ニューニについて(カリサ老による)

はじめに

カリサ老はカタナ君の分類上の兄弟、とは言え、年齢的にはカタナ君の父親よりも年長。とても愉快な老人だが、子供がおらず、当時妻が逃げて単身者生活。死んだ父親の墓で、新しい妻と結婚したいと祈願していた。父親は妖術系の施術師で、その施術を継承していた。ニューニの施術も彼のレパートリの一つ。さまざまなニューニが引き起こす症状についてジェスチャーをまじえて面白く(?)語る。唱えごとについても気さくに教えてくれる。

ニューニの分類

(1989/10/11 のフィールドノート(DB 2071)を基にした整理)

症状別

chifulo1 口から泡を吹く chigulu38 na mukono39手足が痙攣する、突っ張る pwekupweku40 大泉門が開き、脇腹がペコペコするような呼吸 chikohozi41

gbwavu mukumbe42 (wa chiraphai47, mwee45)足の痙攣、咳、激しく泣く、泣き声次第に静まって死ぬ

系統別

  1. nyuni wa chiraphai gbwavu mukumbe 別名 zinje49;羽根を広げると太陽が隠され暗闇になることから nyuni nundu52; 羽根を広げたところが似ているから mwee45 dzuni 治療に必要な品: 黒い鶏、白い鶏、kuku wa chiphanga phanga(カタグロトビの色に似た白と灰色の混じった羽根模様の鶏)

  2. nyuni wa chiduruma chifulo (=kafulo53) 別名 murira37 口から泡、激しく泣く mbavu pwekupweku 別名 golomwe(トカゲの一種、脇腹をぺこぺこさせて呼吸するところから) pwekupweku とchigulu na mukonoとchikohoziは同じニューニか? 治療に必要な品: 黒、赤、白の鶏、混色の鶏

ニューニについて(インタビューの日本語訳)

ドゥルマ語テキスト (DB 695-704) の日本語訳

(注釈: インタビューの当初、どうも質問と答えがいまいち噛み合っていない。まあ、こんなもんだ。変に質問を差し挟むよりは、語り手に好きに話してもらったほうが良いとはわかっていたのだが。)

695

Karisa Kaingu(Kk): 口から泡が出てくる(ニューニ)がいる。私は治療できる。それから、脚と腕がこんな風になる(手足を痙攣させるさまのジェスチャー)やつも、私は治療する。それからペコペコ(pwekupweku40)させるやつ、プェク(pweku)のやつ、こいつはひよめき(luhotsi54)を開き割るやつだ。それから咳(chikohozi)も同様にニューニだ。ニューニは3種類だね。泡のニューニ、腕と脚のニューニ、それにひよめきを開き割るニューニだね。 Katana(Ka): あなたはキラバイの47ニューニがいると言ったよね? Kk: キラバイのニューニとはムウェー(mwee45)のことだよ。そいつはグァヴ・ムクンベ(gbwavu mukumbe42)、脚と咳のやつ、そして子供が泣くやつ。こんな風にアア、アア、アアアアって泣く。力尽きて死んでしまう。 Hamamoto(H): ニューニとは憑依霊(p'ep'o55)ですか、それとも何ですか? Kk: ニューニは憑依霊だね、でも憑依霊じゃない。というのもニューニというのは上の方を飛んでいく奴ら、鶏を捕まえて飛んでいく奴らだから。 H: 空を飛ぶ鳥(nyama wa kuburuka60)そのものなんですか? Kk: そうだよ。

696

Hamamoto(H): ニューニ、もし空を飛ぶ鳥なんだったら、子供をどうやって捕らえるんですか? Karisa_Kaingu(Kk): やって来る。やって来てその爪で地上の鶏をつかむのさ、そして飛び去る。行って、ついばむのさ。 Katata(K): でも彼が尋ねたのは、その憑依霊/動物(nyama61)が、乳幼児をどんなふうに捕らえるのかですよ。 Kk: そいつの捕らえ方は、泣くこと、そして咳、発熱(身体が熱いmwiri moho)、そしてびっくり。眠っていて、突然ニィィ(nii62)、そして泡を吹く。 H: こどもがそんな風にニューニに捕らえられたとき、そのニューニのためのキリャンゴナ(viryangona63)は何々ですか。 Kk: そいつのキリャンゴナは、黒い鶏と白い鶏さ。 K: ところで、黒と白の鶏はグァヴ・ムクンベのキリャンゴナ?それとも何のキリャンゴナ? Kk: グァヴ・ムクンベ、それとムウェー、それとズニ(dzuni51)。そう、これらがキラバイの奴らだ。

697

Katana(K): じゃあ、こちらのドゥルマのやつ(ニューニ)というのは? Karisa_Kaingu(Kk): こちらのドゥルマのやつはというと、黒い鶏と、赤い鶏と、白い鶏と、混色の鶏だ。 Hamamoto(H): いや、捕らえるやつ(ニューニ)の名前は?

Kk: 脇腹ペコペコ(mbavu pwekupweku)だ。そいつこそ、洞窟に(pangani)いるやつ。ゴロムウェ(goromwe64)、そこで独りで眠る。洞窟に(winani)暮らしている。 H: ニューニが捕らえるのは乳幼児だけですか、それとも大人も捕らえるのでしょうか。 Kk: もし、そいつ(おそらくゴロムウェ)がお前の身体にとり憑いたら、大人だって、そいつはやって来て食うだろうさ。 K: つまり彼が尋ねているのは、ニューニは大人も殺してしまう者なのか、ということ。 Kk: そうとも。(おそらくゴロムウェは)歩き回ってお前を見たら、お前、ビッ(ばったり倒れるさま)、だよ。そいつが睨んだら、もうフィティフィティ65、フィーだよ。

698

Katana(K): というのもね皆んなが、人が死ぬときに、ニューニにとどめを刺してもらおうと言うからね。 Karisa_Kaingu: そうとも。ニューニにとどめを刺される、そして身体がムァズル66のように燃える(熱くなる)。 K: どこがムァズルなんだい? Kk: ムァズル、身体が燃える(熱くなる)。 Hamamoto(H): ムァズルって何ですか?病気?それとも? Kk: ムァズルとはムブルシ(mburushi68)あるいはマラリア(malaria)のこと。あいつムブルシがすなわちムァズルだよ。ムブルシは脳を腐らせる。そして身体が動かない(muchechet'a70)。そして、お前がこんな風に喋ると、口全体がもう臭い。腐っているのさ。 H: そうすると、ムブルシは病気で、憑依霊の名前ではないのですね。 Kk: 憑依霊の名前はブルシ(bulushi71)だよ、ムブルシ(mburushi)じゃないよ。

699

Katana: キラバイのニューニを治療してもらうときには、施術師はたくさんの草木(mihi13)をつかうんでしょうか? Karisa_Kaingu(Kk): キクヮタ(chikpwata72)、ムドゥング(mudungu73)、ムツァツァ(mutsatsa74)、ムクェンベ(mukpwembe75)、それとキビリティ(chibiriti77)をもってくる。あの乾いた(枯れた)茶色い草だよ。あれがキビリティさ。この草木はムシパ(mushipa78)も治療する。それは、このあたりの腎臓も治療する。もしこのあたりが痛むなら。さて、ムァズルとムシパは、こいつ(キビリティ)はこれと混ぜることができる。これはルガツィ(lugatsi79)だ。これと混ぜて使われる。これもムシパと腎臓の痛みを治療する草木だ。 Hamamoto(H): ニューニに限って言えば? Kk: ニューニだけなら、キクヮタ、ムドゥングで治療される。そしてこれも、子供のための母乳を移す(kutsamisa80)のに、その葉が加えられる。

700

Hamamoto(H): つまり、子供がニューニに捕らえられたとき、その母親もまた治療されるのですか? Karisa_Kaingu(Kk): そうだよ。お前は(母親の)ここをツォザ(ku-tsodza83)して、その後、後ろ側もツォザしないと。 Katana(K): あなたは彼女の胸のところと、背中の真ん中をツォザするわけですね。 Kk: それらの鶏は背中のところで開いて、内臓をとりだし、それをウリンゴ(uringo84)に置く。 H: えーと、ウリンゴを用意してあげるんですね。 Kk: (子供のために)ウリンゴを用意してやって、そこでその子に(薬液を)振り撒く99んじゃないか。 K: つまり、子供はウリンゴの上に(寝かされて)いる? Kk: 違う、違う、ウリンゴの下だ。ウリンゴが子供の上だ。 K: ああ、なるほど(子供は)ウリンゴの真下の空間(muvunguriri100)になんですね。なるほど!ところでベムカンベ(カタナ君の弟)の子供が捕まったあのニューニは、なんていうニューニだったんですか。あなた、私たちの屋敷に治療しに来たでしょう? Kk: あのニューニは母乳を移すやつで、母乳が子供の腹に汚物を注ぎ込むことになるやつ。子供は下痢をする。

