ニューニについて(Mwadzombo_Bache老による)

目次

  1. Mwadzombo老、Nov.3, 1991(フィールドノート)

  2. Mwadzombo老、Jan.21, 1994(フィールドノート)

  3. Mwadzombo老、Feb.27, 1994(インタビュー)

  4. インタビュー・テキスト日本語訳(Jan.21, 1994)

  5. インタビュー・テキスト日本語訳(Feb.27, 1994)

  6. 考察: Mwadzombo老データの意義

  7. 注釈

ニューニについて

Mwadzombo老、Nov.3, 1991(フィールドノート)

(1991/11/3 のフィールドノートより、ムァゾンボ氏宅での談話1からニューニ関係のみ抽出。ほぼ名前のみのリストなのでフィールドノートは記載事実をそのまま提示の原則を破って、最小限の翻訳を付加。 アスタリスク付きのものは他の施術師にも知られている(誰もが知っているような)ニューニだが、それ以外のものは他のニューニの施術師にたずねてもわからないという。Mwadzombo老が挙げていく彼が治療できるニューニの名前と説明を、必死にメモしたものなので聞き間違いもあるかもしれない。いや絶対ある。)

nyuniの治療でlungo40で子供をvunga41することを ku-urusa と呼ぶ ku-urusa はディゴ語で ku-burusa42 の意味

Mwadzombo老、Jan.21, 1994(フィールドノート)

(1994/1/21のフィールドノートより。Mwadzombo老から再度ニューニの話を聞く機会を得る。この回もニューニは本題でなかったため、ごく短いインタビュー。例によって、日本語訳はウェブ化に際して付加)

cf. gojama ni mutu, si nyuni(ゴジャマは人間だ、ニューニじゃない) gojama =zimu yunarya mabulu(蛆虫(青虫など含む)を食べる) Mwadzombo老とのニューニについての短いインタビュー

Mwadzombo老、Feb.27, 1994(from diary)

Katanaたちが出かけた後入力作業に取り掛かっていると、Mwadzombo氏来訪。Vanda ra chifuduについて確認していると、ちょうどHamisi RuwaとMebakariが来る。いっしょにインタビュー。ただしキルワやニューニについてで既に得た情報のくり返しになる。 ニューニの種類とその治療

インタビュー・テキストの日本語訳

Mwadzombo老とのニューニについての短いインタビュー Jan.21, 1994

ドゥルマ語テキスト (DB 7712-7714) 7712

Hamamoto(H): あなたは、どんなニューニとどんなニューニの治療をなさいますか。 Mwadzombo(Mw): ニューニ。ひとつのニューニがいる。子供が生まれた(ディゴ語混じりの言葉で)。 H: 子供が生まれた? Mw: 子供が生まれた。その後、口の中から泡(povu(スワヒリ語))が出てくる。 H: ふーむ。泡(fulo)がね。 Mw: 次に、ここ、ここがへっこむ。 H: ふーむ。ひよめきですね。 Mw: そう。次に泣く。 H: 激しく泣く。 Mw: 眠らない。 H: 眠らない。このニューニはなんと呼ばれますか。 Mw: そのニューニはキフロ(chifulo)と呼ばれている。 H: キフロのニューニですね。 Mw: クヮングヮル(kpwangbwalu)、クウドゥサ(kuudusa)、ムヮハ(mwaha)。ところで、クヮングヮルだが、お前は子供に血がないのがわかるだろう。 H: ああ、血を吸われる(飲まれる)のですね。 Mw: そう。鼻汁もまったくない。固い(乾いている)。唾液もない。でもここにやって来たら、さて私がその子を治療する。でもそいつ(クヮングヮル)はこのあたりでは知られていない。 (ムァゾンボ老、嗅ぎたばこをひとしきり嗜む) Mw: ズニ(dzuni43)、ムブィブィ(mbwibwi「唖」48)。

7713

Hamamoto(H): そのズニですが、捕らえ方はどのようなものでしょう? Mwadzombo(Mw): 速い。(どこかに行く)途中でも、子供が突然(ズニに)捕らえられることがある。さて、捕らえられたのがもしこの近くだったら、私が救う。私の瓢箪をもってこよう。さて、その子供を洗ってやって、救う。 H: 薬液でですね。 Mw: その後、子供が眠りにつくのを見るだろう。一発だよ。 H: もう、とき解かれている。というわけで、ズニの症状は、速いこと。 Mw: そうとも。その子といっしょに歩いてどこかに行く途中でも。 H: ところでキルイ(chilui44)とズニは別者ですか? Mw: 同一人物だよ。 H: じゃあ、あのズカ(zuka45)は?ズカもニューニの一種ですよね。 Mw: そう、くちばしの長いやつ。 H: え?くちばしが長い。ズニと同じく47 Mw: そうとも。 H: OK。ところで、人が、あのゴジャマ(gojama33)もニューニの一種だと言うのを聞いたことがあります。そうですか? Mw: ゴジャマ?ゴジャマは人だよ。 H: 人。 Mw: そいつは荒蕪地(nyika)に棲んでいる。そいつは人間を感知したら、ウウウ(襲いかかる様を表す擬態語)してくる。そいつがこんな風に立っているのを見れば、人間そのものだ。歯も人間の歯だ。普段はそいつは(地中の)蛆虫(青虫)を食べている。そんなわけで、そいつはジム(zimu50)とも呼ばれる。

7714

Hamamoto(H): おお、ジムとゴジャマは同一人物ですか? Mwadzombo(Mw): 同一人物さ。さあ、そいつが子供を捕まえたら、お前はその子の涎がだらだら流れるのを見るだろうよ。その子供は知恵遅れみたいに、ぐったり、ぐったり。 H: でもそいつはニューニではなく、人? Mw: 人そのものさ、こんな風に。そいつはお前の足跡を追ってくることもできる。お前は、このような(弓を指して)武器をもっていなければ。もしお前が武器をもっていたら、そいつはついてこない。 H: でも、もしなにも武器をもっていなかったら。 Mw: そいつはやって来て、お前に噛みつく。

ニューニの種類とその治療(by Mwadzombo Bache) Feb.27, 1994

ドゥルマ語テキスト (DB 8107-8112)

8107

Mwadzombo(Mw): そのニューニは、羽根の房があるあいつみたいな、あいつ、ダチョウ(nyaa)。 Hamisi Ruwa(R): ダチョウ! Hamamoto(H): ニャー(nyaa)、ニャーもまた鳥なのですか51 Mw: そうだよ。さらにあのムウェー(mwee52)がいる。あの鷹(mainzu)みたいな。 R: ズニ(dzuni)にニャーにムウェー... Mw: 鷹みたいな。あの鷹な。そいつらがズニ(madzuni43)と呼ばれている。あの鷹な。それにキロブェロブェ(chiropherophe54)もニューニだね。 H: おお、キロブェロブェもですか。 Mw: なぜなら、子供は、キロブェロブェが鳴くと、その子もその真似をする、最後にはその子が嘔吐するのを見ることになるね。 H: うーむ。 R: なんと! Mw: これは本当のことなんだ。でも4本脚の動物でニューニであるものはいない。 H: そう。だって憑依霊ドエ人(mudoe)も人だし、ゴジャマ(gojama)も人ですからね。 Mw: 私はね、誰も知らない私だけのニューニをもってるんだよ。ひとつ例をあげようか。クウドゥサ(ku-udusa55)という名前のニューニがいる。 H: クウドゥサ? Mw: そいつが捕らえるときは、脇腹(mbavu)をとらえる。頭を膨らます。あるいは頭を割る。そして脇腹に突然差し込んで、子供がこんな風になる(浅く速い呼吸)のを見るだろう。

8108

Hamisi Ruwa(R): 脇腹がつかまれて、浅い呼吸になる。 Hamamoto(H): はっ、はっという感じですね。 Mwadzombo(Mw): こいつクウドゥサのキリャンゴナ(chiryangona46)は、こいつらが食べているカニ(kala56)をもってこないと。 R: カニ? Mw: カニ。 H: 海にいる? Mw: ゾベ(zobe57)でもいい。(甲殻類特有の)脚(magando58)をもったやつ。 H: ああ。 Mw: さらにムヮハ(mwaha59)と呼ばれる(ニューニ)のもいる。 H: うーむ。ムヮハ。 Mw: ムヮハ。子供が出産すると、すでにそいつが始まってしまっている(手足を痙攣させるジェスチャー)。つまり子供に始まっている。それがムヮハ。 R: なるほど、それもニューニなんですね? Mw: ニューニだよ。 R: 同じく鳥(nyama wa kuburuka)ですか? Mw: 違う、違う。海の動物だよ。 R: 海の動物。

8109

Mwadzombo(Mw): こいつクウドゥサと同じものだよ。 Ruwa(R): おおお。 Mw: さらに、キフロ(chifulo4)と呼ばれるやつもいる。よく観察してごらん、お前。赤ん坊が生まれるとき、よく見るとここ口のあたりで、泡がガーッとでているのを見るだろう。 R: はい、泡が出ているのを見ます。 Hamamoto(H): うーむ。泡ね。 Mw: ああ、カニはな、どこでカニを見ても、泡そのものだ。 H: ええ、そのとおりです。泡をいっぱい出してます。 Mw: そして、(カニで)「薬」を調えたら、今度は生きたカニを手に入れて、その口をもってこなければな。 H: なるほど、そのカニの? Mw: うむ。そして脚もな。 R: ああ、そう言えば、あのハマディさん(妖術系、およびニューニの施術師)が言ってました。泡を出すニューニは、たぶん、わからないけど、ニョンゴロ(nyongoro60)か、なんていうニューニだっけ... Mw: ニョンゴロは別ものだ。ニョンゴロは、女性が妊娠しているときにニョンゴー(nyongoo61)を引き起こすやつだよ。ニョンゴーを引き起こす。 H: ああ、それならニョンゴーとニョンゴロは... Mw: 同じものだよ。ニョンゴーだよ。 H: うーむ。

8110

Mwadzombo(Mw): さて、そいつ(nyongoo)は、もしお前が女性を防御(ku-finya62)するとしたら、彼女に薬(mihaso)を与え、それを彼女に煎じてやると、そいつニョンゴーはあの子供が出てくるところから、外に出ていく。しかし、子供が生まれるまで待って二ヨンゴーを治療しようとしても、ニョンゴーにたちうちできない。これは本当のことだ。 Ruwa(R): 腹の中で治療してもらう。 Mw: 腹の中で二ヨンゴーを閉ざす(ku-finya)のさ。 R: ええ、その女性.... Mw: そう、彼女にその薬を与える。なぜなら、ニョンゴーというやつはニョンゴー・ジョンゴロ(nyongoo jongolo)だから。 Hamamoto(H): ジョンゴロ(jongolo63)。あのジョンゴロそのものですか? Mw: さて、ところでキフロ(chifulo)だが、お前は見るだろう。子供がガーッ、泡。 H: 泡いっぱい。 Mw: さて、あいつクヮングヮル(kpwangbwalu3)がいる。子供は鼻汁が出ない。唾液もない。 H: 唾液がない? Mw: 唾液がない。口の中はンガッ、固い(乾いている)。 R: そいつもあなたのニューニなんですか。 Mw: そいつと、あのクウドゥサ、ムヮハ、キドゥドゥモ(chidudumo).. それにキフロ。全部あいつらの動物たちさ。 R: 海の? Mw: 海のな。 Hamamoto(H): おお、すべて海の動物ですか?

