この資料は、1993~1994の調査で、ドゥルマ語書き起こしチームに加わったHamisi Ruwa君による前回のハマディ氏に対するインタビューに続く、ニューニに関する2回目の単独インタビューに基づいている。今回の相手は、同じくニューニの施術師であったベンベユ・ダニ氏である。インタビューは私が帰国のため調査地を出る2週間前で、すでに書き起こされたデータのチェックと整理にあけくれていたときに、自ら進んで行ってくれたもの。書き起こしは私の帰国後に郵送してもらった。その後Hamisi君はモイ大学に進学し、ドゥルマを離れたため、当インタビューに関するコンテクスト情報は欠落している。以下は、インタビューデータの日本語訳である。
ドゥルマ語テキスト(DB 8301) 8301
Hamisi Ruwa(R): ニューニのキザ(chiza1)はありますか? Bembeyu Dani(Bd): ニューニのキザ。 R: そのように(ニューニの症状を呈して)産まれてきたときのための。 Bd: ないよ。 R: ない? Bd: ただ瓢箪そのものだけ、お前はそれで(その中の「薬」を用いて)患者(乳幼児)に薬液を(作って)振り撒き(kuvunga5)、ピング(pingu6)を作ってやる。お前はピングを作ってやる。患者に薬液を振り撒き、ピングを作ってやる。そのニューニが再び患者のところに戻らないよう患者を守るための(ピングを)な。 R: おお、ピングを作ってやるのはその子供のためなのですね。では子供の母親は? Bd: 子供の母親にはピングはないよ。 R: 彼女にはピングはない? Bd: 薬液の振り撒き(kuvunga5)は子供とその母親にだ。それから、その子供のためにピングを作ってやる。というのは子供の(その子を襲う)ニューニは、その子の母親からやってくる。で、そいつらが出てきて、(その子がしている)そのピングを見たら、やってこないからだ。
R: 別の長老によると、ニューニは海に棲む生き物(nyama a baharini)と上の生き物(a dzulu)だと、こんな感じの、ムァハ(mwaha)のやつらみたいな。 Bd: ニューニね。ニューニには二種類ある。こちら海岸部(pwani)には海岸部のニューニがいる。そしてこちら内陸の荒蕪地(nyika)にはそこのニューニがいる。 R: 荒蕪地。 Bd: 海岸部のニューニ。その一番のボスはクンググ(kungugu10)だ。
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Hamisi Ruwa(R): クングク。 Bembeyu Dani(Bd): 海岸部のニューニのボスだ。 R: そいつはどんな捕らえ方をしますか? Bd: そいつは子供に突然襲いかかるかもしれない。その子を見れば、目が曲がっている(matso gakopa: やぶにらみになる、左右の目が別々の方向に向く)。 R: なんと! Bd: そして(口の端から)涎を流す。 R: クンググが涎を出させてるのですね? Bd: そう、そいつが涎を出させているやつだ。 R: そして目が曲がる。 Bd: そして子供は腕と脚を地面にこするように曲げ伸ばしする。ビクンビクンgigiri gigiriと。そして口の端から涎を流す。その子は海岸部のニューニに捕らえられているんだと知りなさい。クンググだよ。 R: おお。 Bd: さて、もし内陸部の荒蕪地のニューニ(nyuni wa nyika)に捕まると、子供は爪をこんな風にするかもしれない。お前は子供が、白目を剥いて(matso galugalu[^galugalu])、爪をこんな風にたてるのを見る。ときには自分の母親をひどく引っ掻く。それはキルイ(chilui11)だよ。そいつが荒蕪地のニューニのボスだ。 R: おお、荒蕪地のニューニのボスはキルイ。 Bd: キルイ。ニューニはこいつら二人だけだよ。 R: ええ! Bd: ほかのやつら、あいつらは、後からくっついただけ。でもニューニといえばこれら二人だけだ。
ドゥルマ語テキスト(DB 8303) 8303
