1997年8月から数ヶ月にわたって、ケニア海岸部を震撼させた騒乱事件。それに巻き込まれたドゥルマの出稼ぎ民たちの経験について、聞き取り調査する目的で12月末に調査地入りした。調査地へ入る主な道は大雨のせいで橋の多くが流されており、やっとの思いでたどり着くと、そこでは私の長年の友人の一人Mw氏が、妖術使いだという告発を受け、試罪施術の結果有罪が確定したというニュースで涌いていた。いったいどんな経緯で彼に妖術使いの嫌疑がかかったのか、そしてMw氏の今後がどうなるか、短い期間内にやるべきことが多すぎ。
そんななか付き合いの深い施術師チャリの姉で施術師でもあったカベンデラ(ムパ)の死の知らせが届いた。1月5日のことだった。道の状態が悪く、徒歩で行き来して連絡するしかないため、埋葬はすでに終わっているはずだった。チャリたちは、知らせを聞いて急いで出かけた(私の自転車を貸してあげた)。埋葬後の「生(なま)の服喪(hanga itsi1)」は開催されないことになったという(近隣の人々が集まり踊りや食事が振る舞われることはなかった)。屋敷の遺族のみが「生の服喪」を開催したとしたら服す規則に従って、大声も出さず静かに地面の上で過ごし、最後の夜があけると水浴びをするという日程で過ごすのみ。しかし、死との接触を極端に嫌う、彼女の持霊の一人憑依霊カンバ人のせいで、チャリは病気になり、翌6日の晩「ジャコウネコの池」に帰ってきた。憑依霊カンバ人を専門にする施術師の治療を受けるためだった。結局、受けられなかったが。
そうこうするなか1月10日に故カベンデラの息子オマリが、死んだ母親の施術の編み袋ムコバ(mukoba2)の処置について相談しにやってきた。なくなった施術師のムコバは、親族内に亡くなった施術師の持ち霊と同じ霊をもつ者がいれば、その者が継承することができる。しかし継承者が親族内に現れなかった場合は、ムコバはいったん「上にあげ」て、継承者が現れるのを待たねばならない。あるいは、ムコバは自ら継承者を探してその人を病気にすることで継承を求めることもできるが、いずれにせよ癒しの機能を停止してサスペンド状態にせねばならないのである。この「ムコバを上げる」施術には男女2名の施術師が必要なのだが、男性施術師の「チャリだけでやってほしい」との伝言を伝えに来たのである。チャリの姉カベンデラの死から「ムコバ上げ」までの経緯については上記のページを参照されたい。 オマリは翌日故カベンデラの家のあるガンディーニに帰宅。ムリナとチャリは翌12日に向かうことになる。私も同行したかったのだが、13日にキナンゴのチーフの立ち会いでMw氏とMw氏に娘3人を殺されたと主張する遺族側との話し合いが、常設市前の広場でもたれるので(そんな公衆の面前でいいのかい?)、そちらを逃すわけにいかず、同行を断った。チャリは無事カベンデラのムコバを「上げ」、1月14日の夕方、再び、上り下りの多い片道約25キロを徒歩で帰宅した。お疲れ様。
という訳で、翌日さっそく首尾を聞きに行った。
(from diary of 1998/01/15 Thu, kpwisha3)4
9時にチャリの屋敷に向かう。先日チャリが姉カベンデラ(ムパ)のムコバを「上げ」に行った際に、姉のウガンガ5の道具をいくつかもらってきた。キルー6、2本のムィンゴ7、ムベガ8。いずれも丁寧に作られた良いものだ。キルーがムガンダ10の物だという話から、ムガンダがチャリの創出した霊ではないと知る。それどころかチャリの祖父デレのムコバを継いだ者は皆ムガンダを持っているということで、あわててムコバを継いだ経緯について話を聞く。
(from fieldnote of 1998/01/15 Thu, kpwisha)15
