ムルングの「鍋」、ライカの護符(ngata)、mudoeの護符(pingu)施術の流れ
フィールドノートでの記述を、書き起こしテキスト(およびその日本語訳)と紐づけたもの
(from diary of Oct. 5., 1991, Sat, kpwaluka1)2
Tabu3が来て、Mwainzi4のngoma117に行く前に寄ってくれとの伝言。行ってみると、nyungu37を据えに行くので荷物運び役。キナンゴの近くでMunyazi5に会う。今日のngomaが中止になったことを伝えに。危うく無駄足を踏むところだった。しかし二時間近い道のりをこのことを伝えに来てくれたMunayziには感謝。 ただちに予定変更して,nyungu据えに付き合う。患者はUmaziという名の女性。驚いたことにmakokoteri121だけで golomokpwa125して、うううううなり始める。チャリはその声からnyari ngombe127だろうと判断。mapande40を約束すると静まる。....(中略)... 結局ngomaは中止になったので故Zuwa氏のkayamba ra pore120に行くことにする。...(中略)... kayambaは施術師Ch... wa G...の到着が遅れたため11時過ぎにようやく始まる。彼女を迎えに行くというので自転車を提供したり、いろいろあたふた。午前二時過ぎても、別に何も面白いことがおこりそうになく、全体にノリも低調、muwele128がgolomokpwaする気配もないので、午前3時に帰宅。 (後でLuvunoに聞くと、私が帰った後くらいからけっこうよく踊ったという。そういう彼女も3時すぎに寝たらしいのだが。)
ムルングの「鍋」治療がメインであるが、同時にライカの護符(ngata42)と憑依霊ドエ人の(pingu43)差し出しも行う。そのため「鍋」の成分はムルングの草木以外にライカの草木などもちょっと加えられている。施術師は唱えごとの中で「世界の住人」132のための(つまり憑依霊全般に対する)「鍋」という言い方をしている箇所があるように、いくつかの霊はその草木を混ぜ合わせて用いることができる。それを拒む霊もあり、例えば憑依霊ドゥルマ人62はその代表格である。
ムルングの鍋治療の他の事例と、大きな違いはないが、今回は唱えごとの途中で患者が正体不明の霊による憑依状態になり、施術師がその正体を推測して対処するという突発的な出来事があった点が興味深い。実は、こうしたことはけっして珍しいことではないのだが、私はいつもびっくりしてしまう。その対処(唱えごとによる説得)で患者はおとなしくなったので、結果的に施術師の推測があたっていたということになった。
施術師は、ムリナとチャリの夫婦。
患者は、キナンゴ在住のウマジという名の女性だが、チャリの弟子で後に施術師になるトゥシェ(同じく本名はウマジ)の兄弟の娘、つまり彼女の分類上の娘である。チャリとの関係は遠いが、ウマジは一応分類上のチャリの「母」にあたる(こじつければ。人々はできる限りなんとかこじつけて親族的な関係を見出そうとする)。

(1991年10月5日のフィールドノートより)133 【mulunguのnyungu】 KinangoのUmaziに対するmulunguのnyungu
mulungu33のnyunguにはchiserema135は入れない。chiseremaを入れるのはnyari94のnyunguの特徴。 mulunguのnyunguには makala136 を入れ、ubani137でmihi55をkufukiza138する。
nyungu ya mulungu は7日間ku-oha139する ngomaの前、あるいはmuduruma62のnyunguを必要としている場合など、4日間に短縮 される場合もある
一番重要なmuhiは chinukamuhondo(=mwamusunzu; Sesbania sesban, Egyptian riverhemp)140
(1)chinukamuhondoをnyunguの縁に当ててmakokoteri121
鍋の用意開始の唱えごと
(DB 3356-3358)ドゥルマ語テキスト
(2)nyunguにまずchinukamuhondoを入れ、次いで以下のmihiを加える134
muvumo (ハマクサギ属 Premna chrysoclada)142
muhumba (Cassia singueana, nyariの草木でもある)144
mudzala (Monanthotaxis fornicata, mudoeおよびmudurumaの草木でもある)146
murindaziya (Sesbania bispinosa)148
muk'ulu (Diospyros cornii,カキノキ属の樹木)149
mukalahani(??)