8111

Mwadzombo(Mw): そいつの草木は葉をつけない。たとえ雨が降っても、固い。こんな風に触ると、お前はそれが露を置いているとわかるだろう。でもほんの少し触っただけで、水を払い落としてしまう。つかんでも、水はない。 Ruwa(R): それは海岸部の草木ですか? Mw: そこに含まれている。 R: それはそいつ(キフロ)を治療するための(草木)ですか? Mw: そうとも、そこに含まれている。 R: 見たところそれはまるで水があるみたいに見える。それに触れたら、それは水を払い落としてしまう。 Mw: 指先でこんな風に揉み潰しても、水はない。 Hamamoto(H): へー。 Mw: 子供も(そいつに)捕らえられると、よだれ(nyuhe)も、鼻汁もがなくなってしまうのがわかる。口の中もンゲッと固い(乾いている)。こんな風にしても、よだれだけ。 H: むむ。 Mw: そいつはクヮングヮル(kpwangbwalu3)と呼ばれている。 H: クヮングヮル。うーん。とすると、そいつは鳥(nyama wa kuburuka)、それとも海の動物? Mw: ちがう。海(海岸部)のやつらだよ。あいつら、コエ(koe 甲殻類の一種、未同定)とか、カニ(kala)とか... R: (甲殻類特有の)脚(migando58)をもっているやつら。

8112

Mwadzombo(Mw): また、あの魚(samaki)たちも、見たらこんな風に(ジェスチャー)泡をふく。 Hamamoto(H): うーむ。 Mw: あれら水の動物、あれら魚(samaki)。 H: ええ、子供たちを捕らえるんですか? Mw: 淡水魚(mabeshe66)、ああ、あいつらもニューニだよ。 H: でも、他のは...多くのニューニは鳥(nyama a kuburuka)だと思うんですが。 (私の問いを無視して) Mw: おまえ知ってるかい?ニョンゴーも、(その治療には)まずはあのウナギ(mukunga)を手に入れなければならない。 Ruwa(R): ウナギ。 H: なんと、そうなんですか。 Mw: それとナマズ(tsomvi)。 H: ナマズ。それがキリャンゴナ(chiryangona)なんだ。 Mw: そう。まさにナマズ、それと淡水魚(beshe67)...鰭と頭、鰭と頭。それに、このあたりを突き破って実を産むバナナの木(mugomba)。さて、それが済んだら、他の草木を採集しなければ。 R: どうしてバナナの木を手に入れないといけないんですか。 Mw: ここのところからはじけるからだよ。(ニョンゴーのせいで)胎児が腹の中で引っかかる。そして冷たくなるということだけど、でも本当のところ、それについては私もよく知らないんだよ。 R: ああ、ひとりひとりの施術師に、彼だけが知っていることがありますね、たしかに。施術師たちは得てして余計な問題をもちだすものです。

8114

Hamamoto(H): なるほど。つまり、人がニューニであることはないと。つまりニューニは、鳥(nyama wa kuburuka)と、海の生き物だと。 Mwadzombo(Mw): いやいや。鳥はほんの少しだよ。ズニ、ダチョウ、それとあれ... H: それとムウェー? Mw: それとキルイ。象をついばむやつだ。そいつが通り過ぎると、空に太陽が見えなくなる。そいつは内陸の荒蕪地に棲んでいる。 H: キルイ。 Ruwa(R): とても大きいんですね? Mw: そう、とても大きい。象をついばんで、象を捕らえて飛び去るほど大きい。 H: でも、ニューニの多くは海の生き物? R: 他のものは水の生き物、あのカニとか... Mw: その他は海の生き物。 H: でも人はいない、全然?ゴジャマみたいな? Mw: なあ、憑依霊グジャマ(gujama=gojama33)は、お前と同じような人間だよ。内陸の荒蕪地に棲んでいる。そいつはお前の名前を呼ぶことができる。そいつはお前を見るだけで、お前が誰か知っている。さて... R: うむ。こんな感じだ。お前が通り過ぎると、そいつはお前を名前で呼ぶんだよ。 Mw: そうとも。そいつがあの私の小屋あたりにいて、お前はそいつがお前を名前で呼んでいるのが聞こえる。お前はそいつから逃げようとする。だって、そいつの歯はこんなふうだからな(鋭い歯を剥いているさまをジェスチャーで)。さて、お前は枝をしごいて葉を落とし、葉っぱを山のように積む。(ゴジャマが)やってくると、そいつはその葉っぱの枚数を数えている。お前は遠くに逃げるのさ。(笑い)

8115

Mwadzombo(Mw): さあ、そいつが、ここ我々の土地にやってきて憑依霊に変わったんだ。 Ruwa(R): そう、グジャマ。 Mw: そう、グジャマさ。 R: でもそいつはニューニではない。 Mw: ちがう、ちがう。そいつは憑依霊さ。扇がれる(kupungbwa68)やつら。 Hamamoto(H): ではムドエ(mudoe79)は? Mw: ムドエもそう。ムドエは単に異民族さ。 H: おお。ニューニではないんですね。 Mw: お前、ドエ人がいるのを知らないのか?ええ?さて、あいつらドエ人たちは(妖術使いによって)彼らのキナマナ(vinamana81)を奪われて、それを炒められて(黒い「薬」に作られ、(妖術使いたちが)それを使って(ドゥルマの)人々を罠にかけたんだよ。今では人(患者)は、(こいつを捕らえている)この憑依霊はムドエ(憑依霊ドエ人だ)と言われるのさ。 H: おお! Mw: お前、白人(muzungu82)(という憑依霊)もいるのを知らないかい? R: ええ、ムミアニの白人(muzungu wa mumiani83)。 H: それとケヤの白人(muzungu wa keya)。 Mw: そうそう。さてあいつらケヤ(KAR= King's African Rifles84)の人々も、当地にやってきて憑依霊にされたんだよ。 R: ええ、その通りです。そして憑依霊ドイツ人だっています。 Mw: そうそう。そいつももってこられたんだよ。だって、グジャマはジム(zimu50)だから。グジャマ、グジャマはそうジムなんだよ。

8116

Hamamoto(H): ジム(zimu)? Ruwa(R): でっかい歯と長い爪の。 Mwadzombo(Mw): あちら内陸部の荒蕪地では、ンガマ(ngama85)ばかり食べている。それが彼らの食べ物。でも、とても獰猛なやつで、お前を見たら追いかけてくる。 R: そこで葉をしごきとって置いておいてやると。 H: そいつは数えだす。 (笑い) Mw: お前が葉っぱをしごき取ったら、そいつはやって来て数える。お前は遠くに去り、また葉っぱをしごき取る、そいつはやって来てまた数える。お前は立ち去る。そいつはお前を捕まえないだろう。ってなわけだ。わしはいろいろ知ってるんじゃ。 H: うむむ。つまりはあれらの憑依霊のことを、人々は動物(nyama)と呼んでます。しかし、なんと、みんな人なんですね。 Mw: ああ、人だよ。 H: ンゴマ/カヤンバで扇がれている者(憑依霊)たちはみんな? Mw: そう。人だよ。

考察

ムァゾンボ老はこのあたりでも最年長といってよい老人で、ドゥルマ諸クランの歴史やかつての制度についての話を主にうかがってきた。また「冷やしの施術師」として屋敷の秩序を維持する「ドゥルマのやり方」について興味深い話を聞くことができた。同時に、ニューニの施術師でもあったので、折に触れてニューニについても尋ねる機会があった。

ただムァゾンボ老の、ニューニについての知識は、地域の他のニューニの施術師たちの知識とはかなり異なっていた。他の施術師たちとも共通する知識もあったが(ズニ、キルイ、ムウェー、ズカ、ニャグなど)、ムァゾンボ老は、もっぱらこうした共通するニューニについてよりも、彼自身のニューニについて熱心に語る傾向があった。別名「上の霊(動物) nyama a dzulu」とされるニューニの多くは、文字通り「鳥」=「飛ぶ・羽ばたく動物(nyama a kuburuka)」なのだが、彼は海の動物、エビ・カニなどの甲殻類や魚類のニューニをより強調しているように見える。

ニューニについては、私はあまり本腰を入れて調査しなかったのだが、施術師ごとの知識のヴァリエーションがかなりあることは確かだ。誰でも任意のニューニの施術師から購入して自ら施術師になることができるので、こうしたゆるい伝達の網の目の中で知識の変異が増殖していくのかもしれない。

また最後にゴジャマやムドエがニューニかどうかを確認した。これはHamisi Ruwa君が単独で行ったHamadi Mbega氏とのインタビューで、ハマディ氏がゴジャマやムドエをニューニだと主張していたことに関連して、他のニューニの施術師の見解を確認したかったため。

この点の確認はすぐにできたのだが、その際に憑依霊たちは、一般にニャマ(nyama「動物、霊」)と呼ばれているものの、ニューニが単純に「羽ばたく動物=鳥」「海の動物=カニなど」端的に動物であるのに対し、それと区別して憑依霊が「人 mutu」(といってもゴジャマなどはとても人とは呼べない鋭い牙と爪をもった怪物なのだが)だとされているのが印象的だった。これはニューニが単純に追い払ったり、除霊したりの対象であるのに対し、憑依霊たちは交渉可能で、安定的な関係を打ち立てることが施術の目的となっていることとも符合している。

