病気の娘を心配する母を占う

目次

  1. 概要

  2. 占いの日本語訳

  3. 考察・コメント

  4. 注釈

概要

(from diary 1989/12/19)1

8:00 再びChariのところへ。今日、kuphendula2があると言うので、先にキナンゴで買い物を済ませて9:00に再び戻る。ちょうどmburuga40が始まるところだったので録音。その後Murinaのndalani41でfyulamoyo47のkuphendulaを見る。

占いの客は中年(?)女性で、二人の青年と一人の少女とともに来訪。 ごく普通に占いが始まるが、最初の案件が終了後、「おまけ」の占いを要望。チャリはそれを拒むが、結局はヒントだけ出すということで了承。こちらの方が相談者にとって目当ての案件であったことがわかる。

この占いの中心問題は妖術であることが判明するが、前半でライカについての対処が詳細に指示されているので、憑依霊ライカに関する占いとして読むにも適している

  1. 病気で実家に戻っている婚出した娘の病気に関する占い。病気の原因は相談者自身がもっている憑依霊で、それについての一連の処方が述べられた

    対処すべき主な憑依霊

    ライカ(laika), 憑依霊ドゥルマ人他(muduruma etc.)

    行うべき施術

    屋内と戸外のキザ(chiza cha nyumbani na konze27) ンガタ(ngata22) クズザ(kuzuza) 憑依霊を分けるンゴマ(kugavya nyama)
    婚出した娘が嫁ぎ先で憑依霊に対処できるように、母親のもっている憑依霊を「分ける」ためのンゴマが必要だとされた

  2. こちらが本命の案件: 屋敷内の不和、とりわけ職を得た息子たちが何ヶ月も家に帰ってこない件。彼らがこの屋敷の主たる現金収入源なので、それがないと病気の娘の指示された治療も困難。

    対処すべき問題

    フュラモヨ(fyulamoyo47)
    相談者夫妻が結婚した当時に掛けられた妖術が再び戻ってきた、さらに新たな妖術の攻撃が加わった。

    行うべき施術

    ムズカ(muzuka10)での祈願
    妖術使いが奪いムズカに置いた犠牲者の豊穣性を取り戻す フュラモヨの妖術返し(クブェンドゥラ(kuphendula2)
    逆毛の鶏(雌雄問わず)、黒い雌鶏、白い雄鶏

占いの日本語訳

占いのドゥルマ語原文 (各パラグラフの冒頭の数字をクリックすると対応するドゥルマ語テキストに飛びます)

1211 (チャリの占いはギリアマ語で始まる)

Chari(C): さて、ご傾聴くださいと申しましょう48 クライアント(P): ムルングの。 C: (小声で)さて、祖霊(k'oma49)に祈りましょう。今、祖霊と...(聞き取れない)。あなたはキマコ(chimako58)をもっています。キマコといってもたくさんあります。二本脚のキマコ(占いの対象が人間だという意味)もあります。四本脚のキマコ(占いの対象が家畜などの動物だという意味)もあります。私は人間のキマコを与えられたわ。四本脚のキマコは与えられませんでした。 P: タイレ48よ。 C: 炉(figa59)ね。炉、女性ですね。 P: タイレよ。

1212 (ギリアマ語の単語がところどころに混じる)

Chari(C): ちょっと、私に嘘をついてるの、あんた。それとも本当?(占い mburuga に対して問うている)。その炉が、女性がね、妖術を掛けられたって驚いているんだってさ。さらに炉、女性だけど、炉にもいろいろあるのよ。自分で話ができる炉(大人の女性)と、背中に背負われている小さな炉もある。 背中に背負われている小さな炉、っていうのは赤ん坊のことでしょ。でも私は炉そのもの(成人女性)を与えられたのよ。合ってる? P: そのとおりよ。 (チャリ、占い歌を3曲立て続けに歌う) 歌1 nasirima mama 歌2 nariwa ni mbega 歌3 nichemule

1213

Chari(C): (独り言のように)いいえ、嘘よ。...(Pに向かって)ご傾聴くださいと言いましょう。 P: ムルングの。 C: 炉が、女性が、苦しんでいます。 P: そのとおりよ。 C: (人の手を借りて)起こしてもらわないといけないほど、とは申しませんよ。この頭痛について私、(占いを司る憑依霊に)教えてもらったんだけど。それとも、(頭痛は)実際にあるのかしら? P: 実際にあります。 C: 占いを打ってもらっている彼女本人は、別のところにいるのね。だって、私はあなた自身を探したんだけど、あなたは見えませんでした。私は、占いを打ってもらっている者は、今、家にいると見えたんだけど、間違いかしら? P: そのとおりです。 C: あなたの子供ね。それもあなた自身が産んだ60 P: はい。

1214

Chari(C): 少女かい? P: ここにいるあの子くらいのね。 C: じゃあ、(憑依霊によって)どうして私には一人前の女性が与えられたんだろう。 P: ああ、家には少女もいるのよ。でも、娶られていて、今戻ってきている子もいるのよ。 (チャリ、歌2 nariwa...の歌を歌う) C: だって、私、単にあなたの子供よって、与えられたのよ。その前にあなたの僚妻(夫の他の妻)を探してみたんだけど、全然、やって来ないの。 (チャリ、歌2 nariwa...の歌を歌う) C: さて、ご傾聴くださいと申しましょう。 P: ムルングの。 C: 頭痛、そして悪寒。あなたに(病人が)訴えてない? P: はい。

1215

Chari(C): このあたりの寒けと目眩い。肺についても。そのことは聞いた? P: 言ってます。 C: (小声で聞き取れない)...身体がばらばらになる。もう人じゃないくらい。 P: そのとおりです。 C: (小声で聞き取れない) P: (それについては)彼女はまだ言っていません。 C: まだ言っていないのね。でも肺については、聞いているのね。 P: ええ。 C: その寒けについても一緒にね。そしてこの心臟が破れること。 P: そこが、まさにとても病気です。 C: そして不安。心臟が不安に満たされる。 P: まさにそのとおりなのよ。

1216

Chari(C): たしかに病人ね。 P: そもそもね、あなた、まさにそこが病気なのよ。ご覧なさい、子供たちが心を痛めて、その母親(Pのこと)に、さあ(占いに)行きましょうって言ったほど。 (訪問者Pに同行してやってきた青年二人と少女が小屋の外で待っている。その少女を指して) C: 姉妹のことで悲しんだのね。そこにいる彼女、彼女も(病人の)姉妹なの? P: ええ。 C: それにしては小さいんじゃ? P: 本人が大きく育たなかっただけ、でもそれが彼女の背丈よ。ところで、問題を見てちょうだい。私がここに来たのは、問題があったから。とっても苦しんでるのよ。その問題、そちらを見てちょうだいよ。 C: 私の知ったことじゃないわ。私が彼女に妖術を掛けた張本人だとでも? P: 私が知っているとでも?もしかして妖術?私にはわかりません。 C: (「ガンダ語」を喋りだす。数分間続く)心臟が不安に満たされるのよ、あなた。 P: とってもタイレ48よ。

1217

Chari(C): (心臟が)破れる。破れると、もう背中の方までンガッ61となる。そして不安よ、あなた。果ては、他人とまったく良好な関係がもてない、全然ね。さらに、分別だってかき乱されてしまうのよ。 P: まさに彼女自身がそう言ってます。 C: 分別も全く無くなってしまう。そしてこの心臟がドッスン、ドッスン動悸をうつ(yinaphondwa)62。ときにはこの肋骨もね、ここ、ここ、脇が苦しくなる。 P: そのとおりよ。 C: そして身体が燃える(突然熱くなる)こと、彼女は言ってない? P: その身体が燃えることは、これからも言わないでしょうね。だって痛みこそ、彼女が報告することだから。身体も燃えているのかもしれません。でもまずは身体の痛み、そここそ彼女が口にすることなのです。

1218

Chari(C): さらに自分で起き上がることは、起き上がるわよね。 P: ええ。 C: 自分で歩くのは。 P: それが今は、この問題が起きてからというもの、できないのよ。というわけで、今日も病院に先に行かせたの。病院にはもう行ったのよ。 C: 身体が断ち割られること。あらゆる関節が断ち割られ、割られる。 P: どこにも良いところがないの。 C: 肺、背中の真ん中、背骨に沿ってつかまれている。腰は切り断たれている。両脚ときたら、全然思うようにならない。 P: タイレよ。 C: 両脚は断ち割られる。両脚はトゲで刺される。両脚に何かが這い回るように感じること、彼女はまだあなたに話していない? P: まだです。

1219

Chari(C): 彼女、自分を特にひどく苦しめている問題だけを話したのね。でも身体じゅう、どうしようもない。 P: すっかり、だめだめ。病院にも私がいっしょに行くつもりだったんだけど、彼女が自分から行くって言ったの。 C: 身体はどうしようもない、でもその心臟がね、その。 P: それ(心臟)こそが、まさにひどいのよ63 C: 不安、そして心臟が破れること、そして分別がぐちゃぐちゃになる。一番重い病気はこれね。もし、それ以上のことを私が言ったとしたら、私はあなたに嘘をついていることになるわ。 P: それね。 C: でもこの身体、痛むし、完全に折れ壊れる。果ては、自分で起き上がれないわと言うわね。彼女は自分で起き上がらない。さて、この身体、そしてこの心臟が細かく切れ切れになると、不安が。心は不安で満ち溢れる。知らない人たちは、彼女は気が触れるだろうって言うほどよ。

1220

P: 本人は我慢強い子なのかも知れないわ。でも昨日の夜には彼女はそんなふうに話しているの。 Chari(C): で、今は病院にいるの、ねえ? P: (病院に)行きました。でも病院じゃだめだったのよ。この病気は、いったい何なの。私もわからない。 (チャリ、歌2 nariwa...の歌を歌う。) P: 彼女は、憑依霊たち(madzinyama64)の話は、そんなに好きじゃない子なのよ。ギッとしている子(じっと黙って我慢しているような子)なのよ。これって何なのかしら。私がそれを探しに行きます(それを究明するために占いを打ちに行きます)。だって、私も参ってるんだもの。私、食事をする気にもなれないのよ。 C: なに?彼女キリスト教にでも入ったの65 P: いいえ、入信してはいませんよ。だって... C: 彼女、赤ちゃんがいるの(字義通りには「背中に子供をもっている」)? P: ええ。

1221 (チャリ、歌4 lole ananguを歌う)

Chari(C): どこにいても、彼女、やかましいのを嫌がるのね。 P: そのとおりよ。 (ムリナ氏、入ってくる) Murina(Mu): プラスチックボトル、どこに行った? C: 私は施術中なのよ。話しかけるの? Mu: ああ、続けなさい。 (チャリ、「ガンダ語」を喋り出す) C: あなた異様なことを見ることになるわ。

1222

P: どんな異様なことを見ると言うの? Chari(C): 息ができなくなるのすら見ることになるわよ。今暮らしているところでね。病院がだめとは言わないわ。だって病院には知識があるからね。こちらでは、私たちは治療します。でも身体の内側にあるものについては、私たちは知りません。でもあの人たち(病院の医師たち)は、彼らの知っているそれらのものを測って、治療し、治します。私は人が病院に行くのを禁じたりしないわ。でも、こちらもね。病院には行けます。でも彼女は、こちらに戻ってくることになるでしょうね。 P: あの子は、こちらに戻ってくることになる? C: もし私があなたにフュラモヨだよと言ったとしたら、嘘になります。妖術を掛けられる薬のせいだと言ったとしたら、それも嘘です。でも、あなた自身が彼女を殺そうとしているんですよ。そう、あなたのもっている憑依霊のせいです。 P: あの子の現状のすべてが、この私のもっている憑依霊たちのせいなの? (チャリ、歌1 nasirima mimiを歌う)

1223

Chari(C): そもそも、あなた彼女が痒くて掻きむしっているの、まだ気がついてない?ときには、とっても病気。ずっと以前から? P: いいえ。 C: 身体が痒くて掻いているの、まだ見たことない? P: 痒がっているのは、あの子の妹よ、まだ小さい。その子が突然、痒がるようになったの。夜通し痒くて眠れず、いつになったら夜が明けるんだろうって考えるほど。でも、あの子なら、まだこの問題については何も言ってません。 C: ええ、なるほど、病院にかかることは、だめとは言いませんよ。でも、私は、私のやり方でお話します。あなたに年長者の知恵をあげるわ。占い(mburuga)って、年長者の問題でしょ。 P: そうですとも。 C: 彼女にキザ(chiza27)を設置してあげて。屋内のキザ(chiza cha nyumbani)と屋外のキザ(chiza cha konze)よ。あなたもンガタ(ngata22)を結んでもらってね66。ンガタは彼女(病気の娘)にも結んであげてね。彼女、不安でいっぱいになるでしょうよ。あげくに、マジネ(majineイスラム系の魔物11)を疑うくらいに。彼女にキザを設置してあげて。ンガタも結んであげてね。

1224

Chari(C): さらに、ライカ・ムズカ(laika muzuka67)のキザも浴びる。聞いてますか? P: ええ。 C: ライカ・ムズカ、憑依霊ディゴ人(mudigo71)、イキリク(ichiliku80)。なぜなら、こいつらはもうそう遠くない(すぐそこに迫っている)。あの子が暮らすだろう場所で、不安で一杯になり、「お母さん、私死んじゃう」って言うようになるわよ。 P: 今、もうその状態だわ。昨日も、もうそうだった。心臟がもぎちぎられるって言ってた。 C: そうよ、あの子、あの子は、あなた自身が殺しているのよ。あの子といっしょに屋内のキザと戸外のキザで、唱えごとをしてもらいなさい。あなたはンガタを結んでもらう。キザにはきれいに斑点模様を施して、カンエンガヤツリ草(mikangaga116)をそこここに、布切れ(videmu122)をこんなふうにして。(搗き臼には)しっかり斑点模様を施してね。あなた、そっち(屋内のキザ)で薬液を浴びたら、二人そろってあちら(戸外のキザ)で薬液をあびます。いっしょにね。あっちで薬液を浴びて、それで終わりよ。その後で、そこには憑依霊ドゥルマ人の薬液そのものが必要とされます。あの子といっしょにね。そして煎じる薬(mihaso ya kujita)ね。 でも、もし私があなたに(妖術の)「薬(muhaso)123」話をするとすれば、私はあなたに嘘をついていることになるわ。今は、まだおしっこの出始めよ(病気が始まったばかりだということ)。でも(放置しておくと)彼女は(ほんとうの)病人になるわ。

1225

Chari(C): あなたとあの子に必要なンゴマ(ngoma124)をしっかり扇いでもらいます128。あなた方しっかり上々に扇いでもらって、憑依霊を分けて(ku-gaviwa nyama)もらわないと。わかった? P: ええ。 C: 私、(憑依霊によって)与えてもらったほんの少しのことを、あなたにお話しています。あなたそれをやってね。あなたが、私のことを(本物の)癒やし手だ、って称賛することになりますように。あなたがもし「ろくでもない。私は(他の)占いに行きます。この女(チャリのこと)は、思うに、私にいろいろ厄介なことばかり私に言うんだわ。」こんな風に言うなら、あなたはあの子をすごく発狂させてしまうことになるわ。あなたには、あの子の居場所もわからないほどにね。(夫との間にできた)子供を連れて出ていくわけではありません。あなたは子供を後に残されることになるわ。あの子、行った先で死んだりはしないでしょう。でも「私は死んじゃう」っていうあの心臟(の症状)がやって来ると、夜を徹して、昼間もずっとその状態で、あの子、お別れの言葉を言い続けるわ。だって心臟が、こんなふうで、ずっとブラブラしてるんだもの。心臟がこんな風に引っ張られ続けてるんだもの。 P: 昨日来、まさにそんな状態なのよ。

1226

Chari(C): そんなわけで、その子をあなた自身が殺しているのよ。ムルング子神(mwanamulungu)のキザを設置してもらいなさいな。ムルング子神はムァムニィカ(mwamunyika)のことよ。あなたのためにシェラ(shera81)と憑依霊ディゴ人(mudigo71)の戸外のキザも設置してもらいなさい。聞いてますか?(戸外のキザは)誰のキザ?ライカ・ムズカ(laika muzuka67)のキザ(でもあるの)よ。ライカ・ムズカとはライカ・ヌフシ(laika nuhusi68)のこと。そいつはライカ・トゥヌシ(laika tunusi87)とも言われます。そいつが喋りたいと望めば、患者は口をききます。でも、そいつが喋るのを嫌がっていれば、あなたが患者といっしょにいても、彼女は人と口をきこうとはしません。わかるでしょ。さて、あなた方そのキザ(の薬液)を浴び、あなた方(ンガタを)結んでもらいます。まずあなたは、私と握手しにいらっしゃるでしょう(患者が回復したことで喜んでお礼を言いに来る)。あの子は治りますよ。でもね、彼女が治ったら、彼女にカヤンバを打ってあげて、彼女をクズザしてもらいましょうね。 P: 彼女自身をクズザするんですか? C: 彼女自身をクズザしてもらって。あなた方、クズザをし、それを終えたら、ンゴマを打ってもらいなさいな。あなた方、あいつら憑依霊たちを分けてもらわないと。あなたのもっているあれらの憑依霊たちは、誰のもの?量り売りできないわよね。そうなると分け合うしかないのよ。分け合うしかね。たとえば薪取りに行く場合でもね、あなたの子供たちだけで、別に薪取りをするってこともある。あなたはと言うと別の場所に行って薪をとってる。あるいは子供たちが賃仕事で(町に行って)暮らしている、そこでも(あなたの憑依霊たちのせいで)その子たちが困らされるのを見ることになるでしょう。

1227 (チャリ、歌1 nasirima mimiを歌う)

Chari(C): ええ、病気よ、あなた。身体が壊されているわ、あなた。身体が痛いわ、あなた。 P: そのとおりよ。 C: もし私が彼女にはどこか腫れたところがあると言ったとしたら、嘘ですよ。 P: 一箇所としてないよ。 C: でも身体が痛くて、ただれてしまっている。 P: そのとおりよ。 C: そしてときに目が「ガアア」(gaa 視界が暗くなる)。 P: それこそ直面している問題なのよ。そしたら、あの子、どこかにつかまろうとするの、だって... C: そしてときに頭のこの辺りが痛い。 P: それもすごく痛いのよ。

1228

Chari(C): そう痛むこと痛むこと、ときには一箇所何かを搔き出すみたいに。ときには軽く悪寒も。と思うと身体が火にかけられる。その後はそいつ(その問題)は... P: すっといなくなる。 C: すでに立ち去っている。そこで、この心臟、こいつ、こいつがあなた(Pの病気の娘)をさまよい歩かせる。だって、突然、「お母さん、私死んじゃうわ」って不安でいっぱいになるんだもの。さらにあなた(相談者P)ご自身も、食事を食べなくなってしまうわね。 P: ああ。もう食事は難儀になってます。 C: ライカ・ムズカ(laika muzuka67)そのもの、それと憑依霊ディゴ人(mudigo71)、それとシェラ(shera81)ね。それに憑依霊ドゥルマ人(muduruma131)。私はあなたにたくさんの憑依霊を与えません。だって、あらゆる憑依霊が中にいるんだもの。もし私が身体の中にいる憑依霊についてあなたにお話していけば、あなたの思考を困らせてしまうことになるもの。でもあの人(憑依霊)たちについては、調えてくださいね。ライカとディゴ人とイキリク(ichiliku80)と、ドゥルマ人。今は、あいつら他のやつらは、名前をあげないでおきます。

1229

P: でもね、先日、そいつらは調えに来てもらったのよ。(キザとして)アルミの大鍋に彩色してもらってね。なのに症状が重くなったのはどうしてでしょう?調えに来てもらったのよ。老人(の施術師)で、その人が言うことには... Chari(C): で、あなた方、あの憑依霊ドゥルマ人も調えてあげたの? P: いいえ! C: あなた方ご存知ないの、ドゥルマ人はカシディ(身勝手で無礼な行為)133の持ち主なのよ、あなた方。私は妖術についてはお話しません。全くね。私はたくさんの憑依霊についても言いません。全くね。おわかり? P: ええ。 C: まあ、あとでしてもらいたいことはあるけど。何かって言うと、「飲む大皿(kombe ra kunwa)」と「浴びる大皿(kombe ra koga)」30よ。スディアニ導師(mwalimu sudiani16)と憑依霊ペンバ人(mupemba136)、どちらもあなたがもっている憑依霊よ。 P: そいつらは昔の憑依霊よ。その問題のはじまりは、ずっと以前よ。

