チャリの占い: 私の初体験

目次

  1. 概要

  2. 占いの日本語訳

  3. 考察・コメント

  4. 占いのドゥルマ語テキスト

  5. 注釈

概要

実は1989年にカタナ君から正式に紹介される以前、1987年7月14日に、私はチャリと一回だけ会っている。当時私は家族とともにキナンゴの町に住んでいた。私のキナンゴの家は、それまでの年の調査で知り合った広汎なつながりの人々が、町に用事でやって来る度に訪れてくれる一種のたまり場のようになっていた。その度に私のパートナーが接待で大忙し。本当に申し訳なかった。その年の中心テーマは、ドゥルマの屋敷の秩序を巡る「冷やしの施術」「死の施術」だったが、ありとあらゆる噂話や、トピックにふれることになった。

そうした我が家の常連の一人が私のよい話し相手の一人、「すっぱい村」のカリンボ老人で、キナンゴに来る都度、私の家に寄ってお茶や私のパートナーの作る料理を楽しみながら、面白い話をいっぱい聞かせてくれていた。ある日の昼前、キナンゴのサブ・チーフとの相談を終えた彼が、いつものように立ち寄り、パートナーが体調を崩して部屋にこもっていたのを知って、おおいに心配しだした。あんなにいつも元気な彼女がこの時間になっても起きてこないのは絶対おかしいというのである。私に占い(mburuga)を打ちに行こうとしきりと勧めてくる。なんでも最近やって来た施術師の占いがめちゃくちゃよく当たる。毎日占い客の列ができている。近くだからぜひ行こうと。私にとっては占いは未体験でありがたい話。さっそく二人してでかけることにした。その占い師がチャリだった。

占いを病人本人以外が打ちに行くことは、けっして稀ではない(というか普通)。なので占いの開始は、まず誰が問題を抱えているのか、どういう種類の問題なのかを占い師が言い当てるところから始まる。 だが、本人の代わりに代理が打ちに行く場合は、例えば病気の場合、本人から詳しい症状を教えてもらってから行かないと占い師の指摘に対して、正しく応答できない。しかし、この日、さあ行こうということになって、肝心のパートナーから詳しいことを聞くことなく出発してしまった。だから占いがうまくいくわけはなかったのだ。

時間は午後4時前。前の客の占いがちょうど終わりかかったところだった。案の定、チャリは占いを打つことを嫌がった。朝からずっとこうして占いをしてきた。もう憑依霊がつかれてしまっている。占いの時間はもう終わったと言って。「白人」(私)同伴で来たことも、チャリのためらいの原因の一つかもしれない。

占いの日本語訳

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259

Kalimbo wa Mwero(K): この施術を必要としている人は、私はあなたを困らせたくはないのです、この施術を必要としている人は、この人、私の同名仲間(somo1)です。私たちはあれこれ問題があって、遣わされました。私たちは、こうこう、しかじかと(問題に内容について)聞かされています。というのは、もし私たちが(いつものムブルガのように)あなた自身が、問題を持っている人が誰なのかを選びなさいと言ったとしたら、あなたはこの人がそうだと知る前に煩わされることになるでしょう。だって各人が、誰でもその身体のなかに彼の問題を抱えています。私たちは小さい子供の遣いになってしまいます。でも私たちは子供ではありません(だから誰の問題なのか単刀直入に明かしましょう)。問題そのものを当てていきましょう。 Chari(C): 当てることなどそんなにないよ。問題そのものがたいしたことない。 (キティティ(chititi2)を振りながら、口笛を吹く)

260

Chari(C): タイレニ3 Kalimbo(K): ムルングの。 C: こんな風に言おうかね、あんた。もし間違っていたら、もう止めましょう。だって、ムブルガの気分じゃないのよ。私はキマコ(chimako4)を与えられました。キマコは病気の領域には、そんなに多くないわ。もし間違っていたら、違うと言ってね。 K: もしあなたがキマコで困っていて、それが病気の領域には来てないというのなら、結構ですよ。 C: もし間違ってるなら、さっさとそう言ってよ。 K: うう。そのとおりですよ。キマコはあります。私はタイレ3と申します。あなた、どうぞお続け下さい。 (キティティを振りながら、口笛を吹き始める)