チャリの祖父(MF)デレはチャリが生まれる以前になくなっているが、著名なムガンガ17だった。ムルング1819以外に、ムガンダ、ムァリム・ドゥニア35はこのデレの持っている霊だった。デレのムコバに最初に捕らえられたのがチャリの姉(デレにとっては孫にあたる)カベンデラだった。2番目に捕らえられたのはチャリの別の姉の息子ムァバンズ。彼はカベンデラによってクラビャ・コンゼ66された。3番目に捕らえられたのは、さらに別の姉の娘ムベユ。彼女もカベンデラによってクラビャ・コンゼされた。次がチャリ、チャリはムァバンズによってクラビャ・コンゼされた。その後カベンデラの娘ジュマも捕らえられ、クラビャ・コンゼしたが、彼女は呪医の仕事はしていない(kalagula)。さらにムコバはデレの息子バティの娘ムチェマペニを捕らえた。彼女はまだクラビャ・コンゼされていない。 とこのようにムコバはフコー67を辿るのだと言う。もちろんすべての呪医がこうした形で祖先のムコバを継承した者であるわけではない。 チャリはムルングについてクラビャ・コンゼした後、ドゥルマとムァリム・ドゥニアとについてクラビャ・コンゼされている(呪医フピによって)。しかしチャリの占いの中心であるムガンダ(=ピニ11だと言う)は、自分からやってきたという。
[和訳1]: kalagula= 「彼女は治療行為はしていない。」動詞 ku-lagulaは、 ku-henda hamehame つまり症状の緩和を目指す「応急治療・対処をする」に対して、本格的な癒しの施術を行うことを意味する。動詞 ク・ブォザ(ku-phoza)は、字義通りには「冷やす」であるが、ク・ブォラ(ku-phola)、「冷える、(病気が)治る」をもたらす行為で、ほぼク・ラグラと同じ。
上のフィールドノートの元になったインタビューのレコーディングにミスが有り、何箇所か、数分にわたって何も録音されておらず、上のフィールドノートの方がましなのだが、同時に進行した他の話題についても書き起こされているので、以下に和訳を提供しておきたい。
各パラグラフの冒頭の数字をクリックすると対応するドゥルマ語データに飛びます。ブラウザの戻るで、戻って下さい。
1 (冒頭数分にわたって無音。録音ボタンがきちんと押されていなかったため。あわてて押す。)
Chari(C): 言わば、私の息子よ、彼68。私たちの姉のね。彼はあなたの死んだお母さん(カベンデラ)69によって「外に出し(achilaviwa nze66」てもらいました。さて彼も。今度は私が、捕らえられて、発狂したのよ、私。そこで私は彼に「出して」もらったの。 Hamamoto(H): ふむ。つまりあなたはあなたのキョウダイ70の息子によって「外に出し」てもらったんですね。 C: 私のキョウダイの息子によってね。というのもこの人も、別の人によって「外に出され」たのよ。彼、私たちの姉の息子が捕らえられる。そして先日亡くなったあのカベンデラによって「外に出され」たの。そして、私も捕らえられました。そして私は彼によって、その私の姉の息子によって「外に出され」ました。こうなるとそれ(その癒しの術)は、母系親族集団(fuko67)のものよね。そして別の私たちの姉の子供が、また捕らえられたの。私がンゴマを主宰してあげたのよ。この屋敷で、先日。女性よ。私が彼女を「外に出し」ました。私たちほぼ全員ね。 H: それで、彼があなたを「外に出し」た際に、彼はあなたにムルング子神と憑依霊ガンダ人を同時に外に出したのですか。 C: いいえ。彼はムルング子神だけを外に出したのよ。さてそれからは私は6ヶ月の間、治療したわ。そこに憑依霊ドゥルマ人(muduruma71)がいたの。そいつが世界導師(mwalimu dunia35)といっしょに癒しの術を封じてしまったの。癒しの術は完全に封じられてしまった。挙句に病気がぶり返したの。そこで私はあの人に私を「外に出し」てもらった。この人(ムルング子神)と、こいつ憑依霊ドゥルマ人と、この人、世界導師よ。 H: 今や、あなたはあのフピさんに外に出してもらったんですね。 C: そう、フピね。でも始まりそのものは、この人(ムルング子神)よ。この憑依霊こそが一族(fuko)の憑依霊よ。 H: ええ。このムルング子神ですね。では憑依霊ガンダ人は、どんなふうにやって来たんでしょうか。 C: 憑依霊ガンダ人は本人が自分でやって来たのよ。そして告げたの。でも、瓢箪子供は持たしてくれた。 H: つまり、簡単に言うと、憑依霊ガンダ人も一族を辿る者なんですね。自分からやって来たんですか。 C: そうよ。そいつの癒しの術は、ピニ(pini11)の癒しの術。「祈願の施術(uganga wa kuvoyera)125」なのよ。 H: なるほど。ガンダ人がね。 (以下、数分にわたってノイズのみ。録音に失敗したものと思われる)
