa munazi' ヤシ酒、'uchi wa mukawa' mwadine(Kigelia africana)の樹の実で作る酒、'uchi wa nyuchi' 蜂蜜酒、'uchi wa matingasi' トウモロコシの粒の薄皮(wiswa)で作る酒、など。
151 ドンジェ(donje, pl.madonje)。トウモロコシの練粥であるワリ(wari152)は供された練粥の山から、右手で軽くつかめるサイズを掴み取り、それを手の中で丸めて団子状にしたもの(これがドンジェと呼ばれるものである)を、同時に供されたスープなどの副食に浸したりまぶしたりして食する。
152 ワリ(wari)。トウモロコシの挽き粉で作った練り粥。ドゥルマの主食。水を沸騰させ、そこに少量の粉を入れて撹拌し、やや粘りが出た所に、どっさり粉を入れて力いっぱい練る。大きな皿に盛って、各自が手で掴み取り、手の中で丸めてスープなどに浸して食する。スワヒリ語でウガリ(ugali)と呼ばれるものと同じ。スワヒリ語ではワリ(wari)は米飯を指す。ドゥルマ語では米飯はムテレ(mutele)あるいはムブンガ(muphunga)と呼ぶ。
153 ニャマ(nyama)。憑依霊について一般的に言及する際に、最もよく使われる名詞がニャマ(nyama)という言葉である。これはドゥルマ語で「動物」の意味。ペーポー(p'ep'o154)、シェターニ(shetani155スワヒリ語)も、憑依霊を指す言葉として用いられる。名詞クラスは異なるが nyama はまた「肉、食肉」の意味でも用いられる。憑依霊はさまざまな仕方で分類される。その一つは「ニャマ・ワ・ムウィリニ(nyama wa mwirini40)」と「ニャマ・ワ・クウサ(nyama wa kuusa41)」の区別。前者は「身体にいる憑依霊」の意味で人に憑いて一生続く関係をもつ憑依霊。憑依霊の施術師たちの手を借りて交渉し、霊たちの要求を満たしてやることで、霊と比較的安定して友好的(?)な関係を維持することができる。このタイプの霊の多くは除霊できない。後者は「除去の憑依霊」の意味で、女性に憑くが、その子供を殺してしまうので除霊(kukokomola39)が必要な霊。後者の多くは、妖術使いによって送りつけられたジネ系の霊で、イスラム教徒の施術師による除霊を必要とする。他にも「上の霊(nyama wa dzulu)」と呼ばれる鳥の霊たちがあり、こちらはドゥルマの施術師によって除霊できる。この分類とは別に憑依霊を、「海岸部の憑依霊(nyama wa pwani156)」あるいは「イスラム系の憑依霊(nyama wa chidzomba45)」と「内陸部の憑依霊(nyama wa bara157)」の2つに分ける区別もある。
154 ペーポー(p'ep'o, pl. map'ep'o)。p'ep'oは憑依霊一般を指すが、憑依霊アラブ人(Mwarabu)と同義に用いられる場合もある。ペーポー子神(mwana p'ep'o)という呼称は、憑依霊アラブ人に対する呼称。なお憑依霊一般については p'ep'oの他に、shetani155もあるが、ドゥルマ地域ではnyama(「動物」を意味する普通名詞153)という言葉が最も一般的に用いられる。
155 シェタニ(shetani, pl.mashetani)。憑依霊を指す一般的な言葉の一つ。スワヒリ語。同じくスワヒリ語には憑依霊を指す言葉としてシャイタニ(shaitani, pl.mashaitani)もあるが、こちらはドゥルマでは用いられていない。他にペーポ(p'ep'o, pl.map'ep'o)もスワヒリ語起源で、ドゥルマで憑依霊の意味で用いられているが、スワヒリ語では「精霊」の意味以外に「他界」「死後の世界」「精霊の棲み処」など場所や空間の意味でも用いられる。ドゥルマ語固有の憑依霊を指す言葉としては、ニャマ(nyama, pl.nyama)があり、憑依霊の話しをする際に最もよく耳にするのがこれである。nyama は「動物、肉」を意味する普通名詞でもある。
156 ニャマ・ワ・プワニ(nyama wa pwani, pl.nyama a pwani)。「海岸部の憑依霊」。イスラム系の霊(nyama wa chidzomba45)に同じ。非イスラム系の土着の憑依霊たち、ニャマ・ワ・バラ(nyama wa bara)との対比で、この名で呼ばれる。
157 ニャマ・ワ・バラ(nyama wa bara, pl. nyama a bara)。「内陸系の憑依霊。」イスラム系の霊がニャマ・ワ・プワニ(nyama wa pwani, pl. nyama a pwani)、つまり「海岸部の憑依霊」と呼ばれるのに対比して、内陸部の非イスラム的な憑依霊をこの名前で呼ぶ。
158 コマ(k'oma)。「祖霊」。祖霊は夢に現れてさまざまなメッセージを子孫に伝える。祖霊は子孫に対して様々な要求を課し、それを夢にあらわれて伝える。無視していると災いを送ってくる。憑依の文脈では、祖先に強力な施術師がいた場合、その持ち霊を子孫が継承し、施術師になる場合が多い。祖霊自身がそれを要求しているのだとされる場合もある。祖霊の要求をすぐに叶えることができない場合は、夢を見た者は、明け方、あるいは夕刻に小屋の戸口(あるいは死者の墓で)クハツァ(kuhatsa14)という行為をおこなう。水で溶いたトウモロコシ粉を巻きながら、今は余裕がないので待ってほしいと祖霊に許しを乞うのである。子供を残した者のみが死後、祖霊になる。子供を残さずに死んだものは、埋葬の際に火がついている木の枝(直前に水に入れて火を消される)を、その背中側に置かれ、「お前は子供を残さずに死んだ。これがお前の子供だ。やって来て人に夢を見せるな」と唱えられる。k'omaという言葉はドゥルマ語では「夢」ndoso の同義語でもある(ディゴ語では「夢」の意味では用いられないようだが、ドゥルマ語にはない「狂気」という意味もある)。コマの観念についての概略は浜本, 1992,「ドゥルマにおけるコマの観念」『九州人類学会報』Vol.20:30-51参照。ちょっと古いけど。
159 パフ(p'afu, pl.map'afu)。「肺」
160 ムリサ(murisa)「牛追い」動詞 ku-risa「放牧する」より。憑依霊ドゥルマ人(muduruma161)の別名とする人もいる。ムリサに憑依されると、飼っている山羊が多くの子供を産むが、それを使用することは出来ない。それを個人的な目的で使用すると病気になる。ムリサに憑依された人はカヤンバの席で子供たちに牛追いの真似をさせ、中ごしに座ってウガリと酸乳を食べる。立ち上がって自分でも牛追いの真似をし、また座ってウガリを食べるといった動作を繰返す。持ち手の曲がった杖mukpwajuと木の御椀muvureを要求。
