サダカ(sadaka, pl.sadaka)とは、スワヒリ語では「喜捨、施し、宗教的捧げ物、供犠」などを意味するが、ドゥルマでは、もっぱら墓場で徹夜の太鼓演奏などの後に、早朝に祖霊(k'oma1)に対して行う、動物供犠を伴う饗宴を指す。これによって生者は死者に対して負っていた負債を返し、死者の怒りを鎮め、子孫たちの「つつがなきこと」を願う。この際に祖先に対して供される肉は塩を入れずに別鍋で調理され、子供たちによって墓場で食べ尽くされる。サダカは、すでに「熟した服喪(hanga ivu10)」を終えた祖霊に対してしか行うことはできない。祖霊についての解説は浜本, 1992,「ドゥルマにおけるコマの観念」『九州人類学会報』Vol.20:30-51も見られたい。また1990年1月に行われたチャリの母方の祖父デレに対するサダカでもサダカについての基本的な説明がなされているので参照されたい。
今回のムリナの母に対するサダカについては、その開催理由など、ほとんど説明を受けていない。チャリの癒しの術を妨害しているものの一つが祖霊(k'oma)たちだった。1990年に祖父デレのサダカは終えたが、まだムリナの母親とチャリの祖母(祖父デレの妻)が残っている。ということで9月7日にムリナの母のサダカをするからおいで、ということだった。サダカ開催の詳しい理由は、当日墓場での語りのなかでわかるだろうとタカを括って、くわしく聞く努力を怠った。調査慣れは怖いね。
そして9月7日に予定されていたサダカは、その前日にキャンセルされた。予定変更は珍しいことではないので気にしなかったが、後で振り返ると、1991/09/06にチャリは自殺を企てていたのだった。そのことを1991/09/08、チャリが前夜に見た夢について打ちに行ったムラムロ占いで知って、びっくり。キャンセルはそのせいだったのだ。翌日さっそくチャリにかけられた妖術フュラモヨ(fyulamoyo14)に対する妖術返しの施術クブェンドゥラ(kuphendula15)が実施された。
その後、ムリナ夫妻は相変わらず施術に忙しい日々を送っていて、私はサダカの件は中止になったものと思っていた。がそうではなかった。1991/09/13、ムリナの屋敷に前日から滞在している女性患者のために憑依霊ムドエ(mudoe61)の治療をするというので、朝早く(8時前)にムリナ宅を訪れると、すでに施術は終わり、患者も帰宅した後。がっかりする私。だがそんな私にいきなり、明日サダカに出発するから、必要な品物をキナンゴの町で調達する手伝いをしてくれ、と。ちょっと急ですよ、急。そもそも先の突然のキャンセルは参加予定だったチャリのanamadzi117たちにも完全には伝えられていなかったようだ。1月7日の早朝、mwanamadziの一人が支度を整えて私の小屋にやってきて、一緒に行こうと誘ってきたほどだ。キャンセルを教えると、ちょっと不機嫌そうだった(そら、そうだろう)(1991/09/07の日誌より)。彼は、結局実施日には姿を見せなかった。
(from diary of Sept.13,1991, Fri, kpwisha132)133
Chariを自転車に乗せて3人でキナンゴへ。...Murinaとヤギを運ぶパーミットを取りに行く。係はラバイの男。キリフィの近くに住んでいるという。この間チャリはsadaka134に用いるunga135 wa matsere136の買い物。mufuko137は一つしか手に入らず、残りは unga wa kupima137を三袋分(ungaまで手に入りにくくなった。飢饉と物資不足)。mulunguの布138、nusu139 gora140 65シルとchidemu141も入手。.... ...Famauの店の前でキジヤモンゾのmuzee wa midzi142をしているNg...Mb....と Murinaが何か話し合っている。あとで何の話かと聞くとPonta(pseudonym)老人らを訴える件だという。とうとう決定的な一歩を踏み出してしまった。sadakaが済んだら、ということだが、どうなることやら。MurinaたちはPonta氏の土地にajeni144として住んでいるということだが、下手をするとこの土地にいられなくなる。
(from diary of Sept.14,1991, Sat, jumma145)
8:00 Murinaのところへ。10時過ぎキナンゴに向かうGari ya Gandini146が通るのを見て出発。Murinaはchibanda cha koma147 に出発を告げ、戸口に水を少しずつ撒く。MurinaとChariと私、Murinaの妹Mwana....(Dza...)とその夫Mw....、Mekp....(Chariのmwanamadzi117),大量の荷物とヤギ1匹。結局、歩いてキジヤモンゾの分岐点まで行き、バスを待つ。Mwache156で降りる。ここからは歩いて2時間くらいかかるという。....
こんな感じで出発したのだが、このあとちょっとしたハプニングが。バスを降りてまもなくチャリの体調が悪くなり、一歩も歩けなくなる。憑依霊の仕業(自分のヤギが供犠されることに怒った憑依霊ドゥルマ人(カシディ65)だろうということで、ムリナがヤギを指さしつつ唱えごとをするが一向に良くならない。結局、チャリを病気にしていたのは憑依霊「白人(muzungu wa keya)」だったとわかる。ムリナの発案でチャリに私の重いバックパックを背負わせてみたら、とたんに元気になったので! この顛末は別ファイル: 憑依霊としての「白人」で紹介している。
(1991/09/14の日記の続き)
....2時ごろ目的地のChi...(ムリナの兄)の屋敷に着く。Chi...の屋敷にはChi...の二人の妻とBeny.... とその妻がいる。....明日のsadakaに用いるkuni158をキバンダサラまで買いに行く。3束で15シル。高い。キバンダサラはモンバサ街道に面した町で、そこまでは歩いて30分ほど。... 夜、ワリを食べながらMurinaとMw...、Chi...ら、Murina に対する妖術に関して議論する。面白い!と思ったが、私の荷物は、ドゥルマの習慣に従って、どこかに隠されてしまっていたので、録音はできず。 Murinaは自分の屋敷の近くで葉の上にmuhaso26が乗っているのを見つけた。fyulamoyo14の証拠であるという。ムラムロで確認し,Chariのkuphendula15をしたことを語る。Chariは再び自分が見た夢の話をする。Chi...はMurinaがmutsaiを訴えると息巻くのを聞いて、むしろお前がその土地を去った方がよいと忠告。もっともである。がMurinaは聞かない。「もちろん私自身去る用意はできている。しかし私ははっきりさせたいだけだ。『お前たちはどんな風にして私の妻を殺すのか』と、『私の妻はどんな風に死ぬのか』と」 墓のところで夜明かしする予定であったが、草ぼうぼうで無理だとChi...が言うので、そのままChi...の屋敷の庭で寝る。外。寒い。
(from diary of Sept.15, 1991, Sun, kpwaluka159)
朝6時頃、ヤギ(Magendore160)を連れて出発。すぐに着くものと高をくくっていたら、やたら遠い。以前屋敷があった場所の近く、ということで、睡眠不足で頭痛がするなかを一時間も歩いて、ようやく到着。女たちもjembe161やtsoka162、kuni158、unga135などを頭にのっけて次々到着。墓はMurinaの母と、Murinaの父の兄の妻の墓の二つだけ。
(1991/09/14のフィールドノートより)163 11:00 Gari ya Gandini146で出発(「ジャコウネコの池」ジャンクション) 12:00 Mwache(Mavyonini)で下車 12:30 バスを降りて歩き始めてしばらくしてChariの調子が悪くなる (以下省略(ウェブ化に際しての省略): チャリの憑依霊「ケヤの白人」がバックパックを背負いたがっていたエピソード) 14:00 Murinaの兄Mwachi....の屋敷に到着 14:20 明朝のsadakaに必要なkuni158を買いに30分ほど離れたキバンダサラに行く 20:00 夕食(wari165とk'uk'u166) MurinaはMwachi....に、先日来の出来事を説明。告発の是非をはかる。Mwachi....移住をアドバイス。ムリナ聞かない。
本来は墓場で夜を明かすのが正しいが、まだ草刈りが済んでおらず寝る場所がない、とのことで、ムリナの兄Mwachi....の屋敷の前庭で寝る。墓での太鼓演奏は予定なし。
06:00 墓に向かって出発
07:45 到着
(その後のkugombaの書き起こしテクスト全文)
(DB2935-2974)
各人、
墓を耕しながら kugomba167
07:50 Mwachi....、
ヤギを墓石に押し付けて kugomba
08:10 mbuzi168をkutsinza169し、墓にその血を注ぐ
kuni158の準備完了
08:30 激しい雨で一時中断して木の下で雨宿り
お茶の用意ができる
10:00 nyama170 za k'oma1
mukono175, chiga176 各6片ずつ(死者が女性であるため)
(もし死者が男性なら各5片ずつ)
wari165 za k'oma
wari は chikaphu177で供えられる
布、墓の上に広げ、四隅を杭で地面に打ち付ける
布の真ん中あたりをナイフで少し切り裂く(盗まれないように)
ワリとヤギ肉を供えながら kugomba
締めの語り
10:30 終了
若者3人が墓でwariを食べる
死者のための料理には塩が入っていない。死者に供えた残りの肉は若者によって
その場で食べてしまわれる。
集まった長老たちはuchi178を飲む
12:30 別鍋で塩を入れて煮たスープ、ワリ完成
木の下で食べる。
13:30 屋敷に各人が持ち帰る肉(未調理)の分配
解散
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2935 (人々は交代で墓を手鍬で耕して除草しつつ、死者に語りかける。) (最年長であるムリナ氏の兄Mwachi....が、開始の語りかけをする)
Mwachi....(Mwa): さて、ところで、私が最初に語りかけを差し上げさせていただきます。でも、やって来たのは、あなたに約束した語りかけをしにやって来たのは、ムリナとチャリです。ムリナ・ベンジンゴ、そうムリナはあなたのお父様そのものに他なりません。そう、今日彼はやって参りました、この者、この者です。では、どうか彼があなたのお母様とご一緒にいたしますお話に、耳をお傾け下さい。なぜなら、彼は、あなたのお母様を手に入れ、あなたの同意を得ようと参ったのです。 さて、ところで、ベンジンゴはの妻は一人ではありませんでした。彼は多くの妻をもっておりました。さて、ベンジンゴが持って参りましたお話に、どうか耳をお傾け下さい。 私はと言いますと、あのあなたもご存知のベモセです。私も、あなたがご存知の問題のためにここにやって来ました。でも今日、今は、ムリナです。ベンジンゴ・ムリナ、かつてはベレファニとも呼ばれていました。そう、ベンジンゴという名前ですが、彼は未だにンジンゴを(息子として)手に入れておりません。どうか彼がンジンゴを手に入れるよう力をお貸し下さい。このようにしてここに来ております、メンジンゴにどうか子供が生まれますように。 2936 Cha..(ムリナの父キメラの兄の息子=Murina's FBS=B, =Benyamvula:Cha): そもそもンジンゴはほんの少し前に亡くなったばかり。まだ1年たってません。ンジンゴが最年長ですね。あのベキドショさんの一族の甥(姉妹の息子)にあたります。さて、ムリナ、この人が今、やって来たわけです。 Murina's Father's Sister(氏名不詳Tsa): ねえ、私たちは苦難のなかにいるのよ、キョウダイ、どうすればいいのかわからないわ。私たちは、まさに苦難の中にいます。私たちの中には、ここにまだ来れずにいる人たちもいるのよ、そもそも。だって、彼らはもしかして(重い病気にでもかかっていて)死にかかっているんじゃないかしら。やって来たのは、最年少のムリナなのよ。チャカ(上の話し手とは別、ムリナの実の兄)でもないし、ベローチャでもない。ベローチャときたら、どこにいるかも私は知りません。でも、この子(ムリナ)、この子は近くにおります。私は彼に会いました。つつがなきことを、ですよ。それこそ私たちが欲しいもの。私たちはつつがなさが欲しい。「彼らを捕まえてやる」などとおっしゃってはいけません。とんでもない。私どもは驚きのなかにおりました。「私が、まるで子供を産まなかったみたいじゃない?(誰も世話をしてくれる子孫がいない)」(などとおっしゃらないで)。いいえ、いいえ、私たちはつつがなさが欲しいのです。もうお一人は、あなた大きいお母様(ムリナの父の兄の妻)、メムユゴさん。そうよ。あなた方はかつて一緒にお暮らしになり、仲良くお過ごしでした。どうして、私たちが悲惨なのに、あなた方はそのことを話し合われないのですか?今は、そう、身体の健康を。孫たちのいる場所にいる人々の。
Cha..(Murina's FBS=B, =Benyamvula:Cha): あ、そうこのような時間にお話するつもりはありませんでした、あなた、お母さん。ムリナなのです。ムリナがやって来たのは、彼をここに来させることになった問題を抱えているからです。彼があなたに話してくれることでしょう。でも、私たちも、彼をもたらした難儀のなかにいます。彼が話してくれるでしょう。あなた方は約束を交わしたんだから。すぐに、彼は私たちを解きほどいてくださいと、あなたに言うでしょう。 解きほどいてください、解きほどいてください、ムリナを解きほどいてください。ご主人様(mwinyi179)、ご主人様、おだやかに。ムリナが稼いで収入を得ますように。私も稼いで、収入を得ますように。別の人も稼いで、収入を得ますように。どうしてあらゆることが、外に(手の届かない所に)あるんでしょう。ああ、ご覧なさい。私は耕すのも左手です。そう私のこの腕は病気なんです。でも、こんな風に耕します。ご主人様、ご主人様、そうです。 Murina's FZ(Tsa): 彼をそっとしておいてやって下さい。道で打たれたのが(交通事故か、喧嘩か?)小康を得ますように。彼を放っておいてやって下さい。酒を飲みたくなる気持ちが高まったら、それを鎮めてやって下さい。病気はムルングの病気(不可抗力の病気)ではありません。彼の場合、酒を飲むことです。 Cha: ああ、その飲むことはですね、ご存知じゃないですか、お母さん(=FZ)、私が以前は飲んでましたが。