Hamamoto(H): ということは、世界導師はとっても昔からいる憑依霊なんですね。でも、あれらシェラ(shera79)どもは... Chari(C): シェラたちは最近よ。 H: 結果、(お祖父さんは)シェラたちは後に残してくれなかった。 C: 残してくれなかったわ、だってお祖父さん、シェラを治療したことなかったもの。 H: でも彼はすでに世界導師はお持ちだった。 C: そうよ。そもそもお祖父さんはキティティ(chititi126)を複数もってたわ。2つ持ってたわ。瓢箪のキティティと、エダウチヤシ127の葉で編んだキティティとよ。エダウチヤシの葉を編んでまるでキティティみたいにしたもの。中には硬貨が入れてあるの。キティティを打つときは両手でそれぞれ持って、どっちも鳴らすの。そしてお祖父さんは竹の笛(mwanzi129)も持ってました。ムヮンジって知ってる?ムヮンジ? H: はい。 C: さて、お祖父さんは、かつて、ムルングのンゴマ(ngoma130)が打たれるときに、何本かのムヮンジも用意させた。ねえムヮンジはンゴマにとってもよく合うのよ。まるで人が臼を搗いているみたいな感じ。私はお母さんに見せてもらったわ。ムヮンジの木は、ちょうどこのパパイヤのような木(浜本注:違います)。ああ、ほんとお祖父さんは、本物の癒し手だったわ、昔のね。 H: ムルングと世界導師と憑依霊ガンダ人をもっていたんですね。たしかにあなたはお祖父さんのムコバを継いでますね。 C: そう。(ムコバは)母系集団を辿るのよ。(他の)多くの施術師のところでは、こうした品物は全然目にしないわよ。たとえ施術師(施術上の親)が、あなたに草木を示しに来るとしても、その人はあなたにンゴマを打ってくれるでしょう、あなたに瓢箪をくれるでしょう。その草木にしても、普通におしえてくれるだけ。でもあなたは、それ(草木)を憑依霊たち自身によって教えられるものよ。だから、私も、人から草木を教示されたわけじゃないの。その前に憑依霊的に教示されていたのよ。 H: あなたの癒しの術は、母系集団の癒しの術なんですね。ところで他の憑依霊の施術師のなかには、母系集団のじゃない人もいるのですか?例えば、あのムロンゴ・ワ・ムァゾンボさんの癒しの術も、同じく彼女の母系集団のものなのでしょうか。 C: うーん。彼女だけのものね。他の施術師については、まず病気になって、占いを打ち、癒やしの術が望まれているんだと言われるのよ。そこで「外に出される」ことになる。あるいは、まず発狂しちゃって、草木を折り採ってくる。それで、この人は癒しの術を望まれているんだと知られるようになる。そこで「外に出される」。でも、少し占いを打って、すぐに癒しの術が死んでしまうことがあるのよ。そうなると占いを打っても、その人には何も見えない。 H: 母系集団の癒しの術は、死なないのですか? C: 簡単には死なないわ。たぶん、自分で間違いを犯しちゃえば、癒やしの術も死ぬわね。 H: あのトゥシェさん、あなたが「外に出し」てあげた... C: C...さんの奥さんの? H: はい、あの方です。彼女の癒しの術は母系集団のでしょうか、それとも彼女個人の? C: 彼女自身のものね134。そう、今は彼女は治療行為をしてません。瓢箪はもってます。でも治療はしていない。 H: 治療はしていない。でも彼女の健康は良好? C: 彼女の健康状態は良いわよ。 H: もう(病気に)悩まされることはない? C: 全然。 H: おお、それは結構です。ところでデレお祖父さんですが、面識があるのでしょうか。つまりあなたが生まれたとき、まだご存命だったんでしょうか。 C: いいえ、私はお祖父さんには面識がありません。友だち(チャリさんのキョウダイや母)から聞いて知っているんです135。