憑依霊の世界の構成が、歴史的に変化してきていることは、施術師以外にも多くのドゥルマの人々が指摘している。その際に、しばしば新規の霊の登場は、妖術使いに導入され、彼らが人々が捕らえられるようにと、道端や水場に仕掛けたことによって広まったと語られることがある。たとえば憑依霊シェラがドゥルマ地域に広まった経緯についての施術師チャリの説明や、近所のお婆さんムチェムンダさんの説明のように。

ここでもムァゾンボ老は、憑依霊ムドエについて、妖術使いがドエ人たちの身につけたものを盗み出してそれで「薬」を作り、人々を捕らえさせたことが憑依霊ムドエの始まりだという説を語っている。さらには憑依霊白人すら、こうした経緯で作り出された憑依霊だと言い切る。憑依霊と妖術(「薬」)という二つの想像力、隠喩と換喩が干渉しあっているようで、興味深い。

ただ、多くのニューニの施術師が問題にする、母親の母乳経由でニューニが子供に危害を加えるという点には、触れていない。またベニィロ老のように、o同じく多くの施術師が問題にする、母親に対する施術と婚外性交渉の禁止の関係にも触れていない。

注釈


1 彼が「冷やしの施術師(muganga wa kuphoza2」であることを知っていたので、その前の週に彼が行った「火事の施術」の唱えごと(せっかく録音したのに間違って上書きしてしまった)についてもう一度教えてもらおうとやって来たのだが、その話に入る前の雑談の中で、彼が自分の施術のレパートリについて語り始め、そこでニューニの話になった。荷物は客として訪問したときの常として「奪われている(kuphokerwa)」ので、録音するにもできず、必死でメモ帳に書いたもの。その中でたくさんのニューニの種類が挙げられた。その後、お茶をふるまわれた後、荷物を返してもらい、本題の「冷やしの施術」についてのインタビューを始めた。
2 ウガンガ(uganga)。癒やしの術、治療術、施術などという訳語を当てている。病気やその他の災に対処する技術。さまざまな種類の術があるが、大別すると3つに分けられる。(1)冷やしの施術(uganga wa kuphoza): 安心安全に生を営んでいくうえで従わねばならないさまざまなやり方・きまり(人々はドゥルマのやり方chidurumaと呼ぶ)を犯した結果生じる秩序の乱れや災厄、あるいは外的な事故がもたらす秩序の乱れを「冷やし」修正する術。(2)薬の施術(uganga wa muhaso): 妖術使い(さまざまな薬を使役して他人に不幸や危害をもたらす者)によって引き起こされた病気や災厄に対処する、妖術使い同様に薬の使役に通暁した専門家たちが提供する術。(3)憑依霊の施術(uganga wa nyama): 憑依霊によって引き起こされるさまざまな病気に対処し、憑依霊と交渉し患者と憑依霊の関係を取り持ち、再構築し、安定させる癒やしの術。
3 クヮングヮル(kpwangbwalu)。冷やしの施術、妖術対処の施術、ニューニの治療などさまざまな癒やしの術をもつムァゾンボ老が、自分だけが知っていると豪語するニューニの名前。この言葉自体は一種の擬態語(擬音語)で、何かが床に落ちたり、大きな打撃を受けたりして、ガシャン、バラバラになる様。動詞もありク・クヮングヮルカ(ku-kpwangbwaluka)「(床に落ちるなどして)ガシャガシャ、バラバラになる」
4 キフロ(chifulo)。「細かい泡」。泡(fulo, pl.mafulo)の指小形。カフロ(kafulo)に同じ。乳幼児が口から細かい泡を吹く症状を引き起こすニューニ(nyuni5)もキフロ、カフロの名で呼ばれる。別名ムリラ(murira39)。
5 ニューニ(nyuni)。「キツツキ」。道を進んでいるとき、この鳥が前後左右のどちらで鳴くかによって、その旅の吉凶を占う。ここから吉凶全般をnyuniという言葉で表現する。(行く手で鳴く場合;nyuni wa kumakpwa 驚きあきれることがある、右手で鳴く場合;nyuni wa nguvu 食事には困らない、左手で鳴く場合;nyuni wa kureja 交渉が成功し幸運を手に入れる、後で鳴く場合;nyuni wa kusagala 遅延や引き止められる、nyuni が屋敷内で鳴けば来客がある徴)。またnyuniは「上の霊 nyama wa dzulu6」と総称される鳥の憑依霊、およびそれが引き起こす子供の引きつけを含む様々な病気の総称(ukongo wa nyuni)としても用いられる。(nyuniの病気には多くの種類がある。施術師によってその分類は異なるが、例えば nyuni wa joka:子供は泣いてばかり、wa nyagu(別名 mwasaga, wa chiraphai):手脚を痙攣させる、その他wa zuni、wa chilui、wa nyaa、wa kudusa、wa chidundumo、wa mwaha、wa kpwambalu、wa chifuro、wa kamasi、wa chip'ala、wa kajura、wa kabarale、wa kakpwang'aなど。nyuniの種類と治療法だけで論文が一本書けてしまうだろうが、おそらくそんな時間はない。)これらの「上の霊」のなかには母親に憑いて、生まれてくる子供を殺してしまうものもおり、それらは危険な「除霊」(kukokomola)の対象となる。
6 ニャマ・ワ・ズル(nyama wa dzulu, pl. nyama a dzulu)。「上の動物、上の憑依霊」。ニューニ(nyuni、直訳するとキツツキ5)と総称される、主として鳥の憑依霊だが、ニューニという言葉は乳幼児や、この病気を持つ子どもの母の前で発すると、子供に発作を引き起こすとされ、忌み言葉になっている。したがってニューニという言葉の代わりに婉曲的にニャマ・ワ・ズルと言う言葉を用いるという。多くの種類がいるが、この病気は憑依霊の病気を治療する施術師とは別のカテゴリーの施術師が治療する。時間があれば別項目を立てて、詳しく紹介するかもしれない。ニャマ・ワ・ズル「上の憑依霊」のあるものは、女性に憑く場合があるが、その場合も、霊は女性をではなく彼女の子供を病気にする。病気になった子供だけでなく、その母親も治療される必要がある。しばしば女性に憑いた「上の霊」はその女性の子供を立て続けに殺してしまうことがあり、その場合は除霊(kukokomola7)の対象となる。
7 ク・ココモラ(ku-kokomola)。「除霊する」。憑依霊を2つに分けて、「身体の憑依霊 nyama wa mwirini8」と「除去の憑依霊 nyama wa kuusa927と呼ぶ呼び方がある。ある種の憑依霊たちは、女性に憑いて彼女を不妊にしたり、生まれてくる子供をすべて殺してしまったりするものがある。こうした霊はときに除霊によって取り除く必要がある。ペポムルメ(p'ep'o mulume14)、カドゥメ(kadume30)、マウィヤ人(Mwawiya31)、ドゥングマレ(dungumale34)、ジネ・ムァンガ(jine mwanga35)、トゥヌシ(tunusi36)、ツォビャ(tsovya38)、ゴジャマ(gojama33)などが代表例。しかし除霊は必ずなされるものではない。護符pinguやmapandeで危害を防ぐことも可能である。「上の霊 nyama wa dzulu6」あるいはニューニ(nyuni「キツツキ」5)と呼ばれるグループの霊は、子供にひきつけをおこさせる危険な霊だが、これは一般の憑依霊とは別個の取り扱いを受ける。これも除霊の主たる対象となる。動詞ク・シンディカ(ku-sindika「(戸などを)閉ざす、閉める、閉め出す」)、ク・ウサ(ku-usa「除去する」)、ク・シサ(ku-sisa「(客などを)送っていく、見送る、送り出す(帰り道の途中まで同行して)、殺す」)も同じ除霊を指すのに用いられる。スワヒリ語のku-chomoa(「引き抜く」「引き出す」)から来た動詞 ku-chomowa も、ドゥルマでは「除霊する」の意味で用いられる。ku-chomowaは一つの霊について用いるのに対して、ku-kokomolaは数多くの霊に対してそれらを次々取除く治療を指すと、その違いを説明する人もいる。
8 ニャマ・ワ・ムウィリニ(nyama wa mwirini, pl. nyama a mwirini)「身体の憑依霊」。除霊(kukokomola7)の対象となるニャマ・ワ・クウサ(nyama wa kuusa, pl. nyama a kuusa)「除去の憑依霊」との対照で、その他の通常の憑依霊を「身体の憑依霊」と呼ぶ分類がある。通常の憑依霊は、自分たちの要求をかなえてもらうために人に憑いて、その人を病気にする。施術師がその霊と交渉し、要求を聞き出し、それを叶えることによって病気は治る。憑依霊の要求に応じて、宿主は憑依霊のお気に入りの布を身に着けたり、徹夜の踊りの会で踊りを開いてもらう。憑依霊は宿主の身体を借りて踊り、踊りを楽しむ。こうした関係に入ると、憑依霊を宿主から切り離すことは不可能となる。これが「身体の憑依霊」である。こうした霊を除霊することは極めて危険で困難であり、事実上不可能と考えられている。
9 ニャマ・ワ・クウサ(nyama wa kuusa, pl. nyama a kuusa)。「除去の憑依霊」。憑依霊のなかのあるものは、女性に憑いてその女性を不妊にしたり、その女性が生む子供を殺してしまったりする。その場合には女性からその憑依霊を除霊する(kukokomola7)必要がある。これはかなり危険な作業だとされている。イスラム系の霊のあるものたち(とりわけジネと呼ばれる霊たち10)は、イスラム系の妖術使いによって攻撃目的で送りこまれる場合があり、イスラム系の施術師による除霊を必要とする。妖術によって送りつけられた霊は、「妖術の霊(nyama wa utsai)」あるいは「薬の霊(nyama wa muhaso)」などの言い方で呼ばれることもある。ジネ以外のイスラム系の憑依霊(nyama wa chidzomba13)も、ときに女性を不妊にしたり、その子供を殺したりするので、その場合には除霊の対象になる。ニャマ・ワ・ズル(nyama wa dzulu, pl.nyama a dzulu6)「上の霊」あるいはニューニ(nyuni5)と呼ばれる多くは鳥の憑依霊たちは、幼児にヒキツケを引き起こしたりすることで知られており、憑依霊の施術師とは別に専門の施術師がいて、彼らの治療の対象であるが、ときには成人の女性に憑いて、彼女の生む子供を立て続けに殺してしまうので、除霊の対象になる。内陸系の霊のなかにも、女性に憑いて同様な危害を及ぼすものがあり、その場合には除霊の対象になる。こうした形で、除霊の対象にならない憑依霊たちは、自分たちの宿主との間に一生続く関係を構築する。要求がかなえられないと宿主を病気にするが、友好的な関係が維持できれば、宿主にさまざまな恩恵を与えてくれる場合もある。これらの大多数の霊は「除去の憑依霊」との対照でニャマ・ワ・ムウィリニ(nyama wa mwirini, pl. nyama a mwirini8)「身体の憑依霊」と呼ばれている。