Murina's FZ(Tsa): 飲むこと、飲むこと、飲むこと。私の息子はいったいいつから、酒飲みになったんだろう、なんておっしゃらないでね。 Cha..(Murina's FBS=B, =Benyamvula:Cha): 私は飲むと、必ず下痢になるんだ。いったい誰が私がそんな風になるようにと祈った(呪詛した)ってんだよ。 Tsa: 彼が酒を飲めば、彼が下痢につかまってしまいますようにってね。「私は二ヶ月ばかり酒を止めましょう」と彼が言いますように。袋の中には物(お金)がどっさり溜まりますように。 Cha: 嘘です、嘘です。私が稼いで、収入を手に入れますように。私が私のヤシを植えたら、それが育ちますように。 Tsa: さあ、ごらんなさいな。あなたのご主人が生まれても、酒のせいで、子供を背負う背負い布を買ってあげようとも考えないような人よ。もう酒は飲まないようにお言いなさいな。 Cha: お金が沢山やってきますように。(ムリナにむかって)さてさてキョウダイ。 Murina(Mu): うう、さて、私はこんな時間にお話するつもりはありませんでした。私はあなた、お母さん、あなたのためにお話しているのです。あなたお母さん。お母さんは死にました。そしてあなたが亡くなったとき、私はまだずっと後ろの方にいました。私はまだ大人になっていませんでした。
Murina(Mu): (つづき)今では私も、自分の屋敷を作ることを学ぶようになりました。妻も手にいれました。さて、私にはかねてより財産もなく、お母さんに助けを乞いにも参りました。「お母さん、私を助けて下さい。私に妻を手に入れさせてください。私は悪い場所(悪い状態)にいます。」 私は(父に婚資を提供してもらって)ラバイの女性を娶らせてもらいました。その結婚は失敗に終わりました。私は別の女性を娶りました。ああ、もしかしたら、私には女性に人気(p'amvu180)があったのでしょうか。でもどうやって婚資を手に入れたらよいものか、私にはわかりません。 さて、そう「海で奮闘する人は、手ぶらでは帰らない」諺解題と申します。私は「採石場近く」村に住んでいました。そこにンデグヮ・ワ・ムラブとその妻がやって来たのです。私は言います。「ねえ、あなた。貧しい者と貧しい者でお互いを養い合えないものでしょうか?」彼女は言いました。「もちろん養い合えるわよ。」私は彼女に言います。「私の今の困難は、私には妻がいないことです。あなたにも、努力家の夫がいない。私は努力家です。でも妻がいない。あなた、このご主人で良いのですか?私たちどうしで結婚しませんか?二人で努力しあったら、一緒に暮らして、楽になるのでは?」
[諺解題]: 「海で漁をする人は、努力して魚をとって、必ずや収獲を得るだろう」つまり「努力は報われる」という意味の諺だという。もともとはスワヒリ語の諺で "mgaagaa na upwa hali wali mkavu"「浜辺をうろつく者は、おかず抜きのご飯を食べることはない」が、ドゥルマでやや変形されて流通しているもの。
Murina(Mu): 彼女は言います。「ああ、全てはムルングがご存知のこと。ムルングに祈りましょう」と。ごらんください。そう彼女がチャリなのです。私にはチャリがいます。でも彼女はンデグヮ・ワ・ムラブの妻なのです。彼女を得、私どもは移転し、キナンゴにやって参りました。チャリは病気に苦しんでおりましたが、その病気がさらに重くなりました。おまけに人妻です。彼女は他人の婚資をもっています181。しかも病気なのです。というわけで私はやって参りました。友よ(死んだ母に対する呼びかけ)、あの私の(約束の)旅、あれです。私はあなたのために(墓の草を除草するために)耕しています。私は参りました。約束の日は今日です。 Woman(name unknown, maybe Memo..Mbeyu=mukaza MWachi....(W1): あなた方。あなたは私の友だちだったわよね、あなた。でも、どうして私の脚はひどく痛いの?私の腰もひどく痛い。首もひどく痛い。私をこんな目にあわせたものは、いったい何なの?誰のせいでもないですって?私自身のせいだと。どうか、私を放っておいてください。私を健康にしてください。さて、あなたがお亡くなりになったとき、私はまだ子供を産んでませんでした。今、私はあれらモセたちを産んでます。モセは家に置いてきました。でも一緒に来ればよかったわ。でもあなたは私をすっかりすっかり、(病気から)自由にしてくださるでしょう(字義通りには放っておいて下さるでしょう)。
Woman(name unknown, maybe Memo..Mbeyu=mukaza Mwachi....(W1):(つづき)どうか私が治りますように、ねえ、友だちの皆様方。あの子たち、私の子供たちのために、どうやって畑仕事をしろというの?腰を屈めることもできないのに?穏やかに(haini182)。心臟も早打ちします。背中の真ん中の(に載っているように感じる重い)石は、いっこうに無くなってくれません。死ぬまで無くならないんじゃないかと言うほどよ。背中の真ん中の石です。ああ、今、友の皆さんが私を治るようにして下さいますように。お願い、治して!先日、私はここにいました。ここに来て墓を耕し(除草し)お話かけいたしました。でも無駄。あなたは私を治してはくださらない、お母さん。どんな風にこれをお始めになったの?私がお気にさわることを何かした?ねえ、私を治して下さいな、友よ。もう私は死にそう。心臟は早打ち。そして背中の真ん中。心臟は早打ち、背中にまで。(心臟は)突然破裂して、私にはどうすることもできないのよ。 Chari(C): さて、あなた、お母さん。私はあなたを知りません。なぜなら、あなたが亡くなったとき、私は(この世にまだ生まれて)おりません。でも、いませんでしたが、あなたの息子とは出あうことになりました。ああ、それ以来というもの、まるでキラボ(chirapho183)に捕えられたかのようです。
Chari(C): (つづき)病気に捕えられること。病気とともにたくさんの日々を過ごしてきました。土を食べたりまで。(当時)私自身で、ここを訪れました。お話しに来ました。「私は道をあちこちさまよい歩いてきました。病気のせいで、腰を落ち着ける場所がないのです。そして、今もって、病気のままです」と。思いますに、私は乞い祈るために参ったのでしょう。私の願いは、お母さんに申し上げました。「...(雑音で聞き取れない)..私は癒しの術(uganga31)が欲しいのです。癒しの術ということでは、そう、私に力を与えて下さい」と。あなたは私に力を与えてくださいました。あなたの息子は施術師(muganga185)ですし、私も(今や)施術師です。そう、私は、私のこの癒しの術が、本当に、本当に現れ出てくるのを目にしたのです。 私は移住し、キナンゴに参りました。キナンゴに行って、私はキナンゴで見事にムブルガ(mburuga)を打って来ました。お金も手に入れました、私。私は一頭の牝山羊を買いました。それが本当に初めてのヤギでした。私は言いました。もしヤギを買って、そのヤギが出産したら、私はンゴマを打ちに参りますと。そうヤギは確かに出産しました、ありがとうございます。その結果、今こうして私はあなたにあなたのヤギをもって参ったのです。あなたの布(nguo)ももって参りました。
Chari(C):(つづき) 今、そう、私は癒しの術の繁盛がほしい。身体が解きほどかれますように。そう、私がいるところ(チャリの生家のある地域)でも、私の姉たちがまだ子供を産んでいるのに、なのに私の腹は子供を産まなくなってしまった。ただの腹の病気なのです。私は治療してきましたが、もう疲れてしまいました。今、そう、どうか私の癒しの術を私のために解きほどいてください。これこそ私が私自身の心で考えていることです。私は、昔のように、病人たちがどしどし詰めかけてきて欲しいのです。それでこの方のお母さんにもヤギを買ってあげられるように。 さて今、このヤギはあなたの息子の嫁のヤギです。私です。あのヤギは私が買ったものです。そして私は、そのヤギが子供を産んだら、その子供ヤギをもってやって来ますと申し上げました。それがこのヤギです。私のために癒しの術を解きほどいてください。そして私の姉たちにもつつがなきことを。 Mwachi....(Mwa): それで終わりですか、お祖母さん(wawe186)? 他の人は耕さないんですか? Mwanak....(Murina's sister(MK)): 私は(結婚するまで)ここにはずっと暮らしていたわ。そして今、またここに戻ってきました。先日、そう私は幸運でした。だって、友人たちによってすでに耕されているんだもの([2941]でMwachi....の奥さんが先日ここを耕して身体の不調を訴えたと話していたのを受けての発言)。
Mwanak....(Murina's sister(MK)):(つづき)今日は、ねえ、私は尻尾(手鍬の柄のことをドゥルマ語では手鍬の尻尾(muchira wa jembe)という)を握ってます。ねえ、私はあなたの末っ子(最後の子供)よ。あなたはずっと産んできて、ついに飽きちゃって、後は私だけが残ったの。なのに今、どうして私にはもの(富)が手に入らないの?私はここに戻ってきました。私の子供たちは(病気が)良くならないし。私本人も健康じゃないし。収獲も、ないし。賃仕事(chipande187)も手に入らない。もうただの人よ。服(布)ももってません。 さあ、見てよ。どこかへお出かけしたいときには、(身体にまとう、ましな布を貸してくれるよう)他人に頼み込まなければならないんだから。こんな苦労は、どうかなしにしてください。道を歩いていて、カリンボのような人が財布を落とすのを見れますように。(それを拾って)布を買えますように。 あなたの孫たちはむこうにいます。あなたは彼らにもここに来て欲しいの?じゃあ、どうして彼らに目眩と頭痛を注ぎ込んで、彼らの顔がむくんでしまうように、彼らの頭を重たくしてしまわれるのですか?あなたの仕業ですよ。彼らも来てくれます。でもまずは彼らを解放してやってよ。ねえ、あなたは彼らにここに来て欲しい。でも彼らはここに来ても、あなたに何を差し上げることができるというの?あなたの義理の息子(mutsedza188、つまり話者の夫)は、人から相手にしてもらえないのよ。あなたにお願いします。彼に人に好かれる魅力(p'amvu180)を注ぎ込んでやってよ。
Mwanak....(MK): (つづき、MKは自分のキョウダイたち(父キメラおよびその兄弟の子どもたち)について語り始める)とっても美人の女性たちなのに、娶られない。人は義理の息子たち(atsedza188娘の結婚相手)に救われると言うじゃないですか。どうしてあなたは嫌なんですか?あなたです。あなたです。 (次に兄弟について語り始める)さて、あなたがひどい目にあわせていた一人は、もう死にました。次はキティです。あなたは彼の目をふやけさせてしまいました。唯一健康な者はというと、彼には仕事がありません。あなたは彼をエダウチヤシ(mulala189)とともに放置なさった(エダウチヤシの葉でマットや籠を編むだけの仕事しかない)。エダウチヤシの製品は売れません。ねえ、彼を解きほどいてやって。彼にヤギを買わせてあげて。彼にそのヤギを連れてここに来させてやって。ヤギは小さいわ。それよりウシね。彼にウシをもって来させてやって。ミルク入りの紅茶用の濃いミルクを出す。あなたの布、誰が買うことになるんでしょう?彼本人が足の甲みたいに汚れているのに。上着も汚い。彼は石鹸ももっていない。ひどい仕打ちじゃない? ねえ、解きほどいて。死んだ者は後に子孫を残す者だと言うでしょ。なぜあなたは汚れにまみれた者を残すの?そう、あなたが解きほどいて、みんなが収入を得たら、あなたは家を建ててもらえるわ。手鍬で除草する仕事も、一休みよ。さあ、そう、私たちを解放して、私たちを解きほどいて、そう、つつがなきことを。
Mwanak....(MK): (つづき)トウモロコシが(一株に)8房ずつ実らせますように。石臼で挽いた(トウモロコシ粉の)ワリ165を食べるのは、男たちだけ。ああ、御覧なさい。それが「日本のワリ」と呼ばれているのを。ご存知かしら?さて、それはカリンボ(浜本)の住む白人の国からやってきたムロジ(mulozi191)のワリよ(浜本注2026/10/14: 意味不明!)。脚の病気です。この人が、もし話していないとしても、彼の脚をそのままにしておかないで下さい。別の人たちは、コンベレザ(kombereza197)に罹っています。罹ると、治りません。当人は、(祖霊に)語りかけることを嫌っています。それなら、もっと彼を苦しめてやってください。だってあなたに不当な仕打ちをしているんだから。でも、仲直りしてくださいね。だって皆全員おなじグループに属しているんだから。彼らを鞭打って、あなた方の子供たちを一緒に混ぜ合わせてください。彼らは互いの差し出す食事を拒みあい、嫌い合っています。どうか仲裁してください。Mwanak...がチョガさんと出会うことがあったら。言って下さい。あちらには私の一族がいると。そこではヤギが求められているので、ヤギを年長の母(母親の年上の姉妹)のところへ連れて行けと。そしてチョガがそれを拒絶しませんように。 (ムリナ氏の妹Mwanak...の語りかけ、終了。最後は、色々事情がありそうな内輪の話しすぎて何言ってるのかよくわかりませんが...)