161 ムドゥルマ(muduruma, pl. aduruma)。憑依霊ドゥルマ人、田舎者で粗野、ひょうきんなところもあるが、重い病気を引き起こす。多くの別名をもつ一方、さまざまなドゥルマ人がいる。男女のドゥルマ人は施術師になった際に、瓢箪子供を共有できない。男のドゥルマ人は瓢箪に入れる「血」はヒマ油だが女のドゥルマ人はハチミツと異なっているため。カルメ・ンガラ(kalumengala 男性162)、カシディ(kasidi 女性163)、ディゴゼー(digozee 男性老人111)。この3人は明らかに別の実体(?)と思われるが、他の呼称は、たぶんそれぞれの別名だろう。ムガイ(mugayi 「困窮者」)、マシキーニ(masikini「貧乏人」)、ニョエ(nyoe 男性、ニョエはバッタの一種でトウモロコシの穂に頭を突っ込む習性から、内側に潜り込んで隠れようとする憑依霊ドゥルマ人(病気がドゥルマ人のせいであることが簡単にはわからない)の特徴を名付けたもの、ただしニョエがドゥルマ人であることを否定する施術師もいる)。ムキツェコ(muchitseko、動詞 kutseka=「笑う」より)またはムキムェムェ(muchimwemwe(alt. muchimwimwi)、名詞chimwemwe(alt. chimwimwi)=「笑い上戸」より)は、理由なく笑いだしたり、笑い続けるというドゥルマ人の振る舞いから名付けたもの。症状:全身の痒みと掻きむしり(kuwawa mwiri osi na kudzikuna)、腹部熱感(ndani kpwaka moho)、息が詰まる(ku-hangama pumzi),すぐに気を失う(kufa haraka(ku-faは「死ぬ」を意味するが、意識を失うこともkufaと呼ばれる))、長期に渡る便秘、腹部膨満(ndani kuodzala字義通りには「腹が何かで満ち満ちる」))、絶えず便意を催す、膿を排尿、心臓がブラブラする、心臓が(毛を)むしられる、不眠、恐怖、死にそうだと感じる、ブッシュに逃げ込む、(周囲には)元気に見えてすぐ病気になる/病気に見えて、すぐ元気になる(ukongo wa kasidi)。行動: 憑依された人はトウモロコシ粉(ただし石臼で挽いて作った)の練り粥を編み籠(chiroboと呼ばれる持ち手のない小さい籠)に入れて食べたがり、半分に割った瓢箪製の容器(njele165)に注いだ苦い野草のスープを欲しがる。あたり構わず排便、排尿したがる。要求: 男のドゥルマ人は白い布(charehe)と革のベルト(mukanda wa ch'ingo)、女のドゥルマ人は紺色の布(nguo ya mulungu)にビーズで十字を描いたもの、癒やしの仕事。治療: 「鍋」、煮る草木、ぼろ布を焼いてその煙を浴びる。(注釈の注釈: ドゥルマの憑依霊の世界にはかなりの流動性がある。施術師の間での共通の知識もあるが、憑依霊についての知識の重要な源泉が、施術師個々人が見る夢であることから、施術師ごとの変異が生じる。同じ施術師であっても、時間がたつと知識が変化する。例えば私の重要な相談相手の一人であるChariはドゥルマ人と世界導師をその重要な持ち霊としているが、彼女は1989年の時点ではディゴゼーをドゥルマ人とは位置づけておらず(夢の中でディゴゼーがドゥルマ語を喋っており、カヤンバの席で出現したときもドゥルマ語でやりとりしている事実はあった)、独立した憑依霊として扱っていた。しかし1991年の時点では、はっきりドゥルマ人の長老として、ドゥルマ人のなかでもリーダー格の存在として扱っていた。)
162 カルメンガラ(kalumeng'ala)。直訳すれば「光る小さな男」。憑依霊ドゥルマ人(muduruma161)の別名、男性のドゥルマ人。「内の問題も、外の問題も知っている」と歌われる。
163 カシディ(kasidi)。この言葉は、状況にその行為を余儀なくしたり,予期させたり,正当化したり,意味あらしめたりするものがないのに自分からその行為を行なうことを指し、一連の自分本位の、場違いな行為、身勝手な行為、無礼な行為、(殺人の場合は偶然ではなく)故意による殺人、などがkasidiとされる。人として最悪なのだが、なぜか憑依霊ドゥルマ人の特徴とされ、とりわけ女性の憑依霊ドゥルマ人は、まさにカシディという名前で呼ばれる。なんという自画像。「mutu wa kasidi=kasidiの人」は無礼者。「ukongo wa kasidi= kasidiの病気」とは施術師たちによる解説では、今にも死にそうな重病かと思わせると、次にはケロッとしているといった周りからは仮病と思われてもしかたがない病気のこと。仮病そのものもkasidi、あるはukongo wa kasidiと呼ばれることも多い。あるいは重病で意識を失ったかと思うと、また「生き返り」を繰り返す病気も、この名で呼ばれる。またカシディは、女性の憑依霊ドゥルマ人(muduruma161)の名称でもある。カシディに憑かれた場合の特徴的な病気は上述のukongo wa kasidi(カシディの病気)であり、カヤンバなどで出現したカシディの振る舞いは、場違いで無礼な振る舞いである。男性の憑依霊ドゥルマ人とは別の、蜂蜜を「血」とする瓢箪子供(mwana wa ndonga164)を要求する。施術師のなかには(Bang'aのMwainzi氏のようにカシディをムヮカシディ(mwakasidi)と呼ぶ者もいる。
164 ムァナ・ワ・ンドンガ(mwana wa ndonga)。ムァナ(mwana, pl. ana)は「子供」、ンドンガ(ndonga)は「瓢箪」。「瓢箪の子供」を意味する。「瓢箪子供」と訳すことにしている。瓢箪の実(chirenje)で作った子供。瓢箪子供には2種類あり、ひとつは施術師が特定の憑依霊(とその仲間)の癒やしの術(uganga)をとりおこなえる施術師に就任する際に、施術上の父と母から授けられるもので、それは彼(彼女)の施術の力の源泉となる大切な存在(彼/彼女の占いや治療行為を助ける憑依霊はこの瓢箪の姿をとった彼/彼女にとっての「子供」とされる)である。一方、こうした施術師の所持する瓢箪子供とは別に、不妊に悩む女性に授けられるチェレコchereko(ku-ereka 「赤ん坊を背負う」より)とも呼ばれる瓢箪子供70がある。
165 ンジェレ(njele, pl.njele)。くびれのない瓢箪を半分に割って作った容器。スープや牛乳を飲んだり、薬液の容器としても用いられる。