1998年2月4日、フィールドを出る前日、お別れの挨拶を兼ねてチャリ宅を訪問した。 (from diary of 1998/02/04 Wed, kpwisha3)
日曜日以来チャリには会っていないので、今日はきちんとお別れしてくるつもりで朝早く出発。チャパティを作ってもてなしてくれる。その後、タブもやってきて皆で写真。今晩カヤンバがあると言うのだが、徹夜してそのままマタツ136でモンバサに行くことを考えると、遠慮させてもらうことにする。
お別れの挨拶だけ済ませて失礼するつもりだったのだが、思いがけず、カベンデラのムコバを上げた後の話が聞けた。録音なし。フィールド・ノートの記述のみ。
(from fieldnote of 1998/02/04 ただしメモを元に翌日ホテルで作成)
チャリ、姉のウガンガの衣装や、道具類を持って来ているが、置いておくだけで自分で使うつもりはないと言う。でもムズング・ワ・ムミアニ137関係の物をいろいろ見せてくれる。ミララ127で編んだサファリ・ハット。水色と赤の二色のリボンをクロスさせ、月と星を縫い付けた白い半袖のシャツと、同じく白い半ズボン。サングラス、ハーモニカ、香水、ナイフとデベ139。 それに占いに用いるモンゾ140の毛皮。毛皮の上で、マサイがミルクを揺するのに用いる瓢箪を振る。中には木の実が入れてある。しばらく振って、瓢箪の口から木の実を振り出す。それが1個、2個、4個、あるいは6個以上だったら、もう一度戻して振りなおす。3個なら患者は女、5個なら患者は男。でもしつこく2個出続ける場合、患者は女であるがまだ成熟していない子供である。 チャリは、姉カベンデラのウガンガ5は、ムチェンザラ141が継ぐのではないか、という。ムチェンザラが病気(ンダニ143)だったとき、チャリがマココテリ145しても全然よくならない。なのにカベンデラがマココテリして、ウシャンガ149を腕にまいてあげただけでよくなった。そしてカベンデラが呪医としてムチェンザラのためにンゴマ130を開いて以来、その病気は二度と戻ってきていない。カベンデラのニャマ152に好かれた ku-tsunukpwa157 のだ。カベンデラの道具類を持って帰った夜、さっそくカベンデラがやってきて158、どうして私の道具類 miyo159 がそこにあるのだ。それはムチェンザラにやろうと思っていたのに、と責めたのだと言う。でもクラビャ・ンゼ66してない者に、その道具類を持たせるわけにはいけないではないか。 ところでタブ142の方も、すでに wayuka vyenye したのだという。タブにほんと?と聞いたら、私が知るわけないじゃない、お母さんに聞いてよ、という。訳もなく泣いてばかりってのは kpwayuka160 以外の何物でもない。uganga5 で kpwayuka160 というと理由もなく泣くことだ、という。
[和訳2]: wayuka vyenye= 「すごく発狂した」、「発狂そのものだった」
予断というのは恐ろしい。チャリが自分の癒しの術(uganga)を、母系集団に継承されたものだと言い、祖父デレが偉大な施術師だったと語るのは、チャリと知り合った当初から知っていた。例えば初めてチャリが施術師になった経緯を語った、病気経験の話でもその事は繰り返し語られていた。にもかかわらず、私はそれをチャリが自分の癒しの能力の優位性を、祖父が偉大な施術師であったことに関連付けて強調しているんだろう、程度に理解して、さらに突っ込んで問おうとはしてこなかった。