Hamisi Ruwa(R): ズニ(dzuni39)たちは、だって大きいズニ(dzuni bomu)と聞きます。 Bembeyu Dani(Bd): いやいや、ズニは縛るもの、薬(muhaso40)だよ(妖術によって作り出されたものだよ)、そいつは。 R: ええ! Bd: ズニは薬(muhaso)だよ。 R: おお! Bd: だってそいつは扇がれなくてはならない(kupunga41)じゃないか。そして白い鶏で閉め出され(akasindikpwa53)なければならない。 R: ズニがですか? Bd: (ズニは)昔の「薬(muhaso)」(妖術)なんだよ。人々は罠にかけられる(kuhenda hegerwa54)んだよ。 R: そいつはバオバブの木のところで閉め出される。 Bd: バオバブの木のところで。そいつは「薬(muhaso)」(妖術)なんだよ。 R: おお。ズニとは、人を罠でとらえる「薬」なんですね?おお。 Bd: でも(身体の)中にいる本当のニューニ、真正なニューニはキルイとクンググだけ、それだけさ。 R: おお、わあ。だって他の施術師たちは膨大な数のニューニをもっていますからね。 Bd: いやいや。あいつら(それらのニューニ)は、ただの水増し、水増しさ。 R: なんと、ただの誇張にすぎない? Bd: ただの水増し、水増しさ。大きい(施術師が用いる)瓢箪と同じ。その傍らにある小さいやつら(瓢箪)は念入りに(飾りビーズなどを)巻き付けない。(その大きい瓢箪には)念入りに巻き付ける。なんならヤギの革が巻きつけられていたりする。ヤギの革そのものがね。でもこちらのは皆、小さく小さく作られている。それらが癒やしの術だなんて言っちゃいけないよ。それらは大げさな水増しさ。ニューニもね...でもあの大きい瓢箪こそが癒やしの術の主なんだよ。
ドゥルマ語テキスト(DB 8304) 8304
Hamisi Ruwa(R): おお。女性の護り手(murinzi55)については? Bembeyu Dani(Bd): あの護り手ね、あの。その子供のなかにいるニューニのせいで(必要になる)。それ(その護り手)は(母親の)乳房のところに置かれる。そこに母親のために護り手を作ってやるのさ。彼女のためにピング(pingu6)を作ってやる。何のためにか、母乳が正常に戻るようにだ。なぜなら、それは子供がもっているニューニによって吸われているからだ。 R: ええ、おお。 Bd: そうなると母乳にゴミが混ざる。そこで護り手が置かれるんだ。母乳を護るようにと。 R: 母乳がその護り手によって護られるんですね。 Bd: さて母乳がその護り手によって護られる。子供が母乳を吸っても、それは良好だ。突然子供が何かに驚いたような様子を見せ、母乳を吸うと嘔吐する。母乳を吸うと嘔吐する。あの母乳のせいなのさ。
R: ところで、あれら、えーと...あちら荒蕪地のニューニですが、というのも子供がニューニに襲われたときに、例の薬液振り撒き(kuvungakpwe5)には特定の場所があると聞いたのですが。 Bd: そう。とりわけ荒蕪地の連中は、土盛り(tsuluni56)で振り撒かれるね。その後、バオバブの木のところで振り撒くね。荒蕪地の(ニューニ)は。海岸部の(ニューニ)は、小屋の前庭(muhalani57)で振り撒かれる。 R: 小屋の前庭でも。 Bd: それとごみ捨て場(dzalani58)で。 R: ごみ捨て場で。 Bd: そうしたところで振り撒かれる。
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Hamisi Ruwa(R): おお、小屋の前庭とごみ捨て場が、海岸部のニューニの。 Bembeyu Dani(Bd): 海岸部の、だね。 R: そして土盛りと、バオバブの木のところ... Bd: そう、土盛りは、キルイ(chilui11)、荒蕪地のやつ。 R: 荒蕪地のキルイ、ええ。したがってそれらがニューニの滞留地(vituo59)なんですね、それらが。 Bd: それらがニューニの滞留地だよ、それらが。 R: 子供がそこで薬液を振り撒かれたら、つまりニューニに対して薬液振り撒きをしたら、その子にその場所を二度と通らせないそうですね。 