261

Chari(C): というのも、病気のキマコがあります。それはすでに到来していたもの。これからどうしましょう、何をすればいいの、私。そんな風になってくれればいいのに、どうしてこんな具合いなの。さらに、今のこの問題、これはどこにあるの?ねえ、聞いてます? Kalimbo(K): しっかり聞いてますよ。 C: 病気のキマコがあるのはいいとして、では今は問題はこうで、どうしてこうなってしまったの、という問題も同じくそこにある。もしこちらがまだ人を困らせていないのなら、それは置いておきましょう。もしそれで困っているのなら、それについてお話しましょう。 (口笛とキティティ) C: もし、私があなたに、もう家に帰って一晩寝て、明日おいでなさいなと言ったら、あなたはこの施術師は怠け者だとおっしゃるでしょうね。 K: ええ、もちろんそう言うでしょうよ。

262

Chari(C): ああ、もし的を射てなかったら、あんたはなんて言うだろうね。 Kalimbo(K): うう、あんたは的を射るともさ。 C: あんたは、ああこの我が子5は的を射ないだろう、って言うだろうね。気に入った言葉、気に入った言葉だけを持っていけばいいさ。 K: それで結構。 (キティティを振りながら歌う) C: 病気と言っても重病じゃない。かと言って些細な病気でもない。 K: わたしたちはタイレと申します。 C: もし私がその人は病床にあって、人から抱え起こしてもらうと言ったとしたら、嘘になるね。でもこの病気は人をとても悩ませ、当惑しているよ、あんた。 K: 私たちはそこには同意します。 C: ねえ、私、(憑依霊に)心を逸らされてるわ。

263

Kalimbo(K): うう、そいつがあなたの心を逸らしませんように、あなたから手を引いて、あなたが仕事できますように。 Chari(C): 仕事はちゃんとするでしょうよ。でもときどき言葉が別の場所に戻っていってしまうのよ。ところでこの目眩についてはどうでしょう。もしまだ経験してないなら、そう言ってちょうだい。 K: 目眩の事はまだ聞いてません。 C: この心臟がンガッと、なること? K: 心臟が、破裂すること? C: ええ。 K: まだ聞いてません。破裂しているとしても、まだ私たちに話していないのかもしれません。 C: そしてこの腹、これもまだ言ってない? K: いいえ、いいえ、まだ腹のことも言ってません。

264

Chari(C): この頭だけど、本当に本当に健康なの、全然痛くないの? Hamamoto(H): いいえ、いいえ痛みません。 C: さて、タイレーニ。もし駄目なんだったら、止めましょう。憑依霊たち、疲れてるわ、彼ら。わかる?もし駄目だったら、止めましょう。もう時間切れよ。心臟(の問題)だけど、あなたないって言ったわね。 Kalimbo(K): はないです。もしかしたらあっても、まだそれについて言ってません。 C: この疲れる、疲れること、この胸のあたり、まだそれについても言ってない? K: 疲れてばかりいること、これこそが病気です。そこはタイレ、タイレと申します。 C: 疲れてばかり、関節という関節が不快。身体も仕事をできないほど。さらに脚も、歩きたくても、歩けない。 K: その疲れることが、まずその人の病気そのものです。 C: もし違うんだったら、違うって言ってよ。