701

Karisa_Kaingu: 通り過ぎる「陰り(zinje)」がある。太陽を隠し、あたりはガー(gaa101)、夜に戻る。お前は言う。ああ太陽がその主にもっていかれた、かの王様に。ニューニが通り過ぎるってね。そのニューニはグァヴ・ムクンベ(gbwavu mukumbe42)と呼ばれる。 Katana(K): ところで、それぞれのニューニにはその唱えごとがあると言ってもよい? Hamamoto(H): そいつの唱えごと教えてくれますか? Kk: そいつの唱えごとは(唱えごと開始) 『お前「陰り(zinje)」よ。お前「陰り」よ。お前は上空を通り過ぎる「岩(mwamba)」。私はお前に望む。そのまま行って、エランド(アフリカに生息するウシ科の偶蹄類)を食べるようにと。エランドとゾウを食べに行くようにと。この者から去るようにと、この者から。この者を食べても、満腹にはならない。(唱えごと中断)』 Kk: さて、お前はその子供に薬液を振り撒く(ku-vunga)。 (唱えごと続き) 『ああ、ああそうじゃなく、(もし)お前は(内陸部の)荒蕪地(nyika102)からやって来て海岸部に行く(のなら)、行って海岸部に棲まう。そこにはカバがいる。サメがいる。大きな大きな魚がいる。キングフィッシュがいる。行って、それらを食らうように。しかしこの者には手を出すな、この者には。』 (唱えごと終わり)

702

Hamamoto(H): そうすると、ニューニは大きな動物を食べる動物なんですか? Karisa_Kaingu(Kk): そう、男だね(たいしたやつだ)!あっという間に通り過ぎる。そしてこんなふうな爪をもっている。ゾウですら捕まえるんだ。ゾウを持ち上げて飛んで、別のところに行って食べるんだよ。 Katana(K): 人の目に見えるのかい、それとも見えない? Kk: どうやって見るっていうんだい?お前は暗闇を見るだけ。やつは見えないよ。

703

Karisa_Kaingu(Kk): さて、そいつに唱えごとをするとき、こう言うんだ。 (唱えごと開始) 『お前、コウモリのニューニよ。お前、コウモリのニューニよ。私にはお前が「陰り」であることはわかっている。流れる者よ、太陽を覆い隠す者よ。今、私はお前に望む。もし(内陸の)荒蕪地を出たなら、海岸部へ行って欲しい。私はお前が直ちに通り過ぎてくれることを願う。この者にかまわないでくれ。この者を食べても、満腹にはならない。海岸へ行って大きな大きな動物を喰らえ。そこでこそ、お前は満腹するだろう。ああ、ああそうではなく、(もし)海岸からやって来たのなら、(内陸の)荒蕪地へ行く。大きな大きなゾウを喰らえ、そこで、キリン、エランド、シマウマを喰らえ。そここそ、お前がついばんで、満腹するところ。しかし、この者を食べたとしても、お前は満腹しない。だから、この者をとき解きなさい。』 (唱えごと終了) Kk: これで、患者はもうとき解かれている。

704

Katana(K): では、カフロ(kafulo53)の(ニューニ)については?というのも、カフロのやつは、以前あなたがよく唱えごとするのに聞いたものだから。 Karisa_Kaingu(Kk): カフロのやつ、そいつはこんな風に呼ばれる 『お前ムリラ(murira37)。こうして泡(kafulo)とともに来る者よ。私は命ずる。消えてなくなれと。お前の兄弟はムシパ(mushipa78)だ。子供が母乳を吸ったら、(母乳が)順調に腹に届くように。お前、ムリラのニューニよ。カフロとはお前のことだ。私は命ずる。この者にかかわらないで欲しい。カフロが消えてなくなるように。』 Hamamoto(H): ところで、ブッシュで鳴くあのニューニ(キツツキ)と、子供を捕らえるこのニューニは、同じものなのですか、それとも違う? Kk: そのチェチェチェと鳴くやつは、お前が旅に出たとき、お前に告げてくれるんだ。家で何か問題が起きてるぞとお前に告げてくれる。そいつの仕事は、悪いこと、あるいは良いことがあると教えること。たとえば、(目的地に)着いて、お前は落ち着いて食事をする、料理を見るだろう、とか。 K: でも、子供を捕らえるあれは、それとはもう別のものだよ。

考察

例によって、施術師ごとのニューニのリストの違いに気づく。例えば[ムァゾンボ氏](./はニューニは鳥と、海の生き物だけで、4本脚のニューニはいないと断言しているが、カリサ氏はトカゲの一種をニューニに入れている。

カリサ氏はまた、母親の母乳を介して子供に危害を及ぼすニューニについて、子供だけでなく母親にもクツォザ83の施術を施すことに触れているが、母乳の保護との関係での婚外性交渉の禁止については触れていない。