1230

Chari(C): だって、あなた自身ときどき、この胸のあたりが破れて、血の臭いがすることがあるでしょ。さらに、もし(あなたの病気の娘に)しっかり尋ねてみたら、こんな答えが得られるかもよ。症状がおさまって、眠りたいと思っても、小さい子供みたいにビクッとして目を覚ますことがあるって。 P: まさに今もそんな感じよ。実際、あの子はそんな感じよ、とっても。 C: 私は妖術のことには触れません。さらに、このあと、もしあなたが妖術(という占い)をお求めなら、別のところに行って占いを打ってもらって、妖術だと言ってもらって、フュラモヨ(fyulamoyo47)をクブェンドゥラ(kuphendula2)してもらって、彼女にクツォザ(kutsodza)を施してもらって、彼女を発狂させればいいわよ138 P: 私は別のところには行きません。だって、まず言われたことをして、するべきことを果たして、あの子の状態が変わらないと見て、そうして初めて妖術の問題を探求しないと。 C: だって、「私死んじゃうわ」と彼女が言う場面がやって来ます。私、死んじゃうわ。屋敷の誰もが眠れません。だってあなた。誰も眠れません。憑依霊ドゥルマ人のやり口ですよ。

1231

P: この私がもっている憑依霊ドゥルマ人のせいなの? Chari(C): あなたがもっている憑依霊ドゥルマ人よ、あなた。 P: (占いの料金について尋ねる)「ウシ(ng'ombe)」139だけど、以前と同じですか? C: 昔の料金はとっくに放置されたわ。 P: で? C: 3シリングよ。 (これで占いはいったん終了なのだが、ここでクライアントの女性は、チャリにおまけの占い!を所望する) P: 私、おまけ140が欲しいんだけど。 C: 何の? P: おまけが欲しいのよ。私にちょっとおまけをくださらない? C: 何のおまけ? P: ああ、隠しはしないわ。今、私についておまけで見てほしいのよ。 C: 私はおまけの占いとかしたことがないわ。 P: 打ってちょうだいよ。今日だけ、私のために打ってちょうだい。だって荷物(気になる問題)は二つなんだもの。あなたはこの問題は済ませてくれたけど。

1232

Chari(C): まあいいわ。あなたに話してあげることがあるわ。おまけの問題なら、あなた自身でやがてわかるでしょう。あなた、唱えごとをしてもらいなさいな。あの子といっしょに、しっかり唱えごとをしてもらって、最後までね。じゃないと、あなたはその子を困難な目にあわせるだけじゃなく、ほかの子たちも困らせることになるわよ。 P: 私が他の子たちも困難な目にあわせるって? C: そうよ。 P: いったい私がどうやって?(子供の)それぞれが自分勝手に歩いていってるのに?さあ、どうやって私が困らせるっていうの? C: 好き勝手に暮らしているからなんなの?あなたの腸なのよ(あなたの子供なのよ)。たとえヨーロッパで暮らしているとしても、誰の子供なの?(どこで暮らしていようとお前の子供だ)。 P: 私の子供よ! C: あなた、子供を産んだとしたら、その子に何をして欲しい?その子に、あなたを救ってもらいたいでしょ。その子を学校に行かせて、勉強させて、勉強の終わりは何でしょう。仕事でしょ。仕事が何の助けになるでしょう?あなたの助けになるんじゃない?どうして色々な問題が失敗しちゃうのかしら?

1233

P: なんで失敗しちゃうんでしょう? Chari(C): 唱えごとをしてもらいなさいって言ったでしょ。唱えごとをしてもらうなら、子供一人の名前を挙げるだけじゃ駄目よ。ひとりひとりの子供のために、道を解きほどいてあげないと、(学校で)学んでいる子もね。だって、そいつらが癒やしの術の憑依霊なのか、何の憑依霊なのか、私にはわかりません。 P: ああ、憑依霊のことなのね... C: わかった? P: ええ、憑依霊ですね、それらは... C: 唱えごとをする人に、子供一人だけの名前を挙げさせないでね。勉強している子供のことまでも、唱えごとのなかで触れさせてね。だって学んでいる子こそ、仕事を求めている者。じゃないとあなた、仕事の場でも、価値あるものが得られないでしょうよ。 P: 毎日が皮算用ばかり。皮算用ばかり。物事がなにも好転しないのよ。

1234

Chari(C): 物事がなにも好転しない。さて、唱えごとをしてもらいなさいな。私はフュラモヨの話は一切しません。 P: 私どもは、たぶん別の問題(妖術の関与)かもしれないと話しているんです。 C: 私は薬(muhaso123)については話さないでしょう。もう言ったでしょ。私は薬については言わないだろうと。でも、あなたが唱えごとをしてもらうとしたら、全員の名前を挙げて唱えてもらってね。全員よ141。でもイスラム教徒の連中は、跳ばしてね。 P: あいつらイスラム系の憑依霊たちね。 C: まだ学校で学んでいる者たちも、すでに学校を終えた者たちも。そうね、あなたは彼らが仕事を得られるように願っている。彼らが仕事を手に入れたら、その時こそあなた方が調えてもらえるとき(憑依霊についての十分な施術を受けられるとき)。あなたにも本当の好転が訪れるわ。でもそうなるまではね。ああ、本当にたくさんの日々ね。たくさんの年月ね。あなた方自身おわかり? P: ああ、どうか続けてくださいな。続けて、そこのところを良おく見てほしいわ。あなたがご覧になっているその筋道を、ずっと進んでくださいな。

1235

P: だってあなたは、私たちが探していたその筋道を捉えていらっしゃるんですもの。病気の問題はもう終わりました。今は、(病気に劣らず)私たちを驚き当惑させているこの道を見てください。彼ら(彼女の子供たち)がすぐにでもあなたにウシ(占いの報酬)をもってきてくれますよ。全額(浜本注: といっても3シリングなのだが)。でも私はあなたが手にしている問題が欲しい。ああ、あなた、ねえ、それを見てくださいな。 Chari(C): 私としては薬液(vuo)の方がましだわ。でも屋敷のウシで、私は占いを打ったりしないわ。癒やしの術としては、最悪。でも私はあなたに手がかりはあげたわ。この先、あなた困難に見舞われるでしょう。問題は、まだ学校に通っている者にも及ぶわ。あなた、その子が前進するのを願っているのに、その子は後退させられるの。わかった? P: ええ。 C: その子は前に行きたいのに、ときに後退させられる。だから、早いうちに唱えごとしてもらいなさいな、あなた。すでに学業を終えた子も、今やいわば崖っぷち。そこを出たと思えば、もう元に戻ってる。そうよ、今、唱えごとしてもらいなさいな、この問題があなた方を悩ませないようにね。

1236

Chari(C): でもそうするまでは、あなたはただ返事(求職の結果通知)が来るのを待っているばかり。問題は解決しない。で面倒事ばかり多いだけ。でも、どうすれば?まずその後で(憑依霊に対する唱えごとをしてもらった後で)、逆毛の鶏と、黒い雌鶏と、白い雄鶏をもっておいでなさいな。わかった?あなた、来て(施術を受けるために)座らされないとね。 P: 子供たちに座らされに(施術を受けに)来させないと? C: そうね。あなたと、あなたのご主人と、あなた方の子供たちもいっしょに来て、座らされるのもいいわね。だって、(過去に)大問題を経験したんじゃ? P: 過去に? C: でも、今住んでいるその屋敷じゃないわよ。あっちの方の、大通りがいっぱいあるところで。 P: タイレ48!まさしくその問題よ。 C: そもそも、あなたと彼(彼女の夫)が、別れてしまうよう願われていたのよ。そして困窮して、人から笑い者になることを、妖術にやられることを。 P: とってもタイレよ!

1237

Chari(C): フュラモヨ(fyulamoyo47)を打たれたのね。あなたがうんざりして、去ってしまうようにと。この夫は貧乏だからといって。 P: 実は、出ていこうとしたこともありました。こんなんじゃよくならないと言って、出ていこうと。 C: まずは、これを脱いで(まとっていた布を脱いで)。子供を背負うためにね。 P: まさにそのとおりよ。 C: でも、昔のことね。 P: 昔のことよ。あの子たちはまだ生まれてなかったわ。 C: その子たち、苦しいなか生まれたのね。 P: ほんとうに。 C: 妖術をかけられたの? P: わからないわ。 C: だって、あなた薬(muhaso)と混ぜ合わされたのよ。薬は、真ん中に。薬が真ん中にくるように植え付けたのね。

1238

P: そうね。 Chari(C): そこで、あなたは「生命力・豊穣性(rupha142)」をもって行かれたのよ。布の切れ端を通して。行方不明になったでしょ、布の切れ端。 P: タイレ。メバカリの布よ、それ。無地の黒い布。あの子たちはまだ小さかったわ。 C: 私がそこにいたとでも? P: あなたはそこにはいなかったわ。 C: さて、あなたはこの世にいながら、まるでいないかのようにと望まれていたのよ(妖術使いが、彼女を生きているのか死んでいるのかわからない状態にしようとしていた)。 P: いえ、すでにそんな風にされてました。すでにそうなってました。 C: じゃあ、生活も随分大変だったでしょ。たくさん賃労働の畑仕事(vipande143)したでしょ、あなた。 P: ああ、まあそこそこにね。賃労働の畑仕事で、あの子供たちを学校に行かせましたよ。あの子らの仲間たちのところからね。このままじゃ、子供たちは教育がないままだろうとわかっていたからね。 C: そうね、あなた(妖術使いによって)苦労させられたわね。みんなで金をかき集めるしかなかったわね。だって、あの子たちこそ、ゆくゆくはあなたを埋葬してくれる者たちなんだもの。あの子たちこそ、あなたをゆくゆくは養ってくれる者たちなんだものね。

1239

Chari(C): でも、病気なのはあなたとあなたの夫よ。だって、あなたたちしたたかに射られてしまったもの。挙げ句に、あなた、私はこの人と結婚しなければよかったのにとか考えたでしょ。 P: そうよ、そうよ。 C: 彼の方でも、結婚しなければよかったと考えてた。 P: タイレ。 C: 「出てって、(住む場所を)探しに行った方がまし。私独りになるために。」 P: もう、まさにそのとおり。実際、私、そう言ったのよ。私、もういやっ、て言ったのよ。それで、そいつ(utu ura= 妖術(utsai))のためのあれこれを依頼しに行ったのね。で施術師がやって来た。ムベガさんよ。というわけでそいつ(=妖術)は消えました。私たちはそれがどこに行ったのか知らなかったけど。本当のことよ。昔のことよ。あの子たちはまだ生まれていなかったほど。 C: じゃあ、どうしてその問題が私には見えたんだろうかね。 P: それが戻ってきたからだってば。だから今も、こうしてあなたにそれを見てちょうだいって言ってるのよ。どうしてこんなことが....

1240

Chari(C): さてさて、私には異常ばかり見えるわ。さて、稼業の方も、稼ぎを求めても前に進まない。モノ(utu: ここでは富)は、後戻りするばかり。その結果、お金を手に入れたとしても、全然残らない。 P: タイレ。 C: あなたが話している稼ぎ、これについて私は見てみました。だって、それをすごく渇望していたんだから。でも望んだ額にはたまらない。でも、いいでしょう。だってあなたには子供たちがいるもの。でもどうして途中で引っかかってしまいそうなの?途中で引っかかってしまいそう。さらにはこの子供...ところであなた、すでに仕事に就いている子供がいるわよね。 P: ええ、二人。 C: 二人ね。なんと、彼らすら途中で引っかかってしまうでしょうよ。 P: ねえ、それ(子供の問題)こそ、私が求めていた(占いで見てもらいたかった)問題じゃないの。その問題こそ、私がとっても求めていた問題よ。

1241

P: いったいどうして家に顔を見せないの?以前だったらそんなことはなかった。みんな家にいつも来ていたのよ。 Chari(C): 彼らは締め出されたのよ(妖術によって)。それも昔(に仕掛けられた妖術)と新たな(に仕掛けられた妖術)やつと。 P: 混ざりあったのね。 C: うん、あなた治療してもらわないと。家全体がそんな状態になってしまいそうよ。そしてあなたと夫、あなたがた、あなた方の言い争いったら、もうこんな感じ。全然折り合いがつかないじゃない、あなた。だって、もしあなたが何か言うと、さあ、彼の方はご立腹、もう手が付けられないほど。子供が、彼のことを話題にすると、手が付けられないほど、激怒。そんなわけで、いまや子供たち誰一人として、父親にまともな分別があるとは見ていない。 P: 一人としてね。 C: (同行してきた青年たちを指して)この子たちじゃないでしょ、この子たち。それとも私は間違ってるかしら。 P: わたし、この子たちは、わざと占いに連れてきたのよ。

1242 (チャリ、相談者が連れてきた子供たちに向かって)

Chari(C): そこのあなたたち。あなたたちは、手酷く妖術にやられてるよ。あなたたちの父親が妖術にやられたんだよ。奥さんともどもにね。二人が別れるようにとね。物が不十分なようにとね。薬(muhaso123)があなたのお父さんをとらえていると、あなたもそれを引き継がざるをえないのよ(字義通りには「遺産を受け取るしかない」)。今や、あなたたちも捕らえられて、あなたたちも同じようになるようにとね。さて、彼(あなたたちの父親)にはさらなる攻撃が加えられて、すっかり覆われてしまった144。ついには、お母さんが言ったのよ。問題を見てもらいましょうよとね。でも(お父さんの方は)聞く耳をもたない。お母さんが言うと、お父さんは怒っちゃうのよ。お母さんが言うとね... P: それは、もう昔のことよ。 C: 子供たちのことに触れてこの人が話すと、彼は彼で言うには... P: それは、もう昔の話よ。この占いが10番目ってわけじゃないのよ(もっと多くの占いをすでに聞いている)。 C: 彼女は言う。彼女は言う。そうでしょ。だって彼女は心中、苦々しいんだもの。彼が子供たちのお金を使ってしまうなら、子供たちもすでに捕らえられてるってことじゃない。

1243

Chari(C): さて、あんたは言う。「あなた(夫)は、モノ(utu: トラブルの原因になっていること)、あれらの諸問題の元になったモノ、それは子供たちの分別のなさ(kutsowa akili)ってことじゃないか、内輪の問題じゃないか、と言いそうになっている。でもここには何かモノがあるはず(単に子供たちの分別のなさの問題じゃない)」って。ああ、あんた、すでに「そのモノが薬(muhaso123)だって私は言っちゃうわよ」って。 P: (子供たちの)分別のなさのせいだと、でも薬(妖術)だと言いたいわ。 C: あなたがた、焼かれているのよ。さて、キリャンゴナ(viryangona146)を手に入れなさいな。だって、これらの問題は、(大もとが)古いからね。でも全部が一斉にやって来た。 P: とっても昔の問題よ。すごく昔の。まだ私たちに子供が生まれる前よ。でも、まだ私たちに子供ができていなかった頃、私たちはモノ(utu: ここでは収入)をいっぱい手に入れていました。そこで(妖術使いが)「こいつ、最近やって来たばかりなのに、どうしてだ(なぜこんなにあっという間に豊かになったんだ)?」と。(そんな企みがあったとは)私たちは知らなかったわ。 C: あんた、あんた、これ以上の他のことは、私はあなたに言うつもりはありません。

1244

P: 私のためにあの子たちに話してあげてちょうだい。私自身は何も報告しないつもり。でもあの子たちが父親を座らせて、あの子たちにすべての問題を語らせましょう。満足するまで。あの子たちに父親に問題を説明させましょう。だって私があの子たちを連れてきたのは証人としてなんだもの。だって、私は占いで失敗はしません。私はさあ行きましょうと言って、まさにこの通り見ましたよ。それらこそが私をここに連れてきたものだったのよ。病人の問題は、終わったし、その問題が私をここに連れてきたものじゃ、なかったの。私は本当は、この問題のために来てたのよ。あの病人は、今は治療できないの。だって彼ら(外に働きに出ていて、屋敷に顔を見せなくなった息子たち)が、お金をもってきてくれる者たちなんだもの。月ごとに帰ってこない。もう3ヶ月になるわ。彼らが家にやって来るまでは、彼女は治療できないのよ。 Chari(C): (妖術使いが)その子たちを捕捉しちゃったのね。以前はまだ、しっかりと捕まえてはいなかった。でも今や、その子たちも(薬に)捕らえられたのね。 P: あの子たちが捕らえられた? C: そう、捕らえられちゃった。そいつ(妖術使い)が彼らを捕らえたのね。長老(相談者の夫)自身も捕まってます。今や、あなたの夫が今まで以上に怒りっぽくあるように、ってね。そしてあなたと、とことん仲が悪くなるように。さらに子供たちも全然寄り付かなくなるように。

1245

P: つまり屋敷全体が離散するようにと? Chari(C): 屋敷そのものが壊れてしまうようにとね。 P: そう、あなた本当に見てるわね。 C: さて、昔のがこれ。こちらには新しいのが。 P: (新たな問題も)また入り込んだの? C: おなじく入り込んでるわ。この悪い星(kanyota kabaya 運の悪さ)が。 P: その持ち込まれた悪い星って、どんな? C: そのうち、あなたにもわかるでしょうよ。私の言葉じゃありません。 P: 新しいもの、それとも昔のもの? C: もし昔のものだったら、あなたと夫にだけ影響したでしょうにね。 P: それについて彼が話さなければ、それについて話しようもないでしょうね。でもね、もしあなたがご存知なら、私にもわかるわけだけど。

1246

Chari(C): いやよ、私は争いごとの話しをするのはいや。 P: 悪口ね、でしょ。でも、彼がこの悪い星のことを話します。わたしどもにはわかりません。あなたの心のなかで選ぶんじゃないですか、あなたが。 C: さてね、それ(悪い星)が、あの子たちを塞いで、あの子たちが仕事を手に入れないようにするのよ。 P: もう一つのあれ(悪い星)、それは私の夫だけを駄目にするの? C: そいつはご主人本人を焼くね。 P: 夫本人自身を焼く? C: それは本人を焼く。というわけで、あなた方、それには施術は調えないようにね。問題は本人を焼くものだから。 P: あの主人本人を。 C: そうよ。だってそれは妖術をかけられたせいじゃないもの。 P: もって生まれたものなの?そうでしょ?もって生まれてきた運命。そう、根元(kolo: 「親」)から始まったもの。タイレよ。そう、その悪い星はベニャンジェさん(別の占いの施術師)にも見抜かれたのよ、その問題は。

1247

P: そう、ベニャンジェさん、あそこにやって来たのよ。あの上の方に住みに来たの。あのベニャンジェよ、ダワのキョウダイの。彼が同じことを言ったわ。 Chari(C): だって、人っていっしょに進みあうものよね?で、一人が仲間をリードするものになる。わかる? P: わかるわ。 C: さあ、私はヒントはあげたわ。ここまでね。 P: 一人いる。 C: 仲間をリードする人がね。 P: そこで生まれた者たちのあいだで?それとも訪問者? C: そこで生まれた人たちのあいだよ。つまりあなた方ってこと。さて、彼らがどうやって星を悪くできるの?みんな、生まれつきあなたがたなんだから。 P: そこですでに生まれている。

1248

Chari(C): 彼らに悪い星があるとしたら、それは妖術にかけられたからよ。だから治療すれば、彼は治ります。仕事を手に入れて、あなたを救う。ところで、もし彼がそこで罠に嵌ってしまったら、そうなったら普通あなたにお金は手に入る? P: お金はないです。 C: そう薬(妖術)のせいなのよ。言って施術を調えなさいな。もし調えなければ、あなた方はまた来て、私にお話しすることになるわ。さあ、施術師(候補)を頂戴な147 P: 先に、キリャンゴナ(chiryangona146)を教えてよ。 C: すでに教えたわ。逆毛の鶏、雌雄を問わず。黒い鶏、雌。白い鶏、雄よ。そして、まずムズカ(muzukani10)に行くところから始めなさいね。だって、私が言ったように、(身につける)布の切れ端が(ムズカの)洞窟に(妖術使いによって)置いて来られちゃったんだから。昔にね。もしあなたが女の子を産んだら、夫を手に入れないようにと。夫を手に入れたとしても、結婚生活に破れて、ここ(実家)に戻ってくるようにと。 P: ああ、さらに、たぶん求婚者がやって来ても、(娘の方が)すっかり、拒否してしまうようにと。

1249

Chari(C): やって来て耳当たりの良い話しをして、でも帰っていったら、二度と戻ってこない。 P: まさにそのとおりよ。 C: 求婚者が来て、心地よく語り、つまり来て男らしく振る舞ってくれますようにって。でも実際にやって来ると、笑いものにしたほうがましなほど(碌でもない男だ)。 P: タイレ。(子供たちに向かって)お前たち聞いたかい? Sons: はい。 P: もう私、泣きたいくらいだよ。 C: 泣いてはだめよ。あなた自身がそれらを辿ってきたんだから。私が言ったようにね。あなたの屋敷そのものを憎んでるのね。 P: そのとおり。 C: 逆毛の鶏、黒い雌鶏と白い雄鶏。 P: 三羽だけ? C: 三羽だけよ。

1250

Chari(C): ムズカで、まずそこで語ることから始めてね。施術師を呼びさえする以前に、ムズカに行っておかないとね。「私は今日ここにやって参りました。(私たちの豊穣性を盗んで)ここにもってきた者が女性なのか男性なのかは、私はわかりません。その者は私の成就(pato)を、私の子供たちの成就を、ここに置きに来ました148。私の稼ぎ(tsumo)全ても、そいつはここに置きました。健康(uzima つつがなきこと)も。私にはもはや健康はありません。そいつがここに置いたのです。そいつは罪人でした。私はその者が誰かは知りません。私は今日、私の力(nguvu149)を取りに参りました。そして万事が良好とわかれば、私はまた参ります。支払いに参ります。」(ムズカのなかの)フフト(fufuto150)を採って、薬液(vuo29)に入れてね。子供たちといっしょに洗ってもらいなさい。市場の塵芥、墓場の土、あなたの親族じゃない人の墓ね。だって、あなたに妖術をかけた人は、ときにこれらの墓場の土で妖術をかけるのよ。死体が金を稼ぎますか? P: いいえ。 C: さて、あなたは遠からず(ムズカに対する負債を)返すでしょう、そして語られるでしょうね。さらにあなたはもう大人です。あの子たちこそ、手酷く焼かれてしまう。だって(あなたの夫は)すぐに、俺は誰も(婚資を用意して)結婚させてやる気はないと言いそうだものね。

1251

P: ええ。もうほんの少しよ。 Chari(C): そもそも、まだ子供を結婚させたことがなかったりして。 P: いいえ、一人、妻を持っている子がいます。あっちで彼女といます。 C: ねえ、(昔は)人は父親のウシで娶ったわ。今は、父はウシを売って(その金で)子供を結婚させる。結婚させてもらえる者は、まだましだわね。 P: (息子たちに向かって)お前たち聞いたかい? Sons: 聞きました。 C: もしそういうことなら、そういうことね。だって人ってものは、仕事で自立できるのよね。袋よ。袋とはお金。そして今日び、生活はお金で成り立つ。で、こんな風に生きていて、英語を学び、ムグンディ(migundi152)の木のトゲに刺される。そして仕事は手に入らない。(手に入るのは)せいぜい、パフアダー(毒蛇の一種)を追い払う仕事くらいよ。同じようなキパンデ143賃仕事。いったい何の利益が得られるっていうの?