muhi wa malaika
mukaphaha(kaphaha)154
chilanzya munda155
vuwakoe156
mup'ep'o (Vitex strickeri)157
(3)続いて laika74 のngata42とmudoe147のpingu43を kufukiza138
(4)ngataを頭に置き、pinguを首にかけさせる
Chari、vuo36の薬液を三箇所に滴らせ、3回飲ませる
薬液を患者の頭に三回掛ける
(5)左手を患者の頭の上に置いてmakokoteri開始
鍋、護符授与の唱えごと
(DB 3358-3362)ドゥルマ語テキスト
(6)患者突然 yugolomokpwa125し、叫び声をあげ始める
そのうなり声などから nyari ng'ombe127 であると判断、交渉に入る
mapande40を約束し、vuoを飲ませると沈静化
突然の憑依
(DB 3363-3364)ドゥルマ語テキスト
各パラグラフ冒頭の数字をクリックすると対応するドゥルマ語テキストに飛びます。ブラウザの戻るで戻って下さい。
3356 (鍋を用意する唱えごと)
Murina: (Chariの鍋準備を手伝いながら)おい、お前。今日はあの彼女いろいろ大変だったみたいだよ。一睡もしていないんだって。 Chari: うう。(ビスミラーイに始まる唱えごとの最初の文言は、「アラビア語」だということで書き起こし担当者が省略した。いつものコーランの最初の章句Al-Fatihahの耳コピ風朗唱158。) おだやかに、友の方々。世界の住人(arumwengu132)の皆さま、私はおしずまりくださいと申します。私はゾンボ山159の方々に、おしずまりくださいと申します。私は皆さま方におしずまりくださいと申し、お入りしてよろしいでしょうかと申します。私のキョウダイ160の皆さま方。皆さまに「お入りしてもよろしいですか」と申すことは、何を申すことでしょうか。私が到着しましたということです。私はやってまいりました。呼ばれたのでやってまいりました。どう呼ばれたのかと申しますと、ウマジのために呼ばれたのです。ウマジは病気です。ウマジの病気は、頭痛と目眩、耳鳴り。ウマジの病気は、胸、胸が重苦しく、背中が重苦しく、脇(胸郭)が押しつぶされること。腹がごろごろ鳴り、かっと熱くなり、トゲで刺されるように痛む。ウマジの病気は、腰が切断され、脚が歩けず、心臓が張り裂け、心臓の動悸が速い。彼女には落ち着ける場所がない。どこにいても、ここは私の場所ではないと思う。目の前が暗くなる。これがウマジです。問題は口にも及んでいます。棒のようなものが突き刺さり、口の中にとどまって、物を飲み込むこともできない。これがウマジの症状(tabiya ya kpwakpwe)です。そして何者かが胸のあたりを動き回る。
Chari: そしてかっと熱くなり、同時にトゲで刺され、脇(胸郭)を押しつぶされる。そして身体そのものも。この心臓が張り裂けると、不安がやってきて、身体が震える。さて、人々が占いに行くと、あなたがたゾンボ山の方々のせいだと言われるのです。ゾンボ山の方々とは、あなたがた世界の住人の皆さまのことです。世界の住人の方々とはほかでもありません。ですから私はあなた方、私のキョウダイの皆さまにお祈り申し上げます。北の皆さま(a kpwa vuri)に、南(a kpwa mwaka)の東(mulairo wa dzuwa)の西(mutserero wa dzuwa)の皆さまに、ブグブグ(bugubugu161)の方々、ニェンゼ162の小池の方々に。私はまた、子神ドゥガ(mwanaduga163)、子神トロ(mwanatoro164)、子神マユンガ(mwanamayunga165)、子神ムカンガガ(mwanamukangaga166)、キンビカヤ(chimbikaya167)、あなたがた池を蹂躙する皆さまに。そして子神ムルング・マレラ(mwanamulungu marera168)、そして子神サンバラ人(mwana musambala169)とともにおられる子神ムルング、ムルングジ(mwanamulungu mulunguzi170)、皆さまにお祈りいたします。 ですが、私がお話しするとすれば、それはあなたムルング子神33です。あなたこそが砦171の主なのです。そしてなんと、砦はあなた自身の手によって破壊されています。客人たちも砦を放置なさいました。そしてあなた自身も、今はそこにおられなくなっている。私はあなたにおしずまりくださいと申し上げます。私自身の「おしずまりください」の言葉です。私はあなたにおしずまりくださいと申し上げます。さらにあなたに鍋も差し上げます。この鍋を、どうか2つの腕でお受け取りください。この鍋が熱気を出しますように。この鍋が熱気を放てば、病気の筋肉(および血管)の一本一本を順繰りに探って参ります。