注釈


1 キフロ(chifulo)。「細かい泡」。泡(fulo, pl.mafulo)の指小形。カフロ(kafulo)に同じ。乳幼児が口から細かい泡を吹く症状を引き起こすニューニ(nyuni2)もキフロ、カフロの名で呼ばれる。別名ムリラ(murira37)。
2 ニューニ(nyuni)。「キツツキ」。道を進んでいるとき、この鳥が前後左右のどちらで鳴くかによって、その旅の吉凶を占う。ここから吉凶全般をnyuniという言葉で表現する。(行く手で鳴く場合;nyuni wa kumakpwa 驚きあきれることがある、右手で鳴く場合;nyuni wa nguvu 食事には困らない、左手で鳴く場合;nyuni wa kureja 交渉が成功し幸運を手に入れる、後で鳴く場合;nyuni wa kusagala 遅延や引き止められる、nyuni が屋敷内で鳴けば来客がある徴)。またnyuniは「上の霊 nyama wa dzulu3」と総称される鳥の憑依霊、およびそれが引き起こす子供の引きつけを含む様々な病気の総称(ukongo wa nyuni)としても用いられる。(nyuniの病気には多くの種類がある。施術師によってその分類は異なるが、例えば nyuni wa joka:子供は泣いてばかり、wa nyagu(別名 mwasaga, wa chiraphai):手脚を痙攣させる、その他wa zuni、wa chilui、wa nyaa、wa kudusa、wa chidundumo、wa mwaha、wa kpwambalu、wa chifuro、wa kamasi、wa chip'ala、wa kajura、wa kabarale、wa kakpwang'aなど。nyuniの種類と治療法だけで論文が一本書けてしまうだろうが、おそらくそんな時間はない。)これらの「上の霊」のなかには母親に憑いて、生まれてくる子供を殺してしまうものもおり、それらは危険な「除霊」(kukokomola)の対象となる。
3 ニャマ・ワ・ズル(nyama wa dzulu, pl. nyama a dzulu)。「上の動物、上の憑依霊」。ニューニ(nyuni、直訳するとキツツキ2)と総称される、主として鳥の憑依霊だが、ニューニという言葉は乳幼児や、この病気を持つ子どもの母の前で発すると、子供に発作を引き起こすとされ、忌み言葉になっている。したがってニューニという言葉の代わりに婉曲的にニャマ・ワ・ズルと言う言葉を用いるという。多くの種類がいるが、この病気は憑依霊の病気を治療する施術師とは別のカテゴリーの施術師が治療する。時間があれば別項目を立てて、詳しく紹介するかもしれない。ニャマ・ワ・ズル「上の憑依霊」のあるものは、女性に憑く場合があるが、その場合も、霊は女性をではなく彼女の子供を病気にする。病気になった子供だけでなく、その母親も治療される必要がある。しばしば女性に憑いた「上の霊」はその女性の子供を立て続けに殺してしまうことがあり、その場合は除霊(kukokomola4)の対象となる。
4 ク・ココモラ(ku-kokomola)。「除霊する」。憑依霊を2つに分けて、「身体の憑依霊 nyama wa mwirini5」と「除去の憑依霊 nyama wa kuusa625と呼ぶ呼び方がある。ある種の憑依霊たちは、女性に憑いて彼女を不妊にしたり、生まれてくる子供をすべて殺してしまったりするものがある。こうした霊はときに除霊によって取り除く必要がある。ペポムルメ(p'ep'o mulume11)、カドゥメ(kadume28)、マウィヤ人(Mwawiya29)、ドゥングマレ(dungumale32)、ジネ・ムァンガ(jine mwanga33)、トゥヌシ(tunusi34)、ツォビャ(tsovya36)、ゴジャマ(gojama31)などが代表例。しかし除霊は必ずなされるものではない。護符pinguやmapandeで危害を防ぐことも可能である。「上の霊 nyama wa dzulu3」あるいはニューニ(nyuni「キツツキ」2)と呼ばれるグループの霊は、子供にひきつけをおこさせる危険な霊だが、これは一般の憑依霊とは別個の取り扱いを受ける。これも除霊の主たる対象となる。動詞ク・シンディカ(ku-sindika「(戸などを)閉ざす、閉める、閉め出す」)、ク・ウサ(ku-usa「除去する」)、ク・シサ(ku-sisa「(客などを)送っていく、見送る、送り出す(帰り道の途中まで同行して)、殺す」)も同じ除霊を指すのに用いられる。スワヒリ語のku-chomoa(「引き抜く」「引き出す」)から来た動詞 ku-chomowa も、ドゥルマでは「除霊する」の意味で用いられる。ku-chomowaは一つの霊について用いるのに対して、ku-kokomolaは数多くの霊に対してそれらを次々取除く治療を指すと、その違いを説明する人もいる。
5 ニャマ・ワ・ムウィリニ(nyama wa mwirini, pl. nyama a mwirini)「身体の憑依霊」。除霊(kukokomola4)の対象となるニャマ・ワ・クウサ(nyama wa kuusa, pl. nyama a kuusa)「除去の憑依霊」との対照で、その他の通常の憑依霊を「身体の憑依霊」と呼ぶ分類がある。通常の憑依霊は、自分たちの要求をかなえてもらうために人に憑いて、その人を病気にする。施術師がその霊と交渉し、要求を聞き出し、それを叶えることによって病気は治る。憑依霊の要求に応じて、宿主は憑依霊のお気に入りの布を身に着けたり、徹夜の踊りの会で踊りを開いてもらう。憑依霊は宿主の身体を借りて踊り、踊りを楽しむ。こうした関係に入ると、憑依霊を宿主から切り離すことは不可能となる。これが「身体の憑依霊」である。こうした霊を除霊することは極めて危険で困難であり、事実上不可能と考えられている。
6 ニャマ・ワ・クウサ(nyama wa kuusa, pl. nyama a kuusa)。「除去の憑依霊」。憑依霊のなかのあるものは、女性に憑いてその女性を不妊にしたり、その女性が生む子供を殺してしまったりする。その場合には女性からその憑依霊を除霊する(kukokomola4)必要がある。これはかなり危険な作業だとされている。イスラム系の霊のあるものたち(とりわけジネと呼ばれる霊たち7)は、イスラム系の妖術使いによって攻撃目的で送りこまれる場合があり、イスラム系の施術師による除霊を必要とする。妖術によって送りつけられた霊は、「妖術の霊(nyama wa utsai)」あるいは「薬の霊(nyama wa muhaso)」などの言い方で呼ばれることもある。ジネ以外のイスラム系の憑依霊(nyama wa chidzomba10)も、ときに女性を不妊にしたり、その子供を殺したりするので、その場合には除霊の対象になる。ニャマ・ワ・ズル(nyama wa dzulu, pl.nyama a dzulu3)「上の霊」あるいはニューニ(nyuni2)と呼ばれる多くは鳥の憑依霊たちは、幼児にヒキツケを引き起こしたりすることで知られており、憑依霊の施術師とは別に専門の施術師がいて、彼らの治療の対象であるが、ときには成人の女性に憑いて、彼女の生む子供を立て続けに殺してしまうので、除霊の対象になる。内陸系の霊のなかにも、女性に憑いて同様な危害を及ぼすものがあり、その場合には除霊の対象になる。こうした形で、除霊の対象にならない憑依霊たちは、自分たちの宿主との間に一生続く関係を構築する。要求がかなえられないと宿主を病気にするが、友好的な関係が維持できれば、宿主にさまざまな恩恵を与えてくれる場合もある。これらの大多数の霊は「除去の憑依霊」との対照でニャマ・ワ・ムウィリニ(nyama wa mwirini, pl. nyama a mwirini5)「身体の憑依霊」と呼ばれている。
7 マジネ(majine)はジネ(jine)の複数形。イスラム系の妖術。イスラムの導師に依頼して掛けてもらうという。コーランの章句を書いた紙を空中に投げ上げるとそれが魔物jineに変化して命令通り犠牲者を襲うなどとされ、人(妖術使い)に使役される存在である。自らのイニシアティヴで人に憑依する憑依霊のジネ(jine)と、一応区別されているが、あいまい。フィンゴ(fingo8)のような屋敷や作物を妖術使いから守るために設置される埋設呪物も、供犠を怠ればジネに変化して人を襲い始めるなどと言われる。
8 フィンゴ(fingo, pl.mafingo)。私は「埋設薬」という翻訳を当てている。(1)妖術使いが、犠牲者の屋敷や畑を攻撃する目的で、地中に埋設する薬(muhaso9)。(2)妖術使いの攻撃から屋敷を守るために屋敷のどこかに埋設する薬。いずれの場合も、さまざまな物(例えば妖術の場合だと、犠牲者から奪った衣服の切れ端や毛髪など)をビンやアフリカマイマイの殻、ココヤシの実の核などに詰めて埋める。一旦埋設されたフィンゴは極めて強力で、ただ掘り出して捨てるといったことはできない。妖術使いが仕掛けたものだと、そもそもどこに埋められているかもわからない。それを探し出して引き抜く(ku-ng'ola mafingo)ことを専門にしている施術師がいる。詳しくは〔浜本満,2014,『信念の呪縛:ケニア海岸地方ドゥルマ社会における妖術の民族誌』九州大学出版会、pp.168-180〕。妖術使いが仕掛けたフィンゴだけが危険な訳では無い。屋敷を守る目的のフィンゴも同様に屋敷の人びとに危害を加えうる。フィンゴは定期的な供犠(鶏程度だが)を要求する。それを怠ると人々を襲い始めるのだという。そうでない場合も、例えば祖父の代の誰かがどこかに仕掛けたフィンゴが、忘れ去られて魔物(jine7)に姿を変えてしまうなどということもある。この場合も、占いでそれがわかるとフィンゴ抜きの施術を施さねばならない。
9 ムハソ muhaso (pl. mihaso)「薬」、とりわけ、土器片などの上で焦がし、その後すりつぶして黒い粉末にしたものを指す。妖術(utsai)に用いられるムハソは、瓢箪などの中に保管され、妖術使い(および妖術に対抗する施術師)が唱えごとで命令することによって、さまざまな目的に使役できる。治療などの目的で、身体に直接摂取させる場合もある。それには、muhaso wa kusaka 皮膚に塗ったり刷り込んだりする薬と、muhaso wa kunwa 飲み薬とがある。muhi(草木)と同義で用いられる場合もある。10cmほどの長さに切りそろえた根や幹を棒状に縦割りにしたものを束ね、煎じて飲む muhi wa(pl. mihi ya) kunwa(or kujita)も、muhaso wa(pl. mihaso ya) kunwa として言及されることもある。このように文脈に応じてさまざまであるが、妖術(utsai)のほとんどはなんらかのムハソをもちいることから、単にムハソと言うだけで妖術を意味する用法もある。