2947 (Mwachi....氏、ヤギを墓石に押し付けながら、語りかけ)
Mwachi....(Mwa): そう、「私は、はい、ヤギとともにやって参りましょう」(とムリナは言った)。そう、でももしかすると彼は忘れてしまったかも。なんとあなたは忘れはしなかった。あなたはしたたかに彼に思い出させてやった。そうですよね。今、このヤギがそれです。今、このヤギ、ムリナ本人とともに参りました。そしてチャリと。 チャリとムリナ、彼らがここに来た者で、あなたに言葉を述べるために参りました。私は、あなたの最初の子供ですので、あなたにお話しているような訳です。私はムベユにも語りかけをさせました。今、ムリナが申し上げましたすべての問題、すべてについて、ここにおります私ども全員に、お応えいただけますように。 稼ぎということでは、私たちが収入を得ますように。なぜなら、それあってこそ、物もたくさんやって来るだろうからです。 [カセットテープ交換] Mwa: ...さらにヤギをもってここに来たことがなかった者も、そう今日やって来ました。でも、私はヤギをもって来たことがあります。それどころか本物の服喪(熟した服喪(hanga ivu10))も私が主宰し、そこでウシまで屠りました。さて、今は乞い願うべき願い事を、是非叶えてもらいたいことを持って、ここにやってきた来た本人の言うことを、お聞き届け下さい。彼があなたにお話します、お母さん。ご主人様(mwinyi179)、ご主人様、ここにやって来たすべての者を、どうかお解きほどき下さい。
Mwachi....(Mwa): (つづき) この者、難儀を経験してきた当人で、これからその問題を語ってくれるだろう本人ですが、その癒しの術を見るのが嫌いなゆえに、彼の癒しの術(uganga)を殺してやりたいという連中、そう、あなた、そいつらに怪異を見せてやってくださいよ、その者に。そしてその癒しの術を解きほどいてやってください。なぜなら(手に入る)物はたくさんだからです。さらに、どうか(妖術使いの)舌のあいだの軍隊アリとなって、ムリナの名前とともに(呪いの言葉の中で)口に出されるあらゆる言葉が、影を潜めてしまいますように。弱まりますように。そしてムリナが、その仕事を、喜びだけをもって、順調に続けていくように。つかもうとする物が、彼の手に入りますように。解きほどいてください。さあ、私のお話はここで終わります。本人が述べるだろうことを、ご傾聴ください。 Murina(Mu): さて、私はこのような時間にお話することもなかったでしょうに。私はあなたお母さんのために話しているのです。あなたお母さんのために話すとき、私という人間は、先ほど申し上げた通り、あなたは私が幼いときに、私を残していかれたのです。まだ妻を手に入れてはいませんでした。
Murina(Mu):(つづき) しかし私は妻を手に入れ始めます。あの妻を手に入れ始めました。そう、私は強力な種子を手に入れました。ラバイ人199の種子です。あなたは疾っくに拒絶していたんですね。あなたはおっしゃる。「私の婚資ではラバイ人を娶らせません。」と。その妻とは何年ももたず、私たちは別れました。私たちは別れます。あなたの夫(ムリナの父キメラのこと)の狙いは、ラバイ人たちと結びつく狙いでした。そう、私たち(ムリナの死んだ母と、ムリナの父キメラ)は争い合いました。結果は、私が思いますに、(現在)私たちの屋敷には一人のラバイ人もおりません。ラバイ人たちは皆立ち去りました。父が望んだようにはならず。そしてあなたにとっては、あなたが望むとおりに。あなたの望みが勝利したわけですね。そこにはラバイ人はいません。さらにあなたの孫のなかにも、同じくラバイ人はいません。(父にとって)ラバイ人が産んだ子供は、私たちの眷属201です。私たち(ムリナの死んだ母たち)は、その子がラバイ人たちのもとに帰ることを望みます。彼(父)の方では、その子は彼(父)のところに行くことを願います。なぜなら、その子は私たちの眷属なのですから。でも、どうでしょう? 私は妻を手に入れ、それはチャリ・ワ・マラウです。ムァニョータ氏族そのもの。私たちは結婚しました。
Murina(Mu):(つづき) 私たちには何もありません(非常に貧しかった)。この世界のなかにいるみたいで、そこにはいないみたいな(生きているようで、生きていないみたいな)。実に、実に困難な暮らしでした。私たちは、この世でお前は色々やったが、それらすべては失敗に終わるだろうとすら、言われました。さて、友よ、あなたはすでに死んでおられる。ああ、あなたが死んだのなら、私は今、どこから始めたらいいのでしょう、そしてどこに行けばよいのでしょう?私たちはここにやって参りました。乞い願いに参りました。お母さん、私たちを解きほどいてください。お母さん、私たちを援助して下さい。援助して下さい。この病気が身体より去っていきますように。癒しの術なら、出てまいりますように。ああ、さらにムブルガ占いにおいても。ムブルガに行って、私たちは(病気の原因が)癒しの術の祖霊のせいだとの結果を得ました。こうして私たちはここにやって来ました。 お母さん、私たちを解きほどいて、つつがなきことを今。そして私たちの(癒しの)仕事、それこそ私たちが欲しているものです。私たちの癒しの術が、解きほどかれますように。癒しの術が、順調に出てまいりますように。本当に癒しの術のせいであるなら、出てきますように。今、そう癒しの術が出てきますように。そして癒しの術が出てきたのを見れば、私たちは、真に仕事人となったことになるわけです。さらに私たちはヤギを飼い育てます。だって、あなたはヤギと布の(を要求する)方だから。
Murina(Mu):(つづき) 私は感謝の思いです。アルハムドゥラーヒ、ラビナ、ラミーナ(Al-Hamdu Lillahi Rabbi Al-`Alamina「世界の主であるアッラーにこそ、すべての賛美が捧げられる。」)私たちはキナンゴに行き、まさしく仕事をいたしました。仕事をし、わたしたちは長老とすら呼ばれました。どうして今、長老という名前は去ってしまったのでしょうか。私は長老と呼ばれておりました。私は。長老であることは、髪の毛(白髪であること)が理由ではありません。長老であることは富によります。私はヤギをカリマティ(kalimati203)であるかのように買いました。私は、人とはこんな風に稼ぐものなのだと知りました。あのあなたのヤギそのものも、私が買って、あなたに約束したヤギです。あなたの息子の妻の(占いで振り鳴らす)キティティ(chititi204)がもたらしたヤギです。チャリがです。彼女が彼女のお金で買ったのです。そのヤギこそ、彼女があなたに約束したヤギなのです。そのヤギの子供がこいつ(ヤギ)です。 こうして日時を約束したのですが、私たちはそれをキャンセルしました。そう約束の日時は死に、そして起き直します。そしてついに今私たちはヤギとともにやって参りました。今、そう、ヤギとともに参りました。ヤギをあなたに差し上げます。私はこのヤギを差し上げ、つつがなきことを願います。
Murina(Mu):(つづき) ああ、息子の妻を御覧なさい。身体が枯れ上がってます。もうまるで木の棒のよう。人間の身体がそんな風になることがありますか?もしあなたがそんな風に捕えなさった張本人なら。もしかしたら、私が治療するときに、薬(muhaso)を身体のなかに注入しましたが、それが病気とあわなかったのでしょうか。病気は、薬を忖度しませんから。今は、病気が薬を敬うようになりますように。彼女がたった一束(煎じて飲む草木の束)を(煎じて)飲むだけで、たとえそれがムスンドゥジ(musunduzi205)(の一束)であろうと、あのジョカ(joka208)の病気がすっかり去って、彼女が子供を産むようになりますように。彼女が治りますように。そう、たとえ彼女が子供を持つことがないにせよ。なぜなら、もとより私は人の身体のなかに入って、中を調べたりはできませんから。でも、健康(uzima209)そのものがないのです。私たちは健康を、そして仕事の前進を欲します。なぜなら仕事(癒しの)こそが、人を見る(娶る)ものだからです(kazi ndiyo yilolayo atu210)。 Woman(Murina's FZ(Tsa)): 人間は買われません。見られる(娶られる)ものです。 Mu: 私はもう一人の妻を必要としています。婚資を支払って娶れますように。
Murina(Mu):(つづき) 人間は買われません。妻は買われるものだという連中は、まあ、間違っています。問題は相互理解であり、子供(pembe211)であり、互いに好きあっていることの証しです。でも、購入することじゃありません。でも、まず婚資(mali)を手に入れることは、規則です。私に、もう一人、妻を手に入れさせて。この人(チャリ)に相棒をもたせるんですよ。これが手鍬(妻)を増やすということです、お母さん。つきましては、婚資です。 さて今、私がこのヤギをここで屠り、さらにここで私たちがそれを食べ、さらに私が向こう(キナンゴ)に着けば、私の仕事が、まさにまさに解かれてありますように。最初の頃のように、仕事をして一日を過ごすことになりますように。昼間は、(ピング36や大皿43を)日が暮れるまで書き続け、日が暮れると600シリングを手にできますように。それを家に置いておき、やがて妻を娶って、屋敷に据え、私のものである子供たちを増やせますように。 そう、出産はムルングの領域です。私がいかに泣いて願おうと、ムルングがまずは私のことを考慮してくださらないと。ムルングだけがご存知のことです。
Murina(Mu):(つづき) ムルングがご存知のことです。そしてあなたも、ご存知のことです。今、私は子供たちが欲しいのです。おまけに、あなたこのままではあなたの名前を誰がつけてもらうことになるのでしょう212。もしこの人がまだ子供をもてるのなら、課題は妊娠して子供を産むことだけです。これこそ私が望んでいることです。あなたのヤギはこれです。今日私があなたのために連れて来ました。ヤギを、このヤギをどうぞお取り下さい。 Chari(C): うう。さて私がお話いたします。このような時間にお話することもなかったでしょう。私は、お母さん、あなたのためにお話いたします。私はあなたを存じ上げていません。でもあなたは私を知っておられます213。あなたは前方の確実性(hachi)のなかに行かれた。私はといえば、まだ後方の空っぽ(ubatili)のなかにおります。私はここにやって参りました。なぜ乞い祈りにやって来たのか?私は病気に捕えられています。それも長い年月。病気を私たちは治療いたしました。その挙句、病気は、なんと癒しの術の祖霊に由来するものでした。私は、お前はお前の氏族に属する癒しの術を継承することが望まれているんだと言われたのです。
Chari(C): 私はたしかに参りました。布(nguo214)を差し出しに参りました。というのは、(当時)ここへは布を持って来たのです。私は平安を祈ります。癒しの術(uganga)が外に出てきて、病気が小康を得るようにと。ああ、私は唱えます。さらに私はこう言いました。「私は欲します。もし本当に癒しの術が私に望まれているのであれば、癒やしの術が出てきますよう願います。そして癒しの術が出てまいりましたら、私は私自身(ムブルガ占いに用いる)キティティ(chititi204)を打ち鳴らします(ムブルガ占いをします)。そして私がヤギを買うまでになりますように。そしてそのヤギが雄の仔ヤギを産めば、私はその仔ヤギを連れてここに参ります。それこそが私の癒しの術がもたらしてくれる恵み(shukuru215)なのだと私に教えてください。」私の記憶では、(最初の)ヤギは確かにキナンゴに買いに行きました。私は引き続き(癒しの)仕事を行い、ついには私の住む辺りではまるで「チーフ」のようになりました。信じられないほどのお金を手にしました。このヤギの母ヤギも、そのようにして買ったのです。そのヤギは仔ヤギを産みました。記憶では、8回妊娠出産しました。 今日、今では、病気は立ち去ろうとしません。さて、私たちはもしかしたら、私が今ここに来てした話(次はヤギを持ってくると約束したこと)のせいじゃないかと話し合いました。私の見るところ、祖霊が、まるで自分たちは騙されたみたいだ(と思っている)せいだと。