1252

P: ああ、なんの儲けもないわ。(教育の恩恵といえば)なにかものを忘れそうになったら、それを書き留めておきましょう(程度のこと)。 Chari(C): さあ、ムンバさんの子供は泥棒よ。ムンバの子供は泥棒よ。たとえあなたが盗みを働いてなくても、もしあなたに仕事がなければ、あなたは泥棒って言われちゃう。 P: それこそ(妖術使いが)望んでいる状態よ。 C: さてさて、あなた(指示された施術を)おやりなさいな。施術師(候補)たちをちょうだいな147。私は立ち去りたいのよ。 P: ところで、私はあなたに施術師(候補)たちを与えませんよ(施術師はもう決めています)。キリャンゴナを調達しに行きます。 C: これで本当に終わりね。 P: けっこうなことです。(子供たちに向かって)さあ、家に帰りましょう。

考察・コメント

クライアントによるおまけの要求以降を別とすると、この占いも、霊の助けを借りて行うとされるムブルガ(mburuga40)タイプの占いの典型的な流れを示している。クライアントは自分の相談内容や問題について一切自分からは明かさず、すべてを占いの施術師に言わせる。それが当たっているかどうかを、クライアントはイエスまたはノーで答える。占いは、問題が誰についてのどのような問題なのかを占い師が言い当てるところから始まり、それが屋敷に残してきた病気の既婚の娘であることを確定した後に、その病気の症状を当てるる作業に進んでいく。病状がほぼ明らかになったところで、占いの施術師は、その原因を示し、必要な施術を指示する。

この占いにおいては、激しい頭痛、悪寒、心肺の異常(これには不安に満たされる、激しい動悸、胸が締め付けられるなどのメンタルな要素も重視される)、目眩、身体中の痛みと歩行困難も付け加わる。発熱や、身体の火照り、痒みなどはクライアントに否定されている。

こうして病状が明らかになったところで、施術師は、この症状が病人の母親(クライアント当人)がもっている憑依霊によるもの、なかでもライカ、憑依霊ディゴ人、シェラ(別名イキリク)、憑依霊ドゥルマ人によるものであるとして、ライカ、ディゴ人、シェラのためのキザの設置を含む一連の施術(キザ、ンガタ22の装着、「嗅ぎ出し(kuzuza)」を処方する。母親のもつ霊が原因であるので、治療は母と娘が同時に行われるべきだとされる。さらに母と婚出した娘が別々の場所に居住していることから、母のもっている憑依霊を分けるンゴマの開催も指示している。それによって、婚出した娘は、自分の暮らす屋敷で、単独で憑依霊に対処する治療を受けることが可能になる。

占い師は、キザの設置と薬液の浴び方についても、かなり詳細な指示を与えている(指示1および指示2)。これは、憑依霊について詳しくない者でも、施術を担当する施術師(施術の担当者が占いの施術師自身である場合もあるが、多くは別の者になる)に適切な指示をあたえることができるためには、必要である。これによって、憑依霊についての知識もクライアント(憑依霊についてあまり詳しくない場合)に与えることができる。

屋内のキザがムルングに対する薬液で、戸外のキザがライカやシェラに対する薬液であること、ムルングの薬液を先に浴びて、その後戸外のキザを浴びるのだといった順序についての注意も述べられている。

この占いでは、しかし、上で指示された施術が患者に対して最近なされたばかりであることが明らかになる。そしてそれに効果がなかったと。しかしチャリは少しもあわてず、その失敗は、憑依霊ドゥルマ人に対する対処を怠ったせいだと説明する。ドゥルマ人は傲慢で、自分中心な霊であり、他の霊の施術が優先されることに我慢ができない困ったやつなのだ。ちゃんとドゥルマの薬液と煎じ薬を別個に用意し、ライカらのキザを先にやることを、聞き分けのないドゥルマ人にきちんと話して聞かせておかねばならない。占いの過程で明らかになったように、患者の女性は不安で心臟が「破れる」と、自分はもう死ぬと騒ぐという。周囲の人間は誰も眠れなくなる。チャリによると、これこそドゥルマ人のやり口なのである。

さて、通常であれば、これで占いは終了なのであるが、この占いに関しては、クライアントは「おまけ」の占いをしてくれるよう固執する。ここまでの占いで、チャリはクライアントの娘の病気を憑依霊によるものとし、妖術の可能性を繰り返し指摘していた。しかし、クライアントにとって娘の病気も事実ではあるが、より大きな問題で、この占いで見てほしかったのは、仕事をもっている二人の息子が屋敷に寄り付かなくなったことであった。

チャリはここでも、妖術フュラモヨについて語ることを拒んでいるが、やがて全開で妖術語りを展開している。明らかに初対面と思しきクライアントの家庭事情とかほとんど知らないくせに、家庭内の不和とかズバズバ当てていくのは、いかにもありがちなことだからだろうか。まあ、なんというか、こういうありがちな問題が、簡単に妖術のせいにされていくんだなぁ。妖術使いの正体探索に向かわないところが救い。