10 ニャマ・ワ・キゾンバ(nyama wa chidzomba, pl. nyama a chidzomba)。「イスラム系の憑依霊」。イスラム系の霊は「海岸の霊 nyama wa pwani」とも呼ばれる。イスラム系の霊たちに共通するのは、清潔好き、綺麗好きということで、ドゥルマの人々の「不潔な」生活を嫌っている。とりわけおしっこ(mikojo、これには「尿」と「精液」が含まれる)を嫌うので、赤ん坊を抱く母親がその衣服に排尿されるのを嫌い、母親を病気にしたり子供を病気にし、殺してしまったりもする。イスラム系の霊の一部には夜女性が寝ている間に彼女と性交をもとうとする霊がいる。男霊(p'ep'o mulume11)の別名をもつ男性のスディアニ導師(mwalimu sudiani12)がその代表例であり、女性に憑いて彼女を不妊にしたり(夫の精液を嫌って排除するので、子供が生まれない)、生まれてくる子供を全て殺してしまったり(その尿を嫌って)するので、最後の手段として危険な除霊(kukokomola)の対象とされることもある。イスラム系の霊は一般に獰猛(musiru)で怒りっぽい。内陸部の霊が好む草木(muhi)や、それを炒って黒い粉にした薬(muhaso)を嫌うので、内陸部の霊に対する治療を行う際には、患者にイスラム系の霊が憑いている場合には、このことについての許しを前もって得ていなければならない。イスラム系の霊に対する治療は、薔薇水や香水による沐浴が欠かせない。このようにきわめて厄介な霊ではあるのだが、その要求をかなえて彼らに気に入られると、彼らは自分が憑いている人に富をもたらすとも考えられている。
11 ペーポームルメ(p'ep'o mulume)。ムルメ(mulume)は「男性」を意味する名詞。男性のスディアニ Sudiani、カドゥメ Kadumeの別名とも。女性がこの霊にとり憑かれていると,彼女はしばしば美しい男と性交している夢を見る。そして実際の夫が彼女との性交を求めても,彼女は拒んでしまうようになるかもしれない。夫の方でも勃起しなくなってしまうかもしれない。女性の月経が終ったとき、もし夫がぐずぐずしていると,夫の代りにペポムルメの方が彼女と先に始めてしまうと、たとえ夫がいくら性交しようとも彼女が妊娠することはない。施術師による治療を受けてようやく、彼女は妊娠するようになる。その治療が功を奏さない場合には、最終的に除霊(ku-kokomola4)もありうる。
12 スディアニ(sudiani)。スーダン人だと説明する人もいるが、ザンジバルの憑依を研究したLarsenは、スビアーニ(subiani)と呼ばれる霊について簡単に報告している。それはアラブの霊ruhaniの一種ではあるが、他のruhaniとは若干性格を異にしているらしい(Larsen 2008:78)。もちろんスーダンとの結びつきには言及されていない。スディアニには男女がいる。厳格なイスラム教徒で綺麗好き。女性のスディアニは男性と夢の中で性関係をもち、男のスディアニは女性と夢の中で性関係をもつ。同じふるまいをする憑依霊にペポムルメ(p'ep'o mulume, mulume=男)がいるが、これは男のスディアニの別名だとされている。いずれの場合も子供が生まれなくなるため、除霊(ku-kokomola)してしまうこともある(DB 214)。スディアニの典型的な症状は、発狂(kpwayuka)して、水、とりわけ海に飛び込む。治療は「海岸の草木muhi wa pwani」13による鍋(nyungu20)と、飲む大皿と浴びる大皿(kombe24)。白いローブ(zurungi,kanzu)と白いターバン、中に指輪を入れた護符(pingu19)。
13 ムヒ(muhi、複数形は mihi)。植物一般を指す言葉だが、憑依霊の文脈では、治療に用いる草木を指す。憑依霊の治療においては霊ごとに異なる草木の組み合わせがあるが、大きく分けてイスラム系の憑依霊に対する「海岸部の草木」(mihi ya pwani(pl.)/ muhi wa pwani(sing.))、内陸部の憑依霊に対する「内陸部の草木」(mihi ya bara(pl.)/muhi wa bara(sing.))に大別される。冷やしの施術や、妖術の施術14においても固有の草木が用いられる。muhiはさまざまな形で用いられる。搗き砕いて香料(mavumba15)の成分に、根や木部は切り彫ってパンデ(pande16)に、根や枝は煎じて飲み薬(muhi wa kunwa, muhi wa kujita)に、葉は水の中で揉んで薬液(vuo)に、また鍋の中で煮て蒸気を浴びる鍋(nyungu20)治療に、土器片の上で炒ってすりつぶし黒い粉状の薬(muhaso, mureya)に、など。ミヒニ(mihini)は字義通りには「木々の場所(に、で)」だが、施術の文脈では、施術に必要な草木を集める作業を指す。
14 ウガンガ(uganga)。癒やしの術、治療術、施術などという訳語を当てている。病気やその他の災に対処する技術。さまざまな種類の術があるが、大別すると3つに分けられる。(1)冷やしの施術(uganga wa kuphoza): 安心安全に生を営んでいくうえで従わねばならないさまざまなやり方・きまり(人々はドゥルマのやり方chidurumaと呼ぶ)を犯した結果生じる秩序の乱れや災厄、あるいは外的な事故がもたらす秩序の乱れを「冷やし」修正する術。(2)薬の施術(uganga wa muhaso): 妖術使い(さまざまな薬を使役して他人に不幸や危害をもたらす者)によって引き起こされた病気や災厄に対処する、妖術使い同様に薬の使役に通暁した専門家たちが提供する術。(3)憑依霊の施術(uganga wa nyama): 憑依霊によって引き起こされるさまざまな病気に対処し、憑依霊と交渉し患者と憑依霊の関係を取り持ち、再構築し、安定させる癒やしの術。
15 マヴンバ(mavumba)。「香料」。憑依霊の種類ごとに異なる。乾燥した草木や樹皮、根を搗き砕いて細かくした、あるいは粉状にしたもの。イスラム系の霊に用いられるものは、スパイスショップでピラウ・ミックスとして購入可能な香辛料ミックス。
16 パンデ(pande, pl.mapande)。草木の幹、枝、根などを削って作る護符17。穴を開けてそこに紐を通し、それで手首、腰、足首など付ける箇所に結びつける。
17 「護符」。憑依霊の施術師が、憑依霊によってトラブルに見舞われている人に、処方するもので、患者がそれを身につけていることで、苦しみから解放されるもの。あるいはそれを予防することができるもの。ンガタ(ngata18)、パンデ(pande16)、ピング(pingu19)など、さまざまな種類がある。憑依霊ごとに(あるいは憑依霊のグループごとに)固有のものがある。勘違いしやすいのは、それを例えば憑依霊除けのお守りのようなものと考えてしまうことである。施術師たちは、これらを憑依霊に対して差し出される椅子(chihi)だと呼ぶ。憑依霊は、自分たちが気に入った者のところにやって来るのだが、椅子がないと、その者の身体の各部にそのまま腰を下ろしてしまう。すると患者は身体的苦痛その他に苦しむことになる。そこで椅子を用意しておいてやれば、やってきた憑依霊はその椅子に座るので、患者が苦しむことはなくなる、という理屈なのである。「護符」という訳語は、それゆえあまり適切ではないのだが、それに代わる適当な言葉がないので、とりあえず使い続けることにするが、霊を寄せ付けないためのお守りのようなものと勘違いしないように。
18 ンガタ(ngata)。護符17の一種。布製の長方形の袋状で、中に薬(muhaso),香料(mavumba),小さな紙に描いた憑依霊の絵などが入れてあり、紐で腕などに巻くもの、あるいは帯状の布のなかに薬などを入れてひねって包み、そのまま腕などに巻くものなど、さまざまなものがある。
19 ピング(pingu)。薬(muhaso:さまざまな草木由来の粉)を布などで包み、それを糸でぐるぐる巻きに球状に縫い固めた護符17の一種。
20 ニュング(nyungu)。nyunguとは土器製の壺のような形をした鍋で、かつては煮炊きに用いられていた。このnyunguに草木(mihi)その他を詰め、火にかけて沸騰させ、この鍋を脚の間において座り、すっぽり大きな布で頭から覆い、鍋の蒸気を浴びる(kudzifukiza; kochwa)。それが終わると、キザchiza21、あるいはziya(池)のなかの薬液(vuo)を浴びる(koga)。憑依霊治療の一環の一種のサウナ的蒸気浴び治療であるが、患者に対してなされる治療というよりも、患者に憑いている霊に対して提供されるサービスだという側面が強い。概略はhttps://www.mihamamoto.com/research/mijikenda/durumatxt/pot-treatment.htmlを参照のこと
21 キザ(chiza)。憑依霊のための草木(muhi主に葉)を細かくちぎり、水の中で揉みしだいたもの(vuo=薬液)を容器に入れたもの。患者はそれをすすったり浴びたりする。憑依霊による病気の治療の一環。室内に置くものは小屋のキザ(chiza cha nyumbani)、屋外に置くものは外のキザ(chiza cha konze)と呼ばれる。容器としては取っ手のないアルミの鍋(sfuria)が用いられることも多いが、外のキザには搗き臼(chinu)が用いられることが普通である。屋外に置かれたものは「池」(ziya22)とも呼ばれる。しばしば鍋治療(nyungu20)とセットで設置される。
22 ジヤ(ziya, pl.maziya)。「池、湖」。川(muho)、洞窟(pangani)とともに、ライカ(laika)、キツィンバカジ(chitsimbakazi),シェラ(shera)などの憑依霊の棲み処とされている。またこれらの憑依霊に対する薬液(vuo23)が入った搗き臼(chinu)や料理鍋(sufuria)もジヤと呼ばれることがある(より一般的にはキザ(chiza21)と呼ばれるが)。