Chari(C):(つづき) そこにきて、今では私は妖術使いたちに集りまくられているのよ。さらに私の癒しの術はムズカ(muzuka23)に持っていかれて悪しき祈願をされ(salatwa216)、もはや私には癒しの術はこれっぽっちもない、などと言われている始末。私が経験するのは苦難と困難ばかり。腹はますますひどくなった。腹の中の(ゴロゴロいう病気)ジョカ(joka208)も、ますますひどい。もはや人間らしい健康(mamura)は私にはありません。 今、いますぐよ、私はあなたに仕事をあげます。私の仕事を解きほどいてください。私の仕事が気に食わないというあいつ(妖術使い)は、あなたが彼の面倒を見て。私の仕事が嫌いな奴ら。私の仕事で、私は何を望んでいるんでしょう? 私は癒しの術を手に入れて、稼いで収入を得ること。私はヤギがほしい、私はウシが欲しい、私は鶏が欲しい。私は、ヤギをもたらし、ウシさえももたらすそんな鶏が欲しい。そしてウシこそが、人間をもたらすもの。あなたの義理のお父さんたち(bevyalazo217)、あの長老たちは人間を買ってたって言うじゃない。奴隷を買っていたと。もし人々がちゃんと稼いでいたなら、買われていくなんてことがあったでしょうか?どうかあなた、仕事を解きほどいて、そしてこの身体を解きほどいて頂戴。
Chari(C):(つづき)それに私のいるところよ、お腹の中にいるこのジョカなのよ、まるで胎児みたいなのよ。私はまだ子供を産んでもおかしくない、成人よ。もっと年取った年配者そのもので、まだ子供を産める人たちもいるのに、今は、この理由(ジョカのこと)が来たら、来て懐妊し早産。子供を懐妊する、そしてお腹のなかで消えてしまう。となると病人そのもの、今日に至るまで。子供は妊娠7ヶ月目まで進んで、(姿を消し)病気がビュッ(phyu: 入ってくる様を表す擬態語)って。 今日は、もしあの子供を消したのが、あなただったのなら、今はただお願いします。子供が腹の中で成長しますように。あのジョカがあなたが、ヤギが欲しくてやったことだったのなら、今は、私は健康が欲しい。私は健康と、私の仕事が解きほどけるよう願います。さらに私があちらの屋敷で考えておりますあれこれが、(思ったとおりに)上々に実現しますように。そして私の仕事が、一層解きほどけますように。健康こそ私が欲しいものです。チャリとムリナの癒しの術を嫌っている奴らですが、あなたが相手しに来てくださいね。
Chari(C):(つづき) 私たちは人に対して罪は犯しておりません。また私たちはムズカ(muzuka23)に行って、誰に対しても、収入を得ることがないようにと悪しき祈願をしたこともありません。私たちは私たち自身が得た生活の糧を食べております。今日、今、私は確言します。私に、病気をこの場に捨て去らせて下さいと。 これがあなたのヤギです。このヤギは私自身があなたにお約束したヤギです。分別あっての約束です。今こうして、私自身がそれを持って参りました。あなたの布(nguoyo ムルングの布214)と、端切れ(videmu141)もいっしょに。あなたのヤギをお受け取りになり、お食べになりますように、お母さん。あなたは私に面識がありません。私もあなたには面識がありません。でもあなたは私のことをご存知です。なぜなら私があなたの息子を(夫として)持っていると言える人なら、私を知っていることになるからです。あなたの息子、ベヤワこそベヤワ・ベンジンゴ・ムリナに他なりません。なぜ、ンジンゴの姿が見えないのでしょう(「子供名」についてを参照のこと)。彼はベンジンゴと呼ばれているだけです。さあ、どうしてンジンゴは、お腹の中で腐ってしまうのでしょう?ああ、今は仕事を解きほどいて。仕事を解きほどいて。 Mwachi....(Mwa): そう、もしこの人が癒しの術を絶たれ、癒やしの術が前を通り過ぎてしまったとしたら!どうか彼女に稼がせてあげて、もう一人の妻がやって来れますように。来てンジンゴを産んでくれますように。来てンジンゴと、彼ヤワも産んでくれますように。 C: 私は癒しの術の利益が欲しい。私が「ほら、最高の方(zyele218)がいらっしゃった」と言われるようになるまで。それこそ癒しの術の利得よ。畑を耕しても、もはや何も手に入らない。カボチャはカチカチに干からびてる。実をつけない。ああ、私はワリ(wari165)が欲しいわ。あのワリが。トウモロコシこそ、お金をしっかり置いてくれるもの。そしてお金が子供たちをもたらします。
Murina(Mu): さて、布はこれらです、お母さん。今日、今私はあなたに布を差し上げます、今日。布はこれらです、お母さん。どうか、私のためにお解きほどきください。さらにあいつら、大急ぎでことを続けている妖術使いども。やつらが負けを知っているのなら、負けてしまいますように。私が、涼しい風に打たれますように、そして私のもとにいる人が、涼しい風に打たれますように、そして私の眷属たち201が涼しい風に打たれますように。 そしてヤギたち、私のヤギたちが、その度に双子を出産しますように。これこそ私が欲すること。さらに稼いで収入をしっかり得ること。これこそ私が欲すること。私の鶏たちが、排卵したら、孵化しない卵が一つも残りませんように。これぞ、経済。これぞ、経済。
Murina(Mu):(つづき) 今、私はあなたが私を解きほどいて下さることを願います。癒しの術をごらんください。今、私にはまったくありません。癒しの術をまったくもっていません。夢を見ること自体、ない。まったく全然夢を見ないのです。占い(mburuga)に行きますと、おまえの母親の祖霊(k'oma1)のせいだと言われました。 今は、ねえ、あなた、お母さん、私を解きほどいてくださいよ。私はあなたに今、布を着せてあげました。さらにあなたに涼しい日陰(墓地の上に広げて張った布)を差し上げました。あなたは私が仕事が解きほどけて欲しがっているのをご存知ないのですか?あなたは私が良く過ごし、良い場所にいたいというのをご存じないのですか?ねえ、人は自分の子供を名付けることで、あなたお母さんを手に入れることにもなるんですよ(「子供名」についてを参照のこと、女児が生まれた際に、父親はその子に自分の父母の世代に属する女性親族の名前をつける。当然母の名前も。娘が3人いれば、その一人は父の母親の名前を持っている、って感じだ)別の解釈。 現在私には婚約者(wende219)いますが、まだ子供そのもの。でも極め付きの婚約者です。でも婚資はどこに?婚資を貯めるのは他でもありません。私とチャリです。 だから、さあ、私たちに婚資をくださいよ。私たちに婚資を与えて。
[別訳]: "mutu uhatsa mukpwakpwe, akenda pata we mayo"の訳だが、別の解釈も可能。まず動詞"ku-hatsa"は「命名する」という以外に「祝福する」「心の中の凝り(mufundo)を口に出すことで解消する」「祖霊に対して語る」などの多様な意味を持っている2。これが第一点。"mukpwakpwe"は"mutu wa kpwakpwe"「彼の属する場所の人間」ということで狭くは「彼の屋敷の眷属」広くは「彼の氏族の成員」を意味する。さらに"akenda pata we mayo"の"we mayo"を目的語ととらず、呼びかけと捉えると、つまり"akenda pata, we mayo"とすると、この文章の訳は「人は、自分の(死んだ)親族に(墓で)、語りかけをすると、富を手に入れるものですよ、あなた、お母さん」となる。コンテクスト的には、この訳でも問題ない。このサダカでも、誰もが富を手に入れることを願っている。しかしムリナの場合、より切実な願いは自分の子供をもつことである。現在彼の屋敷にいる二人の娘は、チャリが前夫とのあいだにもうけた子供であり、ムリナはまだ自分の子供をもっていない。万一自分自身の子孫を持たずに死ぬと、祖霊にすらなれず、忘れ去られてしまう。これはドゥルマの人々にとっては最も恐ろしい運命である。癒しの仕事がうまく行き、富が得られることは、その富を婚資として新たな妻を娶り、子供を手に入れる可能性を増大させることである。この「子孫」をもつという究極の望みは、誰もが自分の名前が自分の孫の名前として複製されること願っていることともつながっている。息子との間に不和があり、そのせいで息子が自分の名前を孫につけてくれないようなことがあると、大きな不幸である。ムリナが子供をもつことは規則で定められている通り、第一子(男児だとして)にはンジンゴ、それ以降はンジンゴの年少の兄弟の名前を順次つけていく(ンジンゴの次に男児が産まれると、その子はヤワと名付けられるだろう)。女児を産めば、同様に規則にしたがって自分の父母の世代の女性の名前がつけられていくだろう。そして自分の母の名前で名付ける娘も生まれてくる。このコンテクストで考えると、ムリナが子供をたくさん持てるようにすれば、ムリナの母は自分の名前がその世代の子どもの中に再生するのを見ることになる。それは死者にとっても喜ばしいはず。という訳で、この2つの解釈はともに筋が通っているわけだが、このサダカでムリナ夫婦によって語られている最大かつ究極の問題が、二人の間に子供が生まれないという問題であることを考えると、本文で採用した翻訳の方がより適訳であると思われる。 2961
Murina(Mu):(つづき) さらに、その(新しい)妻に屋敷に来てもらいましょう、その子に。屋敷にやって来たら、私はあなたのところに連れてまいります。そして「さあ、この子があなたの眷属201ですよ、あなた」と言わせて下さい。御覧なさい!これぞ良きことじゃないですか。私は二人の妻(眷属)を持つことになります。 今日、私を彼女に会いに行かせてください。そう彼女に会わせて。彼女に会ったら、もうやって来ますよ。あなたに紹介しに来ます。婚資(となるヤギ)がやって来れば、あちらにそのヤギたちを残して、(ヤギたちは)メエ、メエ。あちらでは片や、別のヤギたちには陣痛が。だとすると事態はとっても順調そのもの。 しかしながら、現在、どうして私は貧しいのでしょう。ごらんなさい、別のやつら(妖術使いたち)は、ムァキジェンベ(Mwachijembe: Ndavaya locationにある場所の名)までも、私のために(私をやっつけるために)薬(muhaso)を探しに行ってるんです。「こいつはどうやって(財を)手に入れやがったんだ?」(と妖術使いは嫉妬する)。やつらをぶっ叩いて、目を潰してしまえ。目を潰すのは、あなたの得意とする仕事ですね。やつらをぶっ叩いて、したたかにやつらの目を潰して、やつらが思い知るように。ついには彼らが私から手を引き、私が徹底的に健康そのもののままでおれますように。