注釈


1 調査日誌。プライベートな行動記録だが、フィールドノートから漏れている情報が混じっているので、後で記憶をたどり直すのに便利。調査に関わる部分の抜粋をウェブ上に上げることにした。記載内容に手を加えない方針なので、当時使用していた不適切な訳語などもそのまま用いている。例えば「呪医(muganga)」、「呪薬(muhaso)」。「呪」はないだろう。現在は「施術師、癒やし手、治療師」などを用いている。記述内容に著しい間違いがある場合には、注で訂正する。日記中のドゥルマ語の単語は、訳さずドゥルマ語のままとし、注をつけることにする。またいくつかの地名については、特定を避ける必要からその地名を字義通りの日本語に訳したものに置き換える。例えば Moyeniは「皆さん休憩してください」村といった具合に。人名は身近な人々についてはそのまま、他の人々については問題ありそうな場合は省略形(イニシャルのみとか)に変更。
2 ク・ブェンドゥラ(ku-phendula)は「裏返す、ひっくり返す」の意味の動詞。「薬」muhasoによる妖術の治療法の最も一般的なやり方。基本的には、妖術の施術師(muganga wa utsai)は、妖術使いが用いたのと同じ「薬」をもちいて、その「薬」に対して自らの命令で施術師(治療師)が与えた攻撃命令を上書きしてやる、というものである。具体的には、妖術使いが薬(muhaso)を用いて道などに罠を仕掛け、そこを通ったターゲットを罠でとらえ妖術をかけるように、施術師は同じ薬で地面の上に目に見えるように罠を描き、患者にそれをまたがせ(あるいは踏ませ)、その罠の上に座らせ、患者を再び薬の罠に捕らえさせたうえで、その患者を周回しつつ薬に患者を解き放つよう上書き命令を下すというやり方である。詳しくは〔浜本 2014, chap.4〕を参照のこと。他にも、さまざまなやり方が、妖術の異なる種類に応じて、存在する。ニューニ(nyuni3)の治療においてもこの言葉が用いられることがある。
3 ニューニ(nyuni)。「キツツキ」。道を進んでいるとき、この鳥が前後左右のどちらで鳴くかによって、その旅の吉凶を占う。ここから吉凶全般をnyuniという言葉で表現する。(行く手で鳴く場合;nyuni wa kumakpwa 驚きあきれることがある、右手で鳴く場合;nyuni wa nguvu 食事には困らない、左手で鳴く場合;nyuni wa kureja 交渉が成功し幸運を手に入れる、後で鳴く場合;nyuni wa kusagala 遅延や引き止められる、nyuni が屋敷内で鳴けば来客がある徴)。またnyuniは「上の霊 nyama wa dzulu4」と総称される鳥の憑依霊、およびそれが引き起こす子供の引きつけを含む様々な病気の総称(ukongo wa nyuni)としても用いられる。(nyuniの病気には多くの種類がある。施術師によってその分類は異なるが、例えば nyuni wa joka:子供は泣いてばかり、wa nyagu(別名 mwasaga, wa chiraphai):手脚を痙攣させる、その他wa zuni、wa chilui、wa nyaa、wa kudusa、wa chidundumo、wa mwaha、wa kpwambalu、wa chifuro、wa kamasi、wa chip'ala、wa kajura、wa kabarale、wa kakpwang'aなど。これらの「上の霊」のなかには母親に憑いて、生まれてくる子供を殺してしまうものもおり、それらは危険な「除霊」(kukokomola)の対象となる。
4 ニャマ・ワ・ズル(nyama wa dzulu, pl. nyama a dzulu)。「上の動物、上の憑依霊」。ニューニ(nyuni、直訳するとキツツキ3)と総称される、主として鳥の憑依霊だが、ニューニという言葉は乳幼児や、この病気を持つ子どもの母の前で発すると、子供に発作を引き起こすとされ、忌み言葉になっている。したがってニューニという言葉の代わりに婉曲的にニャマ・ワ・ズルと言う言葉を用いるという。多くの種類がいるが、この病気は憑依霊の病気を治療する施術師とは別のカテゴリーの施術師が治療する。時間があれば別項目を立てて、詳しく紹介するかもしれない。ニャマ・ワ・ズル「上の憑依霊」のあるものは、女性に憑く場合があるが、その場合も、霊は女性をではなく彼女の子供を病気にする。病気になった子供だけでなく、その母親も治療される必要がある。しばしば女性に憑いた「上の霊」はその女性の子供を立て続けに殺してしまうことがあり、その場合は除霊(kukokomola5)の対象となる。
5 ク・ココモラ(ku-kokomola)。「除霊する」。憑依霊を2つに分けて、「身体の憑依霊 nyama wa mwirini6」と「除去の憑依霊 nyama wa kuusa78と呼ぶ呼び方がある。ある種の憑依霊たちは、女性に憑いて彼女を不妊にしたり、生まれてくる子供をすべて殺してしまったりするものがある。こうした霊はときに除霊によって取り除く必要がある。ペポムルメ(p'ep'o mulume15)、カドゥメ(kadume31)、マウィヤ人(Mawiya32)、ドゥングマレ(dungumale35)、ジネ・ムァンガ(jine mwanga36)、トゥヌシ(tunusi37)、ツォビャ(tsovya39)、ゴジャマ(gojama34)などが代表例。しかし除霊は必ずなされるものではない。護符pinguやmapandeで危害を防ぐことも可能である。「上の霊 nyama wa dzulu4」あるいはニューニ(nyuni「キツツキ」3)と呼ばれるグループの霊は、子供にひきつけをおこさせる危険な霊だが、これは一般の憑依霊とは別個の取り扱いを受ける。これも除霊の主たる対象となる。動詞ク・シンディカ(ku-sindika「(戸などを)閉ざす、閉める、閉め出す」)、ク・ウサ(ku-usa「除去する」)、ク・シサ(ku-sisa「(客などを)送っていく、見送る、送り出す(帰り道の途中まで同行して)、殺す」)も同じ除霊を指すのに用いられる。スワヒリ語のku-chomoa(「引き抜く」「引き出す」)から来た動詞 ku-chomowa も、ドゥルマでは「除霊する」の意味で用いられる。ku-chomowaは一つの霊について用いるのに対して、ku-kokomolaは数多くの霊に対してそれらを次々取除く治療を指すと、その違いを説明する人もいる。
6 ニャマ・ワ・ムウィリニ(nyama wa mwirini, pl. nyama a mwirini)「身体の憑依霊」。除霊(kukokomola5)の対象となるニャマ・ワ・クウサ(nyama wa kuusa, pl. nyama a kuusa)「除去の憑依霊」との対照で、その他の通常の憑依霊を「身体の憑依霊」と呼ぶ分類がある。通常の憑依霊は、自分たちの要求をかなえてもらうために人に憑いて、その人を病気にする。施術師がその霊と交渉し、要求を聞き出し、それを叶えることによって病気は治る。憑依霊の要求に応じて、宿主は憑依霊のお気に入りの布を身に着けたり、徹夜の踊りの会で踊りを開いてもらう。憑依霊は宿主の身体を借りて踊り、踊りを楽しむ。こうした関係に入ると、憑依霊を宿主から切り離すことは不可能となる。これが「身体の憑依霊」である。こうした霊を除霊することは極めて危険で困難であり、事実上不可能と考えられている。
7 ニャマ・ワ・クウサ(nyama wa kuusa, pl. nyama a kuusa8)。「除去の憑依霊」。憑依霊のなかのあるものは、女性に憑いてその女性を不妊にしたり、その女性が生む子供を殺してしまったりする。その場合には女性からその憑依霊を除霊する(kukokomola5)必要がある。これはかなり危険な作業だとされている。イスラム系の霊のあるものたち(とりわけジネと呼ばれる霊たち11)は、イスラム系の妖術使いによって攻撃目的で送りこまれる場合があり、イスラム系の施術師による除霊を必要とする。妖術によって送りつけられた霊は、「妖術の霊(nyama wa utsai)」あるいは「薬の霊(nyama wa muhaso)」などの言い方で呼ばれることもある。ジネ以外のイスラム系の憑依霊(nyama wa chidzomba14)も、ときに女性を不妊にしたり、その子供を殺したりするので、その場合には除霊の対象になる。ニャマ・ワ・ズル(nyama wa dzulu, pl.nyama a dzulu4)「上の霊」あるいはニューニ(nyuni3)と呼ばれる多くは鳥の憑依霊たちは、幼児にヒキツケを引き起こしたりすることで知られており、憑依霊の施術師とは別に専門の施術師がいて、彼らの治療の対象であるが、ときには成人の女性に憑いて、彼女の生む子供を立て続けに殺してしまうので、除霊の対象になる。内陸系の霊のなかにも、女性に憑いて同様な危害を及ぼすものがあり、その場合には除霊の対象になる。こうした形で、除霊の対象にならない憑依霊たちは、自分たちの宿主との間に一生続く関係を構築する。要求がかなえられないと宿主を病気にするが、友好的な関係が維持できれば、宿主にさまざまな恩恵を与えてくれる場合もある。これらの大多数の霊は「除去の憑依霊」との対照でニャマ・ワ・ムウィリニ(nyama wa mwirini, pl. nyama a mwirini6)「身体の憑依霊」と呼ばれている。
8 クウサ(ku-usa)。「除去する、取り除く」を意味する動詞。転じて、負っている負債や義務を「返す」、儀礼や催しを「執り行う」などの意味にも用いられる。例えば祖先に対する供犠(sadaka)をおこなうことは ku-usa sadaka、婚礼(harusi)を執り行うも ku-usa harusiなどと言う。クウサ・ムズカ(muzuka)あるいはミジム(mizimu)とは、ムズカに祈願して願いがかなったら云々の物を供犠します、などと約束していた場合、成願時にその約束を果たす(ムズカに「支払いをする(ku-ripha muzuka)」ともいう)ことであったり、妖術使いがムズカに悪しき祈願を行ったために不幸に陥った者が、それを逆転させる措置(たとえば「汚れを取り戻す」9など)を行うことなどを意味する。
9 ノンゴ(nongo)。「汚れ」を意味する名詞だが、象徴的な意味ももつ。ノンゴの妖術 utsai wa nongo というと、犠牲者の持ち物の一部や毛髪などを盗んでムズカ10などに隠す行為で、それによって犠牲者は、「この世にいるようで、この世にいないような状態(dza u mumo na dza kumo)」になり、何事もうまくいかなくなる。身体的不調のみならずさまざまな企ての失敗なども引き起こす。治療のためには「ノンゴを戻す(ku-udza nongo)」必要がある。「悪いノンゴ(nongo mbii)」をもつとは、人々から人気がなくなること、何か話しても誰にも聞いてもらえないことなどで、人気があることは「良いノンゴ(nongo mbidzo)」をもっていると言われる。悪いノンゴ、良いノンゴの代わりに「悪い臭い(kungu mbii)」「良い臭い(kungu mbidzo)」と言う言い方もある。
10 ムズカ(muzuka)。特別な木の洞や、洞窟で霊の棲み処とされる場所。また、そこに棲む霊の名前。ムズカではさまざまな祈願が行われる。地域の長老たちによって降雨祈願が行われるムルングのムズカと呼ばれる場所と、さまざまな霊(とりわけイスラム系の霊)の棲み処で個人が祈願を行うムズカがある。後者は祈願をおこないそれが実現すると必ず「支払い」をせねばならない。さもないと災が自分に降りかかる。妖術使いはしばしば犠牲者の「汚れ9」をムズカに置くことによって攻撃する(「汚れを奪う」妖術)という。「汚れを戻す」治療が必要になる。
11 マジネ(majine)はジネ(jine)の複数形。イスラム系の妖術。イスラムの導師に依頼して掛けてもらうという。コーランの章句を書いた紙を空中に投げ上げるとそれが魔物jineに変化して命令通り犠牲者を襲うなどとされ、人(妖術使い)に使役される存在である。自らのイニシアティヴで人に憑依する憑依霊のジネ(jine)と、一応区別されているが、あいまい。フィンゴ(fingo12)のような屋敷や作物を妖術使いから守るために設置される埋設呪物も、供犠を怠ればジネに変化して人を襲い始めるなどと言われる。
12 フィンゴ(fingo, pl.mafingo)。私は「埋設薬」という翻訳を当てている。(1)妖術使いが、犠牲者の屋敷や畑を攻撃する目的で、地中に埋設する薬(muhaso13)。(2)妖術使いの攻撃から屋敷を守るために屋敷のどこかに埋設する薬。いずれの場合も、さまざまな物(例えば妖術の場合だと、犠牲者から奪った衣服の切れ端や毛髪など)をビンやアフリカマイマイの殻、ココヤシの実の核などに詰めて埋める。一旦埋設されたフィンゴは極めて強力で、ただ掘り出して捨てるといったことはできない。妖術使いが仕掛けたものだと、そもそもどこに埋められているかもわからない。それを探し出して引き抜く(ku-ng'ola mafingo)ことを専門にしている施術師がいる。詳しくは〔浜本満,2014,『信念の呪縛:ケニア海岸地方ドゥルマ社会における妖術の民族誌』九州大学出版会、pp.168-180〕。妖術使いが仕掛けたフィンゴだけが危険な訳では無い。屋敷を守る目的のフィンゴも同様に屋敷の人びとに危害を加えうる。フィンゴは定期的な供犠(鶏程度だが)を要求する。それを怠ると人々を襲い始めるのだという。そうでない場合も、例えば祖父の代の誰かがどこかに仕掛けたフィンゴが、忘れ去られて魔物(jine11)に姿を変えてしまうなどということもある。この場合も、占いでそれがわかるとフィンゴ抜きの施術を施さねばならない。
13 ムハソ muhaso (pl. mihaso)「薬」、とりわけ、土器片などの上で焦がし、その後すりつぶして黒い粉末にしたものを指す。妖術(utsai)に用いられるムハソは、瓢箪などの中に保管され、妖術使い(および妖術に対抗する施術師)が唱えごとで命令することによって、さまざまな目的に使役できる。治療などの目的で、身体に直接摂取させる場合もある。それには、muhaso wa kusaka 皮膚に塗ったり刷り込んだりする薬と、muhaso wa kunwa 飲み薬とがある。muhi(草木)と同義で用いられる場合もある。10cmほどの長さに切りそろえた根や幹を棒状に縦割りにしたものを束ね、煎じて飲む muhi wa(pl. mihi ya) kunwa(or kujita)も、muhaso wa(pl. mihaso ya) kunwa(or kujita) として言及されることもある。このように文脈に応じてさまざまであるが、妖術(utsai)のほとんどはなんらかのムハソをもちいることから、単にムハソと言うだけで妖術を意味する用法もある。
14 ニャマ・ワ・キゾンバ(nyama wa chidzomba, pl. nyama a chidzomba)。「イスラム系の憑依霊」。イスラム系の霊は「海岸の霊 nyama wa pwani」とも呼ばれる。イスラム系の霊たちに共通するのは、清潔好き、綺麗好きということで、ドゥルマの人々の「不潔な」生活を嫌っている。とりわけおしっこ(mikojo、これには「尿」と「精液」が含まれる)を嫌うので、赤ん坊を抱く母親がその衣服に排尿されるのを嫌い、母親を病気にしたり子供を病気にし、殺してしまったりもする。イスラム系の霊の一部には夜女性が寝ている間に彼女と性交をもとうとする霊がいる。男霊(p'ep'o mulume15)の別名をもつ男性のスディアニ導師(mwalimu sudiani16)がその代表例であり、女性に憑いて彼女を不妊にしたり(夫の精液を嫌って排除するので、子供が生まれない)、生まれてくる子供を全て殺してしまったり(その尿を嫌って)するので、最後の手段として危険な除霊(kukokomola)の対象とされることもある。イスラム系の霊は一般に獰猛(musiru)で怒りっぽい。内陸部の霊が好む草木(muhi)や、それを炒って黒い粉にした薬(muhaso)を嫌うので、内陸部の霊に対する治療を行う際には、患者にイスラム系の霊が憑いている場合には、このことについての許しを前もって得ていなければならない。イスラム系の霊に対する治療は、薔薇水や香水による沐浴が欠かせない。このようにきわめて厄介な霊ではあるのだが、その要求をかなえて彼らに気に入られると、彼らは自分が憑いている人に富をもたらすとも考えられている。
15 ペーポームルメ(p'ep'o mulume)。ムルメ(mulume)は「男性」を意味する名詞。男性のスディアニ Sudiani、カドゥメ Kadumeの別名とも。女性がこの霊にとり憑かれていると,彼女はしばしば美しい男と性交している夢を見る。そして実際の夫が彼女との性交を求めても,彼女は拒んでしまうようになるかもしれない。夫の方でも勃起しなくなってしまうかもしれない。女性の月経が終ったとき、もし夫がぐずぐずしていると,夫の代りにペポムルメの方が彼女と先に始めてしまうと、たとえ夫がいくら性交しようとも彼女が妊娠することはない。施術師による治療を受けてようやく、彼女は妊娠するようになる。その治療が功を奏さない場合には、最終的に除霊(ku-kokomola5)もありうる。逆に女性のスディアニもいて、こちらは夢の中で男性を誘惑し、不能にする。
16 スディアニ(sudiani)。スーダン人だと説明する人もいるが、ザンジバルの憑依を研究したLarsenは、スビアーニ(subiani)と呼ばれる霊について簡単に報告している。それはアラブの霊ruhaniの一種ではあるが、他のruhaniとは若干性格を異にしているらしい(Larsen 2008:78)。もちろんスーダンとの結びつきには言及されていない。スディアニには男女がいる。厳格なイスラム教徒で綺麗好き。女性のスディアニは男性と夢の中で性関係をもち、男のスディアニは女性と夢の中で性関係をもつ。同じふるまいをする憑依霊にペポムルメ(p'ep'o mulume, mulume=男)がいるが、これは男のスディアニの別名だとされている。いずれの場合も子供が生まれなくなるため、除霊(ku-kokomola)してしまうこともある(DB 214)。スディアニの典型的な症状は、発狂(kpwayuka)して、水、とりわけ海に飛び込む。治療は「海岸の草木muhi wa pwani」17による鍋(nyungu26)と、飲む大皿と浴びる大皿(kombe30)。白いローブ(zurungi,kanzu)と白いターバン、中に指輪を入れた護符(pingu23)。
17 ムヒ(muhi、複数形は mihi)。植物一般を指す言葉だが、憑依霊の文脈では、治療に用いる草木を指す。憑依霊の治療においては霊ごとに異なる草木の組み合わせがあるが、大きく分けてイスラム系の憑依霊に対する「海岸部の草木」(mihi ya pwani(pl.)/ muhi wa pwani(sing.))、内陸部の憑依霊に対する「内陸部の草木」(mihi ya bara(pl.)/muhi wa bara(sing.))に大別される。冷やしの施術や、妖術の施術18においても固有の草木が用いられる。muhiはさまざまな形で用いられる。搗き砕いて香料(mavumba19)の成分に、根や木部は切り彫ってパンデ(pande20)に、根や枝は煎じて飲み薬(muhi wa kunwa, muhi wa kujita)に、葉は水の中で揉んで薬液(vuo)に、また鍋の中で煮て蒸気を浴びる鍋(nyungu26)治療に、土器片の上で炒ってすりつぶし黒い粉状の薬(muhaso, mureya)に、など。ミヒニ(mihini)は字義通りには「木々の場所(に、で)」だが、施術の文脈では、施術に必要な草木を集める作業を指す。
18 ウガンガ(uganga)。癒やしの術、治療術、施術などという訳語を当てている。病気やその他の災に対処する技術。さまざまな種類の術があるが、大別すると3つに分けられる。(1)冷やしの施術(uganga wa kuphoza): 安心安全に生を営んでいくうえで従わねばならないさまざまなやり方・きまり(人々はドゥルマのやり方chidurumaと呼ぶ)を犯した結果生じる秩序の乱れや災厄、あるいは外的な事故がもたらす秩序の乱れを「冷やし」修正する術。(2)薬の施術(uganga wa muhaso): 妖術使い(さまざまな薬を使役して他人に不幸や危害をもたらす者)によって引き起こされた病気や災厄に対処する、妖術使い同様に薬の使役に通暁した専門家たちが提供する術。(3)憑依霊の施術(uganga wa nyama): 憑依霊によって引き起こされるさまざまな病気に対処し、憑依霊と交渉し患者と憑依霊の関係を取り持ち、再構築し、安定させる癒やしの術。
19 マヴンバ(mavumba)。「香料」。憑依霊の種類ごとに異なる。乾燥した草木や樹皮、根を搗き砕いて細かくした、あるいは粉状にしたもの。イスラム系の霊に用いられるものは、スパイスショップでピラウ・ミックスとして購入可能な香辛料ミックス。
20 パンデ(pande, pl.mapande)。草木の幹、枝、根などを削って作る護符21。穴を開けてそこに紐を通し、それで手首、腰、足首など付ける箇所に結びつける。
21 「護符」。憑依霊の施術師が、憑依霊によってトラブルに見舞われている人に、処方するもので、患者がそれを身につけていることで、苦しみから解放されるもの。あるいはそれを予防することができるもの。ンガタ(ngata22)、パンデ(pande20)、ピング(pingu23)、ヒリジ(hirizi24)、ヒンジマ(hinzima25)など、さまざまな種類がある。ピング(pingu)で全部を指していることもある。憑依霊ごとに(あるいは憑依霊のグループごとに)固有のものがある。勘違いしやすいのは、それを例えば憑依霊除けのお守りのようなものと考えてしまうことである。施術師たちは、これらを憑依霊に対して差し出される椅子(chihi)だと呼ぶ。憑依霊は、自分たちが気に入った者のところにやって来るのだが、椅子がないと、その者の身体の各部にそのまま腰を下ろしてしまう。すると患者は身体的苦痛その他に苦しむことになる。そこで椅子を用意しておいてやれば、やってきた憑依霊はその椅子に座るので、患者が苦しむことはなくなる、という理屈なのである。「護符」という訳語は、それゆえあまり適切ではないのだが、それに代わる適当な言葉がないので、とりあえず使い続けることにするが、霊を寄せ付けないためのお守りのようなものと勘違いしないように。
22 ンガタ(ngata)。護符21の一種。布製の長方形の袋状で、中に薬(muhaso),香料(mavumba),小さな紙に描いた憑依霊の絵などが入れてあり、紐で腕などに巻くもの、あるいはライカのンガタが代表的であるが、帯状の布のなかに薬などを入れてひねって包み、そのまま腕などに巻くものなど、さまざまなものがある。