Chari: 今日、今、もしウマジが肺に捕らえられているのであれば、あなたムルング子神に捕らえられているのだとすれば、私は強く言います。ウマジは今日にも睡眠が得られますようにと。心臓の問題も、目眩の問題も、背中の問題も、肺の問題も、もうありません。腰が切断されることも、身体が壊れに壊される(あらゆるところが痛い)こともありません。身体がかっと熱くなることも。耳が笛を吹き鳴らすことも、耳に蓋がされてしまうことも、眼の前が暗くなることも、ありません。このように、もしあなたムルング子神のせいなら。私は多くを申しません。私はつつがなきことを、ウマジがつつがなきことを望みます。彼女が健康であるのを見れば、カヤンバを開くことすら、私たちは行うでしょう。でもまず私たちにウマジが、なんの問題もないことを見せてください。プッ(唾液を吐く)。施術師の皆さま、ご傾聴願います。 人々(Murina、ウマジの夫、Tushe、Hamamoto): ムルングの! (この後Chariはライカ(laika)のンガタ(ngata)とムドエ(ドエ人(mudoe))のピング(pingu)--これらはすでに自宅で作成済みのもの--を乳香で燻し、鍋の前に座らされたウマジに着け、薬液をウマジにかけて唱えごとを開始する) おだやかに、おだやかに、世界の住人の皆さま、私は皆さまにお話しいたします。おだやかに、おだやかに、北の皆さま(a kpwa vuri)に、南(a kpwa mwaka)の東(mulairo wa dzuwa)の西(mutserero wa dzuwa)の皆さまに、ブグブグ(bugubugu161)の方々、ニェンゼ162の小池の方々に。おだやかに、さらにマンゲラ(mangera「鷺」)の池の方々にも、私はおだやかにと申し上げます。ウヴンヴニ(uvumvuni172)の方々にも、おだやかにと申し上げます。チャキチャキ(Chakichaki173地名)の皆さま、おだやかに。私はまた、おだやかにと申し上げます。子神ドゥガ(mwanaduga)、子神トロ(mwanatoro)、子神マユンギ(mwanamayungi)、子神ムカンガガ(mwanamukangaga)、キンビカヤ(chimbikaya)、あなたがた池を蹂躙する皆さまに。
Chari: 子神ムルング・マレラ(mwanamulungu marera)、そして子神サンバラ人(mwana musambala)と、ともにおられる子神ムルング、ムルングジ(mwanamulungu mulunguzi)。 でも、私がお話しするとすれば、あなたムルング子神とお話しします。あなたこそ砦の主なのです。お話しするつもりではなかったのですが、お話しするのはウマジのためです。ウマジはずっと以前より苦境におりました。ウマジは病気です。ウマジは頭痛です。悪寒があります。目眩があります。背中も肺も重苦しい。そして咳です、ウマジ。口の中に小さな棒が突っかかっている。私たちは妖術を口にしさえします。棒が口の中に引っかかっているのです。本当に病気です。ひどく咳き込み、止まるところを知りません。ウマジは食事もしない、眠らない、じっとしていない。道を迷い歩き、世界を放浪し、この世を彷徨う者なのです。この者は。そして頭痛、背中、腰が切断、脚は壊れに壊れ(いたるところが痛い)、腹はかっと熱くなり、トゲが突き刺さる。心臓は破裂し、心臓は不安、身体は震える。どこもかもがどうしようもない。何者かが臍のあたりで動き出し、心臓をつかむ。そいつは口の中にやってきて、脇(胸郭)が内側に押し込まれる。でも私たちは語り合う。もしかしたら、いや、もしかしたら薬(muhaso)ではないだろうか(妖術ではないだろうか)と。