10 マジネ(majine)はジネ(jine)の複数形。イスラム系の妖術。イスラムの導師に依頼して掛けてもらうという。コーランの章句を書いた紙を空中に投げ上げるとそれが魔物jineに変化して命令通り犠牲者を襲うなどとされ、人(妖術使い)に使役される存在である。自らのイニシアティヴで人に憑依する憑依霊のジネ(jine)と、一応区別されているが、あいまい。フィンゴ(fingo11)のような屋敷や作物を妖術使いから守るために設置される埋設呪物も、供犠を怠ればジネに変化して人を襲い始めるなどと言われる。
11 フィンゴ(fingo, pl.mafingo)。私は「埋設薬」という翻訳を当てている。(1)妖術使いが、犠牲者の屋敷や畑を攻撃する目的で、地中に埋設する薬(muhaso12)。(2)妖術使いの攻撃から屋敷を守るために屋敷のどこかに埋設する薬。いずれの場合も、さまざまな物(例えば妖術の場合だと、犠牲者から奪った衣服の切れ端や毛髪など)をビンやアフリカマイマイの殻、ココヤシの実の核などに詰めて埋める。一旦埋設されたフィンゴは極めて強力で、ただ掘り出して捨てるといったことはできない。妖術使いが仕掛けたものだと、そもそもどこに埋められているかもわからない。それを探し出して引き抜く(ku-ng'ola mafingo)ことを専門にしている施術師がいる。詳しくは〔浜本満,2014,『信念の呪縛:ケニア海岸地方ドゥルマ社会における妖術の民族誌』九州大学出版会、pp.168-180〕。妖術使いが仕掛けたフィンゴだけが危険な訳では無い。屋敷を守る目的のフィンゴも同様に屋敷の人びとに危害を加えうる。フィンゴは定期的な供犠(鶏程度だが)を要求する。それを怠ると人々を襲い始めるのだという。そうでない場合も、例えば祖父の代の誰かがどこかに仕掛けたフィンゴが、忘れ去られて魔物(jine10)に姿を変えてしまうなどということもある。この場合も、占いでそれがわかるとフィンゴ抜きの施術を施さねばならない。
12 ムハソ muhaso (pl. mihaso)「薬」、とりわけ、土器片などの上で焦がし、その後すりつぶして黒い粉末にしたものを指す。妖術(utsai)に用いられるムハソは、瓢箪などの中に保管され、妖術使い(および妖術に対抗する施術師)が唱えごとで命令することによって、さまざまな目的に使役できる。治療などの目的で、身体に直接摂取させる場合もある。それには、muhaso wa kusaka 皮膚に塗ったり刷り込んだりする薬と、muhaso wa kunwa 飲み薬とがある。muhi(草木)と同義で用いられる場合もある。10cmほどの長さに切りそろえた根や幹を棒状に縦割りにしたものを束ね、煎じて飲む muhi wa(pl. mihi ya) kunwa(or kujita)も、muhaso wa(pl. mihaso ya) kunwa として言及されることもある。このように文脈に応じてさまざまであるが、妖術(utsai)のほとんどはなんらかのムハソをもちいることから、単にムハソと言うだけで妖術を意味する用法もある。
13 ニャマ・ワ・キゾンバ(nyama wa chidzomba, pl. nyama a chidzomba)。「イスラム系の憑依霊」。イスラム系の霊は「海岸の霊 nyama wa pwani」とも呼ばれる。イスラム系の霊たちに共通するのは、清潔好き、綺麗好きということで、ドゥルマの人々の「不潔な」生活を嫌っている。とりわけおしっこ(mikojo、これには「尿」と「精液」が含まれる)を嫌うので、赤ん坊を抱く母親がその衣服に排尿されるのを嫌い、母親を病気にしたり子供を病気にし、殺してしまったりもする。イスラム系の霊の一部には夜女性が寝ている間に彼女と性交をもとうとする霊がいる。男霊(p'ep'o mulume14)の別名をもつ男性のスディアニ導師(mwalimu sudiani15)がその代表例であり、女性に憑いて彼女を不妊にしたり(夫の精液を嫌って排除するので、子供が生まれない)、生まれてくる子供を全て殺してしまったり(その尿を嫌って)するので、最後の手段として危険な除霊(kukokomola)の対象とされることもある。イスラム系の霊は一般に獰猛(musiru)で怒りっぽい。内陸部の霊が好む草木(muhi)や、それを炒って黒い粉にした薬(muhaso)を嫌うので、内陸部の霊に対する治療を行う際には、患者にイスラム系の霊が憑いている場合には、このことについての許しを前もって得ていなければならない。イスラム系の霊に対する治療は、薔薇水や香水による沐浴が欠かせない。このようにきわめて厄介な霊ではあるのだが、その要求をかなえて彼らに気に入られると、彼らは自分が憑いている人に富をもたらすとも考えられている。
14 ペーポームルメ(p'ep'o mulume)。ムルメ(mulume)は「男性」を意味する名詞。男性のスディアニ Sudiani、カドゥメ Kadumeの別名とも。女性がこの霊にとり憑かれていると,彼女はしばしば美しい男と性交している夢を見る。そして実際の夫が彼女との性交を求めても,彼女は拒んでしまうようになるかもしれない。夫の方でも勃起しなくなってしまうかもしれない。女性の月経が終ったとき、もし夫がぐずぐずしていると,夫の代りにペポムルメの方が彼女と先に始めてしまうと、たとえ夫がいくら性交しようとも彼女が妊娠することはない。施術師による治療を受けてようやく、彼女は妊娠するようになる。その治療が功を奏さない場合には、最終的に除霊(ku-kokomola7)もありうる。
15 スディアニ(sudiani)。スーダン人だと説明する人もいるが、ザンジバルの憑依を研究したLarsenは、スビアーニ(subiani)と呼ばれる霊について簡単に報告している。それはアラブの霊ruhaniの一種ではあるが、他のruhaniとは若干性格を異にしているらしい(Larsen 2008:78)。もちろんスーダンとの結びつきには言及されていない。スディアニには男女がいる。厳格なイスラム教徒で綺麗好き。女性のスディアニは男性と夢の中で性関係をもち、男のスディアニは女性と夢の中で性関係をもつ。同じふるまいをする憑依霊にペポムルメ(p'ep'o mulume, mulume=男)がいるが、これは男のスディアニの別名だとされている。いずれの場合も子供が生まれなくなるため、除霊(ku-kokomola)してしまうこともある(DB 214)。スディアニの典型的な症状は、発狂(kpwayuka)して、水、とりわけ海に飛び込む。治療は「海岸の草木muhi wa pwani」16による鍋(nyungu22)と、飲む大皿と浴びる大皿(kombe26)。白いローブ(zurungi,kanzu)と白いターバン、中に指輪を入れた護符(pingu21)。
16 ムヒ(muhi、複数形は mihi)。植物一般を指す言葉だが、憑依霊の文脈では、治療に用いる草木を指す。憑依霊の治療においては霊ごとに異なる草木の組み合わせがあるが、大きく分けてイスラム系の憑依霊に対する「海岸部の草木」(mihi ya pwani(pl.)/ muhi wa pwani(sing.))、内陸部の憑依霊に対する「内陸部の草木」(mihi ya bara(pl.)/muhi wa bara(sing.))に大別される。冷やしの施術や、妖術の施術2においても固有の草木が用いられる。muhiはさまざまな形で用いられる。搗き砕いて香料(mavumba17)の成分に、根や木部は切り彫ってパンデ(pande18)に、根や枝は煎じて飲み薬(muhi wa kunwa, muhi wa kujita)に、葉は水の中で揉んで薬液(vuo)に、また鍋の中で煮て蒸気を浴びる鍋(nyungu22)治療に、土器片の上で炒ってすりつぶし黒い粉状の薬(muhaso, mureya)に、など。ミヒニ(mihini)は字義通りには「木々の場所(に、で)」だが、施術の文脈では、施術に必要な草木を集める作業を指す。
17 マヴンバ(mavumba)。「香料」。憑依霊の種類ごとに異なる。乾燥した草木や樹皮、根を搗き砕いて細かくした、あるいは粉状にしたもの。イスラム系の霊に用いられるものは、スパイスショップでピラウ・ミックスとして購入可能な香辛料ミックス。
18 パンデ(pande, pl.mapande)。草木の幹、枝、根などを削って作る護符19。穴を開けてそこに紐を通し、それで手首、腰、足首など付ける箇所に結びつける。
19 「護符」。憑依霊の施術師が、憑依霊によってトラブルに見舞われている人に、処方するもので、患者がそれを身につけていることで、苦しみから解放されるもの。あるいはそれを予防することができるもの。ンガタ(ngata20)、パンデ(pande18)、ピング(pingu21)など、さまざまな種類がある。憑依霊ごとに(あるいは憑依霊のグループごとに)固有のものがある。勘違いしやすいのは、それを例えば憑依霊除けのお守りのようなものと考えてしまうことである。施術師たちは、これらを憑依霊に対して差し出される椅子(chihi)だと呼ぶ。憑依霊は、自分たちが気に入った者のところにやって来るのだが、椅子がないと、その者の身体の各部にそのまま腰を下ろしてしまう。すると患者は身体的苦痛その他に苦しむことになる。そこで椅子を用意しておいてやれば、やってきた憑依霊はその椅子に座るので、患者が苦しむことはなくなる、という理屈なのである。「護符」という訳語は、それゆえあまり適切ではないのだが、それに代わる適当な言葉がないので、とりあえず使い続けることにするが、霊を寄せ付けないためのお守りのようなものと勘違いしないように。