23 ピング(pingu)。薬(muhaso:さまざまな草木由来の粉)を布などで包み、それを糸でぐるぐる巻きに球状に縫い固めた護符21の一種。厳密にはそうなのだが、護符の類をすべてピングと呼ぶ使い方も広く見られる。
24 ヒリジ(hirizi, pl.hirizi)。スワヒリ語では、コーランの章句を書いて作った護符を指す。革で作られた四角く縫い合わされた小さな袋状の護符で、コーランの章句が書かれた紙などが折りたたまれて封入されている。紐が通してあり、首などから掛ける。ドゥルマでも同じ使い方もされるが、イスラムの施術師が作るものにはヒンジマ(hinzima25)という言葉があり、ヒリジは、ドゥルマでは非イスラムの施術師によるピングなどの護符を含むような使い方も普通にされている。
25 ヒンジマ(hinzima, pl. hinzima)。革で作られた四角く縫い合わされた小さな袋状の護符で、コーランの章句が書かれた紙などが折りたたまれて封入されている。紐が通してあり、首などから掛ける。イスラム教の施術師によって作られる。スワヒリ語のヒリジ(hirizi)に当たるが、ドゥルマではヒリジ(hirizi24)という語は、非イスラムの施術師が作る護符(pinguなど)も含む使い方をされている。イスラムの施術師によって作られるものを特に指すのがヒンジマである。
26 ニュング(nyungu)。nyunguとは土器製の壺のような形をした鍋で、かつては煮炊きに用いられていた。このnyunguに草木(mihi)その他を詰め、火にかけて沸騰させ、この鍋を脚の間において座り、すっぽり大きな布で頭から覆い、鍋の蒸気を浴びる(kudzifukiza; kochwa)。それが終わると、キザchiza27、あるいはziya(池)のなかの薬液(vuo)を浴びる(koga)。憑依霊治療の一環の一種のサウナ的蒸気浴び治療であるが、患者に対してなされる治療というよりも、患者に憑いている霊に対して提供されるサービスだという側面が強い。https://www.mihamamoto.com/research/mijikenda/durumatxt/pot-treatment.htmlを参照のこと
27 キザ(chiza)。憑依霊のための草木(muhi主に葉)を細かくちぎり、水の中で揉みしだいたもの(vuo=薬液)を容器に入れたもの。患者はそれをすすったり浴びたりする。憑依霊による病気の治療の一環。室内に置くものは小屋のキザ(chiza cha nyumbani)、屋外に置くものは外のキザ(chiza cha konze)と呼ばれる。容器としては取っ手のないアルミの鍋(sfuria)が用いられることも多いが、外のキザには搗き臼(chinu)が用いられることが普通である。屋外に置かれたものは「池」(ziya28)とも呼ばれる。しばしば鍋治療(nyungu26)とセットで設置される。
28 ジヤ(ziya, pl.maziya)。「池、湖」。川(muho)、洞窟(pangani)とともに、ライカ(laika)、キツィンバカジ(chitsimbakazi),シェラ(shera)などの憑依霊の棲み処とされている。またこれらの憑依霊に対する薬液(vuo29)が入った搗き臼(chinu)や料理鍋(sufuria)もジヤと呼ばれることがある(より一般的にはキザ(chiza27)と呼ばれるが)。
29 ヴオ(vuo, pl. mavuo)。「薬液」、さまざまな草木の葉を水の中で揉みしだいた液体。すすったり、phungo(葉のついた小枝の束)を浸して雫を患者にふりかけたり、それで患者を洗ったり、患者がそれをすくって浴びたり、といった形で用いる。
30 コンベ(kombe)は「大皿」を意味するスワヒリ語。kombe はドゥルマではイスラム系の憑依霊の治療のひとつである。陶器、磁器の大皿にサフランをローズウォーターで溶いたもので字や絵を描く。描かれるのは「コーランの章句」だとされるアラビア文字風のなにか、モスクや月や星の絵などである。描き終わると、それはローズウォーターで洗われ、瓶に詰められる。一つは甘いバラシロップ(Sharbat Roseという商品名で売られているもの)を加えて、少しずつ水で薄めて飲む。これが「飲む大皿 kombe ra kunwa」である。もうひとつはバケツの水に加えて、それで沐浴する。これが「浴びる大皿 kombe ra koga」である。文字や図像を飲み、浴びることに病気治療の効果があると考えられているようだ。
31 カドゥメ(kadume)は、ペポムルメ(p'ep'o mulume)、ツォビャ(tsovya)などと同様の振る舞いをする憑依霊。共通するふるまいは、女性に憑依して夜夢の中にやってきて、女性を組み敷き性関係をもつ。女性は夫との性関係が不可能になったり、拒んだりするようになりうる。その結果子供ができない。こうした点で、三者はそれぞれの別名であるとされることもある。護符(ngata)が最初の対処であるが、カドゥメとツォーヴャは、取り憑いた女性の子供を突然捕らえて病気にしたり殺してしまうことがあり、ペポムルメ以上に、除霊(kukokomola)が必要となる。
32 マウィヤ(Mawiya)。民族名の憑依霊、マウィヤ人(Mawia)。モザンビーク北部からタンザニアにかけての海岸部に居住する諸民族のひとつ。同じ地域にマコンデ人(makonde33)もいるが、憑依霊の世界ではしばしばマウィヤはマコンデの別名だとも主張される。ともに人肉を食う習慣があると主張されている(もちデマ)。女性が憑依されると、彼女の子供を殺してしまう(子供を産んでも「血を飲まれてしまって」育たない)。症状は別の憑依霊ゴジャマ(gojama34)と同様で、母乳を水にしてしまい、子供が飲むと嘔吐、下痢、腹部膨満を引き起こす。女性にとっては危険な霊なので、除霊(ku-kokomola)に訴えることもある。
33 マコンデ(makonde)。民族名の憑依霊、マコンデ人(makonde)。別名マウィヤ人(mawiya)。モザンビーク北部からタンザニアにかけての海岸部に居住する諸民族のひとつで、マウィヤも同じグループに属する。人肉食の習慣があると噂されている(デマ)。女性に憑依して彼女の産む子供を殺してしまうので、除霊(ku-kokomola)の対象とされることもある。
34 ゴジャマ(gojama)。憑依霊の一種、ときにゴジャマ導師(mwalimu gojama)とも語られ、イスラム系とみなされることもある。狩猟採集民の憑依霊ムリャングロ(Muryangulo/pl.Aryangulo)と同一だという説もある。ひとつ目の半人半獣の怪物で尾をもつ。ブッシュの中で人の名前を呼び、うっかり応えると食べられるという。ブッシュで追いかけられたときには、葉っぱを撒き散らすと良い。ゴジャマはそれを見ると数え始めるので、その隙に逃げれば良いという。憑依されると、人を食べたくなり、カヤンバではしばしば斧をかついで踊る。憑依された人は、人の血を飲むと言われる。彼(彼女)に見つめられるとそれだけで見つめられた人の血はなくなってしまう。カヤンバでも、血を飲みたいと言って子供を追いかけ回す。また人肉を食べたがるが、カヤンバの席で前もって羊の肉があれば、それを与えると静かになる。ゴジャマをもつ者は、普段の状況でも食べ物の好みがかわり、蜂蜜を好むようになる。また尿に血や膿が混じる症状を呈することがある。さらにゴジャマをもつ女性は子供がもてなくなる(kaika ana)かもしれない。妊娠しても流産を繰り返す。その場合には、雄羊(ng'onzi t'urume)の供犠でその血を用いて除霊(kukokomola5)できる。雄羊の毛を縫い込んだ護符(pingu)を女性の胸のところにつけ、女性に雄羊の尾を食べさせる。
35 ドゥングマレ(dungumale)。母親に憑いて子供を捕らえる憑依霊。症状:発熱mwiri moho。子供泣き止まない。嘔吐、下痢。nyama wa kuusa(除霊ku-kokomola5の対象になる)8。黒いヤギmbuzi nyiru。ヤギを繋いでおくためのロープ。除霊の際には、患者はそのロープを持って走り出て、屋敷の外で倒れる。ドゥングマレの草木: mudungumale=muyama
36 ジネ・ムァンガ(jine mwanga)。イスラム系の憑依霊ジネの一種。別名にソロタニ・ムァンガ(ムァンガ・サルタン(sorotani mwanga))とも。ドゥルマ語では動詞クァンガ(kpwanga, ku-anga)は、「(裸で)妖術をかける、襲いかかる」の意味。スワヒリ語にもク・アンガ(ku-anga)には「妖術をかける」の意味もあるが、かなり多義的で「空中に浮遊する」とか「計算する、数える」などの意味もある。形容詞では「明るい、ギラギラする、輝く」などの意味。昼夜問わず夢の中に現れて(kukpwangira usiku na mutsana)、組み付いて喉を絞める。症状:吐血。女性に憑依すると子どもの出産を妨げる。ngataを処方して、出産後に除霊 ku-kokomolaする。
37 トゥヌシ(tunusi)。ヴィトゥヌシ(vitunusi)とも。憑依霊の一種。別名トゥヌシ・ムァンガ(tunusi mwanga)。イスラム系の憑依霊ジネ(jine11)の一種という説と、ニューニ(nyuni3)の仲間だという説がある。女性がトゥヌシをもっていると、彼女に小さい子供がいれば、その子供が捕らえられる。ひきつけの症状。白目を剥き、手足を痙攣させる。女性自身が苦しむことはない。この症状(捕らえ方(magbwiri))は、同じムァンガが付いたイスラム系の憑依霊、ジネ・ムァンガ38らとはかなり異なっているので同一視はできない。除霊(kukokomola5)の対象であるが、水の中で行われるのが特徴。
38 ムァンガ(mwanga)。憑依霊の名前。「ムァンガ導師 mwalimu mwanga」「アラブ人ムァンガ mwarabu mwanga」「ジネ・ムァンガ jine mwanga」あるいは単に「ムァンガ mwanga」と呼ばれる。「スルタン(sorotani)」、「スルタン・ムァンガ」も同じ憑依霊か。イスラム系の憑依霊。昼夜を問わず、夢の中に現れて人を組み敷き、喉を絞める。主症状は吐血。子供の出産を妨げるので、女性にとっては極めて危険。妊娠中は除霊できないので、護符(ngata)を処方して出産後に除霊を行う。また別に、全裸になって夜中に屋敷に忍び込み妖術をかける妖術使いもムァンガ mwangaと呼ばれる。kpwanga(=ku-anga)、「妖術をかける」(薬などの手段に訴えずに、上述のような以上な行動によって)を意味する動詞(スワヒリ語)より。これらのイスラム系の憑依霊が人を襲う仕方も同じ動詞で語られる。
39 ツォビャ(tsovya)。子供を好まず、母親に憑いて彼女の子供を殺してしまう。夜、夢の中にやってきて彼女と性関係をもつ。ニューニ3の一種に加える人もいる。鋭い爪をもった憑依霊(nyama wa mak'ombe)。除霊(kukokomola5)の対象となる「除去の霊nyama wa kuusa8」。see p'ep'o mulume15, kadume31
tsovyaの別名とされる「内陸部のスディアニ」の絵
40 ムブルガ(mburuga)。「占いの一種」。ムブルガをすることをドゥルマ語ではムブルガを「打つ(kupiga mburuga)」と表現する。相談者が占いに相談に行くことを婉曲的に「山に行く(kpwenda vilimani)」と言う言い方もある。ムブルガ(mburuga)は憑依霊の力を借りて行う占い。占いに行く者は、必ずしも病人、あるいはトラブルの当事者本人であるとは限らない。むしろ事情に詳しい代理人が行くのが普通である。客は占いをする施術師の前に黙って座り、何も言わない。占いの施術師は、まず問題を抱えているのが男性であるか女性であるか、大人であるか、子供であるかを当てねばならない。次に自ら患者(あるいは問題の当事者)の抱えている問題を、それが病気であれば、頭から始まって身体を巡るように逐一挙げていかねばならない。中にトウアズキ(t'urit'uri)の実を入れたキティティ(chititi)と呼ばれる小型瓢箪を振って憑依霊を呼び、それが教えてくれることを客に伝える。施術師の言うことが当たっていれば、客は「そのとおり taire」と応える。あたっていなければ、その都度、「まだそれは見ていない」などと言って否定する。施術師が首尾よく問題をすべてあげることができると、続いて治療法が指示される。最後に治療に当たる施術師が指定される。客は自分が念頭に置いている複数の施術師の数だけ、小枝を折ってもってくる。施術師は一本ずつその匂いを嗅ぎ、そのなかの一本を選び出して差し出す。それが治療にあたる施術師である。それが誰なのかは施術師も知らない。その後、客の口から治療に当たる施術師の名前が明かされることもある。このムブルガに対して、ドゥルマではムラムロ(mulamulo)というタイプの占いもある。こちらは客のほうが自分から問題を語り、イエス/ノーで答えられる問いを発する。それに対し占い師は、何らかの道具を操作して、客の問いにイエス/ノーのいずれかを応える。この2つの占いのタイプが、そのような問題に対応しているのかについて、詳しくは浜本満1993「ドゥルマの占いにおける説明のモード」『民族学研究』Vol.58(1) 1-28 を参照されたい。
41 ンダラ(ndala, pl.ndala)。施術師の治療場所。屋敷裏のブッシュを切り拓き空き地を作ってそこが施術の場所となっている。服喪(hanga42)に際して長老たちが座っている空間もンダラと呼ばれる。同義語にキタラ(chitala, pl.vitala)。
42 ハンガ(hanga, pl.mahanga)。「服喪」と訳しておく。死者を埋葬した翌日から数日間に渡って(期間はクランごとに、そして死者の死因によっても異なる)開催される「生(なま)の服喪 hanga itsi43」と、その数年後に開催される祝祭的色彩が濃い「熟した服喪 hanga ivu44」がある。
43 ハンガ・イツィ(hanga itsi)。死者の埋葬後、クランごとに日数は異なるが、死者の親族は数日にわたる喪にに服する。これがハンガ・イツィ(hanga itsi, 直訳すると「生(なま)の服喪」)である。死者の屋敷の人びとはこの間、椅子、寝台の使用が禁止され、大きな動作や大声も禁止され、地面の上で起居する。この間、連日屋敷の前広場では、キフドゥ(chifudu)と呼ばれる卑猥な内容の歌と踊りが催される。この「生の服喪」の数年後(残された集団の財力に依存する)、盛大な「熟した服喪 hanga ivu」が開かれる。死者の財産や未亡人の相続は、熟した服喪の後に行われる。
44 ハンガ・イヴ(hanga ivu)。直訳すると「熟した服喪」。死者のハンガ・イツィの数年後に開催される。父系親族集団(ukulume45)はクラン(mbari)、ムランゴ(mulango, 「戸口」を意味する)、ニュンバ(nyumba, 「家、小屋」を意味する)、ムジ(mudzi46, これは父系集団というよりも居住集団であるが)に分節するが、ハンガ・イヴを開催するためにはニュンバレベルの話し合いで許しを得る必要がある。ハンガ・イブにはいくつものダンスや演奏集団が招待され(最近では車のバッテリで音響システムを駆動するディスコも人気だ)、主宰者の屋敷の周囲の広い敷地が会場になる。広い範囲から客が集まり、出店や簡易食堂なども出され、徹夜で賑わう。かつて(30年ほど以前)は、ハンガ・イヴを開催して初めて死者の財産や残された未亡人の相続が行われていた。死者の霊(祖霊 k'oma)に対する供犠は、ハンガ・イヴを開催したあとでしかできなかった(今日でも)。祖霊のもっとも執拗な要求は、早く自分のハンガ・イヴを開催せととの要求である。
45 ウクルメ(ukulume)。父系クラン。母系クランは、ウクーチェ(ukuche)。ドゥルマはミジケンダの9グループのなかで、隣接するラバイと並んで二重単系出自のシステムをもつ。14ある父系クランはMwamweziおよびMurimaと呼ばれる二つのグループに分かれ、それぞれが7つのクランからなる。MurimaにはMwabeja, Mwanyota, Mwamukala, Mwalikuta, Mulaire, Mwachenda, Muchandaの7クラン、MwamweziにはMwadzine, Mwakai, Mwayawa, Muphande, Mwamundu, Mwatsangari, Mwachingodzaの7クランが属する。かつては父系的に継承されるのは土地とそこに生えている樹木、弓矢のみであった。家畜その他の動産はすべて母系相続されていた。
46 ムジ(mudzi)はドゥルマ社会における自律的な最も基礎的社会単位である。「屋敷」という日本語は裕福な家族が暮らす広い敷地をもつ大きな家屋のイメージであるが、mudzi(複数形 midzi)には家屋の大きさの含意はない。mudziの最小単位は一人の男性とその妻、子供からなり、居住のための小屋一つとその前庭、おそらくは家畜囲いがあるだけのものである。一夫多妻であれば、それぞれの妻が自分の小屋をもち、それらが前庭を取り巻く形で配置されている。さらにそれぞれの妻の息子たちが結婚し、自分の妻の小屋を父の小屋群の前庭の周辺にもつようになると、mudziの規模は大きくなる。兄弟たちは、父の死後も同じ場所に留まり、そこは父親の名前で「~のmudzi」と呼ばれ続ける。さらに孫の世代もということになると、mudziはほとんど集落、村と呼んでもおかしくないほどの規模になる。今日ではmudziの規模は小さくなる傾向にあるが、私が調査を始めた1980年代前半には、キナンゴの町とその近傍以外の地域では、こうした大きな規模のmudziが普通に見られた。そんな訳で「屋敷」という訳語は必ずしも違和感なく用いることができた。現在でもmudziが、その内部の問題を自分たちで解決する独立した自律的単位であることには変わりはなく、そうした自律した社会集団、周囲の世界(ブッシュ)とはっきり区別された小宇宙という意味で、「屋敷」という訳語を使い続けたいと思う。
47 フュラモヨ(fyulamoyo)。妖術の一種。ザイコ(zaiko)と呼ばれる薬によって掛けられる妖術。さまざまな症状を示す。特徴的な身体症状の一つが全身が痒くなって掻きむしること。しかし深刻なのはさまざまな「心理的」症状。動詞ク・フュラ(kufyula)は、「曲げる、(無理やり)向きを変えさせる」を意味し、モヨ(moyo)は「心、心臓」を意味する名詞。字義通り、人の心を変な方向に曲げてしまう妖術である。これにかかると、自分が居る場所が適切でないような気がして、どこかに行ってしまいたいような気がする、自己嫌悪、他人と一緒にいられない、など=。学業不振、自殺、家庭内不和、離婚、新婦が逃げ出す、などはこの妖術のせいであるとされる。多くの種類がある。fyulamoyo mwenye, fyulamoyo ra p'ep'o,fyulamoyo ra dzimene, chimene chenye( mbayumbayu, mbonbg'e) etc.〔浜本, 2014:61-66を参照のこと〕
48 タイレ(taire)。2つの意味で用いられる間投詞。(1)施術の場で、その場にいる人々の注意を喚起する言葉として。複数形taireniで複数の人々に対して用いるのが普通。「ご傾聴ください」「ごらんください」これに対して人々は za mulungu「ムルングの」と応える。(2)占いmburugaにおいて施術師の指摘が当たっているときに諮問者が発する言葉として。「その通り」。
49 コマ(k'oma)。「祖霊」。祖霊は夢に現れてさまざまなメッセージを子孫に伝える。祖霊は子孫に対して様々な要求を課し、それを夢にあらわれて伝える。無視していると災いを送ってくる。憑依の文脈では、祖先に強力な施術師がいた場合、その持ち霊を子孫が継承し、施術師になる場合が多い。祖霊自身がそれを要求しているのだとされる場合もある。祖霊の要求をすぐに叶えることができない場合は、夢を見た者は、明け方、あるいは夕刻に小屋の戸口(あるいは死者の墓で)クハツァ(kuhatsa50)という行為をおこなう。水で溶いたトウモロコシ粉を巻きながら、今は余裕がないので待ってほしいと祖霊に許しを乞うのである。子供を残した者のみが死後、祖霊になる。子供を残さずに死んだものは、埋葬の際に火がついている木の枝(直前に水に入れて火を消される)を、その背中側に置かれ、「お前は子供を残さずに死んだ。これがお前の子供だ。やって来て人に夢を見せるな」と唱えられる。k'omaという言葉はドゥルマ語では「夢」ndoso の同義語でもある(ディゴ語では「夢」の意味では用いられないようだが、ドゥルマ語にはない「狂気」という意味もある)。コマの観念についての概略は浜本, 1992,「ドゥルマにおけるコマの観念」『九州人類学会報』Vol.20:30-51参照。ちょっと古いけど。
50 クハツァ(ku-hatsa)。文脈に応じて「命名する kuhatsa dzina」、娘を未来の花婿に「与える kuhatsa mwana」、「祖霊の祝福を祈願する kuhatsa k'oma」、自分が無意識にかけたかもしれない「呪詛を解除する」、「カヤンバなどの開始を宣言する kuhatsa ngoma」などさまざまな意味をもつ。なんらかのより良い変化を作り出す言語行為を指す言葉と考えられる。憑依の文脈では、特定の霊の施術師になるための「外に出す(kulavya nze51)」ンゴマにおいて、その霊に固有の草木を折り取らせる最終テストの際に、見事に折り取った草木を主宰する施術師はクハツァして、テストに合格した者に正式に与える必要がある(これは後日、その他の草木を教える際にも繰り返される)。また、憑依霊を呼び出すンゴマ(カヤンバ)の場で、患者(ムウェレ(muwele52)がなかなか憑依状態に入らない(踊らない場合)があり、それが患者に対して心の中になにか怒り(ムフンド(mufundo57))をもっている親族(父母、夫など)がいるせいだとされることがある。その場合は、そうした怒りを感じている人に、その怒りの内容をすべて話し、唾液(あるいは口に含んだ水)を患者に対して吹きかけるという、呪詛の解除と同じ手続きがとられることがある。この行為もクハツァと呼ばれる。ンゴマやカヤンバにおいてムウェレが踊らない問題についてはリンク先を参照のこと。
51 ク・ラヴャ・コンゼ(ンゼ)(ku-lavya konze, ku-lavya nze)は、字義通りには「外に出す」だが、憑依の文脈では、人を正式に癒し手(muganga、治療師、施術師)にするための一連の儀礼のことを指す。人を目的語にとって、施術師になろうとする者について誰それを「外に出す」という言い方をするが、憑依霊を目的語にとってたとえばムルングを外に出す、ムルングが「出る」といった言い方もする。同じく「癒しの術(uganga)」が「外に出る」、という言い方もある。憑依霊ごとに違いがあるが、最も多く見られるムルング子神を「外に出す」場合、最終的には、夜を徹してのンゴマ(またはカヤンバ)で憑依霊たちを招いて踊らせ、最後に施術師見習いはトランス状態(kugolomokpwa)で、隠された瓢箪子供を見つけ出し、占いの技を披露し、憑依霊に教えられてブッシュでその憑依霊にとって最も重要な草木を自ら見つけ折り取ってみせることで、一人前の癒し手(施術師)として認められることになる。