Murina(Mu):(つづき) まずは私が家に着くと、あの連中が、嘘じゃなくって(私が願ったとおりに)、私が相変わらず順調なのを見ることになって、私の方は、奴らが全員コンベレザ(kombereza197)に罹っているのを見ることになりますように。さらに(彼らの所持する)薬(muhaso26)が効力を失って、奴らがそれを投げ捨てますように。その後は、彼らがその企てを完全に放置しますように。これこそ私が望んでいることです。 ヤギ(料理された)はこれです。さあ、私はあなたにワリ(wari165)を差し上げます。ワリを差し上げ、ヤギは私があなたのために連れてきたものです。どうかワリとあなたのヤギをお召し上がり下さい。そして私がここを去った後、そう私が涼しい風に打たれますように。私の稼ぎが上々にやって参りますように。私がつつがなさを手に入れますように。このあなたの息子の嫁が、健康を手に入れ、その腹が鎮まりますように。どうして腹が海の水のような音を立てるのでしょうか。その水がいったいどこからやって来たのかは、わかりません。もしあなた方が、自分のヤギが欲しいということから、それを助長し、さらには緊く締めあげていらっしゃるのなら、あなたお母さんのせいなのなら、まずは今日から解きほどいてください。私の癒しの術を解きほどいてください。
Murina(Mu):(つづき) 私には他に稼ぎはありません。私の稼ぎは癒しの術だけです。私という人間には、他に仕事はございません。私の仕事と言えば、癒やしの術と手鍬(畑仕事)。今は、稼いで収入を得ること、これぞ私が欲することです。今日はワリをお召し上がり下さい。ヤギはこの者(チャリ)が連れてきた、このあなたのヤギです。どうか解きほどいてください。 Chari(C): さて、今から私がお話いたします。私がお話します。私はヤギを連れて参りました、私は。このヤギは私自身が、私の口で、お約束しました。病気のためです。病気は、ますますひどくなり、全然治りません。今もまだ治ったなんて言えないんだから。私は、あなたへの約束として、ヤギとあなたの布を約束しました。今日、今、私はヤギを差し出しました。このヤギは私が約束したヤギです。私はこう申しました。「もし私の癒しの術が、上々にでてきたなら、私は私のヤギを持って参ります。私はヤギを買って、仔ヤギを産ませます。」そしてその通りになりました。そのヤギは産みました。そのヤギは7頭もの仔ヤギを産んだのです。
Chari(C):(つづき) 今日、私はあなたにあなたのヤギを差し上げに参りました。私があなたを騙していたなどとおっしゃらないで下さい。でも今や、あなたは私のことをお知りになり、私もあなたのことを知りました。なぜなら私はあなたの息子を(夫に)もっているのです。あなたの息子とは他でもありません。ベンジンゴです。現在、ベンジンゴなのに、ンジンゴはどこにいるのかわかりません。ねえ、今私たちはンジンゴが欲しい。さらに、腹のなかでうなり声をたてている者が、だまりますように。そしてその者がンジンゴをよこしてくれますように。さらにはヤワも連れてきてくれますように。ねえ、すでにこれは恥になろうとしています。さて今、あなたのヤギとワリ(wari)と布をお受け取りになり、仕事を解きほどいてください。 これから、まず家に着いたら、そこにムァングーダ(Mwanguda: KwaleカウンティのDzomboワード(かつてのLocation)にある村(Village, かつてのSub-location)の名前、とっても遠方)から施術師に会おうとやって来た人々を目にしますように。というのも、以前から私が治療してきた病人たちが、私を拒むようにすらなってしまったので。彼らは私が嫌い。私の名前を耳にしたら、彼らは「(チャリは)妖術使いだ」なんて言うんです。これも奴ら妖術使いたちの仕業です。
Chari(C):(つづき) やつら(妖術使いたち)もまた、端の方に打たれますように。とっとと行ってしまいますように。私は癒しの術が欲しいだけ。ねえ、私が癒しの術を求めているのを知って下さい。ねえ、あなたにヤギをあげたでしょ。私はこの場で癒しの術が欲しい。もう、私は戻ってくるのはいや(再び、つつがなきことをお願いするために)。(ここに)また戻ってくるとしたら、あなたにあなたの息子のあの(二人目の)嫁を(紹介するために)連れてくるときです。癒しの術の稼ぎによる婚資で娶った嫁。あなたがたしかに眷属を欲しておられるんだと、私に示していただけますように。 M...za(Murina's sister Mwanak....の夫(Mza)): あなた、私の義理の母(mutsedza188)よ。私はやって参りました。私は、義理のキョウダイたち(alamu220)と連れ立って参りました。そうあなたの娘ザメ(Dzame: Mwanak....の本名(クラン名))を通しての義理のキョウダイたち(Mwachi....やMurinaたち)です。あなたのザメ本人です。私はあなたには面識がありません、そして今もあなたのことを知りません。でも今、私はあなたを知っています。誰に関してでしょうか。あなたの娘であるところの私の妻、ザメに関してです。ザメこそ私の妻なのです。そして私がここに参りましたのは、あなたのこの場所で、力(体力)を乞い祈りに参ったのです。先日も私はここにいて、語りかけに参っておりました。でもまだ状況は明るくしてもらえていません(好転していません)。でも私は明るくしていただけることを欲しています。
M...za(Mza):(つづき) ムルングが私がどうなるか計画されているとおりに、私はさらに私のための計画を進めて、私にヤギを手に入れさせていただけるよう、そして私がここに(ヤギを連れて)やって来れますよう願います。私も友人たち(ムリナたち)のように出て参りたいのです。私は私を解きほどいてくれるつつがなきことを乞い願います。私の家に到来したあれらの諸問題を、どうか防いで、脇に追いやって下さい。そして私が計画しております、生活の糧を私にもたらして下さい。もっともっとやって来るように。そして来月が終わってしまうまでに、私にあなただけのためのヤギを買わせて下さい。そしてそのヤギといっしょにここに来させてください。 私はヤギそのものが買いたい。私は仔ヤギは買いたくありません。だって仔ヤギを買ったら、しばらく置いておかねばならないじゃないですか。私はたとえ300シリングでも、(成獣の)ヤギが買いたい。ただちに、ここにここにヤギをもってこれるのでなければ。やって来てあなたに差し上げ、私も私の義理のお母様ともども、喜びます。あなたのヤギを差し上げに来て、あなたに布とともに食べていただくように。
M...za(Mza):(つづき) わが子たちを解きほどいて、彼らが涼しい風に打たれますように。私の妻が涼しい風に打たれますように。私自身にもたっぷり、そうして下さい。あちらの(M...za氏の)屋敷が、まるであなたご自身の屋敷であるかのようで、ありますように。人は子供を産んで混じり合うものだと、私は知っておりますから。今、私たちは子どもたちを混じり合わそうではありませんか。あなたは私を知りませんし、私はあなたを知りません。でも今は、一緒に混じり合います。あなたが私を見ると、ほら私の義理の息子(mutsedza)だわと言い、私も、ほらお母さんだと言います。どうか私を解きほどいてください。サラマ、サラミーニ。私はあなたと争いはありません。私が収入を手に入れるよう模索します。どうかさらに多くを手に入れさせて下さい。
Mwachi....(Mwa): さて、あなたお母さん、私は多くは申しません。私はずっと以前からこの屋敷(の主)です。あなたが埋葬されて以来、私はずっと続けておりました。あなたの服喪(熟した服喪 hanga ivu10)も、私が中心となって力を注ぎ、私が主宰いたしました。あなたが服喪を乞いに来られたのは、私にですし、あなたは確かに私に力をお与えになりました。私はウシを買い、ウシを買い、さらにヤギも買いました。私が服喪を立ち上げ、無事に終えたのです。
Mwachi....(Mwa):(つづき) そして今、これら若年者たちが、(ひっそり隠れていた場所から)突然狩り立てられ始めました。彼(ムリナ)は自分からやって来ました。でも他にもまだ草ぼうぼうのブッシュにいる(=どこで何をしているのか定かではない)者たちがいます。そして全員、私と同様に、あなたの子供たちです。私はあなたの最初の子供です。 ところで今、私たちはこうしてこのような場にやって参りました。私たちは同じ一つの言葉を話します。つつがなきことを哀願する、それだけです。それと富が手に入ること。なぜなら、稼ぎをがんばり、収入を得、食事をすれば、満腹するものです。そこにいらっしゃるあなただって、何かを乞いにいらっしゃると、それを与えられるじゃないですか。そこにある食事を。もし何もなければ、あなたに何が与えられるというのでしょう。 そう、私はあなたが、(あなたの死後に)生まれた者たちをも、解きほどいてくださるようお願いします。生まれた者たちも、またやがてあなたを養う者たれ。同様にしっかり目覚めた者たれ。私も、一人前の成人として始めました、ああ今や老境、今にも役立たずの老いぼれになりそうです。もはや私には何も物(富)はありません。自分の屋敷をもち、そこで子どもたちを産んだ者が、私はあなたに申し上げますが、彼の時代がやがてやって来ます。
Mwachi....(Mwa):(つづき) 私どもは約束を交わしに来たことがあります。私たちは、私たちは(ヤギをもって)やって参りますと申しました。でもヤギがない!ああ、ヤギはたしかにあったのです。しかしお母さん、さまざまな病気が到来したのです。私の妻のところに。私が到着しますと、ヤギは眷属(mudamu201)を治療するのに使われてしまいました。問題ありますか?危ないところを救われた者は私の眷属。私がヤギを差し上げる(と約束した)あなたも、大切な私の眷属です。問題ありますか?また私がヤギを手に入れればいいだけです。あなたのためにここに連れてくるそのヤギは、まだ手に入れていません。 そして先日、私はあなたに言いに参りました。ねえ、あちらにいる彼(彼女)が治りますように。もし彼(彼女)が治ったら、私の方でも「集会(mitingi=meeting)」(サダカのことか?)を行います。私がヤギを手に入れたときに、私はあちらに彼(彼女)を迎えに行き、彼(彼女)といっしょに参ります。あなたに彼(彼女)のことを知っていただくために。そんな風に約束を交わしました。ヤギは未だ手に入れてません。それどころか彼(女)を迎えに行くためのバス代(tikiti=ticket)すらないのは、どうして?そして先方には、治療代の未払いがあります。
Mwachi....(Mwa):(つづき) ところでですね。(私の子どもたちの内で)一番の年長者はというと、歩けないのです。ゲゲニェ、ゲゲニェ(脚を引きずりながら歩く様を表す擬態語)です。ここの屋敷で、あなたが最後に残して行かれたあなたの(眷属)そのものですよ。なぜこんなに(この屋敷の状態が)悪いのでしょう。ねえ、解きほどいてください。もしあなたの仕業なら。 ああ、今日やって来たのはベムパ・ムリナ221の人々です。ベンジンゴと呼んでいる者です。私ベモセ(Bemose)は、ずいぶん昔にここに参り始めました。今は、穏やかに、穏やかに、どうか私たちをお解きほどきください。私たちがここを去りますとき、健康に去れますように。私たちはこれから小雨季の耕作をいたします。自分の畑を開墾し耕す者に、収獲をもたらし給え。あなたの年長のキョウダイの子供も、年少の兄弟の子供も、私たち全員、平安のうちにここを立ち去りますように。この私たちの客人がここに来てくれたことも、良いことです。なぜなら客人が到来すれば、彼は私たちを満腹にさせるからです。そう、私たちはさらに多くを望みます。この者たちのような客人が3人もいれば、まさにその時こそ人は満腹します。屋敷の主は(痩せて)身体が軽い。やって来て人々を満たすのは、到来した客人たち。え、このことをご存じない?まだそんな話は聞いたことがないと?