265

Chari(C): 身体のいろいろなところが痛くて、疲れていて、こなす仕事がない。まるで怠惰、怠惰なだけ。怠惰、怠惰なだけ。 Kalimbo(K): たしかに怠惰です。 C: 果ては、寝ている方がまし、寝ていれば快調。 Hamamoto(H): ええ、タイレ、タイレ。 C: ねえ、この腹についてはあなた否定するけど、後で悩ませることになるわ。この部分に疲れを感じて、寝ていても、身体を引っ張り伸ばしたくなるわ。そして皮膚の痙攣も、ときどき感じてます。もしあなた本当にドゥルマ語を話すのなら、ヴョヨ(vyoyo6)って知らない? H: その人はまだ痙攣(vyoyo)のことは言ってません。 C: そう、問題なんだけど。でもこの目眩(chizungu7)(という症状)について繰り返し私、与えられてるんだけど。目の前がちょっと暗くなるそれよ。

266

Kalimbo(K): 疲れ、疲れがあるところ、目眩はつきものだよ。 Chari(C): でも、この疲れ。身体が疲れ、疲れること。何かをするにも、無理をしないと。この疲れにしても、もし私が身体中すごく多いと言えば、嘘になります。それほど多くない。でも怠惰さ、これが多い。そして身体じゅうが凝っている。 K: タイレ。 C: 後は私自身のために占いを打つばかりよ。そう、押し込まれるのよ。こんな風に夕方まで占いを打つとね。午後4時になると私は死にそうになるの。この占いはね、4時をすぎるとその方向にいっちゃうのよ。 K: そちらの方には行かないでくださいよ。今の場所にとどまって下さい。 C: 体中が痒く、痒くて、自分を掻きむしることは? Hamamoto(H): 少し前には。でも今は違います。

267

Chari(C): じゃあ、この身体が燃えるように熱くなるのは、その人感じてる?熱い、熱い感じがする。 Kalimbo(K): いいえ、感じてないです。 C: 私には悪寒も与えられてるんだけど。じゃあ、(その人が)うんざり、うんざりしているのを、ときどき見ない? K: そのうんざり、うんざりするところから、怠惰さが始まるんじゃ? C: そして食事。彼女あまり食べないでしょ。瓶一本のソーダで済ませちゃうこともあるわね。つまり、食欲がないのよ。 Hamamoto(H): はい。その通りです。 C: (しばらく沈黙の後) さてね、あなた方お互いに協力して治療しなさいな。 K: 我々で互いに協力して治療する?いったいどうしたっていうんだい?(字義通りには「いったい何に飛びかかられたんだい」)。彼女は(私たち以外の他の)施術師によって治療されることになる、それとも私たちが協力して治療する? C: いいえ。私たちはこの同じ世界にいる者でしょ。薬液(mavuo8)を撒くのも、ここ私たちのやり方よ。いったい、施術を選ぶとでも?一人のソマリの人に(治療のための)カヤンバを開いてあげたことがあるの。彼女はとてもよく踊ったわ。そして別の憑依霊の曲に変えようとしたら、彼女は嫌だというの。言うことには「私はムルングがいいわ」だって。そして彼女はしっかり治ったのよ。

268

Chari(C): もし私が病気はこれからさらにひどくなると言ったとしたら、残りは嘘を言うだけになるわ。 Kalimbo(K): 私はあなたに嘘をついてほしくないね。 C: だって、私には、その病気がさらに重くなると(いう情報)は、(憑依霊から)もらっていないんだもの。でもね、怠惰、怠惰。仕事をしないっていう。 K: そのとおり。それこそが病気です。 C: さて、もし私があなたにさらにお話するとしたら、別の問題をお話することになるでしょう。私はそれらをすべて、もらっている訳じゃない。ここから先は、ろくでもない話(字義通りには「腐った話」)しかできないでしょう。そこで、病人を苦しめているモノを見ることにしましょう、あなたが病人を調えて、彼女が治るようにね。 K: それこそ、私たちが乞い願っていることです。 C: 今すぐにね、ムルング(mulungu9)のためにキザ(chiza11)を調えてあげてね。さらに、ムルングのピング(pingu19)と憑依霊アラブ人のピングを手に入れるように。でも、一箇所(一つ)、治療可能と言っていい場所(問題、症状)があります25。でも、そちらのお父さん(浜本を指す)もそこには関わってくることになるわ。