Bd: ああ、通させない。というのも、お前がそこで薬液振り撒きをしたら、お前はその場所にそのニューニを置き去りにしたことになる。だから(また捕らえられなおすのを恐れて)そこを通らない。というわけで女性たちは土盛りの場所は(畑として)耕さないと言われるんだよ。 R: ええ。 Bd: 土が盛り上がっているところは、耕さないんだよ。 R: もしかして自分の子供がそこで薬液振り撒きをされたかもしれない女性はですね。 Bd: 土盛りの場所で薬液振り撒きをされたら、土盛りの近くは通らない。もしバオバブの木のところで薬液振り撒きされたら、バオバブの近くは通らない。というのは、そんなふうに薬液振り撒きをしたら、ときに(その際に殺された)鶏の脚と腸、それとあれ、砂肝をもっていく。そして鶏の脚はそこに置き去りにする。それに(施術に用いられた)草木も。 R: おお、なるほど。 Bd: そこは、そいつ(ニューニ)を置き去りにした場所なんだよ。
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Hamisi Ruwa(R): つまりそのニューニをそこに閉め出してきた(udzikpwenda musindika53)ということですね? Bembeyu Dani(Bd): そのあとは、お前は二度とそこに行かない。
R: おお。ではあの木の枝で組んだ台(karingo60)ですが、その意味は何でしょう? Bd: あの台は(施術に用いる)品々を置く台だよ。そして女性がその台の中に寝る。 R: むむ?下にですか。いわば寝台の下(muvungurini74)に潜り込むみたいに? Bd: さて、女性はそこに腹ばいで寝る。その状態で彼女に薬液を振り撒く。 R: 彼女の子供は? Bd: 子供はまだ屋敷にいる。 R: 屋敷にいるの、子供は? Bd: 屋敷にいる。 R: で、あなた(施術師)はその女性と一緒に、たとえばバオバブの木のところに行く、あなたはその女性と行く。 Bd: そう。その後お前(施術師)は木の枝で組んだ台のところで彼女に薬液を振り撒く。彼女に薬液を振り撒く。さて、それが済む。さあ、彼女は自分の道を(屋敷に向かって)進む。今度は子供が自分の道を通ってやって来る。 R: ああ、女性は自分の道をたどって、二人が遭うことがないように? Bd: そう。彼女が自分の子供を見ないように。その子供も、別の自分の道を通ってやって来る。やって来て、その母親がいたところに来る。 R: なるほど。あなたはその子供を同じように腹ばいで寝かせるのですか? Bd: そう。お前はもう一度(今度はその子どもに対して)薬液の振り撒きをする。それが済むと、その木の台、その上にお前は鶏の腸と砂肝と脚を置くだろう。
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Hamisi Ruwa(R): それと薬(mihaso)もですね。 Bembeyu Dani(Bd): それと薬も。振り撒くのに用いた薬液(vuo)で使った草木の束をもって行く。木の台のところだろ。そこに(鶏の)腸といっしょに置く。 R: あなたは(ニューニを)閉め出した。
Bd: お前は(ニューニを)閉め出した。さて、そちらに着くと、お前は子供の母の爪を切る。 R: どこでですか? Bd: 屋敷でだよ。 R: 屋敷で?なるほど。 Bd: お前は子供の母の爪をとり、子供の爪もとり、一緒にしてピングを作るんだ。 R: それと鶏の爪も? Bd: いやいや、鶏の(爪)は切らないよ。 R: 切らないの? Bd: そうとも。母親の爪と、子供の爪を一緒に混ぜねばならない。さあ。そもそも鶏の爪をなんで切るわけだい?鶏の爪ならあそこ(木の台)で草木とともに閉め出したじゃないか。 R: おお、なるほど。鶏の脚をあそこで閉め出しましたよね。そうすると、あの鶏は何についてのキリャンゴナ(chiryangona75)だったんですか? Bd: (鶏の)脚と腸(というキリャンゴナ)は、お前はあいつキルイにやるんだよ。それはやつのおかずなんだ。 R: なんと!