20 ンガタ(ngata)。護符19の一種。布製の長方形の袋状で、中に薬(muhaso),香料(mavumba),小さな紙に描いた憑依霊の絵などが入れてあり、紐で腕などに巻くもの、あるいは帯状の布のなかに薬などを入れてひねって包み、そのまま腕などに巻くものなど、さまざまなものがある。
21 ピング(pingu)。薬(muhaso:さまざまな草木由来の粉)を布などで包み、それを糸でぐるぐる巻きに球状に縫い固めた護符19の一種。
22 ニュング(nyungu)。nyunguとは土器製の壺のような形をした鍋で、かつては煮炊きに用いられていた。このnyunguに草木(mihi)その他を詰め、火にかけて沸騰させ、この鍋を脚の間において座り、すっぽり大きな布で頭から覆い、鍋の蒸気を浴びる(kudzifukiza; kochwa)。それが終わると、キザchiza23、あるいはziya(池)のなかの薬液(vuo)を浴びる(koga)。憑依霊治療の一環の一種のサウナ的蒸気浴び治療であるが、患者に対してなされる治療というよりも、患者に憑いている霊に対して提供されるサービスだという側面が強い。概略はhttps://www.mihamamoto.com/research/mijikenda/durumatxt/pot-treatment.htmlを参照のこと
23 キザ(chiza)。憑依霊のための草木(muhi主に葉)を細かくちぎり、水の中で揉みしだいたもの(vuo=薬液)を容器に入れたもの。患者はそれをすすったり浴びたりする。憑依霊による病気の治療の一環。室内に置くものは小屋のキザ(chiza cha nyumbani)、屋外に置くものは外のキザ(chiza cha konze)と呼ばれる。容器としては取っ手のないアルミの鍋(sfuria)が用いられることも多いが、外のキザには搗き臼(chinu)が用いられることが普通である。屋外に置かれたものは「池」(ziya24)とも呼ばれる。しばしば鍋治療(nyungu22)とセットで設置される。
24 ジヤ(ziya, pl.maziya)。「池、湖」。川(muho)、洞窟(pangani)とともに、ライカ(laika)、キツィンバカジ(chitsimbakazi),シェラ(shera)などの憑依霊の棲み処とされている。またこれらの憑依霊に対する薬液(vuo25)が入った搗き臼(chinu)や料理鍋(sufuria)もジヤと呼ばれることがある(より一般的にはキザ(chiza23)と呼ばれるが)。
25 ヴオ(vuo, pl. mavuo)。「薬液」、さまざまな草木の葉を水の中で揉みしだいた液体。すすったり、phungo(葉のついた小枝の束)を浸して雫を患者にふりかけたり、それで患者を洗ったり、患者がそれをすくって浴びたり、といった形で用いる。
26 コンベ(kombe)は「大皿」を意味するスワヒリ語。kombe はドゥルマではイスラム系の憑依霊の治療のひとつである。陶器、磁器の大皿にサフランをローズウォーターで溶いたもので字や絵を描く。描かれるのは「コーランの章句」だとされるアラビア文字風のなにか、モスクや月や星の絵などである。描き終わると、それはローズウォーターで洗われ、瓶に詰められる。一つは甘いバラシロップ(Sharbat Roseという商品名で売られているもの)を加えて、少しずつ水で薄めて飲む。これが「飲む大皿 kombe ra kunwa」である。もうひとつはバケツの水に加えて、それで沐浴する。これが「浴びる大皿 kombe ra koga」である。文字や図像を飲み、浴びることに病気治療の効果があると考えられているようだ。
27 クウサ(ku-usa)。「除去する、取り除く」を意味する動詞。転じて、負っている負債や義務を「返す」、儀礼や催しを「執り行う」などの意味にも用いられる。例えば祖先に対する供犠(sadaka)をおこなうことは ku-usa sadaka、婚礼(harusi)を執り行うも ku-usa harusiなどと言う。クウサ・ムズカ(muzuka)あるいはミジム(mizimu)とは、ムズカに祈願して願いがかなったら云々の物を供犠します、などと約束していた場合、成願時にその約束を果たす(ムズカに「支払いをする(ku-ripha muzuka)」ともいう)ことであったり、妖術使いがムズカに悪しき祈願を行ったために不幸に陥った者が、それを逆転させる措置(たとえば「汚れを取り戻す」28など)を行うことなどを意味する。
28 ノンゴ(nongo)。「汚れ」を意味する名詞だが、象徴的な意味ももつ。ノンゴの妖術 utsai wa nongo というと、犠牲者の持ち物の一部や毛髪などを盗んでムズカ29などに隠す行為で、それによって犠牲者は、「この世にいるようで、この世にいないような状態(dza u mumo na dza kumo)」になり、何事もうまくいかなくなる。身体的不調のみならずさまざまな企ての失敗なども引き起こす。治療のためには「ノンゴを戻す(ku-udza nongo)」必要がある。「悪いノンゴ(nongo mbii)」をもつとは、人々から人気がなくなること、何か話しても誰にも聞いてもらえないことなどで、人気があることは「良いノンゴ(nongo mbidzo)」をもっていると言われる。悪いノンゴ、良いノンゴの代わりに「悪い臭い(kungu mbii)」「良い臭い(kungu mbidzo)」と言う言い方もある。
29 ムズカ(muzuka)。特別な木の洞や、洞窟で霊の棲み処とされる場所。また、そこに棲む霊の名前。ムズカではさまざまな祈願が行われる。地域の長老たちによって降雨祈願が行われるムルングのムズカと呼ばれる場所と、さまざまな霊(とりわけイスラム系の霊)の棲み処で個人が祈願を行うムズカがある。後者は祈願をおこないそれが実現すると必ず「支払い」をせねばならない。さもないと災が自分に降りかかる。妖術使いはしばしば犠牲者の「汚れ28」をムズカに置くことによって攻撃する(「汚れを奪う」妖術)という。「汚れを戻す」治療が必要になる。
30 カドゥメ(kadume)は、ペポムルメ(p'ep'o mulume)、ツォビャ(tsovya)などと同様の振る舞いをする憑依霊。共通するふるまいは、女性に憑依して夜夢の中にやってきて、女性を組み敷き性関係をもつ。女性は夫との性関係が不可能になったり、拒んだりするようになりうる。その結果子供ができない。こうした点で、三者はそれぞれの別名であるとされることもある。護符(ngata)が最初の対処であるが、カドゥメとツォーヴャは、取り憑いた女性の子供を突然捕らえて病気にしたり殺してしまうことがあり、ペポムルメ以上に、除霊(kukokomola)が必要となる。
31 マウィヤ(Mawiya)。民族名の憑依霊、マウィヤ人(Mawia)。モザンビーク北部からタンザニアにかけての海岸部に居住する諸民族のひとつ。同じ地域にマコンデ人(makonde32)もいるが、憑依霊の世界ではしばしばマウィヤはマコンデの別名だとも主張される。ともに人肉を食う習慣があると主張されている(もちデマ)。女性が憑依されると、彼女の子供を殺してしまう(子供を産んでも「血を飲まれてしまって」育たない)。症状は別の憑依霊ゴジャマ(gojama33)と同様で、母乳を水にしてしまい、子供が飲むと嘔吐、下痢、腹部膨満を引き起こす。女性にとっては危険な霊なので、除霊(ku-kokomola)に訴えることもある。
32 マコンデ(makonde)。民族名の憑依霊、マコンデ人(makonde)。別名マウィヤ人(mawiya)。モザンビーク北部からタンザニアにかけての海岸部に居住する諸民族のひとつで、マウィヤも同じグループに属する。人肉食の習慣があると噂されている(デマ)。女性に憑依して彼女の産む子供を殺してしまうので、除霊(ku-kokomola)の対象とされることもある。
33 ゴジャマ(gojama)。憑依霊の一種、ときにゴジャマ導師(mwalimu gojama)とも語られ、イスラム系とみなされることもある。狩猟採集民の憑依霊ムリャングロ(Muryangulo/pl.Aryangulo)と同一だという説もある。ひとつ目の半人半獣の怪物で尾をもつ。ブッシュの中で人の名前を呼び、うっかり応えると食べられるという。ブッシュで追いかけられたときには、葉っぱを撒き散らすと良い。ゴジャマはそれを見ると数え始めるので、その隙に逃げれば良いという。憑依されると、人を食べたくなり、カヤンバではしばしば斧をかついで踊る。憑依された人は、人の血を飲むと言われる。彼(彼女)に見つめられるとそれだけで見つめられた人の血はなくなってしまう。カヤンバでも、血を飲みたいと言って子供を追いかけ回す。また人肉を食べたがるが、カヤンバの席で前もって羊の肉があれば、それを与えると静かになる。ゴジャマをもつ者は、普段の状況でも食べ物の好みがかわり、蜂蜜を好むようになる。また尿に血や膿が混じる症状を呈することがある。さらにゴジャマをもつ女性は子供がもてなくなる(kaika ana)かもしれない。妊娠しても流産を繰り返す。その場合には、雄羊(ng'onzi t'urume)の供犠でその血を用いて除霊(kukokomola7)できる。雄羊の毛を縫い込んだ護符(pingu)を女性の胸のところにつけ、女性に雄羊の尾を食べさせる。
34 ドゥングマレ(dungumale)。母親に憑いて子供を捕らえる憑依霊。症状:発熱mwiri moho。子供泣き止まない。嘔吐、下痢。nyama wa kuusa(除霊ku-kokomola7の対象になる)27。黒いヤギmbuzi nyiru。ヤギを繋いでおくためのロープ。除霊の際には、患者はそのロープを持って走り出て、屋敷の外で倒れる。ドゥングマレの草木: mudungumale=muyama
35 ジネ・ムァンガ(jine mwanga)。イスラム系の憑依霊ジネの一種。別名にソロタニ・ムァンガ(ムァンガ・サルタン(sorotani mwanga))とも。ドゥルマ語では動詞クァンガ(kpwanga, ku-anga)は、「(裸で)妖術をかける、襲いかかる」の意味。スワヒリ語にもク・アンガ(ku-anga)には「妖術をかける」の意味もあるが、かなり多義的で「空中に浮遊する」とか「計算する、数える」などの意味もある。形容詞では「明るい、ギラギラする、輝く」などの意味。昼夜問わず夢の中に現れて(kukpwangira usiku na mutsana)、組み付いて喉を絞める。症状:吐血。女性に憑依すると子どもの出産を妨げる。ngataを処方して、出産後に除霊 ku-kokomolaする。