269

Kalimbo(K): それはどこですか? Chari(C): 私が話すことは、ろくでもないことなんだけどね。 K: うう、なにもかも話してくださいよ。まず、キザ(chiza11)を受けさせるのは、結構です。治療可能です。例の疲れ、疲れることが、立ち去ってくれますように。 C: この人たちには別の宗教があるんじゃないの? K: もちろん別の宗教があるでしょうよ。でもね、宗教(複数)がムルング子神と競い合うだろうとでも? C: だって、宗教のなかには、(ドゥルマのやり方で)治療されないものもあるわ。 K: だったら占いを打ちに来たりはしないでしょう? C: じゃあ、あなたに、私が話してあげようとしてた場所について、話してあげるわね。彼女が(健康な)人になってくれるようにね。問題になっているのは、決してだいそれたことじゃないのよ。憑依霊アラブ人のピング(pingu19)を調えてあげてちょうだい。それと憑依霊アラブ人の白い布(nguo26)。それと彼女にムルングの黒い(実際は紺色)布を手に入れてあげて。 K: (そのムルングの)布にはビーズの縁飾り(vipaji32)をつけますか? C: ああ、ムルングの布といったら、縁飾りを縫い付けるものでしょ。

270

Kalimbo(K): 縁飾りを縫い付けて、キザを手に入れて、そこで唱えごとをしてあげる。 Chari(C): さて、その後で、この憑依霊アラブ人の大皿(kombe33)とピング(pingu)ね。憑依霊ペンバ人の大皿と、憑依霊アラブ人の大皿があるのよ。飲む大皿(kombe ra kunwa33)と浴びる大皿(kombe ra koga33)。でもね、もしあなた方、これらを整えてあげて、彼女が問題なくなったら、今度はこのご亭主自身、あなたの同名仲間(somo1)ご自身を治療してあげることになるわよ。 K: いったい私はどの施術で彼を治療すればいいのかな。彼を治療場(ndalani34)に入れるのかい? C: そうよ。 K: 彼が身体にフュラモヨ(kafyulamoyo40)をもっているとでも? C: お金を手に入れること。でも仮に手に入れても、彼はそれがどこに行ってしまったのかわからない(いつの間にかなくなっている)。もし違っていたら、違うといいなさい。 K: どうなの?そのとおりなの? Hamamoto: たしかにそのとおりです。

271

Chari(C): だって私は(憑依霊に)与えられた場所について、話しているだけなのよ。だってここ(ドゥルマ)で治療したのなら、ここでの治療が、あちら(日本)での治療にもなっているのよ。さて、お金が手に入るとしよう。あんたはそれをきちんと置いたと思っている。なにか問題が起きる。たとえ100シリング、200シリングでも、あんたは気にしない。平気。というわけで、仮にお金が手に入っても、こんな風に無計画になくなってしまうんじゃないの? Hamamoto(H): タイレ。 C: ねえ知ってる、あなた?(妖術の)薬(muhaso41)は一つ所には留まらないのよ。今日び、白人であれ、タイタ人(mutaita42)であれ、ムリャングロ(muryangulo43)であれ、あらゆる所、妖術がない場所なんてないのよ。私はあまり多くは申しますまい。奥さんのために、ムルングのキザとムルングの小鍋(kadzungu13)を調えてあげてね。それと憑依霊アラブ人のピングとターバンの布、それに憑依霊アラブ人の布と、ほつれ糸の縁飾りのついたムルングの布ね。