23 ヴオ(vuo, pl. mavuo)。「薬液」、さまざまな草木の葉を水の中で揉みしだいた液体。すすったり、phungo(葉のついた小枝の束)を浸して雫を患者にふりかけたり、それで患者を洗ったり、患者がそれをすくって浴びたり、といった形で用いる。
24 コンベ(kombe)は「大皿」を意味するスワヒリ語。kombe はドゥルマではイスラム系の憑依霊の治療のひとつである。陶器、磁器の大皿にサフランをローズウォーターで溶いたもので字や絵を描く。描かれるのは「コーランの章句」だとされるアラビア文字風のなにか、モスクや月や星の絵などである。描き終わると、それはローズウォーターで洗われ、瓶に詰められる。一つは甘いバラシロップ(Sharbat Roseという商品名で売られているもの)を加えて、少しずつ水で薄めて飲む。これが「飲む大皿 kombe ra kunwa」である。もうひとつはバケツの水に加えて、それで沐浴する。これが「浴びる大皿 kombe ra koga」である。文字や図像を飲み、浴びることに病気治療の効果があると考えられているようだ。
25 クウサ(ku-usa)。「除去する、取り除く」を意味する動詞。転じて、負っている負債や義務を「返す」、儀礼や催しを「執り行う」などの意味にも用いられる。例えば祖先に対する供犠(sadaka)をおこなうことは ku-usa sadaka、婚礼(harusi)を執り行うも ku-usa harusiなどと言う。クウサ・ムズカ(muzuka)あるいはミジム(mizimu)とは、ムズカに祈願して願いがかなったら云々の物を供犠します、などと約束していた場合、成願時にその約束を果たす(ムズカに「支払いをする(ku-ripha muzuka)」ともいう)ことであったり、妖術使いがムズカに悪しき祈願を行ったために不幸に陥った者が、それを逆転させる措置(たとえば「汚れを取り戻す」26など)を行うことなどを意味する。
26 ノンゴ(nongo)。「汚れ」を意味する名詞だが、象徴的な意味ももつ。ノンゴの妖術 utsai wa nongo というと、犠牲者の持ち物の一部や毛髪などを盗んでムズカ27などに隠す行為で、それによって犠牲者は、「この世にいるようで、この世にいないような状態(dza u mumo na dza kumo)」になり、何事もうまくいかなくなる。身体的不調のみならずさまざまな企ての失敗なども引き起こす。治療のためには「ノンゴを戻す(ku-udza nongo)」必要がある。「悪いノンゴ(nongo mbii)」をもつとは、人々から人気がなくなること、何か話しても誰にも聞いてもらえないことなどで、人気があることは「良いノンゴ(nongo mbidzo)」をもっていると言われる。悪いノンゴ、良いノンゴの代わりに「悪い臭い(kungu mbii)」「良い臭い(kungu mbidzo)」と言う言い方もある。
27 ムズカ(muzuka)。特別な木の洞や、洞窟で霊の棲み処とされる場所。また、そこに棲む霊の名前。ムズカではさまざまな祈願が行われる。地域の長老たちによって降雨祈願が行われるムルングのムズカと呼ばれる場所と、さまざまな霊(とりわけイスラム系の霊)の棲み処で個人が祈願を行うムズカがある。後者は祈願をおこないそれが実現すると必ず「支払い」をせねばならない。さもないと災が自分に降りかかる。妖術使いはしばしば犠牲者の「汚れ26」をムズカに置くことによって攻撃する(「汚れを奪う」妖術)という。「汚れを戻す」治療が必要になる。
28 カドゥメ(kadume)は、ペポムルメ(p'ep'o mulume)、ツォビャ(tsovya)などと同様の振る舞いをする憑依霊。共通するふるまいは、女性に憑依して夜夢の中にやってきて、女性を組み敷き性関係をもつ。女性は夫との性関係が不可能になったり、拒んだりするようになりうる。その結果子供ができない。こうした点で、三者はそれぞれの別名であるとされることもある。護符(ngata)が最初の対処であるが、カドゥメとツォーヴャは、取り憑いた女性の子供を突然捕らえて病気にしたり殺してしまうことがあり、ペポムルメ以上に、除霊(kukokomola)が必要となる。
29 マウィヤ(Mawiya)。民族名の憑依霊、マウィヤ人(Mawia)。モザンビーク北部からタンザニアにかけての海岸部に居住する諸民族のひとつ。同じ地域にマコンデ人(makonde30)もいるが、憑依霊の世界ではしばしばマウィヤはマコンデの別名だとも主張される。ともに人肉を食う習慣があると主張されている(もちデマ)。女性が憑依されると、彼女の子供を殺してしまう(子供を産んでも「血を飲まれてしまって」育たない)。症状は別の憑依霊ゴジャマ(gojama31)と同様で、母乳を水にしてしまい、子供が飲むと嘔吐、下痢、腹部膨満を引き起こす。女性にとっては危険な霊なので、除霊(ku-kokomola)に訴えることもある。
30 マコンデ(makonde)。民族名の憑依霊、マコンデ人(makonde)。別名マウィヤ人(mawiya)。モザンビーク北部からタンザニアにかけての海岸部に居住する諸民族のひとつで、マウィヤも同じグループに属する。人肉食の習慣があると噂されている(デマ)。女性に憑依して彼女の産む子供を殺してしまうので、除霊(ku-kokomola)の対象とされることもある。
31 ゴジャマ(gojama)。憑依霊の一種、ときにゴジャマ導師(mwalimu gojama)とも語られ、イスラム系とみなされることもある。狩猟採集民の憑依霊ムリャングロ(Muryangulo/pl.Aryangulo)と同一だという説もある。ひとつ目の半人半獣の怪物で尾をもつ。ブッシュの中で人の名前を呼び、うっかり応えると食べられるという。ブッシュで追いかけられたときには、葉っぱを撒き散らすと良い。ゴジャマはそれを見ると数え始めるので、その隙に逃げれば良いという。憑依されると、人を食べたくなり、カヤンバではしばしば斧をかついで踊る。憑依された人は、人の血を飲むと言われる。彼(彼女)に見つめられるとそれだけで見つめられた人の血はなくなってしまう。カヤンバでも、血を飲みたいと言って子供を追いかけ回す。また人肉を食べたがるが、カヤンバの席で前もって羊の肉があれば、それを与えると静かになる。ゴジャマをもつ者は、普段の状況でも食べ物の好みがかわり、蜂蜜を好むようになる。また尿に血や膿が混じる症状を呈することがある。さらにゴジャマをもつ女性は子供がもてなくなる(kaika ana)かもしれない。妊娠しても流産を繰り返す。その場合には、雄羊(ng'onzi t'urume)の供犠でその血を用いて除霊(kukokomola4)できる。雄羊の毛を縫い込んだ護符(pingu)を女性の胸のところにつけ、女性に雄羊の尾を食べさせる。
32 ドゥングマレ(dungumale)。母親に憑いて子供を捕らえる憑依霊。症状:発熱mwiri moho。子供泣き止まない。嘔吐、下痢。nyama wa kuusa(除霊ku-kokomola4の対象になる)25。黒いヤギmbuzi nyiru。ヤギを繋いでおくためのロープ。除霊の際には、患者はそのロープを持って走り出て、屋敷の外で倒れる。ドゥングマレの草木: mudungumale=muyama
33 ジネ・ムァンガ(jine mwanga)。イスラム系の憑依霊ジネの一種。別名にソロタニ・ムァンガ(ムァンガ・サルタン(sorotani mwanga))とも。ドゥルマ語では動詞クァンガ(kpwanga, ku-anga)は、「(裸で)妖術をかける、襲いかかる」の意味。スワヒリ語にもク・アンガ(ku-anga)には「妖術をかける」の意味もあるが、かなり多義的で「空中に浮遊する」とか「計算する、数える」などの意味もある。形容詞では「明るい、ギラギラする、輝く」などの意味。昼夜問わず夢の中に現れて(kukpwangira usiku na mutsana)、組み付いて喉を絞める。症状:吐血。女性に憑依すると子どもの出産を妨げる。ngataを処方して、出産後に除霊 ku-kokomolaする。
34 トゥヌシ(tunusi)。憑依霊の一種。別名トゥヌシ・ムァンガ(tunusi mwanga)。イスラム系の憑依霊ジネ(jine7)の一種という説と、ニューニ(nyuni2)の仲間だという説がある。女性がトゥヌシをもっていると、彼女に小さい子供がいれば、その子供が捕らえられる。ひきつけの症状。白目を剥き、手足を痙攣させる。女性自身が苦しむことはない。この症状(捕らえ方(magbwiri))は、同じムァンガが付いたイスラム系の憑依霊、ジネ・ムァンガ35らとはかなり異なっているので同一視はできない。除霊(kukokomola4)の対象であるが、水の中で行われるのが特徴。
35 ムァンガ(mwanga)。憑依霊の名前。「ムァンガ導師 mwalimu mwanga」「アラブ人ムァンガ mwarabu mwanga」「ジネ・ムァンガ jine mwanga」あるいは単に「ムァンガ mwanga」と呼ばれる。イスラム系の憑依霊。昼夜を問わず、夢の中に現れて人を組み敷き、喉を絞める。主症状は吐血。子供の出産を妨げるので、女性にとっては極めて危険。妊娠中は除霊できないので、護符(ngata)を処方して出産後に除霊を行う。また別に、全裸になって夜中に屋敷に忍び込み妖術をかける妖術使いもムァンガ mwangaと呼ばれる。kpwanga(=ku-anga)、「妖術をかける」(薬などの手段に訴えずに、上述のような以上な行動によって)を意味する動詞(スワヒリ語)より。これらのイスラム系の憑依霊が人を襲う仕方も同じ動詞で語られる。
36 ツォビャ(tsovya)。子供を好まず、母親に憑いて彼女の子供を殺してしまう。夜、夢の中にやってきて彼女と性関係をもつ。ニューニ2の一種に加える人もいる。除霊(kukokomola4)の対象となる「除去の霊nyama wa kuusa25」。see p'ep'o mulume11, kadume28
37 ムリラ(murira, pl.mirira)。皮膚を透けて見える細い静脈、筋。やせ細った乳幼児に見られる病気の名前。乳幼児を捕らえてさまざまな痙攣発作を引き起こす憑依霊ニューニ2の名前でもある。別名キフロ(chifulo)カフロ(kafulo)。乳幼児が口から細かい泡をふく症状から。フロ(fulo, pl.mafulo)は「泡」。