166 キラガ(chilaga, pl.malaga)。「胸」nyama ya malagaというと肋骨回りの肉。リブ、肋肉である。通常の饗宴においては屠られたウシやヤギのマラガの肉は、長老や客人のみが食べる肉とされる。腎臓(figo)、肝臓(maini)などといっしょに煮て、ともに長老や客の特権である。
167 フィゴ(figo, pl.figo)。「腎臓」。
168 イニ(ini, pl.maini)。「肝臓」。ウシやヤギを屠って食べる際に、長老やゲストに賞味する権利がある。
169 ルウィング(lwingu, luwinguとも。pl.malwengu)。「膵臓」
170 ウジマ(uzima)。スワヒリ語と同じ。「健康であること、完全であること、欠けがないこと」形容詞は-zima。mwiri uzima「全身」、mut'u muzima「成人、大人」など。身体に関する場合「健康」と訳することが多いが、もっと広く欠損のない状態を示す言葉として用いられていると判断した場合、「つつがなきこと」と訳している。
171 ムベレ・ヤ(or ザ)・ハキ(mbere ya hachi, mbere za hachi)。スワヒリ語では"kwenda mbele ya haki"は「死去した、逝去した」の婉曲表現として用いられる。死んで神の裁きの前に行った、神の御前に行った、という意味である。しかしドゥルマ語での使い方には、hachiの別の意味である「確実さ、真理」の意味が強く、また祖先は「前」で残された我々は「後」だという関係も見て取れる。死者に対する語りかけのなかで「あなたはmbere za hachiに行かれた。私はというと、まだ後ろの空虚(虚栄)のなかにいます。wakpwenda mbere za hachi, mino nichere nyuma za ubatili」とか「あなたこそmbere za hachiにおられ、すべてをご覧になる。uwe ndiwe mbere za hachi unaona chila chitu。」「あなたはmbere za hachiに行き、未だに何をすべきかわからない私どもを後方に残されました。wakpwenda mbere za hachi, uchisiya sino kahudzanbwe kpwamba hundahendadze.」という訳で、私は mbere za hachi を、「前方の真理の(確実性の)世界に」と訳したいような気がするのだが...
172 コマ・ヤ・ウガンガ(k'oma ya uganga, pl.k'oma za uganga)。k'oma ya chiganga という形で述べられることもある。コマ(k'oma)は「祖霊」を意味する。祖先に高名な施術師(癒し手 muganga)がいる場合、その癒しの術が子孫に受け継がれるという考え方がある。実際には、子孫が病気に苦しみ、占いなどによってそれが祖先が、自分の癒しの術を子孫が受け継ぐことを要求しているために起こした病気であるとされる。コマ・ヤ・キガンガ(k'oma ya chiganga, k'oma ya uganga)にはまた別の用法がある。多くの憑依霊を極めた施術師は、その印としてムロイ(muroi173)と呼ばれる、先にビーズ飾りを施された錫杖のような杖をもつ。この杖もしばしばコマ・ヤ・キガンガと呼ばれる
173 ムロイ(muroi)。先端部をビーズなどで飾り立てられた杖。強力な、最高ステージに達した(といっても基準は明確ではないが)施術師のみが持つことができるとされる。別名「施術上の祖霊(k'oma ya chiganga)」、「木の棒の子供(mwana wa chigongo)」などとも呼ばれる。ムコバその他の施術上の品を納めておく特別な小屋(chuko)に立てておき、施術の際にはそれをもって行く。瓢箪のかわりに(瓢箪は女性の憑依霊に対して与えられる「子供」だという特殊な見解)男性の憑依霊に与えられる「子供」だという説明がなされることがあるが、一般的ではない。
174 祖霊(k'oma)や憑依霊のために、将来その家畜を彼らに捧げるという約束で、特定の家畜をとり置く(kpwika「置く」)ことがある。取り置かれた動物は、売ったり自分たちで食べたりしてはならない。祖霊の場合、家畜の右耳をつかんで唱える(kuhatsa14する)ことで、それがその祖霊に取り置かれた動物であることを示す。憑依霊によっては、宿主に自分のための特定の動物を取り置くよう要求する場合がある。憑依霊ドエ人(mudoe175)の黒犬、憑依霊サンバラ人の赤犬、ペンバ人の雌ヒツジなど。憑依霊はンゴマの席上でその動物の血を所望することもある。そうした動物を、それがイヌであれヒツジであれ、しかじかの憑依霊の「ヤギ(mbuzi)」だという言い方がされることもある。
175 ムドエ(mudoe)。民族名の憑依霊、ドエ人(Doe)。タンザニア海岸北部の直近の後背地に住む農耕民。憑依霊ムドエ(mudoe)は、ドゥングマレ(Dungumale)やスンドゥジ(Sunduzi)、キズカ(chizuka)などとならんで、古くからいる霊とされる。ムドエをもっている人は、黒犬を飼っていつも連れ歩く。それはムドエの犬と呼ばれる。母親がムドエをもっていると、その子供を捕らえて病気にする。母親のもつムドエは乳房に入り、母乳を水のように変化させるので、子供は母乳を飲むと吐いたり下痢をしたりする。犬の鳴くような声で夜通し泣く。また子供は舌に出来ものが出来て荒れ、いつも口をもぐもぐさせている(kpwafuna kpwenda)。ピング(pingu53)は、ムドエの草木(特にmudzala176)と犬の歯で作り、それを患者の胸に掛けてやる。ムドエをもつ者は、カヤンバの席で憑依されると、患者のムドエの犬を連れてきて、耳を切り、その血を飲ませるともとに戻る。ときに muwele 自身が犬の耳を咬み切ってしまうこともある。この犬を叩いたりすると病気になる。
176 ムザラ(mudzala)。ムザラ・ドエ(mudzala doe)とも。uvaria acuminata, または monanthotaxis fornicata(Pakia&Cooke2003b:386)。これらとは別にムザラ・コンバ(mudzala komba)もあり、こちらはUvaria faulkneraeおよびUvaria lucida(Pakia&Cooke2003b:386)。ムルング、憑依霊ドゥルマ人(muduruma161)、憑依霊ドエ人(mudoe175)の草木。
177 ムラム(mulamu)。妻の兄弟姉妹、(男性から見て)兄弟の妻の兄弟姉妹、(男性から見て)姉妹の夫、兄弟姉妹。(女性から見て)姉妹の夫の兄弟、(女性から見て)兄弟の妻の兄弟。すべて分類上の関係も含む。ややこしいですか?