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Bembeyu Dani(Bd): そう。お前はやつにおかずを与えて食べさせるのさ。さて、お前は子供とその母親の爪をとり、それを混ぜ合わせる。お前はそれを薬(muhaso、おそらくここでは草木のこと)でぐるぐる巻きにする。そしてそれを子供に身に着けさせる。 Hamisi Ruwa(R): さて、子供に身に着けさせる。 Bd: 再びそいつに戻ってこられることはない。 R: おお。 Bd: ここまで理解したかな? R: はい。で、海岸部のニューニにはピング(pingu6)はないのですか? Bd: 海岸部のにも同様にピングはある。そいつも同じくピングがある。そいつは黒い鶏と白い鶏で薬液振り撒きされる。そいつにもピングはあるが、そいつのピングは護り手(murinzi55)にはならない。
R: ああ、海岸部の(ニューニ)は、護り手はない? Bd: 護り手はない。護り手(を必要とするニューニ)はあっちの(内陸部の荒蕪地の方の)ニューニだよ。海岸部のもピングはある。子供の(に身に着けさせる)ピングだけ。 R: あちらの(荒蕪地のニューニの)護り手のピングのキリャンゴナ(viryangona75)も、(子供が身に着ける)ピングと同じく爪なんですか。 Bd: ああ、護り手には護り手のキリャンゴナ(viryangona)がある。それにもキリャンゴナがある。カタグロトビの爪をもってこい。さらにダチョウ(nyaa)の羽根。お前、ダチョウ知ってる? R: うん。ニューニだとも言われているあの鳥でしょ? Bd: そう、よく捕らえるやつだ、そう。 R: おお、それではあなたはそれらのキリャンゴナを持って行き、それでピングを作るのですね。護り手(murinzi)そのものにはピング(pingu)とパンデ(mapande9)がついていますね。 Bd: ピングと2片の木片だね。2片の木片は、こんな風にくっつける。こんな風にくっつきあうんだよ。これが護り手(murinzi)と呼ばれるものだ。その上にピングがくる。
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Hamisi Ruwa(R): ええ、つまり木片は... Bembeyu Dani(Bd): 木片には穴を開けるだろう。 R: なるほど。 Bd: お前は紐を手に入れねば。その紐はこの辺を通って、ピングのこの辺りをつらぬく。 R: (笑い)もっと良く見せてほしいな。 Bd: (笑い)ほら。 R: 木片の一つを下に、その後、もう一つをその上に? Bd: 上に。なぜなら2片削り作ってあるからね。 R: なるほど。それから下から上に穴を明ける? Bd: お前はまずこのピングを紐に通すのから始める。 R: あなたはまず、この上のピングに紐を通す。 Bd: そう。お前はこちらの上のピングに紐を通す。 R: なるほど。この上の木片のところにね。 Bd: そう。さてこっちの上のピングに紐が通った。 R: はい。 Bd: さて、紐はこちらから入れて、あちらから出る。
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Hamisi Ruwa(R): あなたはこのピングのところから紐を刺す? Bembeyu Dani(Bd): そう。ここ真ん中にピングがあるだろ。紐はこんな具合。(ピングの)このあたりから刺して、こちら側から出てくる。 R: おおお。紐はこんな風に出てくるんですね、さて? Bd: そう。そしてこちらもここから刺してそちらから出る。 R: つまり紐はピングを一廻りさせる。そちらの下からも入るんですね?むむ。 Bd: さてこちらから刺してそちらに出る。さあ、ピングは(動かないように)ブロックされたんじゃないかい? R: はい。ピングはそこに固定されました。 Bd: さてこんな風に、紐は女性の胸のところに来る。 R: おお、ピングはこんな風に出てくるんですね。 Bd: そう、ピングが上になる。そう。 R: そして木片はこんな風に? Bd: 2片の木片。どうだい、護り手の完成だ。
Hamisi Ruwa君の説明をもとにヘタクソ浜本が作画
R: おお、ところで何の草木の木片なんですか? Bd: それらの木片はムラガパラ(mulagapala)の木片を手に入れることができる。ムラガパラだ。ムングェナ(mungbwena76)と呼ばれている木だ。ムングェナ。
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Hamisi Ruwa(R): おお。 Bembeyu Dani(Bd): ほらそこ、そこに生えてるよ。そこに陰を作っているその木だよ。すでにそこにある。ムングェナ、それがえーと、その護り手を作るのに用いられる木だ。 R: おお。 Bd: ほらそこのムバンバコフィ(mubambakofi78)のあたりだよ。 R: むむ。
ニューニの施術師たち(極めて限られた数の施術師のデータなのだが)の、ニューニに対する知識、施術のやり方には施術師ごとにかなりのばらつきがあることは、繰り返し指摘してきたが、このベンベユ・ダニ氏の場合は、真正のニューニは二つ(海岸部のホシダカラ(kunguku[^kunguku]と内陸部の怪鳥キルイ(chilui11)だけで、後のニューニは単に水増しされたものにすぎないというきわめて特異な考え方を特徴とする。
例えば、しばしばキルイの別名とされるズニは、彼によると昔、妖術使いが薬の罠を仕掛けて、犠牲者を捕らえさせたものだったという。その根拠は、ズニは除霊の対象になる、つまり「扇がれる(ku-pungbwa41)」からと。除霊の対象になる憑依霊は、しばしば「身体の憑依霊(nyama wa mwirini)」との対照で「除去の憑依霊(nyama wa kuusa)」と語られ、除去の霊はまたしばしば「妖術の憑依霊(nyama wa utsai)」とか「薬の憑依霊(nyama wa muhaso)」などとも呼ばれる。すでに述べたように、これらの区分は決して分析的な分類ではないのだが、ベンベユ・ダニ氏はこれを論理的に結びつけて考えている風である。
ベンベユ・ダニさん、大胆な理論家である。嫌いじゃない!