38 グル(gulu, pl.magulu)。「脚」厳密には腿よりも下の下脚部分で足も含む。その指小形 キグル(chigulu, pl.vigulu)も同じ意味で用いられる。
39 ムコノ(mukono, pl.mikono)。「腕」
40 プウェクプウェク(pwekupweku)。「ぺこぺこ」。膨らんだりしぼんだりする様を表す擬態語。プウェク(pweku)だけでも簡単にへこむ様を表す。
41 キコホジ(chikohozi)。「咳」。動詞ク・コホラ(ku-kohola)「咳をする」より。
42 グァヴ・ムクンベ(gbwavu mukumbe)。ニューニの一種。グァヴは動詞ク・グァヴキラ(ku-gbwavukira43)「不意を突く、突然襲う、驚かせる」より。ムクンベは動詞ク・クンバ(ku-kumba)「触る」より。ムウェー(mwee45)の別名ともいう。
43 ク・グヮヴキラ(ku-gbwavukira)。「不意をつく、不意に襲う、驚かせる」を意味する動詞。憑依霊が突然、人にとり憑くさまを表すのにも用いられる(「突然捕まえる」=ku-gbwira gafulaに同じ)。憑依霊が「とり憑く」ことを指す動詞には、他にも、スワヒリ語のク・パガア(ku-pagaa)がある。とり憑くさまを表すドゥルマ語の最も一般的な表現としては「惚れる」を意味するク・ツヌカ(ku-tsunuka)44がある。
44 ク・ツヌカ(ku-tsunuka)。憑依霊が人にとり憑くのは、つねに憑依霊側に主導権がある。霊と偶然遭遇してしまう経験もまれにあるが、これも含め、霊が突然相手を気に入り、「惚れて」とり憑くのである。これを表現する動詞が ku-tsunuka で「惚れる、好意をもつ、目をつける」の意で、この意味で最も広く用いられる動詞。他に ku-gbwira「捕らえる」、ku-pagaa(スワヒリ語)「とり憑く」も用いられる。
45 ムウェー(mwee)。ニューニ(nyuni2)の一種。ニャグ(nyagu46)、グァヴ・ムクンベ(gbwavu mukumbe)の別名とも。鷲、鷹に似た猛禽類。
46 ニャグ(nyagu)。ニューニの一種。ムウェー(mwee45)の別名とも。女性にとり憑いて、その子供に危害を及ぼす。子供は、泣き止まない、やせ衰える、頻繁にビクッと驚く様子を示す、などの症状。ヒツジと泥人形(長い嘴をもつ)で除霊(kukokomola4)される。妻がニャグをもっているとき、夫か妻のいずれが婚外性関係をもつと、子供は病気になる(ただちに死んでしまうとも言われる)。
47 ラバイ(raphai)。ミジケンダ48を構成する9ある下位集団の一つ。ドゥルマに隣接する。ドゥルマと同様に父系・母系両方の出自集団をもつ。ムラバイ(muraphai, pl.araphai)は「ラバイ人」、キラバイ(chiraphai)は「ラバイ語」あるいは「ラバイ風、ラバイ流」を意味する。
48 ミジケンダ(midzichenda)は直訳すると「9つの屋敷(村)」を意味し、過去においてミジケンダを構成する9集団のそれぞれがカヤ(Kaya=ディゴ語で屋敷(村)を意味する)と呼ばれる要塞村に暮らしていたことに由来する。9つの民族集団は、シュングワヤ(Shungwaya)伝承と呼ばれる共通の起源伝承をもっている。言語的にも近く、それぞれの集団の言語どうしでもかなりな程度の相互理解が可能である。ミジケンダには、ディゴ(Digo)、ドゥルマ(Duruma)、ギリアマ(Giriama, Giryama)、ラバイ(Rabai, Raphai)、カウマ(Kauma)、リベ(Ribe)、カンベ(Kambe)、ジハナ(Jibana, Dzihana)、チョーニィ(Chonyi)が属している。
49 ジンジェ(zinje, pl.mazinje)。「陰り、薄暗さ、闇」。周囲よりも明るさが低い部分。たとえば月が雲の後ろで霞んで見えているような状態は mwezi una zinje「月に陰りがある」と語られる。ジンジェは、乳幼児を攻撃する霊ニューニの名前にもなっている(怪鳥キルイ(chilui50)の別名とされる)。
50 キルイ(chilui)。空想上の怪鳥。水辺にいて、長い嘴と鋭い爪のある足をもつ。ツルかサギを思わせるが、巨大な鳥で象ですら空へ持ち上げてしまう、脚だけでもバオバブの木くらいの太さがあるという。ということは空想上の鳥。「上の霊(nyama wa dzulu3)」の一種。女性にとり憑き、彼女が生む子供を殺してしまう。除霊(kukokomola4)の対象である「除去の霊(nyama wa kuusa6)」である。ニャグ(nyagu)同様、夫婦のいずれかが婚外性交すると、子供を病気にする。除霊の際に子供は近くにいてはならない、また子供を持つ若い母はchilui の歌を歌ってはならない。除霊の際には、泥で二本の長い嘴をもつ鳥を形どった人形を作り、カタグロトビ(chiphanga、black-winged kite)のような白と灰色(黒)の模様の鶏(kuku wa chiphangaphanga)の羽根で飾る。除霊の後この人形は分かれ道(matanyikoni)やバオバブの木の根本(muyuni)に捨てられる。鶏は屠殺されその血を患者に飲ませる。ズニ(dzuni51)、ズニ・ボム(dzuni bomu)の別名(それらとは別の霊だと言う人もいる)。
51 ズニ(dzuni, pl.madzuni)。dzuni bomu(「大きなズニ」)、キルイ(chilui50)は別名。ズニとキルイは別だと言う人もいる。子供の痙攣などを引き起こす「ニューニ(nyuni2)」、「上の霊(nyama a dzulu3)」と呼ばれる鳥の霊の一つ。ニャグ(nyagu)、ツォヴャ(tsovya)などと同様に、母親に憑いてその子供を殺してしまうこともあり、除霊(kukokomola4)の対象にもなる。通常のカヤンバで、これらの霊の歌が演奏される場合、患者は、死産、流産、不妊などを経験していたことが類推できる。水辺にいて、長い嘴と鋭い爪のある足をもつ鳥。ツルかサギを思わせるが、巨大な鳥で象ですら空へ持ち上げてしまう、脚だけでもバオバブの木くらいの太さがあるという。ということは空想上の鳥。除霊の際に幼い子供は近くにいてはならない、また幼い子供を持つ若い母はその歌を歌ってはならない。除霊の際には、泥で二本の長い嘴をもつ鳥を形どった人形を作り、カタグロトビ(chiphanga, black-winged kite)に似た白と灰色の模様の鶏(kuku wa chiphangaphanga)の羽根で飾る。除霊の後この人形は分かれ道(matanyikoni)やバオバブの木の根本(muyuni)に捨てられる。鶏は屠殺されその血を患者に飲ませる。この人形は一体のなかに雄と雌を合体させている。この人形の代わりに、雄のズニと雌のズニの二体の人形が作られることもある。
52 ヌンドゥ(nundu, pl.manundu)。コウモリ。コウモリは鳥(nyama wa kuburuka: 羽ばたく動物)の一種とされている。ニューニ(nyuni2)の一種(ムウェー45の別名)とする人もいる。
53 カフロ(kafulo)。「細かい泡」また「口から細かい泡をふく症状を引き起こすニューニ2の名前」。フロ(fulo, pl.mafulo)は「泡」を意味する名詞。ka-は指小辞。同じニューニは別名として同じく「細かい泡」を意味するキフロ(chifulo)をもつ。さらに別名はムリラ(murira37)。やせ細った乳幼児の病気の名前から。murira(pl.mirira)は皮膚を透けて見える静脈や筋。小動物が作る獣道。
54 ルホツィ(luhotsi, pl mahotsi)。(赤ん坊の)泉門、ひよめき、頭頂部
55 ペーポー(p'ep'o, pl. map'ep'o)。p'ep'oは憑依霊一般を指すが、憑依霊アラブ人(Mwarabu)と同義に用いられる場合もある。なお憑依霊一般については p'ep'oの他に、shetani56もあるが、ドゥルマ地域ではnyama(「動物」を意味する普通名詞57)という言葉が最も一般的に用いられる。
56 シェタニ(shetani, pl.mashetani)。憑依霊を指す一般的な言葉の一つ。スワヒリ語。他にドゥルマ語ではペーポ(p'ep'o, pl.map'ep'o)、ニャマ(nyama, pl.nyama)。p'ep'o はpeho「風、冷気、冷たさ」と関係ありか。nyama は「動物、肉」を意味する普通名詞。
57 ニャマ(nyama)。憑依霊について一般的に言及する際に、最もよく使われる名詞がニャマ(nyama)という言葉である。これはドゥルマ語で「動物」の意味。ペーポー(p'ep'o55)、シェターニ(shetani56スワヒリ語)も、憑依霊を指す言葉として用いられる。名詞クラスは異なるが nyama はまた「肉、食肉」の意味でも用いられる。憑依霊はさまざまな仕方で分類される。その一つは「ニャマ・ワ・ムウィリニ(nyama wa mwirini5)」と「ニャマ・ワ・クウサ(nyama wa kuusa6)」の区別。前者は「身体にいる憑依霊」の意味で人に憑いて一生続く関係をもつ憑依霊。憑依霊の施術師たちの手を借りて交渉し、霊たちの要求を満たしてやることで、霊と比較的安定して友好的(?)な関係を維持することができる。このタイプの霊の多くは除霊できない。後者は「除去の憑依霊」の意味で、女性に憑くが、その子供を殺してしまうので除霊(kukokomola4)が必要な霊。後者の多くは、妖術使いによって送りつけられたジネ系の霊で、イスラム教徒の施術師による除霊を必要とする。他にも「上の霊(nyama wa dzulu)」と呼ばれる鳥の霊たちがあり、こちらはドゥルマの施術師によって除霊できる。この分類とは別に憑依霊を、「海岸部の憑依霊(nyama wa pwani58)」あるいは「イスラム系の憑依霊(nyama wa chidzomba10)」と「内陸部の憑依霊(nyama wa bara59)」の2つに分ける区別もある。