。ここではデレにとってチャリは娘の娘つまり孫娘であるが、孫娘=姉妹として、チャリの夫がムラムと呼ばれている。
178 ムジキ(muzuki, pl.aziki)。「埋葬者、埋葬してくれる者」。動詞ク・ジカ(ku-zika179)より。
179 ク・ジカ(ku-zika)。「埋める、埋葬する」を意味する動詞。名詞としても「埋葬」の意味で用いられる。埋葬を意味する名詞には他に maziko, kuziko, mazishiなど。
180 ここで名前のあがっているムベユは、チャリの姉の一人メザの娘ですでにデレのムコバを継承して施術師となっているムベユとは別人だろう。すでに施術師だとは上記の発言からは断言できないが、ときどき騒いで、それが祖霊(あるいは憑依霊)のせいだと言われているということから、まだ「外には出」されていないと思われる。もしかしたらChuphi同様、バティ氏の子供で(従ってチュービの姉妹である)、後年チャリがおそらく施術師になるだろうと語っているムチェマペニ(Muchemapeni 字義通りには「小銭の女」。この名前はいかにもあだ名である)なのかもしれない。一族の女性のなかで後に施術師になる者は、他に3人いるが(2004年現在で)いずれもデレの孫ではなく、曾孫の世代の女性である。
181 ヅル・ヅル(dzulu dzulu, or dzuludzulu)。「上に」を意味するdzuluに由来するのだろうが、本来一族で暮らすべき「屋敷(mudzi)」を離れて、屋敷に暮らす人々を養うために現金収入を得ることができる場所に住んでいる、という状態を意味する表現として用いられている。根拠地から切り離されて、上空を漂っているというイメージだろうか。「出稼ぎ、出稼ぎ中」という訳が適切であるように思える。
182 デレの孫娘の一人。名前を聞いていないのだが、1986年~1987年の家族を連れての1年間の調査の際に、カタナ氏とともに助手をしてくれていたムカラ君の交差イトコだということで、顔つきもどこかムカラ君に似てて、なんとなく親しみをもった。という訳でこんな表記の仕方になってしまっている。彼女も近々「外に出す」ンゴマを予定していると語っているように、施術師への道を歩みつつある。彼女自身は施術師になって治ったら、デレの墓に感謝に訪れると言っている。治らなかったら、来ませんよとも言っているが。とすると彼女がバティの娘のムチェマペニなのかもしれない。
183 動詞ク・オラ(koola= ku-ola)「腐る」より。腐った状態になる=役立たずのろくでなしだの意。
184 ここで女性はメデレ・ムワカを「祖母(wawe)」と呼んでいるが、これは曾祖母の間違いであろう。メデレは「子供名(dzina ra mwana)」であり、女性が産んだ第一子の名前をとって呼ばれる。「デレを第一子として産んだ女性ムワカ」という意味であり、このサダカの焦点であるデレの産みの母であるから、デレを祖父と呼ぶ者にとっては曾祖母に当たるはずである。
185 サラマ(salama)。スワヒリ語で形容詞としては「平安な」「安全な」「平和な」、名詞としては「平安」「健康」。さまざまな唱えごとで、締めくくりの言葉として使われる。salama salamini「平和に、そして安全に」とでも訳せるかもしれないが、唱えごとの締めの決まり文句として、「サラマ、サラミーニ」とそのまま音表記する。
186 ドゥア(dua, pl.madua)。(1)妖術の一種、「祈り、呪い、呪詛」などを意味するスワヒリ語の名詞 dua(pl.dua)より。これに捕らえられると、心が平静を失い、まだ生きているのにまるでもう自分が死んでいるような気がする。人々に嫌われているような気がする、また自分が自分ではないような気がする、他の人々から遠くはなれてしまったような気がする。この症状はフュラモヨ(fyulamoyo187)に似ている。ドゥアの特筆すべき点は、キラボ(chirapho)と同様に母系親族集団(ukuche)全体に及ぶとされるところ。治療は捕えられた母系集団の人々を周回するようにヒツジ(ng'onzi)が引き回された後、屠られ、その胃の内容物で薬液を作り、それで犠牲者たちの身体を洗うことからなる。この施術は一見マブィンガーニ(maphingani188)に対する施術に酷似する。一度も目撃したことはないが、興味深い。(2)不具=chiwete。duwa と発音されることも。
187 フュラモヨ(fyulamoyo, pl.mafyulamoyo)。妖術の一種。ザイコ(zaiko)と呼ばれる薬によって掛けられる妖術。さまざまな症状を示す。特徴的な身体症状の一つが全身が痒くなって掻きむしること。しかし深刻なのはさまざまな「心理的」症状。動詞ク・フュラ(kufyula)は、「曲げる、(無理やり)向きを変えさせる」を意味し、モヨ(moyo)は「心、心臓」を意味する名詞。字義通り、人の心を変な方向に曲げてしまう妖術である。これにかかると、自分が居る場所が適切でないような気がして、どこかに行ってしまいたいような気がする、自己嫌悪、他人と一緒にいられない、などの異常な心的状態を呈する。学業不振、自殺、家庭内不和、離婚、新婦が逃げ出す、などはこの妖術のせいであるとされる。多くの種類がある。fyulamoyo renye, fyulamoyo ra p'ep'o,fyulamoyo ra dzimene, chimene chenye( mbayumbayu, mbonbg'e) etc.〔浜本, 2014:61-66を参照のこと〕
188 マブィンガーニ(maphingani, sing. phingani)。ドゥルマにおいても近親の異性との性関係は不適切で、さまざまな災いを引き起こすと考えられている。こうした性関係がもたらす異常な状態をマブィンガーニと呼び、それが引き起こす災いや症状をキティーヨ(chitiyo, pl. vitiyo)と呼ぶが、両者を互換的に用いる人々もいる。この概念を日本語の「近親相姦」と翻訳するのは不適切である。例えば、父と息子や、2人の兄弟が一人の女性(たとえそれが町の売春婦であっても)と誤って性関係をもってしまうと、それもマブィンガーニになるからである。それはその女性との性関係によって、父と息子、あるいは2人の兄弟が「混じり合う」が故にマブィンガーニなのだと言われる。この概念についての詳しい分析は〔浜本満,2001,『秩序の方法: ケニア海岸地方の日常生活における儀礼的実践と語り』弘文堂、第6章参照のこと〕。こうした不適切な性関係によって引き起こされた状態を解消するためにはクヴォリョリャ(kuphoryorya189)と呼ばれる手続きが必要になる。