彼がさまざまな点で他の施術師とは異なる観点を提示していることに注意しよう。単に真正な二つのニューニしかいないという説だけではない。
ニューニは子供を捕らえ病気にする存在であるが、母親がもっているニューニが母乳経由で子供を病気にする場合もある。その場合は子供だけでなく、母親にも護符を与える必要がある。母親に与えられるものは「護り手」と呼ばれ、その役割はニューニによって母乳がだめにされないようにするというものである。ダニ氏は、それを子供に憑いているニューニが子供が乳を吸う際に、先に飲んで母乳にゴミを入れてしまうことによって、という奇抜な理論で説明する。
ニューニの作動モードは、外部からいきなり襲ってくるというのと、母親の身体に憑いて居座っているニューニが母乳などを介して子供に危害を加えるという二つが、施術師に広く共有されている見方である。彼自身も冒頭で述べているように、「子供の(その子を襲う)ニューニは、その子の母親からやってくる。」だから子供にピングを装着させるのであって、原則母親の方にはいらない。母親から出てきて子供を襲おうとするニューニがそのピングを見ると襲うのを止めるというのである。理論的一貫性!
しかしこのニューニ母原説と同時に、彼は他の施術師にはまったく見られないニューニ子原説も提唱する。なぜ母親の方にもピングが必要な場合があるのかについて、通常の説明ではこうだ。母親の中に居座っているニューニが母親の母乳をだめにするので、その結果それを吸った子供に健康被害が生じる。そこで母親のなかのニューニが母乳を変質させないために、母親の母乳を守るピングを母に装着してやる必要があるのだと。 これに対して、ダニ氏は、子どもの中に居着いているニューニが子供が母乳を吸おうとするときに先に母乳を吸って、母乳を汚染するので、汚染した母乳を飲む子供に健康被害が生じる。だから子供のなかにいるニューニが母乳を吸わないように母乳を護るためのピングが必要だ。
彼の場合に顕著に目につくとはいえ、施術師ごとの観点の相違は、他のニューニの施術師にも多かれ少なかれ当てはまる。
ニューニの施術は、他の施術師からの購入によって手に入れることができる施術である。購入で教えられるのは、使用する草木とその処理法、施術のやり方、型にはまった唱えごとであって、それだけで施術の実践は可能になる。教え手のその施術についての理論的な理解がそこで伝承される内容に含まれていることはあまりない。もちろん教えたがりの教え手が、自分の理解を得意になって語ることがないわけではなかろう。一連のインタビューが示しているように。しかし、理論的な理解は施術にはそもそも必要ではない。それを発展させるかどうかは、各施術師の裁量にまかされているのだといえる。
さらに購入によって入手可能な施術の場合、憑依霊の施術師の場合に施術師になるよう導いた施術師と弟子の関係が、施術上の親子関係としてその後も多かれ少なかれ恒常的に維持されていくのとは異なり、施術師同士の関係が、その後も継続的に維持されたりはしない。施術師どうしのネットワークは形成されない。憑依霊の施術師たちは、施術上の親子や兄弟姉妹(同じ施術上の親をもつ施術師同士の関係)は、互いの施術にも参加し合うし、その場で自分たちの見た夢を語り合ったり、施術のやり方や理論について頻繁に議論を交わしている。ニューニの施術師たちの間に、こうした関係があるのを見たことがない。むしろ互いにライバルとしてけなしあうくらいのものである。自然、施術についての各自の理論的理解の変異は大きくならざるを得ない。
しかしダニさん、施術師の施術の具体を詳細に説明してくれるなど、細部についてのこだわりも半端じゃない。バオバブの木の下に木の枝で台(uringo)を組み、そこで薬液を振り撒く手続きの詳細、そこで母子が出会うことがないようにする手筈、台の上に置かれる品々の意味、そして極め付きはピング作成の細かい手順。こうした細部へのこだわり、私にはこちらのほうが魅力!
ところで、「護り手」のピングの作り方についての事細かな語りにもかかわらず、このピングを身に着ける女性に対する婚外性行為の禁止の話が、まったく出てきていないのは、ちょっとびっくりである。どうでもいいことなのか?