Chari: しかし占いに参りますと、本当でしょうか、私たちは、ほかでもない世界の住人の方々のせいなのだと言われるのです。世界の住人の方々とは、ほかでもないあなた方ゾンボ山174の方々です。先日のことです。彼女はその母(施術上の母=Chariのこと)に来て、唱えてもらいました。本人がいうことには、唱えごとをしてもらって以来、少し快方に向かってきた感じがすると。そこで、私はあなたムルング子神にお話ししているのです。あなたこそ砦の主です。あなたムルング子神、あなたに続くのが、ペーポー子神(mwana p'ep'o175)。ペーポー子神、バラワ人(mubarawa180)、サンズア(sanzua181)、ムクヮビ人(mukpwaphi185)。ムクヮビ人、天空のキツィンバカジ(chitsimbakazi75 cha mbinguni)、池のキツィンバカジ(chitsimbakazi cha ziyani)、地下のペーポーコマ(p'ep'o k'oma186 wa kuzimu)、池のペーポーコマ(p'ep'o k'oma wa ziyani)の皆さまとごいっしょに。あなたガラ人(mugala190)、ボニ人(muboni191)、ダハロ人(mudahalo192)、コロンゴ人(mukorongo193)、あなたコロメア人(mukoromea195)、ドゥングマレ(dungumale30)、ジム(zimu198)、キズカ(chizuka199)、スンドゥジ(sunduzi189)、ドエ人(mudoe147)。あなたドエ人、またの名をムリマンガオ(murimangao200)。あなた奴隷(mutumwa201)、またの名をンギンドゥ人(mungindo194)。 この者の母系クランに憑依霊ドエ人がいると言われております。今日、私は彼女にピング(pingu43)を与えます。他のどなたのピングでもございません。あなたドエ人自身のピングです。そう、私はあなたにあなたのピングを差し上げます。私はピングを差し出します。ンガタ(ngata42)はライカ(laika74)のものです。実は、昨日私は、この者の母系クランの人々の間に憑依霊ドエ人がいると聞かされたのです。ですから、どうか2つの腕でお受け取りください。あなたドゥングマレ、ジム、キズカ、スンドゥジ、ドエ人。ドエ人は、あなたムリマ・ンガオ。奴隷は、あなたムンギンドゥ。このなかには、あなたニャリ(nyari94)とデナ(Dena93)、ムビリキモ(mbilichimo67)、カレ(kare202)とガーシャ(gasha203)、レロニレロ(rero ni rero69)、あなたプンガヘワ(pungahewa206)子神。
Chari: プンガヘワとあなたディゴ人(mudigo103)とあなたイキリク(ichiliku9870)。みなさんが、彼女の中にいらっしゃらないとは私は申しません。でも、より深刻なこと(とそれほどでもないこととの違いがあること)は人の常です。私は、皆さま方におしずまりくださいと申します。あなたジネ・バラ・ワ・キマサイ(jine bara wa chimasai207)に対してまでも。そしてあなたゴロゴシ(gologoshi208)、またの名をンガイ(ngai209)も。ンガイ、またの名をカンバ人(mukamba210)。カヴィロンド人(mukavirondo197)、マウィヤ人(mawiya27)、ナンディ人(munandi196)、マニェマ人(mumanyema211)。私は皆さま方におしずまりくださいと申します。 おだやかに、おだやかに、おだやかに。私たちは皆さまにおだやかにと申しにやってまいりました。この者、ウマジのために私は鍋を置きます。鍋はムルングの鍋です。これより鍋に熱気あれ。。施術師(muganga)はノーと言われる者ではありません(kazumwa)。施術師は、そのとおりだ(taire212)!と言われるべきです。私は癒し手(muganga)ではありません。癒し手はムルングです。私のすることといえば、祝福の手を置いて、小指の爪に引き下がり、座って大人しくしていることです。争い合う者は二人。三人目がやって来ると、仲裁します。今日、私は仲裁者、争いを鎮めます。私は、おしずまりくださいと申します。私はおしずまりくださいと申します。そして皆さまどうかお聞き届けください。ムビリキモとともにいらっしゃるディゴゼー(digozee66)も。私はおだやかにともうします、あなたカドンゴ(kadongo)にも、私はおだやかにと申します。おだやかにおだやかに、はてはウヴンヴニの皆さま方にも、おしずまりくださいと申します。あなたライカもいます。ライカ・ムェンド(laika mwendo81)、風とともに進むライカ(laika mwenda na upepo)、ライカ・キグェンゴ(laika chigbwengo213)、ライカ・ムカンガガ(laika mukangaga166)。ライカ・ヌフシ(laika nuhusi77)もいます。ヌフシ、またの名をパガオ(pagao78)。