189 クブォリョリャ(ku-phoryorya)。不適切な性関係によって生じた状態、マブィンガーニを解消するための手続き。混じり合ってしまった全ての人々が地面に互いの脚を重ね合いながら一列に座らされ、施術師によって一匹の(深刻な場合は8匹までの)ヒツジが彼らを周回させられた後に、通常の殺し方ではなく、生きたまま腹部を刺され、胃の内容物を取り出した後に、首を切って屠殺される。その胃の内容物は、特別な草木の薬液に混ぜ合わされ、全員に振り撒かれる。詳しくは〔浜本満,2001,『秩序の方法: ケニア海岸地方の日常生活における儀礼的実践と語り』弘文堂、第6章:162-172〕
190 ムヴナ(muvuna, pl.avuna)。ドゥルマには40近い母系クランが存在するが、そのなかには「悪いクラン(mbari mbii)」と呼ばれるクランがある。mudegere、mwahijaなど。これらのクランの女性は美人であるが、妻として娶ると貧しくなるなど、あることないこと言われている。こうしたクランの女性とは結婚を避けるべきだとされているが、実際にどの程度結婚が避けられているかは不明。ムヴナは、こうした悪いクランの女性であることを当て擦る言い方。
191 フンドゥ(hundu, pl.mahundu, alt. muhundu, pl. mihundu)。畑(munda)にする土地で未だ開墾されていない茂み、munda hunduともいう。開墾された部分はウチェル(ucheru)。開墾の予定もない畑地として考えられていない草むら、茂みはヴゥェ(vuwe)、ゼル(dzeru)、ウェル(weru)などと呼ばれる。もっとも区別は厳格とは言えない。
192 スウェースウェー(swee swee)。何やら擬音語、擬態語っぽいが、カタナ氏も聞いたことがない表現だという。おそらく「病気ばっかりのさま」を表現する彼女オリジナルの言い回しかも。
193 lwembe ra chifyu ridza na ere. ere194は「トウジンビエ(bulrush millet, pearl millet)」で、通常のドゥルマの諺では "ndiwe chitsu mudza na ere."「一粒の種子(chitsu)からたくさんのトウジンビエが生えるように、お前こそ多くの子孫を残した者だ。」という形で祖霊祈願の決まり文句として用いられる諺だが、ここでは「ナイフの鋭い刃はたくさんのトウジンビエをともなってくる」となって一見意味が通らない。が、lwembeは、男児の割礼に用いられる鋭い刃(剃刀の)でもあるので、むりやり意味を通す(鋭い割礼刀の刃から一人前の男が作られ、それが多くの子孫を残す、みたいな)ことはできる。ムリナの勘違いか、書き起こし担当の聞き間違いの可能性もある。
194 エレ(ere, pl.maere)。「トウジンビエの一穂」。墓での祖先に対する供犠(sadaka1)の際に、多くの子孫を残した祖先の霊を褒め称えるのに用いる言い回しのなかでよく用いられる。ndiwe chitsu(or chitswa), mudza na ere.「あなたこそ種(または頭)、ヒエの穂とともにおいでになる。」chitsuは「種子」chitswaは「頭」。「一粒の種子からたくさんの実をつけたヒエの穂が生えるように、あなたこそ多くの子孫を残した方です」という意味の決まり文句。
195 チャリの祖父デレの母親はムワカである。チャリの母親ムワカはデレの娘である。ややこしいが、ドゥルマの命名規則では、生まれてきた子供(女児の場合)は、自分の父の姉妹、あるいは自分の母親など自分の親の世代の女性親族の名前をつけることになっており、祖母と娘が同じ名前であることは珍しいことではない。
196 ムェレケラ(mwerekera)。ムルングの草木。未同定。おそらく動詞ク・エレカ(kpwereka)「背負う、おぶう」のprepositional fromに由来。kpwereka は子供を背中などに背負って運ぶ動作を示す動詞であるが、そのcausative であるkpwerekeza には「狙いを定める、道を示す」の意味がある。
197 ブンジ(bunzi, pl.mabunzi)。スワヒリ語に同じ。スワヒリ語では辞書によって、'a larage stinging fly'(SSE),thread-waisted wasp(Kamusi Project),mason(potter) wasp(Glosbe)など、まちまちであるが、いずれも大型で泥で巣を作るとされており、日本語でいうドロバチに当たるものと思われる。ときに妖術使いの攻撃を婉曲的に「ドロバチに刺される」ということもある。
198 タンガ(Tanga)。タンザニア海岸部の都市。ドゥルマの人々は、妖術使いが訪れて、新たな妖術の技法を仕入れてくる場所の一つと考えている。
199 カファラ(kafara, pl.makafara)。スワヒリ語 kafaraは動物供犠、護符、お守りなどを意味する言葉であるが、ドゥルマ語使用者は、この言葉を妖術使いが犠牲者に危害を加えるために送りつける様々な媒体や使い魔を指す言葉として用いる。カフラジャ(kafuraja, pl.makafuraja)も同じ。
200 ンバリ(mbari, pl.mbari)。「氏族、クラン、親族、種類」。父系氏族(クラン) mbari ya kulume, or ukulume と母系氏族(クラン) mbari ya kuche, or ukuche がある。フコ(fuko, pl.mafuko)も同じような意味で用いられるが、母系親族を指す場合が多いように思われる。
201 キカブ(chikaphu)。エダウチヤシ(mulala)の葉で編んだ袋。編み籠。一本~二本の持ち手(sikiro)がある。大きいものはカブ(kaphu, pl.makaphu)。キカブより小さく、持ち手のないものはキロボ(chirobo)と呼ばれる。pictures from Moukimou