52 ムウェレ(muwele)。その特定のンゴマがその人のために開催される「患者」、その日のンゴマの言わば「主人公」のこと。彼/彼女を演奏者の輪の中心に座らせて、徹夜で演奏が繰り広げられる。主宰する癒し手(治療師、施術師 muganga)は、彼/彼女の治療上の父や母(baba/mayo wa chiganga)53であることが普通であるが、癒し手自身がムエレ(muwele)である場合、彼/彼女の治療上の子供(mwana wa chiganga)である癒し手が主宰する形をとることもある。
53 憑依霊の癒し手(治療師、施術師 muganga)は、誰でも「治療上の子供(mwana wa chiganga)」と呼ばれる弟子をもっている。もし憑依霊の病いになり、ある癒し手の治療を受け、それによって全快すれば、患者はその癒し手に4シリングを払い、その癒やし手の治療上の子供になる。この4シリングはムコバ(mukoba54)に入れられ、施術師は患者に「ヤギと瓢箪いっぱいのヤシ酒(mbuzi na kadzama)」(20シリング)を与える。これによりその患者は、その癒やし手の「ムコバに入った」と言われる。こうした弟子は、男性の場合はムァナマジ(mwanamadzi,pl.anamadzi)、女性の場合はムテジ(muteji, pl.ateji)とも呼ばれる。これらの言葉を男女を問わず用いる人も多い。癒やし手(施術師)は、彼らの治療上の父(男性施術師の場合 baba wa chiganga)55や母(女性施術師の場合 mayo wa chiganga)56ということになる。弟子たちは治療上の親であるその癒やし手の仕事を助ける。もし癒し手が新しい患者を得ると、弟子たちも治療に参加する。薬液(vuo)や鍋(nyungu)の材料になる種々の草木を集めたり、薬液を用意する手伝いをしたり、鍋の設置についていくこともある。その癒し手が主宰するンゴマ(カヤンバ)に、歌い手として参加したり、その他の手助けをする。その癒し手のためのンゴマ(カヤンバ)が開かれる際には、薪を提供したり、お金を出し合って、そこで供されるチャパティやマハムリ(一種のドーナツ)を作るための小麦粉を買ったりする。もし弟子自身が病気になると、その特定の癒し手以外の癒し手に治療を依頼することはない。治療上の子供を辞めるときには、ただやめてはいけない。病気になる。治療上の子供は癒やし手に「ヤギと瓢箪いっぱいのヤシ酒(mbuzi na kadzama)」を支払い、4シリングを返してもらう。これを「ムコバから出る」という。
54 ムコバ(mukoba)。持ち手、あるいは肩から掛ける紐のついた編み袋。サイザル麻などで編まれたものが多い。憑依霊の癒しの術(uganga)では、施術師あるいは癒やし手(muganga)がその瓢箪や草木を入れて運んだり、瓢箪を保管したりするのに用いられるが、癒しの仕事を集約する象徴的な意味をもっている。自分の祖先のugangaを受け継ぐことをムコバ(mukoba)を受け継ぐという言い方で語る。また病気治療がきっかけで患者が、自分を直してくれた施術師の「施術上の子供」になることを、その施術師の「ムコバに入る(kuphenya mukobani)」という言い方で語る。患者はその施術師に4シリングを払い、施術師はその4シリングを自分のムコバに入れる。そして患者に「ヤギと瓢箪いっぱいのヤシ酒(mbuzi na kadzama)」(20シリング)を与える。これによりその患者はその施術師の「ムコバ」に入り、その施術上の子供になる。施術上の子供を辞めるときには、ただやめてはいけない。病気になる。施術上の子供は施術師に「ヤギと瓢箪いっぱいのヤシ酒(mbuzi na kadzama)」を支払い、4シリングを返してもらう。これを「ムコバから出る(kulaa mukobani)」という。
55 ババ(baba)は「父」。ババ・ワ・キガンガ(baba wa chiganga)は「治療上の(施術上の)父」という意味になる。所有格をともなう場合、例えば「彼の治療上の父」はabaye wa chiganga などになる。「施術上の」関係とは、特定の癒やし手によって治療されたことがきっかけで成立する疑似親族関係。詳しくは「施術上の関係」53を参照されたい。
56 マヨ(mayo)は「母」。マヨ・ワ・キガンガ(mayo wa chiganga)は「治療上の(施術上の)母」という意味になる。所有格を伴う場合、例えば「彼の治療上の母」はameye wa chiganga などになる。「施術上の」関係とは、特定の癒やし手によって治療されたことがきっかけで成立する疑似親族関係。詳しくは「施術上の関係」53を参照されたい。
57 ムフンド(mufundo)。フンド(fundo)は縄などの「結び目」であるが、心の「しこり」の意味でも用いられる。特に mufundo は人が自分の子供などの振る舞いに怒りを感じたときに心のなかに形成され、持ち主の意図とは無関係に、怒りの原因となった子供に災いをもたらす。唾液(あるいは口に含んだ水)を相手の胸(あるいは口中に)吹きかけることによって解消できる。この手続きをクハツァ(kuhatsa50)と呼ぶ。知らず知らずのうちに形成されているmufundoを解消するためには、抱いたかもしれない怒りについて口に出し、水(唾液)を自分の胸に吹きかけて解消することもできる。本人も忘れている取るに足らないしこりが、例えばンゴマやカヤンバで患者が踊ることを妨げることがある。muweleがいつまでたっても憑依されないときには、夫によるkuhatsaの手続きがしばしば挿入される。ムフンドは典型的には親から子へと発動するが、夫婦などそれ以外の関係でも生じるとも考えられている。
58 キマコ(chimako, pl. vimako)。「人を驚かせること・もの」。動詞 ku-maka 「びっくりする、驚く」より。しばしばチャムノ(chamuno)と同様に、病気の主症状を指すのにも用いられる。占い(mburuga, mulamulo)のコンテクストでは、占いの対象を指すのにこの言葉が用いられる。占いを諮問する相談者は、なんらかの「驚き当惑する」問題をもってきている。その問題が、家畜や他の財産に関するものか、人に関するものか、男女いずれに関するものか、などを占い師は言い当てるところから始まる。
59 フィガ(figa, pl.mafiga)。炉、炉石。3つの石を置いてそれらの石の上に鍋を置いて煮炊きする。女性の象徴で、男性(夫でも)がそれに手をかけることは禁止。また数字3は女性の数字とされる(男性は5)。占い(mburuga40)において、炉あるいは数字の3は問題を抱えているのが女性であること、数字の5は男性であることを意味する。
60 一夫多妻制のもとでは、夫の自分以外の妻が産んだ子供も、彼女の子供と呼ばれる。自分自身が産んだ子供をそれらの他の子供と区別する言い方が、ここで用いられている mwanao wa kumuvyala mwenye である。
61 ンガッ(ng'a, onom.)。眩しく光るさま、ぱっと開くさま、裂けるさま、などを表す擬態語。
62 クブォンダ(ku-phonda)。「(搗き臼に入れて)搗く」を意味する動詞。
、しばしば心臟が激しく大きく動悸する様の表現にも用いられる。
63 ク・チャトゥカ(ku-chat'uka)。「またぎ超える、跳び超える」を意味する動詞だが、病気について用いるときには、「(病気が)ひどくなる。重篤化する」の意味になる。ukongo uu uchat'uka.「この病気は重くなった」
64 マジニャマ(madzinyama)。「憑依霊/動物」を意味する名詞 nyama のaugmentative form であるジニャマ(dzinyama)。その複数形がマジニャマ(madzinyama)である。単にニャマ(nyama, pl.nyama)で済むところなのだが、あえてこの形で言及する際には、憑依霊に対して、厄介で、ろくでもないという気持ちが込められている。
65 ク・ブェニャ・ジェソ(ku-phenya jeso)。jesoはイエス・キリスト。字義通りには「イエスに入る」であるが、「キリスト教に改宗する・入信する」の意味である。
66 なぜここで相談者自身にもンガタを身につけるよう指示しているのかというと、病気の娘の問題が、相談者のもっている憑依霊(ここではライカが念頭に置かれている)のせいだから。
67 ライカ・ムズカ(laika muzuka)。ライカ・トゥヌシ(laika tunusi)の別名。トゥヌシは洞窟などのムズカの主。またライカ・ヌフシ(laika nuhusi68)、ライカ・パガオ(laika pagao)、ライカ・ムズカは同一で、3つの棲み処(池、ムズカ(洞窟)、海(baharini))を往来しており、その場所場所で異なる名前で呼ばれているのだともいう。ライカ・キフォフォ(laika chifofo)もヌフシの別名とされることもある。
68 ライカ・ヌフシ(laika nuhusi)、ヌフシ(nuhusi)はスワヒリ語で「不運」を意味する。ドゥルマ語の「驚かせる」(ku-uhusa)に由来すると説明する人もいる。ヌフシはまたムァムニィカ同様、内陸部と海を往復する霊であるともされる。その通り道は婉曲的に「悪い人の道njira ya mutu mui(mubaya)」と呼ばれ、そこに屋敷などを構えていると病気になると言われる。ある解釈では、ヌフシは海で人に取り憑いた場合は、海のパガオ(ライカ・パガオ(laika pagao69))が憑いているなどと言われるが、単にヌフシの別名に過ぎない。ライカ・ムズカ(laika muzuka67)もヌフシの別名。ムズカに滞在中に取り憑いた際の名前である。その証拠に、この3つは同じ症状を引き起こす。つまり「口がきけなくなる」という症状。霊がその気になれば喋れるのだが、その気がなければ、誰とも口をきかない。
69 ライカ・パガオ(laika pagao)。海辺で取り憑くライカ。ライカ・ヌフシ(laika nuhusi68)の別名。ジネ・パガオ(jine pagao)という名前で、ジネ(jine70)に数えられることも。
70 ジネ(jine, pl. majine)。イスラムでいうところのジン(精霊)。スワヒリ語ではjini。ドゥルマの憑依霊の世界では、イスラム系の憑依霊の一グループで、犠牲者の血を奪うことを特徴とする。血を奪う手段によって、さまざまな種類があり、ジネ・パンガ(panga)は長刀(panga(ス))で、ジネ・マカタ(makata)はハサミ(makasi(ス))で、ジネ・キペンバ(chipemba)はカミソリの刃(wembe)で、ジネ・バラ・ワ・キマサイ(jine bara wa chimasai)は槍で、ジネ・シンバ(またはツィンバ)(jine simba/tsimba)はライオン(tsimba)の鋭い爪で、といった具合に。ジネ・ンゴンベ(jine ng'ombe)はウシ(ng'ombe)が屠殺されるときのように喉を切り裂かれて血が奪われる。ジネ・ムヮンガ(jine mwanga)は犠牲者を組み敷き首を絞めることによって。一方、こうした自らの意思で宿主にとり憑く憑依霊としてのジネとは別に、より邪悪なイスラムの妖術によって作り出されるジネ11もあるとされる。コーランの章句を書いた紙を空中に投げると、それが魔物に変わり、命令通りに犠牲者を殺す。
71 ムディゴ(mudigo)。民族名の憑依霊、ディゴ人(mudigo)。しばしば憑依霊シェラ(shera=ichiliku)もいっしょに現れる。別名プンガヘワ(pungahewa, スワヒリ語でku-punga=扇ぐ, hewa=空気)、ディゴの女(muchet'u wa chidigo)。ディゴ人(プンガヘワも)、シェラ、ライカ(laika)は同じ瓢箪子供を共有できる。症状: ものぐさ(怠け癖 ukaha)、疲労感、頭痛、胸が苦しい、分別がなくなる(akili kubadilika)。要求: 紺色の布(ただしジンジャjinja という、ムルングの紺の布より濃く薄手の生地)、癒やしの仕事(uganga)の要求も。ディゴ人の草木: muphorong'ondo72, mupweke73, mutundukula74, mupera(mpera75), manga76, mbibo(mubibo77), mukanju(mkanju78)
72 ムゴロゴンド(mung'orong'ondo)、ムルングおよび憑依霊ディゴ人、シェラの草木。同じ(だと思うのだが)植物は、施術師によってはムロゴンド(murong'ondo)、ムブォロゴンド(muphorong'ondo)などとも呼ばれている。特徴的な照りのある大きな葉があり、ゴバンノアシの仲間、おそらくBarringtonia racemosa。樹皮を剥いで潰したものが魚をとる毒として用いられるということからも、これに違いない。
73 ムプェケ(mupweke)。憑依霊ディゴ人、シェラの草木。英名Rigid star-berry。Diospyros squarrosa、ドゥルマでの別名はムズング・ムホ(mudzungu muho)(Pakia&Cooke2003:389)。これに対し、Maundu&TengnasはムプェケをDiospyros mespiliformis、英名African Ebonyとしている(Maundu&Tengnas2005:199)。
74 ムトゥンドゥクラ(mutundukula, pl.mitundukula)。タロウ・ウッド、イエロー・プラム。Ximenia americana(Pakia&Cooke2003:380)。憑依霊ディゴ人、マンダーノの草木。葉を煮たものは目の薬になる; 実 tundukula は食用になる。一方別の箇所では、Dichapetalum zenkeri(Pakia&Cooke2003b:389)とされている。別の植物が同じ名前で呼ばれているということか。
75 ムペラ(mpera, pl.mipera)。muperaと発音する人も。グァヴァの木。Psidium guajava(Maundu&Tengnas2005:362)。内陸部の草木(muhi wa bara)の一つ。
76 マンガ(manga)。キャッサバ(Manihot esculenta)。ドゥルマでは手のかからない救荒食物として栽培されている。ディゴで好まれている食物の一つ。憑依霊ディゴ人、その他シェラなどディゴ系の憑依霊に憑依されたドゥルマ女性もキャッサバを好むようになる。憑依霊ディゴ人の草木。
77 ムビボ(mbibo, pl.mibibo(mubibo, pl. mibibo))。カシューナッツの木。別名 mukanju(mkanju)78、muk'orosho(mkorosho)79。Anacardium occidentals(Maundu&Tengnas2005:98)。カシューナッツの実自体はk'oroshoと呼ばれる。内陸部の草木(muhi wa bara)として「鍋」の成分の一つに。
78 ムカンジュ(mukanju, pl.mikanju(mkanju, pl.mikanju))。カシューナッツの木。mbibo77を見よ。
79 ムコロショ(mukorosho, pl.mikorosho)。カシューナッツの木。mbibo77を見よ。
80 イキリクまたはキリク(ichiliku)。憑依霊シェラ(shera81)の別名。シェラには他にも重荷を背負った女(muchet'u wa mizigo)、長い髪の女(mwadiwa=mutu wa diwa, diwa=長い髪)、狂気を煮たてる者(mujita k'oma)、高速の女((mayo wa mairo) もともととても素速い女性だが、重荷を背負っているため速く動けない)、気狂い女(muchet'u wa k'oma)、口軽女(chibarabando)など、多くの別名がある。無駄口をたたく、他人と折り合いが悪い、分別がない(mutu wa kutsowa akili)といった属性が強調される。
81 シェラ(shera, pl. mashera)。憑依霊の一種。laikaと同じ瓢箪を共有する。同じく犠牲者のキブリを奪う。症状: 全身の痒み(掻きむしる)、ほてり(mwiri kuphya)、動悸が速い、腹部膨満感、不安、動悸と腹部膨満感は「胸をホウキで掃かれるような症状」と語られるが、シェラという名前はそれに由来する(ku-shera はディゴ語で「掃く」の意)。シェラに憑かれると、家事をいやがり、水汲みも薪拾いもせず、ただ寝ることと食うことのみを好むようになる。気が狂いブッシュに走り込んだり、川に飛び込んだり、高い木に登ったりする。要求: 薄手の黒い布(gushe)、ビーズ飾りのついた赤い布(ショールのように肩に纏う)。治療:「嗅ぎ出し(ku-zuza)82、クブゥラ・ミジゴ(kuphula mizigo 重荷を下ろす106)と呼ばれるほぼ一昼夜かかる手続きによって治療。イキリク(ichiliku80)、おしゃべり女(chibarabando110)、重荷の女(muchet'u wa mizigo111)、気狂い女(muchet'u wa k'oma112)、狂気を煮立てる者(mujita k'oma113)、ディゴ女(muchet'u wa chidigo114、長い髪女(mwadiwa115)などの多くの別名をもつ。男のシェラは編み肩掛け袋(mukoba54)を持った姿で、女のシェラは大きな乳房の女性の姿で現れるという。
82 クズザ(ku-zuza)は「嗅ぐ、嗅いで探す」を意味する動詞。憑依霊の文脈では、もっぱらライカ(laika)等の憑依霊によって奪われたキブリ(chivuri83)を探し出して患者に戻す治療(uganga wa kuzuza)のことを意味する。ライカ(laika85)やシェラ(shera81)などいくつかの憑依霊は、人のキブリ(chivuri83)つまり「影」あるいは「魂」を奪って、自分の棲み処に隠してしまうとされている。キブリを奪われた人は体調不良に苦しみ、占いでそれがこうした憑依霊のせいだと判明すると、キブリを奪った霊の棲み処を探り当て、そこに行って奪われたキブリを取り戻し、身体に戻すことが必要になる。その手続が「嗅ぎ出し」である。それはキツィンバカジ、ライカやシェラをもっている施術師によって行われる。施術師を取り囲んでカヤンバを演奏し、施術師はこれらの霊に憑依された状態で、カヤンバ演奏者たちを引き連れて屋敷を出発する。ライカやシェラが患者のchivuriを奪って隠している洞穴、池や川の深みなどに向かい、鶏などを供犠し、そこにある泥や水草などを手に入れる。出発からここまでカヤンバが切れ目なく演奏され続けている。屋敷に戻り、手に入れた泥などを用いて、取り返した患者のキブリ(chivuri)を患者に戻す。その際にもカヤンバが演奏される。キブリ戻しは、屋内に仰向けに寝ている患者の50cmほど上にムルングの布を広げ、その中に手に入れた泥や水草、睡蓮の根などを入れ、大量の水を注いで患者に振りかける。その後、患者のキブリを捕まえてきた瓢箪の口を開け、患者の目、耳、口、各関節などに近づけ、口で吹き付ける動作。これでキブリは患者に戻される。その後、屋外に患者も出てカヤンバの演奏で踊る。それがすむと、屋外に患者も出てカヤンバの演奏で踊る。クズザ単独で行われる場合は、この後、患者は、再びキブリをうばわれることのないようにクツォザ(kutsodza109)を施され、ンガタ22を与えられる。やり方の細部は、施術師によってかなり異なる。
83 キヴリ(chivuri)。人間の構成要素。いわゆる日本語でいう霊魂的なものだが、その違いは大きい。chivurivuriは物理的な影や水面に写った姿などを意味するが、chivuriと無関係ではない。chivuriは妖術使いや(chivuriの妖術84)、ある種の憑依霊によって奪われることがある。人は自分のchivuriが奪われたことに気が付かない。妖術使いが奪ったchivuriを切ると、その持ち主は死ぬ。憑依霊にchivuriを奪われた人は朝夕悪寒を感じたり、頭痛などに悩まされる。chivuriは夜間、人から抜け出す。抜け出したchivuriが経験することが夢になる。妖術使いによって奪われたchivuriを手遅れにならないうちに取り返す治療がある。chivuriの妖術については[浜本, 2014『信念の呪縛:ケニア海岸地方ドゥルマ社会における妖術の民族誌』九州大学出版,pp.53-58]を参照されたい。また憑依霊によって奪われたchivuriを探し出し患者に戻すku-zuza82と呼ばれる手続きもある。詳しくは別項を参照されたい。
84 キブリの妖術(utsai wa chivuri)。人のキブリ83は妖術使いによっても奪われうる。イスラム系の妖術では妖術使いの使い魔となっている魔物(majine11)その他の手段によって犠牲者のキブリを呼び込む。自分を呼ぶ声が聞こえて、それにうっかり返事すると、その瞬間に犠牲者のキブリは妖術使いに捕らえられてしまう。妖術使いによって捕らえられたキブリは水を張った容器の水面にその人の姿として映し出される。それを妖術使いが切ると、その瞬間に人は死ぬ。非イスラムのドゥルマ的妖術においては、妖術使いは自分の身近な親族(とりわけ母や姉妹などの女性親族)を(妖術によって)殺害し手に入れた親族のキブリを閉じ込めた瓢箪をもっている。これが「キブリの瓢箪(ndonga ya chivuri)」と呼ばれるものである。閉じ込められたキブリは妖術使いの命令に従って、別の犠牲者のキブリを呼び込む。ここでも犠牲者は自分の名前が呼ばれているのを聞き、思わず返事した瞬間に、そのキブリは妖術使いの瓢箪のなかに取り込まれる。西遊記で似たような話しを読んだような。妖術使いは取り込んだキブリをじっくり痛めつけるが、最後にはそれを「切る」ことで犠牲者に死をもたらす。これら妖術使いに対抗する妖術を治療する施術師がいるが、これらの施術師も「キブリの瓢箪」をもっている。自分のもっているキブリの瓢箪を使って、妖術使いに捕まえられているキブリを取り返すのである。キブリは施術師の瓢箪の中に取り込まれ、そこから犠牲者の体内に戻される。問題は、妖術使いに対抗するキブリの施術師がもっている瓢箪も、彼自身が自分の女性親族を殺して作ったものだとされている点である。というわけでキブリの妖術に対抗する施術師もある意味、妖術使いと同じ穴のムジナだという側面をもつ。というわけでいずれにしてもキブリの瓢箪は怖い瓢箪なのである。