Chari: ライカ・ムァニョーカ(laika mwanyoka85)もいます。ライカ・ムァフィラ(laika mwafira84)もいます。ライカ・ズズ(laika zuzu214)もいます、ライカ・キウェテ(laika chiwete88)もいます。あたなライカ・キフォフォ(laika chifofo86)、またの名をライカ。ライカ・ビンギリ(laika bingili215)。私は皆さま方におだやかにと申します。私はおだやかにと強く申します。結局、皆さま方全員、ライカ・ムズカ(laika muzuka76)なのです。あなた、トゥヌシ・ムァンガ(tunusi mwanga80)、夜に昼に人にとり憑く。あなたトゥヌシ・ワ・バハリーニ(tunusi wa baharini「海のトゥヌシ」80)。私はあなた方におしずまりくださいと申します。 今、今日、もしあなた方のせいだというのでしたら、私は彼女にライカのンガタを結びつけました。この者にこのンガタが病気を取り除いてくれますように。頭痛も、悪寒も、目眩も、背中も、速い動悸も、ありませんように。心臓がときに彼女にお前は今日死ぬだろうと告げるという奇妙な症状も、ありませんように。 ドエ人のピングでしたら、これです、すでにお差し出ししました。今、今日、私はつつがなきことを願います。鍋が熱気を発しますように。そして鍋が病気の血管や筋肉をひとつひとつ追い出しますように。腹が治りますように。咳が治りますように。二度と病気がありませんように。背中も、頭も、肺も。御主人様方、二度とありませんように。私は皆さま方におしずまりくださいと申し上げます。あちらの薬液を浴び、あちらの薬液の蒸気を浴び(おそらく「鍋」の言い間違い)、煎じる薬を飲めば、施術師が「その通り!」と言われますように。
Chari: 今、あなたがたのせいだとわかれば、私たちはすべてを調えて差し上げるでしょう。でも今のところ私たちはまだ、結核かもと言っています。病院へ行って、もし少しも良くならなかったら... (ウマジ、突然憑依状態になり、言葉にならない声で叫び始める(書き起こし担当は「ウシのような声で」と書いている)) (Chari、スワヒリ語で)さあ、しずまって、しずまって、しずまって、しずまって。何ごとですか?というよりどなたですか?さあ、おしずまりください。やって来て、お告げください。さてさて、おしずまりください、御主人様。おしずまりください、おしずまりください、おしずまりください。そしていったいどなたなのか、お告げください。私たちは彼女本人が咳が出るのが、あなた方がいったいどなたなのか知りたいのです。さあ、おしずまりください、もしあなたがニャリ(nyari94)なら、ニャリ・ンゴンベ(nyari ng'ombe127)なら、ニャリ・ンゴンベよ、私たちはあなたの要求が護符パンデ(pande40)であることは、わかっています。でも今日は私はあなたに差し上げることはしません。私たちはまだ、あなたのせいだとわかっていないからです。もし本当にあなたなら、おしずまりください、私の御主人様。よくおしずまりください。繰り返し、御主人様おしずまりください、御主人様。さて、おしずまりください。おしずまりください。おしずまりください。もしパンデでしたら、私はあなたに差し上げましょう。もし布だというのなら、あなたに差し上げましょう。でも今は、人は語られると、聞き届けるものです。御主人様! (ウマジ、次第に大人しくなる) 3364 Chari:(私に向かって)こいつがニャリ・ンゴンベだよ、あんた。ね、聞いたでしょ? (唱えごと再開、ドゥルマ語で) さて、ご主人様、もしあなたニャリ・ンゴンベなら、私はすぐにでもあなたのパンデをもってまいります。おだやかに。御主人様。今は私はあなたにお関わりいたしません。でもパンデ(複数)でしたら、後ほどあなたに差し上げます。でも御主人様、私たちはいったい誰のせいなのか知りたかったのです。そして今、あなたニャリ・ンゴンベが出ていらっしゃいました。あなたはあなたのパンデを手に入れられます。布とおっしゃるなら、まずはこの者が快方に向かうのを、私たちにお見せください。そして二度と彼女を咳き込ませることのないように。 (ウマジ、完全に素面になる) Chari: (私に)カリンボ!終わったよ! Umazi: この薬は煎じて飲む薬かしら? Chari: 煎じて飲む薬ですよ、お母さん。