58 ニャマ・ワ・プワニ(nyama wa pwani, pl.nyama a pwani)。「海岸部の憑依霊」。イスラム系の霊(nyama wa chidzomba10)に同じ。非イスラム系の土着の憑依霊たち、ニャマ・ワ・バラ(nyama wa bara)との対比で、この名で呼ばれる。
59 ニャマ・ワ・バラ(nyama wa bara, pl. nyama a bara)。「内陸系の憑依霊。」イスラム系の霊がニャマ・ワ・プワニ(nyama wa pwani, pl. nyama a pwani)、つまり「海岸部の憑依霊」と呼ばれるのに対比して、内陸部の非イスラム的な憑依霊をこの名前で呼ぶ。
60 ニャマ・ワ・クブルカ(nyama wa kuburuka)。「鳥」。ニャマ(nyama)は「動物、肉、憑依霊」を意味する名詞。ク・ブルカ(ku-buruka)は「飛ぶ、羽ばたく」を意味する動詞。したがって字義通りに「飛ぶ動物」という意味だが、鳥を指示する普通の言い方としてこれを用いる。スワヒリ語のンデゲ(ndege)も「鳥」の意味で用いられる。
61 ニャマ(nyama)という言葉には単に「動物、肉」を意味する以外に、「憑依霊」を指す用法もあり、ニューニの話をしているときには容易に混乱する。
62 ニイィ(nii)。子供が何かに驚いたかのようにビクッとするさま。
63 キリャンゴナ(chiryangona, pl. viryangona)。施術師(muganga)が施術(憑依霊の施術、妖術の施術を問わず)において用いる、草木(muhi)や薬(muhaso, mureya など)以外に必要とする品物。妖術使いが妖術をかける際に、用いる同様な品々。施術の媒体、あるいは補助物。治療に際しては、施術師を呼ぶ際にキリャンゴナを確認し、依頼者側で用意しておかねばならない。
64 ゴロムウェ(goromwe)。トカゲの一種。スワヒリ語のgoromweはスワヒリ語Wikipediaではトカゲウオ(synodontidaea)という海の魚(ヒメ目エソ科)。ドゥルマはゴロムウェは洞窟に棲んでいるトカゲで、乳幼児にとり憑いてひきつけなどを起こすニューニの一種だとする。海にいるトカゲウオについてはンゴロムウェ(ngoromwe)と呼んでいる。スワヒリ語ではgoromoeをトカゲだとする辞書(Kamusi Project)あり。
65 フィティフィティ(fitifiti)。動詞ク・フィティカ(ku-fitika)「(痙攣して)脚を突っ張る」より。カリサ老、擬態語の多い爺さんである。
66 ムァズル(mwadzulu67)とは通常は妊娠中の女性や、乳離した幼児がかかるとされる身体各部が浮腫む病気で、その治療を専門とする施術師がいる。しかしここでは、なにか他の病気と混同されているようだ。マラリアとか。
67 ムァズル(mwadzulu)。顔、腹、身体各部が浮腫む病気。妊娠中の女性、大人と同じものが食べられるようになった幼児が多くかかるとされる。後者は mwadzulu wa chinga(細棒のムァズル)と呼ばれる。いずれも「鍋(nyungu20)」による蒸気浴びが主たる治療法だが、出産間近の女性の場合、強すぎて死産、早産の危険がある「鍋」治療ではなく、飲み薬の治療を続け、出産後に「鍋」治療を行う。幼児のムァズルは、子供が鮫の干し肉、キングフィッシュ、ヒツジを食べることでかかるとされる。ムァズルの患者には、塩をひかえ、ヒツジ肉を食べないなどの禁止が課される。自然に罹る病気であるとされるが、妖術が原因だとされる場合もある。ムァズル治療を専門とする施術師がいる。
68 ムブルシ(mbrushi)。病気の名前。高熱が出て脳が腐敗する、というが、脳性マラリアかもしれない。憑依霊ブルシ(bulushi)とは無関係。ブルシなどイスラム系の憑依霊の草木ムブルシ(mubulushi69)とも(日本人には)紛らわしいが、無関係。
69 ムブルシ(mubulushi, pl. miblushi arias. mbulushi)。Sphaerocoryne gracilis. イスラム系の憑依霊の草木。
70 ムチェチェタ(muchechet'a)。「麻痺、金縛り」。身体を動かそうとしても動かない状態。
71 ブルシ(bulushi)。憑依霊バルーチ(Baluchi)人、イスラム教徒。バルーチ人は19世紀初頭にオマンのスルタンの兵隊として東アフリカ海岸部に定住。とりわけモンバサにコミュニティを築き、内陸部との通商にも従事していたという。ドゥルマのMwakaiクランの始祖はブッシュで迷子になり、土地の人々に拾われたバルーチの子供(mwanabulushi)であったと言われている。要求:イスラム風の衣装 白いローブ(kanzu)、レース編みの帽子(kofia ya mukono)、チョッキ(chisibao)。
72 キクヮタ(chikpwata, pl vikpwata)。アラビアゴムノキ、acaxia senagal(
73 ムドゥング(mudungu, pl. midungu)。lemon scented knobwood,Zanthoxylum chalybeum(Pakia&Cooke2003:393)
74 ムツァツァ(mutsatsa)。Acalypha fruticosa、エノキグサ属の草本。ニューニの草木。
75 ムクェンベ(mukpwembe, pl.mikpwembe)。Commiphora edulis(Pakia&Cooke2003:388),別名 muryakpwembe76。'The Digo use the leaves and roots as medicines for convulsions and the Giriama use the roots to treat diarrhoea.'(Pakia&Cooke ibid.)。ニューニの治療に用いられる。
76 ムリャクゥエンベ(muryakpwembe, pl.miryakpwembe)。Commiphora edulis(Pakia&Cooke2003:388),別名 mukpwembe75。'The Digo use the leaves and roots as medicines for convulsions and the Giriama use the roots to treat diarrhoea.'(Pakia&Cooke ibid.)。ニューニの治療に用いられる。
77 キビリティ(chibiriti)。通常の意味では「マッチ」。植物名としてPsilotrichum scleranthum。ニューニ(nyuni2)の草木。別名chibiriti-tsaka(Pakia&Cooke2003:386)。
78 ムシパ(mushipa, pl.mishipa)。動脈、神経、筋肉などを総称してムシパという。またそれらの病気、ヘルニア、痛み、各部膨満や浮腫。スワヒリ語のmshipaに同じ。
79 ルガツィ(lugatsi)。食用の野草の一種。アマランサス(ヒユ属)Amaranthus graecizans。
80 ク・ツァミサ・マジヤ(ku-tsamisa maziya)。「母乳を移す」。ク・ツァミサ(ku-tsamisa81)は「移転させる、移す」を意味する動詞。母親の乳房の中で「悪く」なってしまった母乳を子供が飲めば、子供が病気になる(憑依霊やニューニは母親にとり憑いて母乳を「悪く」し、それを飲んだ子供を害するとされる)。特定の憑依霊(たとえばスンドゥジ(sunduzi82)をもつ女性は、その母乳が憑依霊によってたとえば水のように薄くされてしまい子供に下痢や嘔吐を引き起こす。それを防ぐためにこの悪くなった母乳をどこかに移す(施術によって)必要がある。この操作がク・ツァミサ・マジヤである。
81 クツァミサ(ku-tsamisa)。「移転させる、移す」。動詞ク・ツァマ(ku-tsama)「移る、移転する」のcausative。
82 スンドゥジ(sunduzi)。ムドエ(mudoe)、ドゥングマレ(dungumale)、キズカ(chizuka)、ジム(zimu)、ペポコマ(p'ep'o k'oma)などと同様に、母親に憑いて、その母乳経由で子供に危害を及ぼす。スンドゥジ(sunduzi)は、母乳を水に変えてしまう(乳房を水で満たし母乳が薄くなってしまう ku-tsamisa maziya, gakakala madzi genye)ことによって、それを飲んだ子供がすぐに嘔吐、下痢に。。母子それぞれにpingu(chihi)を身に着けさせることで治る; Ni uwe sunduzi, ndiwe ukut'isaye maziya. Maziya gakakala madzi.スンドゥジの草木= musunduzi
83 ク・ツォザ・ツォガ(ku-tsodza tsoga)。妖術の治療などにおいて皮膚に剃刀で切り傷をつけ(ku-tsodza)、そこに薬(muhaso)を塗り込む行為。ツォガ(tsoga)は薬を塗り込まれた傷。憑依霊は、とりわけイスラム系の憑依霊は、自分の憑いている者がこうして黒い薬を塗り込まれることを嫌う。したがって施術には前もって憑依霊の同意を取って行う必要がある。
84 ウリンゴ(uringo, pl.maringo)。木や木の枝を組んで作られる台。小さいものについては指小辞をつけてカウリンゴ(kauringo)、カリンゴ(karingo)などとも語られる。憑依霊の文脈ではシェラ85に対する「重荷下ろしkuphula mizigo88」のカヤンバにおいて、池あるいは水場近くに設置されたウリンゴに患者を座らせて施術が行われる。またニューニ(nyuni2)に捕らえられた乳幼児の治療でもウリンゴが用いられる。
85 シェラ(shera, pl. mashera)。憑依霊の一種。laikaと同じ瓢箪を共有する。同じく犠牲者のキブリを奪う。症状: 全身の痒み(掻きむしる)、ほてり(mwiri kuphya)、動悸が速い、腹部膨満感、不安、動悸と腹部膨満感は「胸をホウキで掃かれるような症状」と語られるが、シェラという名前はそれに由来する(ku-shera はディゴ語で「掃く」の意)。シェラに憑かれると、家事をいやがり、水汲みも薪拾いもせず、ただ寝ることと食うことのみを好むようになる。気が狂いブッシュに走り込んだり、川に飛び込んだり、高い木に登ったりする。要求: 薄手の黒い布(gushe)、ビーズ飾りのついた赤い布(ショールのように肩に纏う)。治療:「嗅ぎ出し(ku-zuza)86、クブゥラ・ミジゴ(kuphula mizigo 重荷を下ろす88)と呼ばれるほぼ一昼夜かかる手続きによって治療。イキリク(ichiliku90)、おしゃべり女(chibarabando91)、重荷の女(muchet'u wa mizigo92)、気狂い女(muchet'u wa k'oma93)、狂気を煮立てる者(mujita k'oma94)、ディゴ女(muchet'u wa chidigo95、長い髪女(mwadiwa97)などの多くの別名をもつ。男のシェラは編み肩掛け袋(mukoba98)を持った姿で、女のシェラは大きな乳房の女性の姿で現れるという。