36 トゥヌシ(tunusi)。憑依霊の一種。別名トゥヌシ・ムァンガ(tunusi mwanga)。イスラム系の憑依霊ジネ(jine10)の一種という説と、ニューニ(nyuni5)の仲間だという説がある。女性がトゥヌシをもっていると、彼女に小さい子供がいれば、その子供が捕らえられる。ひきつけの症状。白目を剥き、手足を痙攣させる。女性自身が苦しむことはない。この症状(捕らえ方(magbwiri))は、同じムァンガが付いたイスラム系の憑依霊、ジネ・ムァンガ37らとはかなり異なっているので同一視はできない。除霊(kukokomola7)の対象であるが、水の中で行われるのが特徴。
37 ムァンガ(mwanga)。憑依霊の名前。「ムァンガ導師 mwalimu mwanga」「アラブ人ムァンガ mwarabu mwanga」「ジネ・ムァンガ jine mwanga」あるいは単に「ムァンガ mwanga」と呼ばれる。イスラム系の憑依霊。昼夜を問わず、夢の中に現れて人を組み敷き、喉を絞める。主症状は吐血。子供の出産を妨げるので、女性にとっては極めて危険。妊娠中は除霊できないので、護符(ngata)を処方して出産後に除霊を行う。また別に、全裸になって夜中に屋敷に忍び込み妖術をかける妖術使いもムァンガ mwangaと呼ばれる。kpwanga(=ku-anga)、「妖術をかける」(薬などの手段に訴えずに、上述のような以上な行動によって)を意味する動詞(スワヒリ語)より。これらのイスラム系の憑依霊が人を襲う仕方も同じ動詞で語られる。
38 ツォビャ(tsovya)。子供を好まず、母親に憑いて彼女の子供を殺してしまう。夜、夢の中にやってきて彼女と性関係をもつ。ニューニ5の一種に加える人もいる。除霊(kukokomola7)の対象となる「除去の霊nyama wa kuusa27」。see p'ep'o mulume14, kadume30
39 ムリラ(murira, pl.mirira)。皮膚を透けて見える細い静脈、筋。やせ細った乳幼児に見られる病気の名前。乳幼児を捕らえてさまざまな痙攣発作を引き起こす憑依霊ニューニ5の名前でもある。別名キフロ(chifulo)カフロ(kafulo)。乳幼児が口から細かい泡をふく症状から。フロ(fulo, pl.mafulo)は「泡」。
40 ルンゴ(lungo, pl.malungo or nyungo)。「箕(み)」浅い籠で、杵で搗いて脱穀したトウモロコシの粒を入れて、薄皮と種を選別するのに用いる農具。それにガラス片などを入れた楽器(ツォンゴ(tsongo)あるいはルンゴ(lungo))は死者の埋葬(kuzika)や服喪(hanga)の際の卑猥な内容を含んだ歌(ムセゴ(musego)、キフドゥ(chifudu))の際に用いられる。また箕を地面に伏せて、灰をその上に撒いたものは占い(mburuga)の道具である。ニューニ5の治療においては、薬液(vuo25)を患者に振り撒くのにも用いられる。
41 クヴンガ(ku-vunga)。薬液を振りまく動作を指す動詞。鶏の脚をもって鶏を薬液(vuo)に浸け、それを患者に対して激しく振り、薬液を撒いたり、枝を束ねたもので振りまいたり、その手段はさまざまである。ニューニの治療においては薬液の振り撒きはク・ウルサ(ku-urusa「飛び立たせる」)とも語られる。農作業で用いる浅い箕のなかに薬液をいれて振り撒く。
42 ク・ブルカ(ku-buruka)。「飛ぶ、羽ばたく」を意味する動詞。nyama wa kuburuka「鳥」。ku-burusaはcausativeで「飛ばせる、羽ばたかせる」。
43 ズニ(dzuni, pl.madzuni)。dzuni bomu(「大きなズニ」)、キルイ(chilui44)は別名。ズニとキルイは別だと言う人もいる。子供の痙攣などを引き起こす「ニューニ(nyuni5)」、「上の霊(nyama a dzulu6)」と呼ばれる鳥の霊の一つ。ニャグ(nyagu)、ツォヴャ(tsovya)などと同様に、母親に憑いてその子供を殺してしまうこともあり、除霊(kukokomola7)の対象にもなる。通常のカヤンバで、これらの霊の歌が演奏される場合、患者は、死産、流産、不妊などを経験していたことが類推できる。水辺にいて、長い嘴と鋭い爪のある足をもつ鳥。ツルかサギを思わせるが、巨大な鳥で象ですら空へ持ち上げてしまう、脚だけでもバオバブの木くらいの太さがあるという。ということは空想上の鳥。除霊の際に幼い子供は近くにいてはならない、また幼い子供を持つ若い母はその歌を歌ってはならない。除霊の際には、泥で二本の長い嘴をもつ鳥を形どった人形を作り、カタグロトビ(chiphanga, black-winged kite)に似た白と灰色の模様の鶏(kuku wa chiphangaphanga)の羽根で飾る。除霊の後この人形は分かれ道(matanyikoni)やバオバブの木の根本(muyuni)に捨てられる。鶏は屠殺されその血を患者に飲ませる。この人形は一体のなかに雄と雌を合体させている。この人形の代わりに、雄のズニと雌のズニの二体の人形が作られることもある。
44 キルイ(chilui)。空想上の怪鳥。水辺にいて、長い嘴と鋭い爪のある足をもつ。ツルかサギを思わせるが、巨大な鳥で象ですら空へ持ち上げてしまう、脚だけでもバオバブの木くらいの太さがあるという。ということは空想上の鳥。「上の霊(nyama wa dzulu6)」の一種。女性にとり憑き、彼女が生む子供を殺してしまう。除霊(kukokomola7)の対象である「除去の霊(nyama wa kuusa9)」である。ニャグ(nyagu)同様、夫婦のいずれかが婚外性交すると、子供を病気にする。除霊の際に子供は近くにいてはならない、また子供を持つ若い母はchilui の歌を歌ってはならない。除霊の際には、泥で二本の長い嘴をもつ鳥を形どった人形を作り、カタグロトビ(chiphanga、black-winged kite)のような白と灰色(黒)の模様の鶏(kuku wa chiphangaphanga)の羽根で飾る。除霊の後この人形は分かれ道(matanyikoni)やバオバブの木の根本(muyuni)に捨てられる。鶏は屠殺されその血を患者に飲ませる。ズニ(dzuni43)、ズニ・ボム(dzuni bomu)の別名(それらとは別の霊だと言う人もいる)。
45 ズカ(zuka)。ズカ・ラ・キペンバ(zuka ra chipemba)、ズカ・ラ・キカウマ(zuka ra chikauma)等の種類がある。母親にとり憑き、その子供を病気にするニューニ(nyuni5)あるいは「上の霊(nyama wa dzulu6)」などと呼ばれる、鳥の霊の一種。子供の病気の治療には、憑依霊の施術師ではなく、ニューニ専門の施術師が当たるが、ニューニの施術師になるためには憑依霊の施術師のように霊との特別な結びつきが必要なわけではなく、単に他のニューニの施術師から買うことでなれる。ズカが女性が生む子供を次々に殺してしまうといった場合には除霊(kukokomola7)が必要となる。除霊を専門とする施術師がいる。除霊にはズニ(dzuni43)等と同様に泥で作った鳥を形どった人形を用いるが、ズカの人形は嘴が短い。白い鶏、赤い鶏の2羽がキリャンゴナ(chiryangona46)として必要。
46 キリャンゴナ(chiryangona, pl. viryangona)。施術師(muganga)が施術(憑依霊の施術、妖術の施術を問わず)において用いる、草木(muhi)や薬(muhaso, mureya など)以外に必要とする品物。妖術使いが妖術をかける際に、用いる同様な品々。施術の媒体、あるいは補助物。治療に際しては、施術師を呼ぶ際にキリャンゴナを確認し、依頼者側で用意しておかねばならない。
47 ムァゾンボ氏はズカもズニ(キルイ)もともに長いクチバシをもつ鳥だと述べているが、他の施術師(例えばカリンボさん他)は、ズカは長いクチバシをもっていないとしている。どちらも想像上の鳥ではあるが。除霊のカヤンバの事例でも施術師の弟子がクチバシの長さが違うので別々の泥人形が必要だと言い訳している。
48 もしかしたらmwabuibui「ブイブイ(buibui49を着た者」かもしれない。別のニューニの施術師はその名のニューニに言及している。
49 ブイブイ(buibui, pl.mabuibui)。スワヒリ語。東アフリカでイスラム教徒の女性がよく着る、頭から脚までを覆う、長くドレープのかかった黒い衣服。
50 ジム(zimu)。憑依霊の一種。ジム(zimu)は民話などにも良く登場する怪物。身体の右半分は人間で左半分は動物、尾があり、人を捕らえて食べる。gojamaの別名とも。mabulu(蛆虫、毛虫)を食べる。憑依霊として母親に憑き、子供を捕らえる。その子をみるといつもよだれを垂らしていて、知恵遅れのように見える。うとうとしてばかりいる。ジムをもつ女性は、雌羊(ng'onzi muche)とその仔羊を飼い置く。彼女だけに懐き、他の者が放牧するのを嫌がる。いつも彼女についてくる。gojamaの羊は牡羊なので、この点はゴジャマとは異なる。ムドエ(mudoe)、ドゥングマレ(dungumale)、キズカ(chizuka)、スンドゥジ(sunduzi)とともに、昔からいる霊だと言われる。
51 私はドゥルマ語のnyaaの意味が「ダチョウ」であることをまだ理解していなかった。ドゥルマでは見たことなかったし。
52 ムウェー(mwee)。ニューニ(nyuni5)の一種。ニャグ(nyagu53)、グァヴ・ムクンベ(gbwavu mukumbe)の別名とも。鷲、鷹に似た猛禽類。
53 ニャグ(nyagu)。ニューニの一種。ムウェー(mwee52)の別名とも。女性にとり憑いて、その子供に危害を及ぼす。子供は、泣き止まない、やせ衰える、頻繁にビクッと驚く様子を示す、などの症状。ヒツジと泥人形(長い嘴をもつ)で除霊(kukokomola7)される。妻がニャグをもっているとき、夫か妻のいずれが婚外性関係をもつと、子供は病気になる(ただちに死んでしまうとも言われる)。