最後にいきなり患者が憑依状態になり、唸り叫び始めることがなければ、チャリお得意の唱えごとの大事なポイントをすべて押さえた、見事な唱えごとだ。
憑依霊の施術師に共通しているが、実際にどの憑依霊が特定の症状に責任があるかは前もっては判断しにくいため、唱えごとは可能性のあるあらゆる憑依霊の名を挙げることを、そして彼ら全員に病人をもう苦しめないように、おだやかに、鎮まってくれることを願うことからなっている。施術師ごとに微妙に異なっているが、施術師が知っており、対処できる憑依霊の名前を、いかに淀みなく、早口で唱えあげてみせるかは、唱えごとの見事さの一つの基準かもしれない(お前は唱えごと評論家か>私)。しかし誰が主たる下手人であるかを突き止めるのも、また施術師の治療の腕の見せどころである。この唱えごとの中で、チャリは対処すべき憑依霊として、ムルング子神(彼女のための「鍋」饗応で、他の霊たち(世界の住人の皆様方)はお相伴に預かる形である)、憑依霊ドエ人(チャリは患者の母系血縁の中にドエの宿主が多いという情報から、目を付けたようだ)、それにライカ(悪寒、頭痛、目眩などはいかにもライカな症状である)を挙げている。彼らには特別な饗応や、椅子の差し出しがなされる。それで症状が緩和されたら、チャリの見立ては正しかったことになる。
もう一つの唱えごとのポイントは、患者の苦しんでいる症状をすべてもらさず唱えあげることである。ここで言及されている症状が同時に全てあるのだとすれば、これはもう大変な状態だということになろう。しかしこれらはすべて占いの場などで患者自身が「自分の病気の場所」だと認めたものである。占いの語りが、それらの症状を意味づけ・関係づけるのではあるが、これらが時とともに継起し、あるいはぶり返し、あるいはいっしょにやって来るという、時間軸の中でたち現れてくるパターンが患者にとって「自分の病気」像なのだと言うことができるかもしれない(って、ドゥルマの人の誰もそんな風には言ってくれませんが)。
しかし、この憑依霊たちが引き起こしていると想定された病気への向かい方を見ると、憑依霊の施術師の実践が、意外と経験的かつ仮説検証的な営みであることがわかる。すべての見立ては、見立てられた霊が自分に差し出されたものを受け取り、鍋を楽しみなどして、実際に症状が改善されるかどうかにかかっている。当然、改善が見られないことも多いはずだ。でもご心配なく、憑依霊の数は多い。別の奴が下手人であるかもしれないし、あるいは特定の憑依霊が饗応をうけたり、ものを与えられたりするのを見て、嫉妬した他の憑依霊たちが、治療を妨害しているということはおおいにありそうなことだからである。
ある霊のせいだと見立てて(施術師たちは自分の持ち霊に教えられて、というだろう)やった治療が、実際の効果を見せるときが、たしかに問題の憑依霊が頼みに応じて病気を引っ込めてくれたと確信できる瞬間である。
患者が突然憑依状態になってしまうという今回のハプニングだが、たしかに唸り声がウシの声に似ていたということもあるが、それをただちにニャリ・ンゴンベ(nyari ng'ombe127)と断定できたのは、ニャリが普通に要求する「椅子」であるパンデ(pande40)を差し上げると約束することによって、患者が沈静化したからである。同じくウシのように唸る憑依霊にはジネ・ンゴンベ(jine ng'ombe216)もいるが、こちらはパンデや「鍋」には反応しない(ウシの血を飲みたがるのだ)。というわけで、憑依霊の病気治療は、思った以上に経験的、仮説検証的な営みなのである。
「外に出す(kulavya nze)」ンゴマを控えたトゥシェさんの「招待の鍋」が下痢と嘔吐を引き起こしてしまった際に、それを憑依霊ドゥルマ人の妨害と見抜いたチャリが、いかにしてその見立ての正しさを確信したかを巡る、唱えごとの中での次のような語りDB3850-DB3851にも、それははっきりと見て取れるので、ぜひ御覧いただきたい。
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tsovyaの別名とされる「内陸部のスディアニ」の絵 ↩
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