202 「子供たち」で誰を指しているのか不明。後出するデレの妻の一人(ムルチェの母)の子孫たちだろうか。そこでは彼らは目を病んでいると語られている。またこの直後に「癒しの術にかかわる祖霊の服喪」に言及している。別の箇所でチャリが言及している、施術師としての到達を示すムロイ(muroi173)と呼ばれる杖をデレが要求しているらしい件と関係があるのかもしれない。ムロイは「施術上の祖霊(k'oma ya chiganga)」とも呼ばれる。ムリナが次のパラグラフで語っているのは、このムロイを正式に授与するンゴマのようにも見える。これらについては私は実際には一度も見たことがなく、知識は断片的なものしかもっていない。
203 ハンガ(hanga, pl.mahanga)。「服喪」と訳しておく。死者を埋葬した翌日から数日間に渡って(期間はクランごとに、そして死者の死因によっても異なる)開催される「生(なま)の服喪 hanga itsi3」と、その数年後に開催される祝祭的色彩が濃い「熟した服喪 hanga ivu2」がある。
204 ウェカ(weka, pl.maweka)。4本の枝(木の細めの杭)を地面に立て、それにレソ(leso)その他の布を張った仮設タープのようなもの。スワヒリ語のヘマ(hema, pl.hema)も同じものを指すのに用いられる。
205 ムツェザ(mutsedza, pl.atsedza)。「妻の父、妻の母」(分類上の父母にも拡張)と、「娘の夫」は互いをmutsedzaと呼びあう関係にたつ。後者から前者にはきわめて大きな尊敬が払われねばならず、後者は前者に対する奉仕の義務を負う。
206 ここでマリ(mali)と言う言葉で語られているのは放牧されねばならないヤギたちのことである。マリ(mali)は財産、資産一般を指す言葉でもあるが、特定の文脈では「婚資207」のことを意味する。子供がもっと欲しい→第二の妻を娶って子供を増やしたい→そのための婚資の家畜(ヤギ)を増やさねば→でも子供がいないのでヤギを放牧してくれる者がいない→子供がもっと欲しい。自虐的冗談。
207 マリ(mali, pl.mali)。「財産、資産」一般を含むが、文脈によって、妻を娶る際に妻の両親に対して差し出す(花婿の父親、あるいは花婿本人が差し出す)「婚資(bridewealth, brideprice)」の意味でも用いられる。婚資に特化した単語としてはフンダ(hunda, pl.mahunda)がある。kulavya mahunda 婚資を支払う; ndifi 自分の妻が別の男に嫁ぐ場合(eg.妻が別の男と駆け落ちし、相手の男がその女性を正式の妻にしたい場合)前夫が受け取る婚資

合意された婚資の内訳(1989年11月)の婚資交渉の記録より
208 プジ(p'uji, pl.map'uji)。ミドリマダラバト(emerald-spotted wood dove(turtur chalcospilos))。子供のいない夫婦の蔑称のように用いられる。もちろん子供はいるはずだが、人々の言うには森のなかで目撃されるのはいつも2羽の番ばかりだとのこと。
209 ドゥデ(dude, pl.madude)。「モノ」。ドゥデ(dude)は、一般に名前の不明な物、正体不明な物に言及する名詞。しばしば、くだらない物、役立たずな物という軽侮的ニュアンスを伴う。mududeは、このdudeに人や動物を表すクラスの接頭辞 mu-(pl.a-)を付けたもので「ろくでもない人間」「ろくでなし」「得体のしれないやつ」などの意味をもちうる。
210 ク・ツマ(ku-tsuma)。「収入を得ようと努力する、稼ぐ、探し求める、女性を誘惑する」などを意味する動詞。名詞はツモ(tsumo, pl.tsumo; uu-)で、意味は「稼ぎ、収入」。祖霊(k'oma158)やムズカ(muzuka44)に対する唱えごとのなかで、tsumo na kupata「稼ぎ、そして手に入れる」は願い事の決まり文句だが、「稼ぎ、そして収入を得る」と訳している。日本語の「稼ぐ」には収入を得ることが含意されているが、ドゥルマ語の場合は、前者は収入を得るための努力の方に強調があり、結果としての収入とは区別されていることが多い。なお"tsuma"は"主格辞+tsuma ku~"の形では「もうすこしで~しそうになる、ほとんど~しそうになる」を意味する慣用句を作る。
211 ングオ(nguo)。「布」「衣服」を意味する名詞。スワヒリ語も同様。さまざまな憑依霊は特有の自分の「布」を要求する。ムルングは「黒」(実際には紺色)の一枚布、憑依霊ドゥルマ人も同じ色だが、ビーズ飾りが違っている、シェラは赤い布など。多くはカヤンバなどにおいてmuwele16として頭からかぶる一枚布であるが、憑依霊によっては特有の腰巻きや、イスラムの長衣(kanzu)のように固有の装束であったりする。
212 キブーリェ(chiphurye)。「無視、不遜」。動詞ク・ブーリャ(ku-phurya)「無視する、相手にしない」より。「キブーリェの人(mut'u wa chiphurye)」とは他人の言うことに耳を貸さない、丁寧な依頼も相手にせず、無礼に拒絶する、といった人間を指す。人として好ましくない人格だと考えられている。憑依の文脈では、憑依霊の要求と思われる症状を無視している、あるいは(占いで)憑依霊の要求を伝えられても、それを無視して実行しない、などの態度を指している。
213 コンバムゥィコ(kombamwiko, pl.makombamwiko)。スワヒリ語で「ゴキブリ」であるが、ここでは本気で胎児が腹の中でゴキブリに食べられる、などとチャリが考えているわけではない。ありえない想定をして、原因が見当もつかないということを強調しているのである。なおゴキブリはドゥルマ語では、コンバイコ(kombaiko, pl.makombaiko)。である。
214 曾祖母、曽祖父はそれぞれドゥルマ語では「大きな(年長の)母」「大きな(年長の)父」を意味するマヨ・ムヴェーレ(mayo muvyere)、ババ・ムヴェーレ(baba muvyere)という言葉で指示される。呼びかける際には、単に「お母さん」(mayo)、お父さん(baba)となる。
215 ルハンゴ(luhango)。「豊穣、多産、大きな家族」といった意味。先祖への語りかけの中でのみ用いられる。uwe ndiwe mudza na luhango.「あなたこそ、豊穣(大きな家族)をもたらし来た者」。次の表現とほぼ同義。uwe ndiwe chitsu mudza na ere194.「(一粒の種子からたくさんのトウジンビエの穂ができるように、)あなたこそトウジンビエの穂をもたらし来たひと粒の種子です」