272

Chari(C): でも、もし私がたくさんの問題をお話したら、やれ憑依霊マサイ人だの、やれ憑依霊ドゥルマ人だの、あれこれその他を言ったとしたら、私は嘘をついていることになります。あれこれ他の問題も、そのうちにまたやって来るでしょう。でも私に見えるのはこれだけ。 そもそもこのムルングは、誰か一人だけ(を捕らえる)わけじゃない。(ムルングは)あらゆる人(を捕らえます)。旅にでるときに、まずはムルングにお祈りしないでしょうか。でも、もしあなた、こうした事柄(ムルングに祈ったりすること)がお好きじゃないとしたら。だって、それは、こうした事柄をすごく信じているかどうか次第だものね。でも、たとえこうした事柄(ムルングに祈ること)にあなたが同意してないとしても、捕らえられるときには捕らえられる。すでに捕らえられているのよ。 でもね、フュラモヨだけは取り除いておきなさい。ツォガ(tsoga44)を何本か施してもらって、冷たい草木で冷してもらいなさい。そうすれば、あなたに問題をひきおこしている職場でも、その効果は見えるわよ。 Hamamoto(H): ああ、ありがとうございます。

考察・コメント

私はチャリの占いはおそらく100例近く録音し、その内のかなりの部分をドゥルマ語で書き起こしている。そのほとんどでチャリは驚異的な占いの技を示している。本当によく当たるのだ。そのなかでは今回のこのテキストは最もうまくいかなかった例だと言えるだろう。

まず占いに行った二人とも、占われるべき女性(私のパートナー)から、その身体症状その他を詳しく聞いていなかった。単にその日の朝から、調子が悪く昼近くになっても寝台で休んでいたということだけに基づいて、やって来てしまったのである。身体的なさまざまな症状について指摘されても、「聞いてません」と答えるしかなく、これではチャリも取り付く島もなかったことだろう。おまけに依頼主は変な「白人」(白人にしては貧相で、着ているものもヨレヨレで汚れているし、ズボンの代わりにドゥルマの老人のような腰布を巻いている。変な、ドゥルマ語を話す。金もあまりもってそうにない、など)。彼女の顧客データベースのどの事例にもマッチしない奴だ。きっと困ったに違いない。

案の定、最初の部分ではいつものチャリの、問題の核心へ一気に向かう鮮やかさはなく、チャリはなんども止めることを提案している。とにかく、私はこの占いではあまり強い印象はもたなかった。2年後に再び引き合わされるまで、すっかり忘れていたといってもよいくらいだった。

Chari's divination about my sick wife

259,"占い","まり子の体調についての占い01","Chari"," Kalimbo wa Mwero(Gbwadu)(K): Ye ahenzaye nyo uganga. Tsenzi kukuyuga mino. Ahenzaye uganga ni yuyu somo wangu. Sino hwahumwa ambao hudzambwa visiku. Hukaambwa visiku visiku. Maana huchamba utsagule hata uhende manya yuno ni hiyu. Na chila mutu una gakpwe genye arigo nago mwakpwe mwirini. Hundakala wamba hu anache adide, na tsivyo. Nahugabahatishe. Chari(C): Bahatisha ni machache. Go genye tsi manji. ...(Chari, shaking her chititi(gourd maracas), whistles a song)... ","mburuga,手続",1987/7/14 0:00:00

260,"占い","まり子の体調についての占い02","Chari"," C: Taireni. K: Za mulungu. C: Nahuvigombe baye. Chikala vishinda huviriche. Maana tsisikira mburuga kahiri. Nahewa chimako na cho chimako kachidza sana phapha unyongeni. Chikala ni ulongo amba ni ulongo. K: Kukala unayugbwa ni chimako na cho chimako kachidza pho unyongeni toto. C: Chikala tsivyo ikiza haraka haraka. K: Uu hata ni vivyo chimako chi phapho kamwe. Nakpwamba taire. Enderera kare tu we. ...(Chari starts whistling again while shaking her gourd maracas.)... ","mburuga,手続,chimako,開始",1987/7/14 0:00:00