9年後の1998年にチャリの姉で同じく施術師であったカベンデラのムコバ(mukoba2の継承が問題になるまでは。チャリを「ジャコウネコの池」近辺の他の施術師たちと区別させる彼女の主要持ち霊である、世界導師35と憑依霊ガンダ人10についても、彼女が創り出したオリジナルかも、程度にしか考えていなかった。なんと祖父デレに始まり、施術師となった彼女の姉妹たちやその子供たちが皆んなもっている霊だったとは。私も、ほんと迂闊ですね。
とは言うものの、今さら、それについて根堀葉掘り尋ねるには、「あなた今頃なに言ってるの」的なところがあって、あえて詳しく尋ねるのが憚られた(情けないぞ>私)。とは言うものの、聞くしかないでしょう。
どの施術師でも、亡くなったときには彼(または彼女)が持っていた憑依霊と、それらの憑依霊たちと彼らをつなぐ瓢箪等の入った袋(mukoba)の処遇が問題になる。継承者は、まず身内に求められ、身内に適切な施術師候補が出ない場合は、袋(あるいはそれと結びついた憑依霊たち)が自分で継承者を探して(あるいは誰かに惚れ(kutsunuka)て)くるのを待つことになる。という訳で、原理的にはすべての施術師は、亡くなると、あらたな施術の継承ラインの源流になる可能性があることになる。
亡くなった施術師の身内の誰かが自分から進んで、継承を求めることはあまり考えられないので、いずれの場合にしても、身内であれ、赤の他人であれ、誰かが病気になり、占いの結果、亡くなった誰それの袋(あるいは憑依霊)がお前が癒しの術を手に入れることを望んでいることが示されることで、継承の流れが始まる。死者の身内の場合はともかく、全く赤の他人が、見ず知らずの死んだ施術師の袋に見込まれてますよ、と言われて、ああそうですか、となることは、どうも考えにくい(私の勝手な想像です)。だから、これはあまり考えに入れなくても良いだろう。
「ムコバを上げる(kpweza mukoba)」手続き自体、継承者が見つかるまでムコバとそれに結びついた憑依霊たちを一種休眠状態にとどめる手続きであるように見える。憑依霊たちは、施術師の埋葬後の「生(なま)の服喪(hanga itsi)」の期間中、夜毎にカヤンバを打たれ、その持ち主が死んだことを説き聞かされる。さもないと自分の「父(男性施術師の場合)」あるいは「母」が急にいなくなったことを、自分たちが嫌われたのだと誤解して、怒り悲しみ、周囲に無差別攻撃をしかねないからだ。この服喪期間中のンゴマ(あるいはカヤンバ)は、「お悔やみのカヤンバ(ンゴマ)(kayamba ra pore)」の一種である。そして憑依霊たちは、その後、継承者が見つかるまでは「上にあげられ(kpwezwa)」、文字通りサスペンドされることになる。
私がたずねた多くのケースでこうして「上にあげられ」た袋は、そのまま放置され忘れられているように見える。憑依霊たちとの付き合いは「厄介」でいろいろ大変なので、自ら捕らえられ強要されない限り、大抵の人はそれを引き受けようなどとは思わないからである。といっても永久にそのまま保存しなければならないとは思えないので、どこかでなんらかの処置がなされるのだろう。迂闊にも私はその手続については聞いていない。ドゥルマをこれから訪問する方、ぜひ尋ねておいて下さい。
チャリの一族のように継承が実際に問題となるケースがあるということを知ったことは、大きな収穫だった。それは最後のムチェンザラとタブについての話にもあるように、一族の子孫たちをある意味呪縛する物語のように、語り直され、新たな現実を作り出していくことになる。
2004年の調査の際の聞き取りにもとづいた、チャリの近い親族内でのデレの癒しの術の継承関係を図にしておく。不正確・漏れがあると思うが、聞き取りの範囲内で。


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tsovyaの別名とされる「内陸部のスディアニ」の絵 ↩
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