彼女の亡夫は名高い妖術系の施術師であった。彼がもっていたキブリの瓢箪。彼の術は強力で危険であったため、子供たちはだれもそれを相続したがらなかった。
85 ライカ(laika, pl. malaika)、ラライカ(lalaika)とも呼ばれる。複数形はマライカ(malaika)で、スワヒリ語では「天使」(単複ともにmalaika)の意味になるのだが、関係ないかも。ライカにはきわめて多くの種類がいる。多いのは「池」の住人(atu a maziyani)。キツィンバカジ(chitsimbakazi86)は、単独で重要な憑依霊であるが、池の住人ということでライカの一種とみなされる場合もある。ある施術師によると、その振舞いで三種に分れる。(1)ムズカのライカ(laika wa muzuka67) ムズカに棲み、人のキブリ(chivuri83)を奪ってそこに隠す。奪われた人は朝晩寒気と頭痛に悩まされる。 laika tunusi87など。(2)「嗅ぎ出し」のライカ(laika wa kuzuzwa) 水辺に棲み子供のキブリを奪う。またつむじ風の中にいて触れた者のキブリを奪う。朝晩の悪寒と頭痛。laika mwendo88,laika mukusi89など。(3)身体内のライカ(laika wa mwirini) 憑依された者は白目をむいてのけぞり、カヤンバの席上で地面に水を撒いて泥を食おうとする laika tophe90, laika ra nyoka90, laika chifofo93など。(4) その他 laika dondo94, laika chiwete95=laika gudu96), laika mbawa97, laika tsulu98, laika makumba99=dena100など。三種じゃなくて4つやないか。治療: 屋外のキザ(chiza cha konze27)で薬液を浴びる、護符(ngata22)、「嗅ぎ出し」施術(uganga wa kuzuza82)によるキブリ戻し。深刻なケースでは、瓢箪子供を授与されてライカの施術師になる。
86 キツィンバカジ(chitsimbakazi)。別名カツィンバカジ(katsimbakazi)。空から落とされて地上に来た憑依霊。ムルングの子供。ライカ(laika)の一種だとも言える。mulungu mubomu(大ムルング)=mulungu wa kuvyarira(他の憑依霊を産んだmulungu)に対し、キツィンバカジはmulungu mudide(小ムルング)だと言われる。男女あり。女のキツィンバカジは、背が低く、大きな乳房。laika dondoはキツィンバカジの別名だとも。「天空のキツィンバカジ(chitsimbakazi cha mbinguni)」と「池のキツィンバカジ(chitsimbakazi cha ziyani)」の二種類がいるが、滞在している場所の違いだけ。キツィンバカジに惚れられる(achikutsunuka)と、頭痛と悪寒を感じる。占いに行くとライカだと言われる。また、「お前(の頭)を破裂させ気を狂わせる anaidima kukulipusa hata ukakala undaayuka.」台所の炉石のところに行って灰まみれになり、灰を食べる。チャリによると夜中にやってきて外から挨拶する。返事をして外に出ても誰もいない。でもなにかお前に告げたいことがあってやってきている。これからしかじかのことが起こるだろうとか、朝起きてからこれこれのことをしろとか。嗅ぎ出しの施術(uganga wa kuzuza)のときにやってきてku-zuzaしてくれるのはキツィンバカジなのだという。
87 ライカ・トゥヌシ(laika tunusi)。ヴィトゥヌシ(vitunusi)は「怒りっぽさ」。トゥヌシ(tunusi)は人々が祈願する洞窟など(muzuka)の主と考えられている。別名ライカ・ムズカ(laika muzuka)、ライカ・ヌフシ。症状: 血を飲まれ貧血になって肌が「白く」なってしまう。口がきけなくなる。(注意!): ライカ・トゥヌシ(laika tunusi)とは別に、除霊の対象となるトゥヌシ(tunusi)がおり、混同しないように注意。ニューニ(nyuni3)あるいはジネ(jine)の一種とされ、女性にとり憑いて、彼女の子供を捕らえる。子供は白目を剥き、手脚を痙攣させる。放置すれば死ぬこともあるとされている。女性自身は何も感じない。トゥヌシの除霊(ku-kokomola)は水の中で行われる(DB 2404)。
88 ライカ・ムェンド(laika mwendo)。動きの速いことからムェンド(mwendo)と呼ばれる。mwendoという語はスワヒリ語と共通だが、「速度、距離、運動」などさまざまな意味で用いられる。唱えごとの中では「風とともに動くもの(mwenda na upepo)」と呼びかけられる。別名ライカ・ムクシ(laika mukusi)。すばやく人のキブリを奪う。「嗅ぎ出し」にあたる施術師は、大急ぎで走っていって,また大急ぎで戻ってこなければならない.さもないと再び chivuri を奪われてしまう。症状: 激しい狂気(kpwayuka vyenye)。
89 ライカ・ムクシ(laika mukusi)。クシ(kusi)は「暴風、突風」。キククジ(chikukuzi)はクシのdim.形。風が吹き抜けるように人のキブリを奪い去る。ライカ・ムクセ(laika mukuse)とも。ライカ・ムェンド(laika mwendo) の別名。
90 ライカ・トブェ(laika tophe)。トブェ(tophe)は「泥」。症状: 口がきけなくなり、泥や土を食べたがる。泥の中でのたうち回る。別名ライカ・ニョカ(laika ra nyoka)、ライカ・マフィラ(laika mwafira91)、ライカ・ムァニョーカ(laika mwanyoka92)、ライカ・キフォフォ(laika chifofo)。
91 ライカ・ムァフィラ(laika mwafira)、fira(mafira(pl.))はコブラ。laika mwanyoka、laika tophe、laika nyoka(laika ra nyoka)などの別名。
92 ライカ・ムァニョーカ(laika mwanyoka)、nyoka はヘビ、mwanyoka は「ヘビの人」といった意味、laika chifofo、laika mwafira、laika tophe、laika nyokaなどの別名
93 ライカ・キフォフォ(laika chifofo)。キフォフォ(chifofo)は「癲癇」あるいはその症状。症状: 痙攣(kufitika)、口から泡を吹いて倒れる、人糞を食べたがる(kurya mavi)、意識を失う(kufa,kuyaza fahamu)。ライカ・トブェ(laika tophe)の別名ともされる。
94 ライカ・ドンド(laika dondo)。dondo は「乳房 nondo」の aug.。乳房が片一方しかない。症状: 嘔吐を繰り返し,水ばかりを飲む(kuphaphika, kunwa madzi kpwenda )。キツィンバカジ(chitsimbakazi86)の別名ともいう。
95 ライカ・キウェテ(laika chiwete)。片手、片脚のライカ。chiweteは「不具(者)」の意味。症状: 脚が壊れに壊れる(kuvunza vunza magulu)、歩けなくなってしまう。別名ライカ・グドゥ(laika gudu)
96 ライカ・グドゥ(laika gudu)。ku-gudula「びっこをひく」より。ライカ・キウェテ(laika chiwete)の別名。
97 ライカ・ムバワ(laika mbawa)。バワ(bawa)は「ハンティングドッグ」。病気の進行が速い。もたもたしていると、血をすべて飲まれてしまう(kunewa milatso)ことから。症状: 貧血(kunewa milatso)、吐血(kuphaphika milatso)
98 ライカ・ツル(laika tsulu)。ツル(tsulu)は「土山、盛り土」。腹部が土丘(tsulu)のように膨れ上がることから。
99 マクンバ(makumba)。憑依霊デナ(dena100)の別名。
100 デナ(dena)。憑依霊の一種。ギリアマ人の長老。ヤシ酒を好む。牛乳も好む。別名マクンバ(makumbaまたはmwakumba)。突然の旋風に打たれると、デナが人に「触れ(richimukumba mutu)」、その人はその場で倒れ、身体のあちこちが「壊れる」のだという。瓢箪子供に入れる「血」はヒマの油ではなく、バター(mafuha ga ng'ombe)とハチミツで、これはマサイの瓢箪子供と同じ(ハチミツのみでバターは入れないという施術師もいる)。症状:発狂、木の葉を食べる、腹が腫れる、脚が腫れる、脚の痛みなど、ニャリ(nyari101)との共通性あり。治療はアフリカン・ブラックウッド(muphingo)ムヴモ(muvumo/Premna chrysoclada)ミドリサンゴノキ(chitudwi/Euphorbia tirucalli)の護符(pande20)と鍋。ニャリの治療もかねる。要求:鍋、赤い布、嗅ぎ出し(ku-zuza)の仕事。ニャリといっしょに出現し、ニャリたちの代弁者として振る舞う。
101 ニャリ(nyari)。憑依霊のグループ。内陸系の憑依霊(nyama a bara)だが、施術師によっては海岸系(nyama a pwani)に入れる者もいる(夢の中で白いローブ(kanzu)姿で現れることもあるとか、ニャリの香料(mavumba)はイスラム系の霊のための香料だとか、黒い布の月と星の縫い付けとか、どこかイスラム的)。カヤンバの場で憑依された人は白目を剥いてのけぞるなど他の憑依霊と同様な振る舞いを見せる。実体はヘビ。症状:発狂、四肢の痛みや奇形。要求は、赤い(茶色い)鶏、黒い布(星と月の縫い付けがある)、あるいは黒白赤の布を継ぎ合わせた布、またはその模様のシャツ。鍋(nyungu)。さらに「嗅ぎ出し(ku-zuza)82」の仕事を要求することもある。ニャリはヘビであるため喋れない。Dena100が彼らのスポークスマンでありリーダーで、デナが登場するとニャリたちを代弁して喋る。また本来は別グループに属する憑依霊ディゴゼー(digozee102)が出て、代わりに喋ることもある。ニャリnyariにはさまざまな種類がある。ニャリ・ニョカ(nyoka): nyokaはドゥルマ語で「ヘビ」、全身を蛇が這い回っているように感じる、止まらない嘔吐。よだれが出続ける。ニャリ・ムァフィラ(mwafira):firaは「コブラ」、ニャリ・ニョカの別名。ニャリ・ドゥラジ(durazi): duraziは身体のいろいろな部分が腫れ上がって痛む病気の名前、ニャリ・ドゥラジに捕らえられると膝などの関節が腫れ上がって痛む。ニャリ・キピンデ(chipinde): ku-pindaはスワヒリ語で「曲げる」、手脚が曲がらなくなる。ニャリ・キティヨの別名とも。ニャリ・ムァルカノ(mwalukano): lukanoはドゥルマ語で筋肉、筋(腱)、血管。脚がねじ曲がる。この霊の護符pande20には、通常の紐(lugbwe)ではなく野生動物の腱を用いる。ニャリ・ンゴンベ(ng'ombe): ng'ombeはウシ。牛肉が食べられなくなる。腹痛、腹がぐるぐる鳴る。鍋(nyungu)と護符(pande)で治るのがジネ・ンゴンベ(jine ng'ombe)との違い。ニャリ・ボコ(boko): bokoはカバ。全身が震える。まるでマラリアにかかったように骨が震える。ニャリ・ボコのカヤンバでの演奏は早朝6時頃で、これはカバが水から出てくる時間である。ニャリ・ンジュンジュラ(junjula):不明。ニャリ・キウェテ(chiwete): chiweteはドゥルマ語で不具、脚を壊し、人を不具にして膝でいざらせる。ニャリ・キティヨ(chitiyo): chitiyoはドゥルマ語で父息子、兄弟などの同性の近親者が異性や性に関する事物を共有することで生じるまぜこぜ(maphingani/makushekushe)がもたらす災厄を指す。ニャリ・キティヨに捕らえられると腰が折れたり(切断されたり)=ぎっくり腰、せむし(chinundu cha mongo)になる。胸が腫れる。
102 ディゴゼー(digozee)。憑依霊ドゥルマ人の一種とも。田舎者の老人(mutumia wa nyika)。極めて年寄りで、常に毛布をまとう。酒を好む。ディゴゼーは憑依霊ドゥルマ人の長、ニャリたちのボスでもある。ムビリキモ(mubilichimo103)マンダーノ(mandano104)らと仲間で、憑依霊ドゥルマ人の瓢箪を共有する。症状:日なたにいても寒気がする、腰が断ち切られる(ぎっくり腰)、声が老人のように嗄れる。要求:毛布(左肩から掛け一日中纏っている)、三本足の木製の椅子(紐をつけ、方から掛けてどこへ行くにも持っていく)、編んだ肩掛け袋(mukoba)、施術師の錫杖(muroi)、動物の角で作った嗅ぎタバコ入れ(chiko cha pembe)、酒を飲むための瓢箪製のコップとストロー(chiparya na muridza)。治療:憑依霊ドゥルマの「鍋」、煙浴び(ku-dzifukiza 燃やすのはボロ布または乳香)。
103 ムビリキモ(mbilichimo)。民族名の憑依霊、ピグミー(スワヒリ語でmbilikimo/(pl.)wabilikimo)。身長(kimo)がない(mtu bila kimo)から。憑依霊の世界では、ディゴゼー(digozee)と組んで現れる。女性の霊だという施術師もいる。症状:脚や腰を断ち切る(ような痛み)、歩行不可能になる。要求: 白と黒のビーズをつけた紺色の(ムルングの)布。ビーズを埋め込んだ木製の三本足の椅子。憑依霊ドゥルマ人の瓢箪に同居する。
104 マンダーノ(mandano)。憑依霊。mandanoはドゥルマ語で「黄色」。女性の霊。つねに憑依霊ドゥルマ人とともにやってくる。独りでは来ない。憑依霊ドゥルマ人、ディゴゼー、ムビリキモ、マンダーノは一つのグループになっている。施術師によっては、マンダーノをレロニレロ105とともにディゴ系の霊とする、あるいはシェラ81の別名だとするなど、見解の違いもある。症状: 咳、喀血、息が詰まる。貧血、全身が黄色くなる、水ばかり飲む。食べたものはみな吐いてしまう。要求: 黄色いビーズと白いビーズを互違いに通した耳飾り、青白青の三色にわけられた布(二辺に穴あき硬貨(hela)と黄色と白のビーズ飾りが縫いつけられている)、自分に捧げられたヤギ。草木: mutundukula、mudungu
105 レロニレロ(rero ni rero)。レロ(rero)はドゥルマ語で「今日」を意味する。憑依霊シェラ(shera81)の別名ともいう。施術師によっては、憑依霊ドゥルマ人のグループに入れる者もいる。男性の霊。一日のうちに、ビーズ飾り作り、嗅ぎ出し(kuzuza82)、カヤンバ(kayamba)、「重荷下ろし(kuphula mizigo)106」、「外に出す(ku-lavya konze51)まですべて済ませてしまわねばならないことから「今日は今日だけ(rero ni rero)」と呼ばれる。シェラ自体も、比較的最近になってドゥルマに入り込んだ霊だが、それをことさらにレロニレロと呼んで法外な治療費を要求する施術師たちを、非難する昔気質の施術師もいる。草木: mubunduki108
106 憑依霊シェラに対する治療。シェラの施術師となるには必須の手続き。シェラは本来素早く行動的な霊なのだが、重荷(mizigo107)を背負わされているため軽快に動けない。シェラに憑かれた女性が家事をサボり、いつも疲れているのは、シェラが重荷を背負わされているため。そこで「重荷を下ろす」ことでシェラとシェラが憑いている女性を解放し、本来の勤勉で働き者の女性に戻す必要がある。長い儀礼であるが、その中核部では患者はシェラに憑依され、屋敷でさまざまな重荷(水の入った瓶や、ココヤシの実、石などの詰まった網籠を身体じゅうに掛けられる)を負わされ、施術師に鞭打たれながら水辺まで進む。水辺には木の台が据えられている。そこで重荷をすべて下ろし、台に座った施術師の女助手の膝に腰掛けさせられ、ヤギを身体じゅうにめぐらされ、ヤギが供犠されたのち、患者は水で洗われ、再び鞭打たれながら屋敷に戻る。その過程で女性がするべきさまざまな家事仕事を模擬的にさせられる(薪取り、耕作、水くみ、トウモロコシ搗き、粉挽き、料理)、ついで「夫」とベッドに座り、父(男性施術師)に紹介させられ、夫に食事をあたえ、等々。最後にカヤンバで盛大に踊る、といった感じ。まさにミメティックに、重荷を下ろし、家事を学び直し、家庭をもつという物語が実演される。またシェラの癒やしの術を外に出すンゴマにおいても、「重荷下ろし」はその重要な一部として組み込まれている。
107 ムジゴ(muzigo, pl.mizigo)。「荷物」「重荷」。
108 ムブンドゥキ(mubunduki)。Bourreria nemoralis(Pakia&Cooke2003b:388)。憑依霊レロ・ニ・レロ(rero ni rero105)の草木。
109 ク・ツォザ・ツォガ(ku-tsodza tsoga)。妖術の治療などにおいて皮膚に剃刀で切り傷をつけ(ku-tsodza)、そこに薬(muhaso)を塗り込む行為。ツォガ(tsoga)は薬を塗り込まれた傷。ある種の憑依霊は、とりわけ憑依霊ドゥルマ人や多くのイスラム系の憑依霊は、自分の憑いている者がこうして黒い薬を塗り込まれることを嫌う。したがって施術には前もって憑依霊の同意を取って行う必要がある。そうせずにクツォザすることは患者を一層重篤にする。
110 キバラバンド(chibarabando)。「おしゃべりな人、おしゃべり」。shera81の別名の一つ。「雷鳴」とも結びついている。唱えごとにおいて、Huya chibarabando, musindo wa vuri, musindo wa mwaka.「あのキバラバンド、小雨季の雷鳴、大雨季の雷鳴」と唱えられている。おしゃべりもけたたましいのだろう。
111 ムチェツ・ワ・ミジゴ(muchet'u wa mizigo)。「重荷の女」。憑依霊シェラ81の別名。治療には「重荷下ろし」のカヤンバ(kayamba ra kuphula mizigo)が必要。重荷下ろしのカヤンバ
112 ムチェツ・ワ・コマ(muchet'u wa k'oma)。「きちがい女」。憑依霊シェラ81の別名ともいう。
113 ムジタ・コマ(mujita k'oma)。「狂気を煮立てる者」。憑依霊シェラ(shera81)の別名の一つ。憑依霊ディゴ人(ムディゴ(mudigo71))の別名ともされる。
114 ムチェツ・ワ・キディゴ(muchet'u wa chidigo)。「ディゴ女」。憑依霊シェラ81の別名。あるいは憑依霊ディゴ人(mudigo71)の女性であるともいう。
115 ムヮディワ(mwadiwa)。「長い髪の女」。憑依霊シェラの別名のひとつともいう。ディワ(diwa)は「長い髪」の意。ムヮディワをマディワ(madiwa)と発音する人もいる(特にカヤンバの歌のなかで)。mayo mwadiwa、mayo madiwa、nimadiwaなどさまざまな言い方がされる。
116 ムカンガガ(mukangaga, pl.mikangaga)水辺に生える葦のような草木, 正確にはカンエンガヤツリ Cyperus exaltatus、屋根葺きに用いられる(Pakia2003a:377)。ムルングやライカなど水辺系(池系)の憑依霊(achina maziyani)の薬液をキザ(chiza27)、池(ziya28)として据える際に、その周りに植える(地面に差し込む)など頻繁に用いられる。またムカンガガ子神(mwana mukangaga)は、憑依霊ムルング(mwanamulungu117)の別名の一つである。
117 ムァナムルング(mwanamulungu)。「ムルング子神」と訳しておく。憑依霊の名前の前につける"mwana"には敬称的な意味があると私は考えている。しかし至高神ムルング(mulungu)と憑依霊のムルング(mwanamulungu)の関係については、施術師によって意見が分かれることがある。多くの人は両者を同一とみなしているが、天にいるムルング(女性)が地上に落とした彼女の子供(女性)だとして、区別する者もいる。いずれにしても憑依霊ムルングが、すべての憑依霊の筆頭であるという点では意見が一致している。憑依霊ムルングも他の憑依霊と同様に、自分の要求を伝えるために、自分が惚れた(あるいは目をつけた kutsunuka)人を病気にする。その症状は身体全体にわたる。その一つに人々が発狂(kpwayuka)と呼ぶある種の精神状態がある。また女性の妊娠を妨げるのも憑依霊ムルングの特徴の一つである。ムルングがこうした症状を引き起こすことによって満たそうとする要求は、単に布(nguo ya mulungu と呼ばれる黒い布 nguo nyiru (実際には紺色))であったり、ムルングの草木を水の中で揉みしだいた薬液を浴びることであったり(chiza27)、ムルングの草木を鍋に詰め少量の水を加えて沸騰させ、その湯気を浴びること(「鍋nyungu」)であったりする。さらにムルングは自分自身の子供を要求することもある。それは瓢箪で作られ、瓢箪子供と呼ばれる118。女性の不妊はしばしばムルングのこの要求のせいであるとされ、瓢箪子供をムルングに差し出すことで妊娠が可能になると考えられている119。この瓢箪子供は女性の子供と一緒に背負い布に結ばれ、背中の赤ん坊の健康を守り、さらなる妊娠を可能にしてくれる。しかしムルングの究極の要求は、患者自身が施術師になることである。ムルングが引き起こす症状で、すでに言及した「発狂kpwayuka」は、ムルングのこの究極の要求につながっていることがしばしばである。ここでも瓢箪子供としてムルングは施術師の「子供」となり、彼あるいは彼女の癒やしの術を助ける。もちろん、さまざまな憑依霊が、癒やしの仕事(kazi ya uganga)を欲して=憑かれた者がその霊の癒しの術の施術師(muganga 癒し手、治療師)となってその霊の癒やしの術の仕事をしてくれるようになることを求めて、人に憑く。最終的にはこの願いがかなうまでは霊たちはそれを催促するために、人を様々な病気で苦しめ続ける。憑依霊たちの筆頭は神=ムルングなので、すべての施術師のキャリアは、まず子神ムルングを外に出す(徹夜のカヤンバ儀礼を経て、その瓢箪子供を授けられ、さまざまなテストをパスして正式な施術師として認められる手続き)ことから始まる。
118 ムァナ・ワ・ンドンガ(mwana wa ndonga)。ムァナ(mwana, pl. ana)は「子供」、ンドンガ(ndonga)は「瓢箪」。「瓢箪の子供」を意味する。「瓢箪子供」と訳すことにしている。瓢箪の実(chirenje)で作った子供。瓢箪子供には2種類あり、ひとつは施術師が特定の憑依霊(とその仲間)の癒やしの術(uganga)をとりおこなえる施術師に就任する際に、施術上の父と母から授けられるもので、それは彼(彼女)の施術の力の源泉となる大切な存在(彼/彼女の占いや治療行為を助ける憑依霊はこの瓢箪の姿をとった彼/彼女にとっての「子供」とされる)である。一方、こうした施術師の所持する瓢箪子供とは別に、不妊に悩む女性に授けられるチェレコchereko(ku-ereka 「赤ん坊を背負う」より)とも呼ばれる瓢箪子供119がある。瓢箪子供の各部の名称については、図121を参照。
119 チェレコ(chereko)。「背負う」を意味する動詞ク・エレカ(kpwereka)より。不妊の女性に与えられる瓢箪子供118。子供がなかなかできない(ドゥルマ語で「彼女は子供をきちんと置かない kaika ana」と呼ばれる事態で、連続する死産、流産、赤ん坊が幼いうちに死ぬ、第二子以降がなかなか生まれないなども含む)原因は、しばしば自分の子供がほしいムルング子神117がその女性の出産力に嫉妬して、その女性の妊娠を阻んでいるためとされる。ムルング子神の瓢箪子供を夫婦に授けることで、妻は再び妊娠すると考えられている。まだ一切の加工がされていない瓢箪(chirenje)を「鍋」とともにムルングに示し、妊娠・出産を祈願する。授けられた瓢箪は夫婦の寝台の下に置かれる。やがて妻に子供が生まれると、徹夜のカヤンバを開催し施術師はその瓢箪の口を開け、くびれた部分にビーズ ushangaの紐を結び、中身を取り出す。夫婦は二人でその瓢箪に心臓(ムルングの草木を削って作った木片mapande20)、内蔵(ムルングの草木を砕いて作った香料19)、血(ヒマ油120)を入れて「瓢箪子供」にする。徹夜のカヤンバが夜明け前にクライマックスになると、瓢箪子供をムルング子神(に憑依された妻)に与える。以後、瓢箪子供は夜は夫婦の寝台の上に置かれ、昼は生まれた赤ん坊の背負い布の端に結び付けられて、生まれてきた赤ん坊の成長を守る。瓢箪子どもの血と内臓は、切らさないようにその都度、補っていかねばならない。夫婦の一方が万一浮気をすると瓢箪子供は泣き、壊れてしまうかもしれない。チェレコを授ける儀礼手続きの詳細は、浜本満, 1992,「「子供」としての憑依霊--ドゥルマにおける瓢箪子供を連れ出す儀礼」『アフリカ研究』Vol.41:1-22を参照されたい。