54 キロブェロブェ(chiropherophe, pl.viropherophe)。「シュモクドリ(scopus umbretta)」。ニューニの一つに数える人もいる。
55 ク・ウドゥサ(ku-udusa)。「突然(何かを)始める、余計なことを言う(余計な問題を持ち込む)」動詞ク・ウドゥカ(ku-uduka)のcausative。ク・ウドゥラ(ku-udula)「突き破る、突き抜ける」から派生。この名をもつニューニがいると言う人もいる。脇腹を捕らえられて、呼吸困難になる(浅い頻呼吸)。
56 カラ(kala, pl.kala)。カニ(crab)またはヤドカリ(hermit crab)。"nyama wa baharini ambaye una magulu sita na yuna shell mongoni dza kobe.6本の脚をもち、背中に殻を亀のように背負っている海の生き物"(S.Katana)。この単語は結構厄介だった。気息音を伴うカラ(k'ala)だとウミガメ、カラ(kala, pl.makala)はマングース、カタナ君の解説(上)からはヤドカリみたいだが、ここでのshellが甲羅の意味だと、ただのカニということになる。スワヒリ語の関連する単語カー(kaa)は辞書ではカニ。ただドゥルマ語ではカニという意味をもつ別の単語ゴンダ(gonda, pl.magonda)があって、こちらの方が普通。うーむ。他にも甲殻類らしいが、よくわからないコエ(koe)、ゾベ(zobe)などもあり、未同定。ドゥルマの人はあまり海の生き物についてはくわしくない。ディゴの人に聞けばわかるのか。
57 ゾベ(zobe)。スワヒリ語で、おそらく海に棲むエビやカニのような甲殻類の動物を指す名詞。スワヒリの諺に Zobe na msuwale ni wamoja. 「ゾベもムスワレも一つ。」(どちらもカニのような脚と爪があり、カメのような外殻がある、ということで「お前の同類といっしょにいろ」という意味の諺)
58 ムガンド(mugando, pl.migando)。エビ、カニなど甲殻類、および昆虫などの脚。大きい場合はaugmentative formのガンド(gando, pl.magando)も用いられる。
59 ムヮハ(mwaha)。海の生物らしいが、何を指しているのか不明。これをニューニの一種に入れる人もいる。
60 ニョンゴロ(nyongoro)。憑依霊の一種だとも言えるが(唱えごとの中でときどき言及される)、よくわからない。女性が妊娠中にかかる病気ニョンゴー(nyongoo61)とも関係あるか。しかしニョンゴーは妖術によって引き起こされる病気。
61 ニョンゴー(nyongoo)。妊娠中の女性がかかる、浮腫み、貧血、出血などを主症状とする病気。妖術によってかかるとされる。さまざまな種類がある。nyongoo ya mulala: mulala(椰子の一種)のようにまっすぐ硬直することから。nyongoo ya mugomba: mugomba(バナナ)実をつけるときに膨れ上がることから。nyongoo ya nundu: nundu(こうもり)のようにkuzyondoha(尻で後退りする)し不安で夜どおし眠れない。nyongoo ya dundiza: 腹部膨満。nyongoo ya mwamberya(ツバメ): 気が狂ったようになる。nyongoo chizuka: 土のような膚になる、chizuka(土人形)を治療に用いる。nyongoo ya nyani: nyani(ヒヒ)のような声で泣きわめき、ヒヒのように振る舞う。nyongoo ya diya(イヌ): できものが体内から陰部にまででき、陰部が悪臭をもつ、腸が腐って切れ切れになる。nyongoo ya mbulu: オオトカゲのようにざらざらの膚になる。nyongoo ya gude(ドバト): 意識を失って死んだようになる。nyongoo ya nyoka(蛇): 陰部が蛇(コブラ)の頭のように膨満する。nyongoo ya chitema: 関節部が激しく痛む、背骨が痛む、動詞ku-tema「切る」より。nyongooの種類とその治療で論文一本書けるほどだが、そんな時間はない。
62 ク・フィニャ(ku-finya)。「覆う、閉ざす」を意味する動詞。「予防的対処をする」意味でも用いられる。eg. ku-finya matso「目を閉じる」, yunenda akafinywe nyongoo「彼女はニョンゴーの予防施術をしてもらいに行く」, kufinya chilume 妖術使いの攻撃に対して全身を防御するための施術 etc.
63 ジョンゴロ(jongolo, pl. majongolo)「アフリカオオヤスデ」同音異義語として草木 mujongolo64の実もジョンゴロ(jongolo, pl.jongolo)と呼ばれる。
64 ムジョンゴロ(mujongolo)。ジョンゴロ(jongolo)はアフリカオオヤスデ。ムルングの草木。別名はムツェレレ(mutserere65)。動詞ク・ツェレラ(ku-tserera)「降りる、下がる」より。学名Hoslundia opposita(Pakia&Cooke2003:391)。
65 ムツェレレ(mutserere)、別名ムジョンゴロ(mujongolo)。Hoslundia opposita(Pakia&Cooke2003:391)、ムルングの草木、冷やしの施術(uganga wa kuphoza)においても、ニョンゴー(nyongoo61)という妊娠中の女性の病気(妖術によってかかるとされている)の治療、子供の引きつけ(nyuni5と総称されるnyama wa dzulu「上の憑依霊」によって引き起こされる)の治療など、様々な治療に用いられる。
66 ベシェ(beshe, pl.mabeshe)。太めで鱗がはっきりしている魚の総称。しかし、海水魚についてはスワヒリ語と同じサマキ(samaki)という言葉を用い、ベシェは淡水魚(近隣の川などで穫れる)に用いる傾向も見られる。
67 ムァゾンボ老は魚を表す際に、スワヒリ語のサマキ(samaki)とドゥルマ語のベシェ(beshe66)の両方の言葉を用いている。近所の川などでとれる淡水魚をベシェと言い、海で取れる魚をサマキとスワヒリ語で呼ぶ習慣もあるが、一方、ムァゾンボ老は私に対してはスワヒリ語の単語をしばしば用いるので(私が理解しやすいようにとの配慮からかもしれないが)、ここで淡水魚と海水魚が区別されているのかどうかは不明。
68 ク・プンガ(ku-punga)。スワヒリ語で「扇ぐ、振る、除霊する」を意味する動詞。ドゥルマ語のク・ブンガ(ku-phunga69)と同じく、病人を「扇ぐ」と言うと病人をムウェレ(muwele70)としてンゴマやカヤンバ75を開くという意味になる。除霊する(ku-usa nyama, kukokomola7)という目的で開く場合以外は、除霊(exorcism)の意味はない。しかしニューニ(nyuni5)の治療を専門とするニューニの施術師(muganga wa nyuni)たちは、ニューニに対する施術をク・ヴンガ(ku-vunga)とク・ブンガ(ku-phunga、あるいはスワヒリ語を用いてク・プンガ(ku-punga))の二つに区別している。前者は、引きつけのようなニューニ特有の症状を示す乳幼児に対し薬液(vuo25)を、鶏の羽根をいっぱい刺した浅い籠状の「箕(lungo40)を用いて患者の子供に振り撒くことを中心に据えた治療を指し、後者は母親に憑いたニューニを女性から除霊する施術を指すのに用いている。ここではexorcismという説明が文字通り当てはまる。
69 ク・ブンガ(ku-phunga)。字義通りには「扇ぐ」という意味の動詞だが、病人を「扇ぐ」と言うと、それは病人をmuweleとしてカヤンバを開くという意味になる。スワヒリ語のク・プンガ(ku-punga68)も、ほぼ同じ意味で用いられる。1939年初版のF.ジョンソン監修の『標準スワヒリ・英語辞典』では、「扇ぐ」を意味する ku-pungaの同音異義語として"exorcise spirits, use of the whole ceremonial of native exorcism--dancing, drumming,incantations"という説明をこの語に与えている。ザンジバルのスワヒリ人のあいだに見られる憑依儀礼に言及しているのだが、それをエクソシズムと捉えている点で大きな誤解がある。少なくとも、ドゥルマの憑依霊のために開催するンゴマやカヤンバには除霊という観念は当てはまらない。しかしニューニ(nyuni5)の治療を専門とするニューニの施術師(muganga wa nyuni)たちは、ニューニに対する施術をク・ヴンガ(ku-vunga)とク・ブンガ(ku-phunga、あるいはスワヒリ語を用いてク・プンガ(ku-punga))の二つに区別している。前者は、引きつけのようなニューニ特有の症状を示す乳幼児に対し薬液(vuo25)を、鶏の羽根をいっぱい刺した浅い籠状の「箕(lungo40)を用いて患者の子供に振り撒くことを中心に据えた治療を指し、後者は母親に憑いたニューニを女性から除霊する施術を指すのに用いている。ここではexorcismという説明が文字通り当てはまる。
70 ムウェレ(muwele)。その特定のンゴマがその人のために開催される「患者」、その日のンゴマの言わば「主人公」のこと。彼/彼女を演奏者の輪の中心に座らせて、徹夜で演奏が繰り広げられる。主宰する癒し手(治療師、施術師 muganga)は、彼/彼女の治療上の父や母(baba/mayo wa chiganga)71であることが普通であるが、癒し手自身がムエレ(muwele)である場合、彼/彼女の治療上の子供(mwana wa chiganga)である癒し手が主宰する形をとることもある。