216 ドゥルマの時間の捉え方は、イスラム世界(スワヒリ世界)におけるそれに類している。一日は日没に始まり、次の日の日没までである。日本の呼び方で午後7時は、スワヒリ・ドゥルマではsaa mwenga(saa moja in Kiswahili)つまり1時で、一日の最初の1時間が経過したことを示す。日本の呼び方で午前0時はスワヒリ・ドゥルマではsaa sita、つまり6時である。日本の呼び方で午前6時はスワヒリ・ドゥルマではsaa kumi na mphiri(mbiri in Kiswahili)12時となる。ここから一日の後半のカウントが始まり、日没前の午後6時、スワヒリ・ドゥルマ風に言えば12時で一日の終りとなる。という訳でドゥルマ語で8時(saa nane)といえば、日本の呼び方では夜中の2時、あるいは昼の午後2時を指すことになる。
217 ク・トナ(ku-tona)。ドゥルマでは食事は共食するのが習わしで、独りで食事を摂るのは不適切な行為と考えられている。しかし飢饉の際には、貪欲な長老が手に入れた食物をこっそり隠れて独りで食べるという恥ずべき行為が横行する。クトナ(ku-tona)とは、この独りで隠れてこっそり食べる行為、あるいは共食の場でも、独りガツガツ食べて、他の人がわずかしか食べられなくする行為を指す動詞。
218 祖霊に対して、憑依霊の施術師のみが用いる、多産の祖霊を敬う唱えごとのなかで用いられる言葉。ここで語られている "ndiwe nzaga mudza na uphere" は意味においては通常の ndiwe chitsu mudza na ere194.と同義である。
219 ババ・ムヴェレ(baba muvyere)。字義どおりには「大きい(年長の)父」であるが、この言葉で指される親族は父の兄(Father's elder brother)である。対してババ・ムヴァハ(baba muvaha)「小さい(年少の)父」は、父の弟を指す。しかし、この言葉は同時に、曽祖父(grandfather's father)を指すのにも用いられる。ここでは「父の兄」に対する呼びかけである。
220 アブ(aphu, pl. aphu, ano aphu)。「母の兄弟、母方オジ」。甥、姪は muphwa。甥姪と母の兄弟は互いを aphu と呼び合う。
221 ムランゼ(murandze, pl.mirandze, alt.muranze)の木。Dalbergia boehmii(Pakia&Cooke2003:391)。ンダゴ(ndago222)とともに、憑依霊ドゥルマ人の香料(mavumba)の重要成分。昔はドゥルマの女性が香料として用いており、出産後の女性や赤ん坊に塗ったり、週ごとの踊り(wirani)に行く際に少女が塗った。今や老人である当時の若者が言うことには、遠くからでも香りでわかったという。
222 ンダゴ(ndago)。シュロガヤツリ。水辺に生えるスゲの一種。パピルス。Cyperus alternifolius,or Cyperus kaessneri(Pakia&Cooke2003:389)。ムランゼ(murandze221)とともに、憑依霊ドゥルマ人(muduruma)の香料(mavumba)の主成分の一つ。
223 ハンド(hando, pl. hand or mahando)。ギャザーのある腰巻。ドゥルマの女性の伝統的な衣装,今日では超高齢者を除いてほとんど着用されてはいない。
224 フィールドノートの記述にあるように、男の死者にはそれぞれ、練粥の団子5つと肉5切れ、女性の死者には練粥の団子6つと肉6切れが供えられる。この数は父系クランごとに若干異なる。
225 おそらく「祖霊の棒(chigongo cha k'oma)12」に言及している。自分たちの「娘」であるチャリに多くの子孫ができて、自分たちが祖霊になった暁に、それらの子孫の屋敷に自分たちの「祖霊の棒」を立てて自分たちを思い出してもらえるように、との願いであろう。
226 マヨ・ムヴィェレ(mayo muvyere)。字義通りには「年長の(大きい)母」になるが、親族名称としては「曾祖母」のこと。曽祖父はババ・ムヴィェレ(baba muvyere)である。ババ・ムヴィェレは、父親の兄(Father's elder brother)も指すが、マヨ・ムヴィェレには母の姉妹に適用されることはない。母の姉妹はチャーネ(chane)という別個の呼称をもつ。なお母の僚妻(ムカカジ(mukakazi)夫を共有する別の妻)はメソモ(mesomo)と呼ばれる。
227 クウィマ(kpwima=ku-ima)。「立つ」という意味の動詞だが、同時に(とりわけprepositionalの kpwimira という形で)「支援する、協力する」「立ちはだかる、(攻撃しようと)狙う」といった意味にもなる。またその完了時制は、継続用法の現在完了形のように用いられる。hudzima huna wasiwasi.= hudzikala huna wasiwasi.「私たちはずっと心配しています。」
228 ムカザ(mukaza, pl.akaza)。「~の妻」必ず「~」を付けて用いる。mukaza mwana=「息子の妻」mukaza Mwero「ムエロ(人名)の妻」mukaza mutu「人妻」。自分の妻をムカザと呼ぶことはできない。当然それはムチェ・ワング(muche wangu, pl.ache angu)「私の妻」である。
229 ベヴャラ(bevyala)。「夫の父」。夫の母はメヴャラ(mevyala)。彼らにとって息子の妻はムカザ・ムヮナ(mukaza mwana, pl. akaza mwana)となる。
230 マゾンバーニ(madzombani loc.)「(モンバサやナイロビのような大きな)町で、町に」。ドゥルマ語では udzomba はイスラム。mudzomba は「イスラム教徒」。madzombaniはおそらくもともとは「イスラム教徒たちの町」といった意味だったのだろう。現在では大きな町一般がこの語で指示されている。
231 ク・ホハ(ku-hoha)。「水っぽい。(水分を含んで)ぶよぶよになる、萎れる。」ku-hosa はそのcausative。ku-hohesaは「水に浸ける、沈める」。植物が枯れて萎れる場合には動詞は ku-fa「死ぬ」あるいはku-kut'a「水を払う」を用いる。
232 ニョンゲ(nyonge, pl.manyonge)。「病気」とりわけ人を衰弱させる病気。形容詞 -nyonge は、「弱い、弱々しい、衰弱した」。 diya riri ni nyonge.「この犬は弱々しい」、uwe u munyonge.「お前は病弱だ」。