261,"占い","まり子の体調についての占い03","Chari"," C: Maana kuna chimako cha unyonge. Na chimako kuloka kare tu. Ndahendadze nihendedze mino. Hata vikale vino heka vyakala vino. Hata cho cha vino ni vino chi phapho. Udzisikira? K: Nasikira sana. C: Cho cha unyonge nachikale chi phapho, ala cho cha vino ni vino heka vino kavikala vino chi phapho vivyo. Be chiratu chikala kachidzangbwe kuyuga hundaviricha vivyo. Chikala vinayuga nimwambire. (whistling and shaking chititi) C: Kala nidzikpwamba enda ukalale mudzini udze machero, ngari udzamba muganga yuyu ni mukaha. K: Eeh, ningari kpwamba muno. ","mburuga,chimako,chimako cha unyonge, chimako cha vino ni vino",1987/7/14 0:00:00

262,"占い","まり子の体調についての占い04","Chari"," C: Ha chikala kulengererwe undambadze? K: Uuu Undalenga. C: Undamba aa ye mwanangu hata kandalenga. Atu awala kare madzo madzo wee. K: Uuu kaphana utu. (キティティ,歌) C: Unyonge tsi unyonge ubomu. Unyonge tsi unyonge udide. K: Sino hunakpwamba taire. C: Nichikpwamba kukala hata ni mutu urere hata uhenda unulwa nakulemba. Ala utu uu unayuga muno hata udzangalaza baye. K: Hunakubali naswi. C: Be nafyulwa uwe. ","mburuga,unyonge",1987/7/14 0:00:00

263,"占い","まり子の体調についての占い05","Chari"," K: Uuu atsikufyule yiye(spirit) akuriche uhende kazi. C: Yo kazi nindahenda kamwe,lakini chidzako ganauya kunjine.(キティティ) Hebu nambira chino chizungu changu chikala kachonekere mino unambire. K: Chizungu kachisema. C: Nga ro roho rangu. K: Roho ga ga kpwahuka? C: Eeh. K: Kadzangbwe kuhwambira. Nikukala rinamwahuka phanjine, lakini kadzangbwe kuhwambira. C: Na mo ndani mwenye, kadzangbwe kumusema? K: Aa aa kadzangbwe kumusema mo ndani. ","mburuga,人称",1987/7/14 0:00:00

264,"占い","まり子の体調についての占い06","Chari"," C: Chichi chitswa ni chizima kamare kamare, hata kachiluma kamare? Hamamoto(H): Aa aa kachiluma. C: Hebu taireni. Chikala gashinda hugariche. Nyama atsoka aa. Unasikira? Chikala gashinda hugariche maana saa zisira. Ro roho udzamba kana? K: kanaro. Hata kumba unaro kadzangbwe kurisema. C: Kuno kutsoka tsoka kuno chifuwani, kadzangbwe kukwambira? K: Kutsoka tsoka ndo ukongo nakpwamba taire taire phapho. C: Kutsoka tsoka chila chilungo kusikira hata nyo mwiri kawidima kuhenda kazi. Hata go magulu kukala nahenza wenenzi lakini tsidima. K: Ko kutsoka kpwanza ndo ukongowe kakamwe. C: Chikala tsivyo, unambe tsivyo. ","mburuga,人称,kulenga",1987/7/14 0:00:00

265,"占い","まり子の体調についての占い07","Chari"," C: Kusikira nyo mwiri maumivu maumivu na mwiri kutsoka na sina kazi yodziyifanya. Dza ukaha ukaha tu. Ukaha ukaha tu. K: Ukaha jeri. C: Hata ni baha kulala nikukala ni sawasawa. H: Eeh, taire taire. C: Be hata yo ndani unarema lakini yinamuyuga chidzako kusikira kutsoka phapha hata achilala yunahenza adzivuhe. Na vino vyoyo chidzako unavisikira. Chikala unagomba chiduruma jeri vyo kavimanya? H: Kadzangbwe kusema vyoyo. C: Be ni mautu ala hata cho chizungu nachihewa kpwenda mino. Gaga matso dziza chidogo. ","mburuga,人称,choyo,kutsoka",1987/7/14 0:00:00