71 憑依霊の癒し手(治療師、施術師 muganga)は、誰でも「治療上の子供(mwana wa chiganga)」と呼ばれる弟子をもっている。もし憑依霊の病いになり、ある癒し手の治療を受け、それによって全快すれば、患者はその癒し手に4シリングを払い、その癒やし手の治療上の子供になる。この4シリングはムコバ(mukoba72)に入れられ、施術師は患者に「ヤギと瓢箪いっぱいのヤシ酒(mbuzi na kadzama)」(20シリング)を与える。これによりその患者は、その癒やし手の「ムコバに入った」と言われる。こうした弟子は、男性の場合はムァナマジ(mwanamadzi,pl.anamadzi)、女性の場合はムテジ(muteji, pl.ateji)とも呼ばれる。これらの言葉を男女を問わず用いる人も多い。癒やし手(施術師)は、彼らの治療上の父(男性施術師の場合)73や母(女性施術師の場合)74ということになる。弟子たちは治療上の親であるその癒やし手の仕事を助ける。もし癒し手が新しい患者を得ると、弟子たちも治療に参加する。薬液(vuo)や鍋(nyungu)の材料になる種々の草木を集めたり、薬液を用意する手伝いをしたり、鍋の設置についていくこともある。その癒し手が主宰するンゴマ(カヤンバ)に、歌い手として参加したり、その他の手助けをする。その癒し手のためのンゴマ(カヤンバ)が開かれる際には、薪を提供したり、お金を出し合って、そこで供されるチャパティやマハムリ(一種のドーナツ)を作るための小麦粉を買ったりする。もし弟子自身が病気になると、その特定の癒し手以外の癒し手に治療を依頼することはない。治療上の子供を辞めるときには、ただやめてはいけない。病気になる。治療上の子供は癒やし手に「ヤギと瓢箪いっぱいのヤシ酒(mbuzi na kadzama)」を支払い、4シリングを返してもらう。これを「ムコバから出る」という。
72 ムコバ(mukoba)。持ち手、あるいは肩から掛ける紐のついた編み袋。サイザル麻などで編まれたものが多い。憑依霊の癒しの術(uganga)では、施術師あるいは癒やし手(muganga)がその瓢箪や草木を入れて運んだり、瓢箪を保管したりするのに用いられるが、癒しの仕事を集約する象徴的な意味をもっている。自分の祖先のugangaを受け継ぐことをムコバ(mukoba)を受け継ぐという言い方で語る。また病気治療がきっかけで患者が、自分を直してくれた施術師の「施術上の子供」になることを、その施術師の「ムコバに入る(kuphenya mukobani)」という言い方で語る。患者はその施術師に4シリングを払い、施術師はその4シリングを自分のムコバに入れる。そして患者に「ヤギと瓢箪いっぱいのヤシ酒(mbuzi na kadzama)」(20シリング)を与える。これによりその患者はその施術師の「ムコバ」に入り、その施術上の子供になる。施術上の子供を辞めるときには、ただやめてはいけない。病気になる。施術上の子供は施術師に「ヤギと瓢箪いっぱいのヤシ酒(mbuzi na kadzama)」を支払い、4シリングを返してもらう。これを「ムコバから出る(kulaa mukobani)」という。
73 ババ(baba)は「父」。ババ・ワ・キガンガ(baba wa chiganga)は「治療上の(施術上の)父」という意味になる。所有格をともなう場合、例えば「彼の治療上の父」はabaye wa chiganga などになる。「施術上の」関係とは、特定の癒やし手によって治療されたことがきっかけで成立する疑似親族関係。詳しくは「施術上の関係」71を参照されたい。
74 マヨ(mayo)は「母」。マヨ・ワ・キガンガ(mayo wa chiganga)は「治療上の(施術上の)母」という意味になる。所有格を伴う場合、例えば「彼の治療上の母」はameye wa chiganga などになる。「施術上の」関係とは、特定の癒やし手によって治療されたことがきっかけで成立する疑似親族関係。詳しくは「施術上の関係」71を参照されたい。
75 ンゴマ(ngoma)。「太鼓」あるいは太鼓演奏を伴う儀礼。木の筒にウシの革を張って作られた太鼓。または太鼓を用いた演奏の催し。憑依霊を招待し、徹夜で踊らせる催しもンゴマngomaと総称される。太鼓には、首からかけて両手で打つ小型のチャプオ(chap'uo, やや大きいものをp'uoと呼ぶ)、大型のムキリマ(muchirima)、片面のみに革を張り地面に置いて用いるブンブンブ(bumbumbu)などがある。ンゴマでは異なる音程で鳴る大小のムキリマやブンブンブを寝台の上などに並べて打ち分け、旋律を出す。熟練の技が必要とされる。チャプオは単純なリズムを刻む。憑依霊の踊りの催しには太鼓よりもカヤンバkayambaと呼ばれる、エレファントグラスの茎で作った2枚の板の間にトゥリトゥリの実(t'urit'uri76)を入れてジャラジャラ音を立てるようにした打楽器の方が広く用いられ、そうした催しはカヤンバあるいはマカヤンバと呼ばれる。もっとも、使用楽器によらず、いずれもンゴマngomaと呼ばれることも多い。特に太鼓だということを強調する場合には、そうした催しは ngoma zenye 「本当のngoma」と呼ばれることもある。また、そこでは各憑依霊の持ち歌が歌われることから、この催しは単に「歌(wira77)」と呼ばれることもある。
76 ムトゥリトゥリ(mut'urit'uri)。和名トウアズキ。憑依霊ムルング他の草木。Abrus precatorius(Pakia&Cooke2003:390)。その実はトゥリトゥリと呼ばれ、カヤンバ楽器(kayamba)や、占いに用いる瓢箪(chititi)の中に入れられる。
77 ウィラ(wira, pl.miira, mawira)。「歌」。しばしば憑依霊を招待する、太鼓やカヤンバ78の伴奏をともなう踊りの催しである(それは憑依霊たちと人間が直接コミュニケーションをとる場でもある)ンゴマ(75)、カヤンバ(78)と同じ意味で用いられる。
78 カヤンバ(kayamba)。憑依霊に対する「治療」のもっとも中心で盛大な機会がンゴマ(ngoma)あるはカヤンバ(makayamba)と呼ばれる歌と踊りからなるイベントである。どちらの名称もそこで用いられる楽器にちなんでいる。ンゴマ(ngoma)は太鼓であり、カヤンバ(kayamba, pl. makayamba)とはエレファントグラスの茎で作った2枚の板の間にトゥリトゥリの実(t'urit'ti76)を入れてジャラジャラ音を立てるようにした打楽器で10人前後の奏者によって演奏される。実際に用いられる楽器がカヤンバであっても、そのイベントをンゴマと呼ぶことも普通である。カヤンバ治療にはさまざまな種類がある。カヤンバの種類
また、そこでは各憑依霊の持ち歌が歌われることから、この催しは単に「歌(wira77)」と呼ばれることもある。
79 ムドエ(mudoe)。民族名の憑依霊、ドエ人(Doe)。タンザニア海岸北部の直近の後背地に住む農耕民。憑依霊ムドエ(mudoe)は、ドゥングマレ(Dungumale)やスンドゥジ(Sunduzi)、キズカ(chizuka)とならんで、古くからいる霊。ムドエをもっている人は、黒犬を飼っていつも連れ歩く。ムドエの犬と呼ばれる。母親がムドエをもっていると、その子供を捕らえて病気にする。母親のもつムドエは乳房に入り、母乳を水のように変化させるので、子供は母乳を飲むと吐いたり下痢をしたりする。犬の鳴くような声で夜通し泣く。また子供は舌に出来ものが出来て荒れ、いつも口をもぐもぐさせている(kpwafuna kpwenda)。護符は、ムドエの草木(特にmudzala80)と犬の歯で作り、それを患者の胸に掛けてやる。ムドエをもつ者は、カヤンバの席で憑依されると、患者のムドエの犬を連れてきて、耳を切り、その血を飲ませるともとに戻る。ときに muwele 自身が犬の耳を咬み切ってしまうこともある。この犬を叩いたりすると病気になる。
80 ムザラ(mudzala)。uvaria acuminata, または monanthotaxis fornicata(Pakia&Cooke2003:386). ムルング、憑依霊ドゥルマ人、ドエ人の草木。
81 キナマナ(chinamana, pl.vinamana)。妖術媒介物。妖術使いが犠牲者に危害を加えることを目的に、こっそり奪っていくもの。毛髪、衣服の切れ端など犠牲者の所有するものならなんでも。それを使って妖術をかける。
82 ムズング(muzungu, pl.azungu)。「白人」(ドゥルマではいわゆる白人の肌の色は「赤」だとされている)。語源はスワヒリ語の動詞ク・ズングア(ku-zungua)に由来し、「無目的に歩き回る人」の意味だとされる。憑依霊の文脈では、憑依霊「白人」がいる。白人ではあるが、憑依霊の分類上は「イスラム系」である。白人という名の憑依霊には、ケヤの白人(muzungu wa keya)とムミアニの白人(muzungu wa mumiani)の2種類がいる。ケヤの白人はイギリスのアフリカ植民地軍Kings African Rifles(KAR=keya)の兵隊たちで、銃を肩にかけて進軍する。ムミアニの白人は、白衣を着て注射器でアフリカ人の血を吸い取り、それで薬を作っているという。
83 ムズング・ワ・ムミアニ(muzungu wa mumiani)。イスラム系の霊で、症状は貧血、嘔吐、下痢など。ローズウォーターで洗い清められることと鍋の湯気を浴びる治療。「薬」は玉ねぎといっしょに煮て飲む。ヤギの血を飲む。女性の霊で、胸のところに青と赤の日本の縦縞がある白い長衣を求める。人の血を抜き取って集め、それで薬を作っているという。大きなナイフ、と石油缶、メガネ、腕時計、石鹸、懐中電灯(電池が切れると病気になる)を要求。
84 ムズング・ワ・ケヤ(muzungu wa keya)。イスラム系の霊で、治療はローズウォーターの水で洗われること。ヤギを屠ってその血を飲む。男性の霊で、要求するものは白いランニングシャツ、白い短パン、靴、ソックス。背中に背負うリュックサック。木で作った(模型の)銃。人を見ると鉄砲で撃ってくるという(夢の中で)。ケヤ(keya)はイギリスのアフリカ植民地軍Kings African Rifles(KAR=keya)のこと。
85 ムガマ(mugama)。アカテツ科の高木。Mimusops somalensis(Pakia&Cooke2003:393)。実はンガマ(ngama)で食用になる。