86 クズザ(ku-zuza)は「嗅ぐ、嗅いで探す」を意味する動詞。憑依霊の文脈では、もっぱらライカ(laika)等の憑依霊によって奪われたキブリ(chivuri87)を探し出して患者に戻す治療(uganga wa kuzuza)のことを意味する。キツィンバカジ、ライカやシェラをもっている施術師によって行われる。施術師を取り囲んでカヤンバを演奏し、施術師はこれらの霊に憑依された状態で、カヤンバ演奏者たちを引き連れて屋敷を出発する。ライカやシェラが患者のchivuriを奪って隠している洞穴、池や川の深みなどに向かい、鶏などを供犠し、そこにある泥や水草などを手に入れる。出発からここまでカヤンバが切れ目なく演奏され続けている。屋敷に戻り、手に入れた泥などを用いて、取り返した患者のキブリ(chivuri)を患者に戻す。その際にもカヤンバが演奏される。キブリ戻しは、屋内に仰向けに寝ている患者の50cmほど上にムルングの布を広げ、その中に手に入れた泥や水草、睡蓮の根などを入れ、大量の水を注いで患者に振りかける。その後、患者のキブリを捕まえてきた瓢箪の口を開け、患者の目、耳、口、各関節などに近づけ、口で吹き付ける動作。これでキブリは患者に戻される。その後、屋外に患者も出てカヤンバの演奏で踊る。それがすむと、屋外に患者も出てカヤンバの演奏で踊る。クズザ単独で行われる場合は、この後、患者にンガタ18を与える。この施術全体をさして、単にクズザあるいは「嗅ぎ出しのカヤンバ(kayamba ra kuzuza)」と呼ぶ。やり方の細部は、施術師によってかなり異なる。
87 キヴリ(chivuri)。人間の構成要素。いわゆる日本語でいう霊魂的なものだが、その違いは大きい。chivurivuriは物理的な影や水面に写った姿などを意味するが、chivuriと無関係ではない。chivuriは妖術使いや(chivuriの妖術)、ある種の憑依霊によって奪われることがある。人は自分のchivuriが奪われたことに気が付かない。妖術使いが奪ったchivuriを切ると、その持ち主は死ぬ。憑依霊にchivuriを奪われた人は朝夕悪寒を感じたり、頭痛などに悩まされる。chivuriは夜間、人から抜け出す。抜け出したchivuriが経験することが夢になる。妖術使いによって奪われたchivuriを手遅れにならないうちに取り返す治療がある。chivuriの妖術については[浜本, 2014『信念の呪縛:ケニア海岸地方ドゥルマ社会における妖術の民族誌』九州大学出版,pp.53-58]を参照されたい。また憑依霊によって奪われたchivuriを探し出し患者に戻すku-zuza86と呼ばれる手続きもある。
88 憑依霊シェラに対する治療。シェラの施術師となるには必須の手続き。シェラは本来素早く行動的な霊なのだが、重荷(mizigo89)を背負わされているため軽快に動けない。シェラに憑かれた女性が家事をサボり、いつも疲れているのは、シェラが重荷を背負わされているため。そこで「重荷を下ろす」ことでシェラとシェラが憑いている女性を解放し、本来の勤勉で働き者の女性に戻す必要がある。長い儀礼であるが、その中核部では患者はシェラに憑依され、屋敷でさまざまな重荷(水の入った瓶や、ココヤシの実、石などの詰まった網籠を身体じゅうに掛けられる)を負わされ、施術師に鞭打たれながら水辺まで進む。水辺には木の台が据えられている。そこで重荷をすべて下ろし、台に座った施術師の女助手の膝に腰掛けさせられ、ヤギを身体じゅうにめぐらされ、ヤギが供犠されたのち、患者は水で洗われ、再び鞭打たれながら屋敷に戻る。その過程で女性がするべきさまざまな家事仕事を模擬的にさせられる(薪取り、耕作、水くみ、トウモロコシ搗き、粉挽き、料理)、ついで「夫」とベッドに座り、父(男性施術師)に紹介させられ、夫に食事をあたえ、等々。最後にカヤンバで盛大に踊る、といった感じ。まさにミメティックに、重荷を下ろし、家事を学び直し、家庭をもつという物語が実演される。
89 ムジゴ(muzigo, pl.mizigo)。「荷物」。
90 イキリクまたはキリク(ichiliku)。憑依霊シェラ(shera85)の別名。シェラには他にも重荷を背負った女(muchet'u wa mizigo)、長い髪の女(mwadiwa=mutu wa diwa, diwa=長い髪)、狂気を煮たてる者(mujita k'oma)、高速の女((mayo wa mairo) もともととても素速い女性だが、重荷を背負っているため速く動けない)、気狂い女(muchet'u wa k'oma)、口軽女(chibarabando)など、多くの別名がある。無駄口をたたく、他人と折り合いが悪い、分別がない(mutu wa kutsowa akili)といった属性が強調される。
91 キバラバンド(chibarabando)。「おしゃべりな人、おしゃべり」。shera85の別名の一つ
92 ムチェツ・ワ・ミジゴ(muchet'u wa mizigo)。「重荷の女」。憑依霊シェラ85の別名。治療には「重荷下ろし」のカヤンバ(kayamba ra kuphula mizigo)が必要。重荷下ろしのカヤンバ
93 ムチェツ・ワ・コマ(muchet'u wa k'oma)。「きちがい女」。憑依霊シェラ85の別名ともいう。
94 ムジタ・コマ(mujita k'oma)。「狂気を煮立てる者」。憑依霊シェラ(shera85)の別名の一つ。
95 ムチェツ・ワ・キディゴ(muchet'u wa chidigo)。「ディゴ女」。憑依霊シェラ85の別名。あるいは憑依霊ディゴ人(mudigo96)の女性であるともいう。
96 ムディゴ(mudigo)。民族名の憑依霊、ディゴ人(mudigo)。しばしば憑依霊シェラ(shera=ichiliku)もいっしょに現れる。別名プンガヘワ(pungahewa, スワヒリ語でku-punga=扇ぐ, hewa=空気)、ディゴの女(muchet'u wa chidigo)。ディゴ人(プンガヘワも)、シェラ、ライカ(laika)は同じ瓢箪子供を共有できる。症状: ものぐさ(怠け癖 ukaha)、疲労感、頭痛、胸が苦しい、分別がなくなる(akili kubadilika)。要求: 紺色の布(ただしジンジャjinja という、ムルングの紺の布より濃く薄手の生地)、癒やしの仕事(uganga)の要求も。ディゴ人の草木: mupholong'ondo, mup'ep'e, mutundukula, mupera, manga, mubibo, mukanju
97 ムヮディワ(mwadiwa)。「長い髪の女」。憑依霊シェラの別名のひとつともいう。ディワ(diwa)は「長い髪」の意。ムヮディワをマディワ(madiwa)と発音する人もいる(特にカヤンバの歌のなかで)。マディワは単にディワの複数形でもある。
98 ムコバ(mukoba)。持ち手、あるいは肩から掛ける紐のついた編み袋。サイザル麻などで編まれたものが多い。憑依霊の癒しの術(uganga)では、施術師あるいは癒やし手(muganga)がその瓢箪や草木を入れて運んだり、瓢箪を保管したりするのに用いられるが、癒しの仕事を集約する象徴的な意味をもっている。自分の祖先のugangaを受け継ぐことをムコバ(mukoba)を受け継ぐという言い方で語る。また病気治療がきっかけで患者が、自分を直してくれた施術師の「施術上の子供」になることを、その施術師の「ムコバに入る(kuphenya mukobani)」という言い方で語る。患者はその施術師に4シリングを払い、施術師はその4シリングを自分のムコバに入れる。そして患者に「ヤギと瓢箪いっぱいのヤシ酒(mbuzi na kadzama)」(20シリング)を与える。これによりその患者はその施術師の「ムコバ」に入り、その施術上の子供になる。施術上の子供を辞めるときには、ただやめてはいけない。病気になる。施術上の子供は施術師に「ヤギと瓢箪いっぱいのヤシ酒(mbuzi na kadzama)」を支払い、4シリングを返してもらう。これを「ムコバから出る(kulaa mukobani)」という。
99 クヴンガ(ku-vunga)。薬液を振りまく動作を指す動詞。鶏の脚をもって鶏を薬液(vuo)に浸け、それを患者に対して激しく振り、薬液を撒いたり、枝を束ねたもので振りまいたり、その手段はさまざまである。ニューニの治療においては薬液の振り撒きはク・ウルサ(ku-urusa「飛び立たせる」)とも語られる。農作業で用いる浅い箕のなかに薬液をいれて振り撒く。
100 ムヴングリリ(muvunguriri)。寝台の下の空間。muvungu, muvunguriともいう。muvungurini(or muvunguni,muvunguririni)はそのlocativeで「寝台の下の空間に」
101 ガー(gaa)。突然見えなくなるさまを表す擬態語。視界が遮られて見えなくなる、あるいは眩しくて目が眩むなど。
102 ニィカ(nyika)。「荒地、不毛の地、未開地、人跡未踏の地、木々のない草原」。ドゥルマを含むミジケンダは、かつてはワニィカ(wanyika)という蔑称で呼ばれていた。今でもイスラム化したディゴの人々は、ドゥルマ人を田舎者、ニィカの人間だと軽蔑して語ることがある。私が調査した地域のドゥルマの人々は、自分たちの土地がニィカだとは考えていない。しかし同じドゥルマでもさらに奥地はニィカで、そこのドゥルマ人は自動車も見たことがなく、自動車が通ると皆が動物だと思って弓で射ってくる、などと冗談とも真面目ともつかずに話す。憑依霊ドゥルマ人はニィカからサボテンやミドリサンゴの木を打倒しながらやって来て人々に取り付く田舎者の霊として語られる。