Mwachi....(Mwa):(つづき) ンゴンベ・ワ・スンバさんだよ。ンゴンベ・ワ・スンバ。ある屋敷をこんなふうに訪問した際に、その屋敷の人びとが空腹のまま眠るつもりでいる。スンバさんは客人だったんだ。晩になり、人々がそろそろ寝ようかという頃、大量のワリが届いた。彼が、モンバサからトウモロコシ粉を持ってきてくれたんだ。こんなのって良くないか?これぞ経済。私たちだって、もしこんな客人を得たら、ありがたくないかい?(浜本注: ごめんなさい。なんにも持ってきませんでした。) お母さん、ご主人様、私たちを解きほどいてください。私たちがここを去れば、私たちに富を稼がせて。タバコの葉がある(栽培されている)場所では、それが上々に生まれますように。タバコの葉が、上々に生えますように。キャッサバを植える人は、キャッサバがしっかり根づきますように。そのキャッサバは誰のものと知られるでしょうか。誰の子どもたちのものでしょうか。ムリナの子供であるメムベユ・カジネ(ムリナの母の正式名=子供名+クラン名)の子どもたちのもの223。今日は、このあなたのお父さんの名前(をもつ者)本人があなたにヤギを差し上げに参りました。私自身は、あなたの年長の父ですが、ずっと昔に始めました。現在も、私は三度目のサダカにまさに参ろうとしています。ああ、ご主人様、私を解きほどいてください。
Mwachi....(Mwa):(つづき) あれら眷属全員を、解きほどいてください。あちらの屋敷にいる者たちも、その各人を解きほどいてください。ベローチャさえも、解きほどいてやって下さい。先日、ミリティーニ(Miritini: モンバサ郊外の地名)で他人の娘を殴打したベンジラ・ンガシュという者もおります。その件で先日、私も来るように言われました。問題を見に参りました。私にはどうすればよいかわかりません。ただ今は、ムルングに祈ります。 さて例の女性に対する婚資交渉がどうなるのか(undalolwadze)、私にはわかりません。でも私は平和(な関係)は築いてきました。今は、私を解きほどいてください。私が彼女のための婚資を払って224、彼女が屋敷にやって来ますように。彼女も同じくあなたの息子の嫁です。 ラシ本人も、解きほどいて健康にしてやって下さい。そして彼らが行っている仕事も。彼も同様に健康にしてやって下さい。彼らも同じようにここにやって来ることになるでしょう。なぜなら彼らもあなたの眷属なのですから。さて、どのような幸運をでしょうか。先日私は三人の人を手に入れました。ムルングの力のおかげに感謝しております。私に力をお与えください。さらに彼らが私の腕の中に首尾よく入ってきますように。
Mwachi....(Mwa):(つづき) 私に婚資が手に入りますように。すぐさまその婚資を先方に届けます。そして彼らが屋敷にやって来ますように。彼女こそが私の最後の者になると私は思います。ベローチャは婚資を受け取りました。あちらで催促したのです。でも(ベローチャ)本人は来るのを嫌がってます。彼を引き寄せ、来て、ミグンディーニ(地名)で催促したあなたの娘ザメの婚資の返却を求めたいのです。彼は来るのを嫌がってます。婚資はまだあちらにあります。皆に無駄遣いされてしまいます。今、彼を引き寄せ、こちらに来させ、あの婚資を取りに行ってもらいましょう。もし彼が料理してくれる人を手に入れるのだとしたら、その者も収入を手に入れますように。そんなわけで、私にはこれ以上言うことはございません。これだけです。 (続いて、ムリナの母Membeyuの墓に隣接する、ムリナの父キメラの兄の妻の墓に語りかける) Mwa: あなたお母さん(ムリナの母に隣接して埋葬されているムリナの父の兄の妻=大きい母)。解きほどいてください。あなたはワリを与えられました。ベンジンゴ・ムリナが今。彼はあなたに日除け(布)も差し上げます。ワリを召し上がれ。そして稼ぎを得るための道を解きほどいてください。さて、私はこのように欲します。ここに私たちが暮らすようになったら(死んで埋葬されれば)、私たちの子どもたちが私たちにさまざまな品物を持ってきてくれると、知っていたいのです。
Mwachi....(Mwa):(つづき) あなた、あなたの僚妻(mukakazi225)と協力しあってくださいますよう。なぜなら、あなたの方が先輩。そちらにおられて、「どんな風に子どもたち(子孫たち)を育てていきましょうか」と長老の知識を教えあってください。「私たちはこんな風に彼らを育てましょう」と。それこそが良いこと。それでこそ、然るべきときに私たちもあなたを思い出し、鶏を差し上げに参ります、あなた大きいお母様、ご主人様。どうか私たち全員をお解きほどき下さい。お解きほどき下さい。カンガさんと彼女の孫たちもまた、解きほど帰ください。なぜならカンガさんには(他に)道(より良く生きていく術)がないからです。子供が一人しかいない。現在、カンガはあちらに暮らしています。彼女を解きほどいて、彼女が健康でありますように。彼女がヤシの葉の屋根材(kuti226)を編み、金銭を得て、あれらの孫たちを養えますように。彼女の子どもとは誰でしょう?キジさんです。ところで、なぜあなたは、カンガ一人残して終わりにしてしまったのですか。 さて、あなた、ご主人様、私はあなたにワリを差し上げます。あなたの僚妻とご一緒にお召し上がり下さい。さあ、あなた方はここに一緒にお暮らしなのですから、私たち子供を育てる長老の知識をお話し合い下さい。(私の言うことは)それだけです。
まず、このサダカの冒頭の語りでの人物の関係がわかりにくいと思うので、簡単に説明しておきたい。ドゥルマでは正式名称(クランでの名前)に加えて「子供名(dzina ra mwana)」があり、子供をもうけた男女は敬意を込めて後者で指示されることが普通である。第一子の名前に父親はbe(「~の父」を意味する)、母親はme(「~の母」を意味する)を付けてそれぞれ呼ばれるようになる。例えば、Kalimboという男の第一子がMweroという男児である場合、Kalimboは、BemweroあるいはBemwero Kalimboと呼ばれるようになる。厄介なのは、第一子を産む前から、第一子の名前がある意味決まっていることである。例えばKalimboは第一子が男児の場合はその子をMweroと名付け、第一子が女児の場合はNyamvulaと名付けることが期待されている。絶対ではないが、普通はそれに従う。なぜなら生まれてきた子供は、その父親のクランの上の世代(生まれてくる子供にとっては祖父の世代)の名前を付けられるべきで、その世代の複数ある名前(生まれてくる子どもの父親の父親やその兄弟(男児の場合)、姉妹(女児の場合)で名付けられるのが普通であり、その生まれ変わりといった明確な観念はないが、その名前の持ち主との一種の同一化を含んでいる。そして上の世代の名前をどういう順番でつけていくか、についてもクランごとに一定の規則がある。
もちろんこうした規則は絶対ではなく、名付ける男は特殊な事情があれば、ある程度自分の裁量で自分の子供の名前を決めることができる。女児の場合は、さらに名前の付け方の自由度は大きい。
結果として、あるクランのKalimboという男は、第一子に男児が産まれると、その子に自分の父親であるMweroの名前を与え、自分はBemweroとなる。これが通常ということになると、子供が生まれる前からその男の「子供名」はある程度決まっていることになる。
ムリナ氏のクランでは第一子に自分の父親ではなく、父親世代の最年長の兄弟の名前を付け、続いて産まれる男児に、順番に父の兄弟の長幼順に名前を与えていくという規則に従う。というわけでムリナ氏は、まだ自分自身の子供をもうけてはいないが、このサダカの語りの中では(男児が産まれるという前提で)ベンジンゴ(Benzingo)、ンジンゴの父という子供名で言及されている。ムリナ氏の父親の名前はキメラであるので、別のクランの規則でならその長男にはキメラの名を与え、自分自身はベキメラになるところである。
さらにややこしいことに、こうしたクラン名と子供名の他に、あだ名がある。あだ名は存命中のその人の振る舞いや特技などに基づいて付けられるものだが、生まれてくる子供は父親の上の世代の親族のクラン名を引き継ぐときに、同時にその名前の持ち主のあだ名も引き継ぐとされる。というわけでKalimboという男は、最初から子供名はBemweroかBenyamvulaであり、それに加えてンジレ(nzile)というあだ名まで持っているかも知れない。それは彼の属する小リニージの何代か前のKalimboが大きなウシの群れをもった「金持ち」で、ンジレ(ウシの尻尾の房)というあだ名をもっており、それを引き継いでいるからだ。彼自身は超貧乏だとしても。
このようにドゥルマの名前システムはちょっと複雑だ。クラン名だけで済めばよいのだが、クラン固有の男性名の数には限りがあるため(というか少ない)、一つの大きな屋敷だけでもKalimboさんだらけということになり、「どのKalimboだ?」ということになるわけだ。どの父親から生まれたKalimboかで、ある程度絞れる。Komboの息子のKalimboか、Mweroの息子のKalimboか、等々。それでも駄目ならあだ名(dzina ra kudzichirira(自称のあだ名), dzina ra kusirikpwa(他人につけられたあだ名))である。野心のある男なら、自分で編み出したあだ名で、自分が知られるようにと努力するかも知れない。恐ろしげな「薬」を制御できると称して、その薬の名前をあだ名として自称したり。
こうしたドゥルマの名前システムにおける同名の氾濫は、部外者である私などにとっては悩みの種になる。たとえばパラグラフ2936で「ンジンゴが亡くなって、まだ一年経っていない」という発言があるが、どのンジンゴか(つまりムリナの兄弟たちの息子のなかにいるかもしれないンジンゴか、ムリナの父の兄弟のンジンゴか)聞いただけではわからない。(世代的にムリナ氏の父の長兄であるンジンゴ氏の話だろうとは思うが。ムリナ氏の父キメラも、数年前に亡くなっていることを考えても。) ムリナ氏の叔母(ムリナの父の姉妹)の語り(掛け合い)のなかでも、彼女がサダカに来ていないと非難しているチャカは、まさか彼女が酒飲みだと非難した眼の前のチャカとは、当然別人のはず。じゃ、誰だということになる。彼女が挙げているチャカとベローチャはいずれもムリナ氏の実の兄たちで、二人ともモンバサに行ったきり、屋敷には寄り付かなくなってしまっている。ベローチャに至っては当時行方不明であった。ある程度詳しくこの屋敷の構成メンバーについてのこうした予備知識をもっていないと、すぐに部外者には簡単に入り込めない、ついていけない内輪の話になってしまう。なおこのベローチャは後日(同年12月初め)モンバサの病院に入院したとの連絡が届き、12月19日に亡くなった。
さてムリナ氏の兄Mwachi....さんが行っている最初の語りかけ2935のなかで、語りかける相手はムリナ氏の(そしてMwachi....氏の)母親Membeyu(別名Kadzine)さんだが、ムリナ氏はベンジンゴ・ムリナと、つまり「ンジンゴの父ムリナ」と言及されている。ンジンゴという名前はムリナの父の兄弟の一人(長兄)の名前なのでベンジンゴはその父親、つまりムリナの母にとってはムリナの父(彼女の夫)の父、つまり義理の父(Bevyala)で、「お父さん」と呼びかける存在。というわけでベンジンゴ・ムリナは彼女の子供なのだが、ここでは「あなたのお父様そのもの」という風に言及されている。ややこしいでしょ。ムリナの妻であるチャリはムリナの母にとって「お母様」ということになる。 逆に、ムリナにとってンジンゴは彼の息子であると同時に、彼の父の兄(つまりムリナにとっては「大きい父 baba muvyere」)であることにもなる。この名称システムは、このように実際の関係の逆転のような状態を出現させるのだが、人々はこのややこしさをむしろ楽しんでレトリックのように駆使しているみたいに見える。