233 ク・ロハ(ku-loha)。「(夢を)見る」。「夢」そのものを指す名詞はンドソ(ndoso)あるいはコマ(k'oma)。ku-loha ndoso という言い方もある。面白いのはこの動詞にはク・ロヘサ(ku-lohesa)あるいはク・ロサ(ku-losa)という causative があってともに「夢を見せる、夢を見させる」を意味する。憑依霊や、祖霊はその宿主や子孫に「夢を見させて」さまざまな要求を伝えたり、情報をあたえたりするとされる。
234 こうした仕方で埋葬されるのは男性のみだとの意見が多い。女性の場合も同様だとの主張も見かけるが、圧倒的に少数。
235 ムヴア(mvua, yiyi-)。トウモロコシの粉を水で溶いたもの。祖霊に対する語りかけ(ku-hatsira k'oma14)において、それを少しずつつまんでは撒き、祖霊に語りかける。この動作を ku-fuga mvua という。
236 バハ(baha, yiyi-)。「ましなこと、改善、(病気などの)小康」。baha +subjunctive form 「~したほうが良い、~したほうがまし」の慣用表現。
237 ムァリム・ドゥニア(mwalimu dunia)。「世界導師238。内陸bara系239であると同時に海岸pwani系45であるという2つの属性を備えた憑依霊。別名バラ・ナ・プワニ(bara na pwani「内陸部と海岸部」240)。チャリのもつ最も強力な憑依霊の一人。キナンゴ周辺ではあまり知られていなかったが、Chariがやってきて、にわかに広がり始めた。ヘビ。イスラムでもあるが、瓢箪子供をもつ点で内陸系の霊の属性ももつ。
238 イリム・ドゥニア(ilimu dunia)。ドゥニア(dunia)はスワヒリ語で「世界」の意。チャリ、ムリナ夫妻によると ilimu dunia(またはelimu dunia)は世界導師(mwalimu dunia237)の別名で、きわめて強力な憑依霊。その最も顕著な特徴は、その別名 bara na pwani(内陸部と海岸部)からもわかるように、内陸部の憑依霊と海岸部のイスラム教徒の憑依霊たちの属性をあわせもっていることである。しかしLambek 1993によると東アフリカ海岸部のイスラム教の学術の中心地とみなされているコモロ諸島においては、ilimu duniaは文字通り、世界についての知識で、実際には天体の運行がどのように人の健康や運命にかかわっているかを解き明かすことができる知識体系を指しており、mwalimu duniaはそうした知識をもって人々にさまざまなアドヴァイスを与えることができる専門家を指し、Lambekは、前者を占星術、後者を占星術師と訳すことも不適切とは言えないと述べている(Lambek 1993:12, 32, 195)。もしこの2つの言葉が東アフリカのイスラムの学術的中心の一つである地域に由来するとしても、ドゥルマにおいては、それが甚だしく変質し、独自の憑依霊的世界観の中で流用されていることは確かだといえる。
239 バラ(bara)。スワヒリ語で「大陸、内陸部、後背地」を意味する名詞。ドゥルマ語でも同様。非イスラム系の霊は一般に「内陸部の霊 nyama wa bara」と呼ばれる。反対語はプワニ(pwani)。「海岸部、浜辺」。イスラム系の霊は一般に「海岸部の霊 nyama wa pwani」と呼ばれる。
240 バラ・ナ・プワニ(bara na pwani)。世界導師(mwalimu dunia237)の別名。baraは「内陸部」、pwaniは「海岸部」の意味。ドゥルマでは憑依霊は大きく、nyama wa bara 内陸系の憑依霊と、nyama wa pwani 海岸系の憑依霊に分かれている。海岸系の憑依霊はイスラム教徒である。世界導師は唯一内陸系の霊と海岸系の霊の両方の属性をもつ霊とされている。
241 ムガンダ(muganda)。憑依霊ガンダ人。民族名の憑依霊。バナナを主食にするなど。1991年の時点でChariの占いを担う霊とされていた。ジンジャ導師(mwalimu jinja)の別名ともされていた。(後には占いを担っている霊はギリアマ系の霊ピニ(pini242)であるとされた)。調査地周辺では、チャリ以外の誰もこの霊を持っていなかったが(あまり知られてもいなかったが)、チャリがその癒やしの術を継承したとするチャリの祖父デレの持ち霊であったといい、デレの子孫で施術師になった者は、全員がこの霊をもっていたという。
242 ピーニ(pini)。ギリアマ系の霊で、同じくギリアマ系のSanzua243の別名ともいう。占いに従事する。また「祈願の施術(uganga wa kuvoyera245)」の技も与えてくれる。
243 サンズア(sanzua)。憑依霊ギリアマ人、女性。占いをする。matali(野ネズミ)を食べる。憑依されると、周りにいる人の誰が健康で、誰が病気かを言い当てたりする。症状: 発狂kpwayusa,歩くのも困難なほどの身体の痛み。要求: hando ra mupangiro(細長く切った布片を重ねるように縫い合わせて作った蓑=chituku)、ヤマアラシの針を植え付けた3本脚の御椀(chivuga244)
244 キヴガ(chivuga, pl.vivuga)。木をくり抜いて作った3本脚の小さいお椀。ヤマアラシの針が植え付けてある。憑依霊サンズア(sanzua243)、別名(?)ピーニ(pini242)が必要とする道具の一つ。
245 ク・ヴォイェラ(ku-voyera)。 ku-voya 「祈る、祈願する」のprep.formなので、「~のために祈る」という意味になるが、uganga wa kuvoyera というと、通常の人にはわからない妖術使いを探索して探し出す施術という特殊な意味をもつ。
246 ク・フィニキラ(ku-finikira)。布のようなもので「被せる、覆う、カバーする」といった意味の動詞。施術のコンテクストでは、普通に、憑依霊ごとに異なる布でムウェレ(muwele16)を覆う、嗅ぎ出し(kuzuza24)の際に、横たわる患者に布を被せて覆う、などの他に、妖術使いなどが施術師を「覆う」ことによって、癒やしの術を行うことができないようにするという意味で用いられることもある。この同じ意味では「蓋をする、カバーする、覆う」を意味するク・ビニキザ(ku-binik'iza)も用いられる。