120 ニョーノ(nyono)。ヒマ(mbono, mubono)の実、そこからヒマの油(mafuha ga nyono)を抽出する。さまざまな施術に使われるが、ヒマの油は閉経期を過ぎた女性によって抽出されねばならない。ムルングの瓢箪子供には「血」としてヒマの油が入れられる。
121 ンドンガ(ndonga)。瓢箪chirenjeを乾燥させて作った容器。とりわけ施術師(憑依霊、妖術、冷やしを問わず)が「薬muhaso」を入れるのに用いられる。憑依霊の施術師の場合は、薬の容器とは別に、憑依霊の瓢箪子供 mwana wa ndongaをもっている。内陸部の霊たちの主だったものは自らの「子供」を欲し、それらの霊のmuganga(癒し手、施術師)は、その就任に際して、医療上の父と母によって瓢箪で作られた、それらの霊の「子供」を授かる。その瓢箪は、中に心臓(憑依霊の草木muhiの切片)、血(ヒマ油、ハチミツ、牛のギーなど、霊ごとに定まっている)、腸(mavumba=香料、細かく粉砕した草木他。その材料は霊ごとに定まっている)が入れられている。瓢箪子供は施術師の癒やしの技を手助けする。しかし施術師が過ちを犯すと、「泣き」(中の液が噴きこぼれる)、施術師の癒やしの仕事(uganga)を封印してしまったりする。一方、イスラム系の憑依霊たちはそうした瓢箪子供をもたない。例外が世界導師とペンバ人なのである(ただしペンバ人といっても呪物除去のペンバ人のみで、普通の憑依霊ペンバ人は瓢箪をもたない)。瓢箪子供については〔浜本 1992〕に詳しい(はず)。
122 キデム(chidemu)は布の端布一般を指す言葉だが、憑依霊の文脈では、施術の過程で必要となる3種の短冊状の布を指す。それぞれの憑依霊に応じて、白cheruphe 赤cha kundu 黒(実際には紺色)cha mulunguが用いられる。この場合、白はlaika及びイスラム系、赤はshera、黒はmulunguとarumwengu(他の内陸系憑依霊全般)を表す。
123 ムハソ(muhaso, pl. mihaso)。「薬」。ムハソ(muhaso)という言葉は、冷やしの施術(uganga wa kuphoza)や憑依霊の治療(uganga wa nyama)において用いられる生の草木(muhi, pl.mihi)、あるいは煎じて飲まれる草木なども含む広い概念であるが、単にムハソというと、ムレヤ(mureya, pl. mireya)あるいはムグラレ(mugurare, pl.migurare)と呼ばれる、さまざまな材料を黒い炭になるまで炒めて粉にした形態のものが、含意されている。こちらには妖術で邪悪な意図で用いられるものが多数あり、そのため、単になんらかの不幸や病気がムハソによるものだと言うことで、それが妖術によるものだと言うのと同義に解釈される。
124 ンゴマ(ngoma)。「太鼓」あるいは太鼓演奏を伴う儀礼。木の筒にウシの革を張って作られた太鼓。または太鼓を用いた演奏の催し。憑依霊を招待し、徹夜で踊らせる催しもンゴマngomaと総称される。太鼓には、首からかけて両手で打つ小型のチャプオ(chap'uo, やや大きいものをp'uoと呼ぶ)、大型のムキリマ(muchirima)、片面のみに革を張り地面に置いて用いるブンブンブ(bumbumbu)などがある。ンゴマでは異なる音程で鳴る大小のムキリマやブンブンブを寝台の上などに並べて打ち分け、旋律を出す。熟練の技が必要とされる。チャプオは単純なリズムを刻む。憑依霊の踊りの催しには太鼓よりもカヤンバkayambaと呼ばれる、エレファントグラスの茎で作った2枚の板の間にトゥリトゥリの実(t'urit'uri125)を入れてジャラジャラ音を立てるようにした打楽器の方が広く用いられ、そうした催しはカヤンバあるいはマカヤンバと呼ばれる。もっとも、使用楽器によらず、いずれもンゴマngomaと呼ばれることも多い。特に太鼓だということを強調する場合には、そうした催しは ngoma zenye 「本当のngoma」と呼ばれることもある。また、そこでは各憑依霊の持ち歌が歌われることから、この催しは単に「歌(wira126)」と呼ばれることもある。
125 ムトゥリトゥリ(mut'urit'uri)。和名トウアズキ。憑依霊ムルング他の草木。Abrus precatorius(Pakia&Cooke2003:390)。その実はトゥリトゥリと呼ばれ、カヤンバ楽器(kayamba)や、占いに用いる瓢箪(chititi)の中に入れられる。別名 mutsongo。
126 ウィラ(wira, pl.miira, mawira)。「歌」。しばしば憑依霊を招待する、太鼓やカヤンバ127の伴奏をともなう踊りの催しである(それは憑依霊たちと人間が直接コミュニケーションをとる場でもある)ンゴマ(124)、カヤンバ(127)と同じ意味で用いられる。
127 カヤンバ(kayamba)。憑依霊に対する「治療」のもっとも中心で盛大な機会がンゴマ(ngoma)あるはカヤンバ(makayamba)と呼ばれる歌と踊りからなるイベントである。どちらの名称もそこで用いられる楽器にちなんでいる。ンゴマ(ngoma)は太鼓であり、カヤンバ(kayamba, pl. makayamba)とはエレファントグラスの茎で作った2枚の板の間にトゥリトゥリの実(t'urit'ti125)を入れてジャラジャラ音を立てるようにした打楽器で10人前後の奏者によって演奏される。実際に用いられる楽器がカヤンバであっても、そのイベントをンゴマと呼ぶことも普通である。カヤンバ治療にはさまざまな種類がある。また、そこでは各憑依霊の持ち歌が歌われることから、この催しは単に「歌(wira126)」と呼ばれることもある。
128 ク・ブンガ(ku-phunga)。字義通りには「扇ぐ」という意味の動詞だが、病人を「扇ぐ」と言うと、それは病人をmuweleとしてカヤンバを開くという意味になる。スワヒリ語のク・プンガ(ku-punga129)も、ほぼ同じ意味で用いられる。1939年初版のF.ジョンソン監修の『標準スワヒリ・英語辞典』では、「扇ぐ」を意味する ku-pungaの同音異義語として"exorcise spirits, use of the whole ceremonial of native exorcism--dancing, drumming,incantations"という説明をこの語に与えている。ザンジバルのスワヒリ人のあいだに見られる憑依儀礼に言及しているのだが、それをエクソシズムと捉えている点で大きな誤解がある。少なくとも、ドゥルマの憑依霊のために開催するンゴマやカヤンバには除霊という観念は当てはまらない。しかしニューニ(nyuni3)の治療を専門とするニューニの施術師(muganga wa nyuni)たちは、ニューニに対する施術をク・ヴンガ(ku-vunga)とク・ブンガ(ku-phunga、あるいはスワヒリ語を用いてク・プンガ(ku-punga))の二つに区別している。前者は、引きつけのようなニューニ特有の症状を示す乳幼児に対し薬液(vuo29)を、鶏の羽根をいっぱい刺した浅い籠状の「箕(lungo130)を用いて患者の子供に振り撒くことを中心に据えた治療を指し、後者は母親に憑いたニューニを女性から除霊する施術を指すのに用いている。ここではexorcismという説明が文字通り当てはまる。
129 ク・プンガ(ku-punga)。スワヒリ語で「扇ぐ、振る、除霊する」を意味する動詞。ドゥルマ語のク・ブンガ(ku-phunga128)と同じく、病人を「扇ぐ」と言うと病人をムウェレ(muwele52)としてンゴマやカヤンバ124を開くという意味になる。除霊する(ku-usa nyama, kukokomola5)という目的で開く場合以外は、除霊(exorcism)の意味はない。しかしニューニ(nyuni3)の治療を専門とするニューニの施術師(muganga wa nyuni)たちは、ニューニに対する施術をク・ヴンガ(ku-vunga)とク・ブンガ(ku-phunga、あるいはスワヒリ語を用いてク・プンガ(ku-punga))の二つに区別している。前者は、引きつけのようなニューニ特有の症状を示す乳幼児に対し薬液(vuo29)を、鶏の羽根をいっぱい刺した浅い籠状の「箕(lungo130)を用いて患者の子供に振り撒くことを中心に据えた治療を指し、後者は母親に憑いたニューニを女性から除霊する施術を指すのに用いている。ここではexorcismという説明が文字通り当てはまる。
130 ルンゴ(lungo, pl.malungo or nyungo)。「箕(み)」浅い籠で、杵で搗いて脱穀したトウモロコシの粒を入れて、薄皮と種を選別するのに用いる農具。それにガラス片などを入れた楽器(ツォンゴ(tsongo)あるいはルンゴ(lungo))は死者の埋葬(kuzika)や服喪(hanga)の際の卑猥な内容を含んだ歌(ムセゴ(musego)、キフドゥ(chifudu))の際に用いられる。また箕を地面に伏せて、灰をその上に撒いたものは占い(mburuga)の道具である。ニューニ3の治療においては、薬液(vuo29)を患者に振り撒くのにも用いられる。
131 ムドゥルマ(muduruma, pl. aduruma)。憑依霊ドゥルマ人、田舎者で粗野、ひょうきんなところもあるが、重い病気を引き起こす。多くの別名をもつ一方、さまざまなドゥルマ人がいる。男女のドゥルマ人は施術師になった際に、瓢箪子供を共有できない。男のドゥルマ人は瓢箪に入れる「血」はヒマ油だが女のドゥルマ人はハチミツと異なっているため。カルメ・ンガラ(kalumengala 男性132)、カシディ(kasidi 女性133)、ディゴゼー(digozee 男性老人102)。この3人は明らかに別の実体(?)と思われるが、他の呼称は、たぶんそれぞれの別名だろう。ムガイ(mugayi 「困窮者」)、マシキーニ(masikini「貧乏人」)、ニョエ(nyoe 男性、ニョエはバッタの一種でトウモロコシの穂に頭を突っ込む習性から、内側に潜り込んで隠れようとする憑依霊ドゥルマ人(病気がドゥルマ人のせいであることが簡単にはわからない)の特徴を名付けたもの、ただしニョエがドゥルマ人であることを否定する施術師もいる)。ムキツェコ(muchitseko、動詞 kutseka=「笑う」より)またはムキムェムェ(muchimwemwe(alt. muchimwimwi)、名詞chimwemwe(alt. chimwimwi)=「笑い上戸」より)は、理由なく笑いだしたり、笑い続けるというドゥルマ人の振る舞いから名付けたもの。症状:全身の痒みと掻きむしり(kuwawa mwiri osi na kudzikuna)、腹部熱感(ndani kpwaka moho)、息が詰まる(ku-hangama pumzi),すぐに気を失う(kufa haraka(ku-faは「死ぬ」を意味するが、意識を失うこともkufaと呼ばれる))、長期に渡る便秘、腹部膨満(ndani kuodzala字義通りには「腹が何かで満ち満ちる」))、絶えず便意を催す、膿を排尿、心臓がブラブラする、心臓が(毛を)むしられる、不眠、恐怖、死にそうだと感じる、ブッシュに逃げ込む、(周囲には)元気に見えてすぐ病気になる/病気に見えて、すぐ元気になる(ukongo wa kasidi)。行動: 憑依された人はトウモロコシ粉(ただし石臼で挽いて作った)の練り粥を編み籠(chiroboと呼ばれる持ち手のない小さい籠)に入れて食べたがり、半分に割った瓢箪製の容器(njele135)に注いだ苦い野草のスープを欲しがる。あたり構わず排便、排尿したがる。要求: 男のドゥルマ人は白い布(charehe)と革のベルト(mukanda wa ch'ingo)、女のドゥルマ人は紺色の布(nguo ya mulungu)にビーズで十字を描いたもの、癒やしの仕事。治療: 「鍋」、煮る草木、ぼろ布を焼いてその煙を浴びる。(注釈の注釈: ドゥルマの憑依霊の世界にはかなりの流動性がある。施術師の間での共通の知識もあるが、憑依霊についての知識の重要な源泉が、施術師個々人が見る夢であることから、施術師ごとの変異が生じる。同じ施術師であっても、時間がたつと知識が変化する。例えば私の重要な相談相手の一人であるChariはドゥルマ人と世界導師をその重要な持ち霊としているが、彼女は1989年の時点ではディゴゼーをドゥルマ人とは位置づけておらず(夢の中でディゴゼーがドゥルマ語を喋っており、カヤンバの席で出現したときもドゥルマ語でやりとりしている事実はあった)、独立した憑依霊として扱っていた。しかし1991年の時点では、はっきりドゥルマ人の長老として、ドゥルマ人のなかでもリーダー格の存在として扱っていた。)
132 カルメンガラ(kalumeng'ala)。直訳すれば「光る小さな男」。憑依霊ドゥルマ人(muduruma131)の別名、男性のドゥルマ人。「内の問題も、外の問題も知っている」と歌われる。
133 カシディ(kasidi)。この言葉は、状況にその行為を余儀なくしたり,予期させたり,正当化したり,意味あらしめたりするものがないのに自分からその行為を行なうことを指し、一連の自分本位の、場違いな行為、身勝手な行為、無礼な行為、(殺人の場合は偶然ではなく)故意による殺人、などがkasidiとされる。人として最悪なのだが、なぜか憑依霊ドゥルマ人の特徴とされ、とりわけ女性の憑依霊ドゥルマ人は、まさにカシディという名前で呼ばれる。なんという自画像。「mutu wa kasidi=kasidiの人」は無礼者。「ukongo wa kasidi= kasidiの病気」とは施術師たちによる解説では、今にも死にそうな重病かと思わせると、次にはケロッとしているといった周りからは仮病と思われてもしかたがない病気のこと。仮病そのものもkasidi、あるはukongo wa kasidiと呼ばれることも多い。あるいは重病で意識を失ったかと思うと、また「生き返り」を繰り返す病気も、この名で呼ばれる。またカシディは、女性の憑依霊ドゥルマ人(muduruma131)の名称でもある。カシディに憑かれた場合の特徴的な病気は上述のukongo wa kasidi(カシディの病気)であり、カヤンバなどで出現したカシディの振る舞いは、場違いで無礼な振る舞いである。男性の憑依霊ドゥルマ人とは別の、蜂蜜を「血」とする瓢箪子供(mwana wa ndonga134)を要求する。
134 ムァナ・ワ・ンドンガ(mwana wa ndonga)。ムァナ(mwana, pl. ana)は「子供」、ンドンガ(ndonga)は「瓢箪」。「瓢箪の子供」を意味する。「瓢箪子供」と訳すことにしている。瓢箪の実(chirenje)で作った子供。瓢箪子供には2種類あり、ひとつは施術師が特定の憑依霊(とその仲間)の癒やしの術(uganga)をとりおこなえる施術師に就任する際に、施術上の父と母から授けられるもので、それは彼(彼女)の施術の力の源泉となる大切な存在(彼/彼女の占いや治療行為を助ける憑依霊はこの瓢箪の姿をとった彼/彼女にとっての「子供」とされる)である。一方、こうした施術師の所持する瓢箪子供とは別に、不妊に悩む女性に授けられるチェレコchereko(ku-ereka 「赤ん坊を背負う」より)とも呼ばれる瓢箪子供119がある。
135 ンジェレ(njele, pl.njele)。くびれのない瓢箪を半分に割って作った容器。スープや牛乳を飲んだり、薬液の容器としても用いられる。
136 ムペンバ(mupemba)。民族名の憑依霊ペンバ人。ザンジバル島の北にあるペンバ島(Pemba137)の住人。強力な霊。きれい好きで厳格なイスラム教徒であるが、なかには瓢箪子供をもつペンバ人もおり、内陸系の霊とも共通性がある。犠牲者の血を好む。症状: 腹が「折りたたまれる(きつく圧迫される)」、吐血、血尿。治療:7日間の「飲む大皿」と「浴びる大皿」30、香料19と海岸部の草木17の鍋26。要求: 白いローブ(kanzu)帽子(kofia手縫いの)などイスラムの装束、コーラン(本)、陶器製のコップ(それで「飲む大皿」や香料を飲みたがる)、ナイフや長刀(panga)、癒やしの術(uganga)。施術師になるには鍋治療ののちに徹夜のカヤンバ(ンゴマ)、赤いヤギ、白いヤギの供犠が行われる。ペンバ人のヤギを飼育(みだりに殺して食べてはならない)。これらの要求をかなえると、ペンバ人はとり憑いている者を金持ちにしてくれるという。
137 ペンバ(Pemba)。タンザニア海岸部インド洋上の島。ザンジバル島(現地名ウングジャ島)の北部に位置し、ザンジバル島とともにザンジバル革命政府の統治下にある。大陸部のタンガニーカとあわせてタンザニア連合共和国を構成している。ペンバ島はオマーンアラブの支配下に開かれたクローブのプランテーションで知られており、ドゥルマの年配者のなかにはそこでの労働の経験者も多い。憑依霊ペンバ人はイスラム系の憑依霊の中でもとりわけ獰猛で強力な霊として知られている。
138 ク・ツォザ・ツォガ(ku-tsodza tsoga)。妖術の治療などにおいて皮膚に剃刀で切り傷をつけ(ku-tsodza)、そこに薬(muhaso)を塗り込む行為。ツォガ(tsoga)は薬を塗り込まれた傷。ある種の憑依霊は、とりわけ憑依霊ドゥルマ人や多くのイスラム系の憑依霊は、自分の憑いている者がこうして黒い薬を塗り込まれることを嫌う。したがって施術には前もって憑依霊の同意を取って行う必要がある。そうせずにクツォザすることは患者を一層重篤にする。「彼女を発狂させる(umwayuse)」も、そうした憑依霊の怒りによる結果を示唆するもの。
139 ンゴンベ(ng'ombe)。「ウシ」。憑依の文脈では、ンゴンベは占い(mburuga)に際して、支払われる報酬。他の物価はこの間高騰したが、占いの報酬は1983から1988年までずっと2シリングだった。日本円に直すと40円から13円くらいまで下落した格好だ。チャリは1989年に3シリングに値上げしていたが、それでも20円弱。
140 コンボ(k'ombo, pl.k'ombo)。常軌をはずれた、規格外の、不正な、曲がった状態や、モノを一般的に指す。お目こぼし、おまけ、の意味でも用いる。
141 先のパラグラフでは「全員」は相談者の子供たちであったが、ここでは憑依霊全員を挙げて唱えてもらうようにという意味にもとれる。イスラム系の霊はとばして良いということからも。ただ、直後にまた子供の話しに戻るので、一義的に決定するのは困難である。
142 ルーブァ(rupha, pl.marupha)。妖術使いによって奪われる犠牲者がもっている豊穣性(これには運、体力、生命力 恵み、富を引き寄せる力など(riziki, nguvu, nongo, chinamana etc.)個人に備わる肯定的属性一般が含まれる)。おそらく、アラビア語由来のスワヒリ語である rutuba(pl.rutuba)に由来するのではと思う。
143 キパンデ(chipande, pl.vipande)。スワヒリ語の kipande(pl.vipande)より。スワヒリ語では kipande は「月ぎめの労働の日々の詩ごとの記録カード」(Wazaki1980:259)を指し、転じてそのような形態での賃仕事を指すという。ドゥルマではこの言葉は、他人の畑の特定の区画を割り当てられて耕し、現金で報酬を得るという近年(といっても1980年代以降)の慣行で「賃労働で耕す畑の一区画、またはその労働」を指す。またそうした労働をすることを kurimira chipande(or vipande)という。こうした現金の報酬をもらう畑仕事は以前は marungaと呼ばれていたが、最近ではこの言葉は耳にしなくなった。農作業はかつて(1980年代はじめ頃まで)は、日本におけるかつての「結」のような互助的共同作業(muterya あるいは mweryaと呼ばれる)で行われており、marunga自体も80年代以降の慣行である。
Wazaki, Y., 1980, Kamusi ya Kiswahili-Kijapani, Yotokusha
144 ブー(buu)。何かに覆われてしまったさま、覆い隠されるさまを表す擬態語。ブーの代わりにンブー(mbuu)でも。ku-finikira「(布などで)カバーする、覆う」やku-binikiza「蓋をする、覆う」などの動詞を伴う。pheeまたはpee145との対比で用いられる。こちらを「明」とするとbuuまたはmbuuは「暗」に当たる。
145 ブゥエー(phee yiyi-)。「小康、回復」。ブゥエーの代わりにペー(pee)を使ってもよい。同じ意味にバハ(baha, yiyi-)。"homa rangu rihenda phee. 私のマラリアは少し収まった= homa rangu rihenda baha"。pheeまたはpeeは、しばしばbuuまたはmbuu144との対比で用いられる。後者が「暗」だとすると前者は「明」になる。
146 キリャンゴナ(chiryangona, pl. viryangona)。施術師(muganga)が施術(憑依霊の施術、妖術の施術を問わず)において用いる、草木(muhi)や薬(muhaso, mureya など)以外に必要とする品物。妖術使いが妖術をかける際に、用いる同様な品々。施術の媒体、あるいは補助物。治療に際しては、施術師を呼ぶ際にキリャンゴナを確認し、依頼者側で用意しておかねばならない。施術に必要なものは少量なので、なにかを少しだけ用いる際にも、これは単なるキリャンゴナだよ、などと言ったりもする。
147 治療にあたる施術師を決めるために、占いの客は複数の候補を提示しなければならない。客は藪に入り、5cmほどの生木の枝を4~5本持ってきて、占い師の前に差し出す。一本一本が、特定の施術師なのだが、それぞれが誰であるのかは占い師にはわからない。占い師は枝を一本一本嗅ぎ、最後に「あなたがたの施術師はこの人さ」と言って一本の枝を客に差し出す。それが治療に当たる施術師になる。
148 クワラ・ノンゴ(ku-wala nongo)。クワラ(ku-wala)は「持ってくる、取ってくる、連れて来る」などを意味する動詞。ノンゴ(nongo9)は「汚れ」。クワラ・ノンゴは「汚れをもってくる」の意味で、妖術の一種。妖術使いは犠牲者の持ち物、毛髪などを盗んでムズカ(muzuka10)(あるいは蟻塚、墓場、かつて道のあった場所など)に置いてくる。それによって犠牲者にはさまざまな災難が降りかかる。治療は「ノンゴを(犠牲者に)返してやる」ことによって行う。一々「汚れ」という代わりに、誰それさんはムズカにもって行かれた( sb. wawalwa muzukani)などと言うだけでも通じる。
149 ングヴ(nguvu)。「力」「体力」「強さ」などを意味する名詞。人について用いられるとき、単に力持ち的な意味での人が行使できる「力」については別にムコツェ(mukotse)という単語がある。ングヴはいわゆる基礎体力的な意味での力である。クズザ(kuzuza82)の施術においては、ライカなどの憑依霊が奪ったキブリを、奪われた患者に「戻してやる(ku-udzira)」施術であるが、同時に患者のングヴを戻してやるという言い方も用いられている。
150 フフト(fufuto, pl. mafufuto)。ムズカ10に溜まった枯れ葉やゴミ。これらを持ち帰って燻し(kufukiza151)などの施術に用いる。妖術使いが奪ったとされる犠牲者の汚れを取り戻す際に必要な手続き。
151 ク・フキザ(ku-fukiza)。「煙を当てる、燻す」。kudzifukizaは自分に煙を当てる、燻す、鍋の湯気を浴びる。ku-fukiza, kudzifukiza するものは「鍋nyungu」以外に、乳香ubaniや香料(さまざまな治療において)、洞窟のなかの枯葉やゴミ(mafufuto)(力や汚れをとり戻す妖術系施術 kuudzira nguvu/nongo)、池などから掴み取ってきた水草など(単に乾燥させたり、さらに砕いて粉にしたり)(laikaやsheraの施術)、ぼろ布(videmu)(憑依霊ドゥルマ人などの施術)などがある。
152 ムグンディ(mugundi, pl.migundi)。Acacia etbaica(Pakia&Cooke2003b:390)。ニューニの草木。別名キクヮタ(chikpwata)。樹皮を取り除いた木質部は咳やchiphuti(おそらくインフルエンザまたは黄熱病)の薬。ただし、Maundu&Tengnas2005:68によるとAcacia nilotica.