この「子供名」に絡めてなされている語りかけの機微は2938にも見られる。ムリナたちの父の姉妹(tsangazimi)である女性が、ムリナの兄弟(Father's brother's son)と冗談っぽい掛け合いをしているくだりである。前者が後者の飲酒をからかっているのだが、そこでその男(Cha..)についてムリナの死んだ母に語りかけながら、「ごらんなさいな。あなたのご主人が生まれても、酒のせいで、子供を背負う背負い布を買ってあげようとも考えないような人よ」と冗談ぽくなじっている。彼Cha..に男児ができると、それは彼の父親の世代の親族、つまりムリナたちの父の世代の兄弟たちの名前をつけられることになる。というわけで生まれてきた男児は、ムリナの母の「夫」の名前をもつ可能性がある。そこで「あなたの夫が生まれても」といった言い回しになるのだ。 こうした言い回しは、例えば、ムリナにまだ一人の子供も生まれていないことを逆手に取って、異なる子供名で言及するなどの修辞の形で、2960や2970でも見られる。それぞれの箇所につけた注釈での説明を御覧いただきたい。ただしパラグラフ2960の語りは「子供名」の問題抜きに解釈することも可能(別の解釈)である。私は子供名絡みの訳の方が面白いのでそちらを採用した。
概要で述べたように、今回のサダカの開催理由などは出発前にはあまり詳しくは知らなかった。チャリの癒しの術を妨害しているものの一つが祖霊(k'oma)たちだった。1990年に祖父デレのサダカは終えたが、まだムリナの母親とチャリの祖母(祖父デレの妻)が残っている。今度ムリナの母のサダカをするからおいで、というだけの説明だった。
さてサダカの冒頭で、Mwachi....さんは、このサダカの目的を端的に次のように述べている。「彼(ムリナ)はあなたのお母様を手に入れ(チャリと結婚し)、あなたの同意を得ようと参ったのです」。つまりムリナの母はムリナが結婚したことを報告されていなかったことで、怒り、ムリナたちに災いをもたらしていたのだとの見解である。これはチャリの祖父デレが、最初に災いをもたらした際と同じ理由だ。子孫が勝手に結婚しそれを知らせないときに、怒るというのは、祖霊が起こるデフォルトの理由の一つみたいだ。
しかしこれはチャリが2955で述べている怒りの理由とは異なっている。やはり、私が期待していた通り、サダカの語りのなかでいろいろ明らかになる。 ムリナ氏の最初の語りかけでは、Mwachi....氏が言う通り、チャリとの結婚の経緯を語り、彼の母にチャリを紹介することが中心で、サダカについては約束だったから果たしに来たのだと述べるにとどまっている。
チャリはその最初の語りかけで、彼女がムリナと困難のなか闘病生活を送っていたときに、最初にムリナの母の墓を訪れたことを明かしている。チャリの病気は、彼女の親族のなかに祖父デレから継承されている「癒しの術(uganga)」の継承を彼女自身が求められているせいだとされていたのだが、その癒しの術が外に出てくるように「力を与えて欲しい」と祈るために来たのだった。そして、おかげで、その後チャリは実際に癒しの術を得て、施術師となったと語っている。 その後チャリはキナンゴに移住し、そこで施術師として大成功し、得た収入で初めてのヤギを購入する。そしてそのヤギが出産したら、ムリナの母のもとを再訪すると約束し、今回のサダカがそれであると語る。このヤギの約束をいつしたのかだが、ここではまるで施術師として成功し、ヤギを手に入れたときにしたかのように思ってしまうだろう。
ヤギをムリナの母の墓で提示する際のこの日の2度目に語りかけDB2955では、さらに詳細が語られていて、この思い込みは修正が必要になる。一回目の訪問の折には布だけを捧げに持ってきたこと、その際に、さらにキナンゴで施術師として成功し、ヤギを買い、そのヤギが子供を産んだら、その仔ヤギをもって再訪すると約束したというのだ。要するに、この最初の墓への訪問のときにヤギを約束し、それ以来、ムリナの母の墓へは一度も訪問していなかったわけだ。
なるほどこれなら母の祖霊が、約束が破られた、嘘をつかれたと怒ったとしても無理もない放置ぶりだ。現在、チャリを不妊と重い病気で苦しめているムリナの母の怒りの理由がこれだとムリナたちが思い至ったとしても自然であり、直ちにサダカを開かねばならないという緊急性も理解できる。 それにしてもデレの癒しの術の継承であるのに、なぜデレの墓ではなく、ムリナの母の墓で最初の祈願をしたのか、その理由が私には理解できないのだが。単に近かったから?
サダカの場では、語りかけをする各人は、それぞれ(およびその屋敷の人びと)の苦境についてあけすけに事細かに語っている。その語りには、自分を取り繕ったり、事実をごまかそうとするところは見られない。これは聞き手がほぼいない、墓場での個人的な語りにも見られる特徴で、例えば「カリサ、祖霊の父親に抗議する」のように、部外者の私にはコミカルにすら思えるほどである。
私的な会話においては(おそらく特に得体の知れない部外者相手の場合)、人はだれもそれほどあけっぴろげではない。日本でと同様、情報の出し惜しみや、隠蔽もあるし、嘘もときに混ざる。たとえば、ムリナ氏とチャリとの結婚の経緯などについては、たずねても曖昧にはぐらかされる感じで、あまり立ち入ったことは聞くべきではない感じで、ほぼ諦めていた。しかしこのサダカでは、ムリナは死んだ母に対して、事実関係を仔細に説明している。
2938~2940でムリナ氏は彼の結婚について語り始める。彼の兄Mwachi....がサダカ開催の理由に挙げた、ムリナが彼の妻チャリをまだ正式に母親に紹介していない件が関係しているのかも知れない。ムリナの母は彼がまだ未婚の少年の頃に亡くなった。やがて彼は結婚し自分の屋敷を持ちたいと思い、母に助力を願った。その結果、彼の父キメラが用意した婚資によってラバイ人199の女性を娶った(nidzilozwa224)。彼の生まれ育った「採石場のそば」村はラバイ人との混住地域にあった。しかしその結婚は長続きしなかった(この最初の結婚の顛末についてはこのサダカの後半、ヤギを提示する際の語りでより詳しく述べられている)。その後ムリナは別の女性を娶った(nidziwala224)。自分は女性に人気があったとムリナは冗談めかして言う。しかし婚資はなく、それは正式な結婚ではなかった。(述べられてはいないが長続きはしなかった(ずっと後に知った話))
そしてムリナはチャリと出会うことになる。これは初めて聞いた話で、私にとってはちょっと予想を上回る度肝を抜かれる話だった。ムリナさん、見かけによらず女たらし?人妻かどわかし事案じゃないですか。チャリの前夫の名前も初めて知ったし、ムリナとチャリの馴れ初めの会話も臨場感たっぷり。
後で知った詳しい話で補うと、チャリの最初の結婚相手ははるか年上の男性で、あまり働き者ではなく、結婚後もチャリが男顔負けの仕事(モンバサ郊外の町で建設業にすら従事していたとか、椰子酒の販売とか、動物の臓物のスープを売っていたとか...)で家計を支えていた。街道からかなり離れた奥地に住んでいたのだが、そこで妖術使いの攻撃を受け、病気になり夫婦で妖術使いから逃れるような形で、ムリナの住む「採石場そば」村にやって来たのである。チャリの夫の方は、妖術によるチャリの病気を、施術師を呼んで治療させる気はなかったらしい。で妖術の治療ができるムリナ氏が手を差し伸べた。
しかし二人の暮らしは、チャリの病気が重くなったこともあり、困窮のきわみだった。二人と知り合ってすぐに、チャリが癒しの術を最初に「外に出し(kulavya nze3)」てもらうきっかけとなった重病と戦いながらの当時の暮らしについての話を聞いたとき、二人がその頃、まるですべての親族から切り離されて孤立した状態で、貧困を生きていた(ドゥルマではまず起こり得ないと思われること)らしいことに違和感を覚えたのだが、その理由がわかったのは、このサダカでの語りによってだった。
このムリナ氏の語りに見られる、隠し事ぬきのすべて話ます的語りは、他の語り手にも共通する。それぞれの屋敷について私はまったく知識がないので、誰について話しているのかもわからないけれども、親族内部の内輪喧嘩みたいな、ちょっとスキャンダルめいた話までしれっと話してしまっている。この正直さはなんだろう。同じ小リニージのメンバーだから内輪の集まり、私みたいな部外者がいてもどうせドゥルマ語そんなにわかってないだろ、の気安さのせいかもしれない。
普段の会話の場での(とりわけ妖術告発絡みの話のときなどはピリピリするほどの)いろいろディーテイルを隠した慎重な語り口と、このあけっぴろげな語り口の違いはどこから来るのか。私もわからないけれど、今、一つの可能性がひらめいた。
これは祖霊に向かっての語りである。そして人々は祖霊について「あなたは前方の確実さ(真理)のなかにいらっしゃる227」と繰り返し語る。このことから思いついたのだ。この表現 mbere za hachi はもともとはスワヒリ語のイスラム教的言い回し mbele za haki で、単に「神の御前に」あるいは「神の裁きの前に」を意味しているのだが、ドゥルマではそれを上のように訳したくなる理由がある。というのはその後に、必ず、「私たちは後ろの、虚無のなかにいます」といったフレーズが続くのである。死者と生前面識がなかった人は、「私はあなたのことを知りません。しかしあなたは私のことをご存知だ」と繰り返す。つまり、ドゥルマ的には「祖霊」はなんでも知っているので、祖霊に対して隠し事をしたり、嘘をついたりしても意味がない、ということなのではないだろうか。その割には、祖霊は約束をすっぽかされると、怒って災いを送ってきたりするのだが(約束が叶えられるかどうかまではお見通しじゃない?)。
ともかく部外者の私にとってはサダカは、知らなかった真実がポロリと明かされることがある、とてもありがたい機会なのである。
1989年の段階でムリナとチャリの夫婦が直面していた大きな問題は、3つだった。(1)チャリの健康問題、(2)チャリとムリナの間に子供ができない問題、(3)施術の顧客の減少。
「ジャコウネコの池」に転居してきた当時には小康状態にあったチャリの健康状態は、1988年になって再び悪化したという。心臟(心臟が「破裂する」つまり動悸のはげしさ)、腹部(水が溜まっているようなゴボゴボする音がして、さまざまな障害があり、食事も進まない)がその主な症状なのだが、1991年には、すっかりやせ細り、また頻繁に失神するようになっていた。
チャリとムリナとの間に子供ができない問題も、時が経つにつれて深刻さを増した。サダカの冒頭でムリナの兄Mwachi....氏は、ムリナが未だ自分自身の子供を手に入れられずにいることを最大の問題として提示している。チャリは、自分の年長の姉はいまだに出産しているのに、年下の自分はすっかり妊娠とは縁がなくなったと嘆いている。さらにチャリはこれを自分の腹の病気、お腹のなかで音を立てて動き回るジョカ(joka208)のせいにしている。それはまるで胎児のようであり、ジョカが来ると妊娠していたと思っていても腹の中の子供が急に消えてしまうのだと述べている。
この腹の病気と妊娠の失敗は、1989年にすでに月のカヤンバで触れられ、同年のシェラとライカを外に出すンゴマでも、腹のなかで子供が消えるのは憑依霊ゴジャマ(gojama47)とジネ・ツィンバ(jine tsimba228)に食べられてしまうのだと語られている。翌年初めのチャリの祖父デレに対するサダカにおいても、チャリは妊娠したと思うと、腹の中でいなくなってしまう子供について嘆き、ムリナも子供を腹の中で腐らしてしまう、あるいは隠してしまうのが何かと問うている。
この問題は、今回のムリナの母に対するサダカが行われた1991年には、チャリの健康の悪化もあってより深刻化し、新しい局面に差し掛かっていたように見える。チャリはこの問題を自分の病気と一体化してとらえ、腹の中にいる何か(ジョカ)の形姿のイメージに収斂しつつある。一方、ムリナはチャリのお腹の中を調べることはできないと若干突き放し、チャリ自身の妊娠を望むとは言いつつも、第二夫人を娶り若い妻に子供を産ませるという形で自分の子供を手に入れる方策に切り替えようとしている。しかしこれについてチャリはどう感じ、考えているのだろうか。
この問題にムリナがチャリ以上に必死であるのは、理解できる。この地方では子供をもうけずに死んだ男は祖霊になることができず、焼けぼっくいとともに埋葬され、人々からは忘れ去られてしまう運命にある。これは男が考えうる最悪の運命の一つなのだ。そしてムリナには当時、まだ自分自身の子供が一人もいなかったのである。
3番目の問題は相対的である。チャリはモンバサ街道沿いの町マリアカーニの施術師のもとで2回目の「外に出る(kulavya nze3)」ンゴマを受け、新たに憑依霊ドゥルマ人(muduruma63)と憑依霊世界導師(mwalimu dunia229)を正式に外に出した233。病気も軽快しており、施術上の母との葛藤から、夫婦でキナンゴ・サブロケーションに移り住み、「ジャコウネコの池」のポンタ氏(仮名)の土地に「客人」として住むことを認められた。1986年のこと。それからは占い(mburuga240)がよく当たるという評判で、連日夕方まで行列ができるほど(と言われていた)の客で、施術の収入も多かった。このサダカでムリナ氏も述べているように、彼はその富から「長老」と尊敬され、まるで揚げ団子菓子(kalimati203)を買うようにヤギを買ったという。チャリも「ジャコウネコの池」に来た当初は「信じられないほどのお金を手にしました」と述べている。
「ジャコウネコの池」に来て以来、ニューフェイスの施術師がときに得る絶大な人気をチャリも味わっていた。そうした初期の人気にはすでに陰りが見えていたとは言え、1991年の時点でも、二人は忙しく施術の仕事をしていた。しかしチャリが病気でその治療にお金がかかるうえ、畑仕事ができず、食料はすべて買う他ないという状況では、彼らが、当初に比べてすっかり貧しくなったと思ったとしても無理はない。
すでに1990年1月の祖父デレの墓でのサダカの折にも、さらには1989年9月の月のカヤンバにおいても、この3つの問題はあった。
1991年9月にチャリたちと再会した私の目には、はっきりした悪化は、チャリ自身の健康問題だった。すっかりやせ細り、見る影もない。再会した日から数日間の日誌に記された、この間の闘病についてのチャリによる簡単な説明によると、1990年3月に行ったシェラ(shera71)・憑依霊ディゴ人(mudigo104)・ライカ(laika75)に対する「外に出すンゴマ」のやり直しと、その失敗の結果の病気の悪化、さらに5月に入って「キブリの妖術(utsai wa chivuri)」による攻撃で死の淵をさまよい、その治療後も健康は戻らず、占いの結果、さらに妖術使いによって彼女に魔物ジネ・ムァンガ(jine mwanga57)を打ち込まれていたことが判明、今もなお血を吸われ続けている、といったことがわかる。
チャリの病気の治療のためにお金を使い尽くし、ヤギも売り払い、屋敷にはもう何も残っていないとムリナは嘆いていた。
健康の悪化のもとでは、当然、妊娠の可能性が大きくなるわけがない。これは私の近隣の人々の噂にすぎないのだが、ムリナ自身に日本風の言い方をすれば「子種がない」のだとおっさんたちは陰で噂していた。彼には数度の結婚歴(正規、非正規を含め)があったが、一人の子供もできていないというのだ(どうやって確認したのかと問い詰めたいところだが)。
またチャリが病気がちでは、施術師の仕事も滞りがちになることがあるかも知れない。施術や占いを求めに来た人が、チャリが小屋の中で臥せっていることで諦めて帰っていくということも、しばしば目にした。
つまり悪化したチャリの病気が、残りの2つの問題も同時に悪化させていることがわかる。という訳で、私はとりあえずチャリにキナンゴの病院に行ってみるように勧めるが、それはできないという。病院で注射を打たれると、彼女のもっている憑依霊たちが怒って病気にするので行けないのだと。1991年の時点では、チャリの病気を治す近代医療的代替手段が(憑依霊のせいで)封じられて、チャリたちは従来のやり方で病気に立ち向かうしかなかった。ああ。
[【閑話】] そんなチャリが施術師になって初めて病院に行く気になったのは1994年3月のある日だった。 1993年頃からキナンゴに病院でクリニカル・オフィサーとして働いていた人々が退職し始め、そのなかには退職後自分で個人の診療所を開き始めた人もいた。そちらがキナンゴ病院よりも人気を博していた。1993年にタイタ人のジョージ氏がまず開院し、翌年ドゥルマ人のバンディカ氏が開院したが、後者はことに評判が良かった。最低でも診察料が200シリングもかかるのだが、病院が有料(まずは20シリング)になって以来、多くの人々はキナンゴ病院よりもこちらを好んでいる。 理由1:個人病院の方が薬が豊富。キナンゴ病院にはろくな薬がない。人々の噂では、どうも病院のスタッフが薬の横流しをしているんだとか、おいおい本当か? 理由2:バンディカは同情心があり、金のない患者の診療も受け付ける。ツケで。キナンゴ病院ではツケはきかない。金が払えなければ、薬ももらえない。 理由3:バンディカに対しては(ジョージも)ドゥルマ語で症状を訴えて理解してもらえる。 スワヒリ語では症状の微妙なニュアンスは伝えられない。
ところで、クリニカル・オフィサーであるが、実は正式な医師ではなく、2年の医療カレッジ教育のみでその職に就くことができる。キナンゴ病院には正式な医師はモンバサから週に何日か来る医師が一人いただけで、ほとんどの医療行為はこうしたクリニカル・オフィサーが行っていた。人々も彼らを普通に医者(daktari)と呼んでいた。うーん、大丈夫かなと思わないでもないが、経験豊富なので大概の病気には対処できるのかも知れない(私も何度かお世話になったが、無問題)。
(1994/03/07, Mon, kpwalukaの日誌より)
調査地滞在もあと一週間ほど。テープの書き起こしとそのチェックに今日も追われる。ノート2冊分入力(浜本注: 単1電池8本連結の電池ボックスを自作し、この年度の調査からノートパソコンを持ち込むことが可能になっていた)。もう飽きてきた。...ムリナとチャリがキナンゴに行く途中で立ち寄ってくれる。昨日の疑問点をさっそく聞くことができた。チャリはなんとキナンゴのプライベート病院(ジョージの)に行くという。病院に行くのは、muganga185になって以来初めてだという。どういう気持の変化なんだろう。ついて行きたかったが、ノートのレビューの最中なので断念。....4時ごろ、ちょうどカタナの書き起こしノートをチェックしているところに、チャリたちキナンゴから戻る。チャリは注射を打たれたと言って、やや興奮気味。前日、注射を打つむね、nyama170たちには了解をとっておいたとのこと。
霊たちが注射もいいよと言ったので、この日がチャリたちの「病院記念日」。それにしても憑依霊、了解をとっておいたというが、返事はちゃんとあったのだろうか。ともかく、それからはときおり利用するようになった。と言っても1回最低200シリング(その年1ケニア・シリングは約3円だったと思う。人々の主食となるとうもろこし粉2キロ袋が25シリングくらいだった。)は結構きつかろう。 [【閑話休題】]
というわけで、チャリたちが直面している問題状況の悪化はあきらかなのだが、内容そのものには大きな変化があったわけではなかった。大きな変化は、こうした問題を引き起こしている下手人についての想定である。問題は私がフィールドにいなかった1988年に始まっている。1990年1月23日~24日のサンブルでの祖父デレ(Dele241)のサダカに際して、チャリから聞いたその背景情報によると、上記の3問題について占いに諮問した結果、祖父デレの祖霊のせいであることがわかり、チャリは牡ヤギを供犠することを約束したとされている。占いは同様な結果を出し、屋敷に起きたさまざまな怪異もデレの仕業だとされた。こうした祖霊の督促は1990年にはいっても繰り返され、今回のサダカは、のびのびになっていたこの約束を果たすためのサダカだと説明されていた。実際には、チャリはムリナと一緒になり重病を経験するなかでデレの癒しの術を継承することになるが、その際にもヤギを約束しており、またその後もまだ存命中だったデレの娘で、チャリの母であるムワカとともにデレの墓場で、ヤギを約束したこともわかっている。ずいぶん以前からの返済がのびのびになっていた負債だったのである。
しかし1989年の「月のカヤンバ」では、施術の不調とチャリの不妊には近隣の嫉妬深い住民による妖術の疑いもほのめかされている。これに対してチャリ(=憑依霊ジンジャ導師)は答えることを拒んでいる。そもそもこの月のカヤンバは、これらの問題(とりわけ施術の不調)は、ムルングや憑依霊ドゥルマ人らだけが「外に出され」ていることに嫉妬し、自分たちに「仕事」が与えられていないことを恨んでいる他の憑依霊たちの仕業とも考えられており、それらの憑依霊、憑依霊ディゴ人やシェラやライカ(これらは1回のンゴマで同時に「外に出す(kulavya nze3)」ことができる)を「外に出す」ンゴマを12月に控えて、その実施をそれ以外の他の憑依霊たちに知らせる目的のカヤンバであった。そしてその「外に出す」ンゴマの当日には、再びチャリの不妊の件が持ち出されたが、それに対して出現していたジンジャ導師は、チャリの腹の中の子どもたちを「食べてしまっている」奴らは憑依霊ゴジャマとジネ・ツィンバであると明かしている。
この時点では祖父デレに対する負債もまだ返せておらず、チャリたちが直面している問題を引き起こしているエージェントの正体については複数の疑いがあり、いまだ確定していない。これが1989年9月~1990年1月における状況である。そして1990年1月24日のサダカで祖霊デレとの和解が成立し、問題のエージェントの候補からとりあえず外された。その後、チャリは失敗と判断された1989年12月の「外に出す」ンゴマを別の施術上の父と母のもとでやり直すも、それも失敗し、その後チャリは生死にかかわる大病を繰り返し患い、そのいずれもが妖術使いによる攻撃によるものだとされた。これまでも、その可能性が繰り返しほのめかされていた妖術が、にわかに大きな比重をしめるようになったのである。
しかし、この時点で負債を負ったままになっている祖霊がまだ二人いた。ムリナ氏の亡母、およびチャリの祖母である。決定的な一歩を踏み出す前に、少なくともムリナ氏の亡母に対する負債を返しておく必要があった。それが今回のサダカだったのである。
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tsovyaの別名とされる「内陸部のスディアニ」の絵 ↩
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。ただしドゥルマではサブロケーションより下位の単位であるラロが日々の生活では重要で、地域の長老たちによりさまざまな紛争が話し合われる最小の単位となっているので私はこのラロを引き続き「村」と呼ぶことにしている。新行政システムではかつてのサブロケーションがvillageに対応するとされているが、それとはズレた用法になる。例えば「青い芯のトウモロコシ」や「ジャコウネコの池」を私は村と呼んでいるが、それはラロであり、サブロケーションよりも下の単位(公式には存在しない単位)になる。実はその下にさらに名前のある単位があるが、それは地図にも表れない単位なので私は「地区」ととりあえず呼んでいる。 ↩
「青い芯のトウモロコシ」故マラウ氏のnyumba ya k'oma. 右から 1. Kutsonga(Nyawa Malauの曽祖父) 2. Chikoza(brother of Kutsonga)3. Mekuminga(a wife of Kutsonga)4. Jawa (tsaweye Malau マラウの祖父) 5. Menyawa (Wife of Jawa, wavyala Mwero Pereマラウの祖母の一人で父ムェロの母) 6. Bumbu (Father of Malau's mother)7. Wemulongo (a wife of Bumbu, wavyala ameye Malauマラウの母の母) ↩
子供用というわけではありません ↩
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