266,"占い","まり子の体調についての占い08","Chari"," K: Phadzapho kutsoka tsoka kapharicha chizungu. C: Ala uu utsoki wa kutsoka tsoka uu mwiri. Kuhenda ulazimisha. Na nyo utsoki nao nichikpwamba ni unji sana mo mwirini nakulemba. Tsi unji. Ala ni ukaha tu unji. Mwiri kutikatika. K: Taire. C: Sere nadzipigira muburuga tu, be nifyehewa. Nakala nikavihenda vyo vya kupiga muburuga mpaka dziloni. Ala nichidza tsuma kufa hata yichifika saa kumi tu. Yo mburuga chidzako(4時を過ぎると) yinagbwira njira hiyi. K: Nayiriche ko kunjine. Nayituwe pho phatuphe. C: Na kuno kuwawa wawa chidzako kadzikuna? H: Dzuzi dzuzi. Lakini tsi sambi. ","mburuga,人称,kutsoka,chizungu,njira,kuwawa",1987/7/14 0:00:00

267,"占い","まり子の体調についての占い09","Chari"," C: Na uno mwiri kuphya unausikira? Kusikira teri teri? K: Aaa kasikira. C: Nahewa hata peho. Na kuna kusinywa sinywa chidzako kamumona? K: Mba ko kusinywa sinywa ndiko kudzako na nyo ukaha. C: Na kurya, karya sana. Unaidima kurya hata kala ni tupa ya soda. Yaani kutsahamirwa ni cho chakurya. H: Eeh. Ni vivyo. C: (pause) Sambi hee, mundalagulana. K: Hundalagulana kpwani watinirwa ni utuwani? Undalagulwa ni aganga(我々 以外の) hebu hundalagulana.? C: Aaa. Samba hosini hu mumu(= in this same world) mino. Kumwagbwako mavuo ni kuku kpwehu. Kpwani nyo(= uganga) anatsagula? Wapungbwa kare musomali mumwenga achivina sana, hata chikala unamugaluzira nyama munjine kenzi unamba nahenza mulungu. Na achiphola kpweli be. ","mburuga,kuphya,ukaha,karya,p'ep'o,外人",1987/7/14 0:00:00

268,"占い","まり子の体調についての占い10","Chari"," C: Maana nichikpwamba ndazidishira ukongo. Sere nilembe. K: Nami tsenzi ulembe. C: Maana nyo ukongo tsiuhewa kukala ni unji sana. Lakini ukaha ukaha wa kutsahenza kazi. K: Eeh, ndio ukongo. C: Sambi nichikpwambira ndakpwambira manjine. Tsihewa mino gara gosi. Sambi sere nindagomba ga kola ko mbere. Be nahuloleni ambacho chinayuga mukongo ukatengeze mukongo aphole. K: Ndo hulombavyo naswi. C: Kahendeni vino wahi mulungu mukamufanyire chiza. Kisha unipatire pingu ya mulungu na pingu ya pepo. Ala phana phatu phamwenga pharipho kpwamba phandalagulika. Haya ye baba naye yundaphenya mumo. ","mburuga,mulungu,chiza cha mulungu,pingu",1987/7/14 0:00:00

269,"占い","まり子の体調についての占い11","Chari"," K: Ni phaani? C: Nagomba ko kuphupha bee. K: Uuu gagombe gosi. Kisha achipata chiza ni sawa. Undalagulika. Kura kutsoka tsoka kundahenda ukee. C: Kaana dini yinjine ano? K: Kaakosa dini zinjine. Be dini zinashindana na mwanamulungu? C: Mba kuna dini zinjine zotsilagulwa mba. K: Ngari ukudza mburugani? C: Haya nikpwambire hipho phatu phodzikala nakpwambira wahi. Hata kale yundakala mutu. Chitu cha kuyuga tsi chitu chibomu. Chidzako unifanyire pingu ya mwarabu, na nguo nyeruphe ya mwarabu, na umupatire na nguo ya mulungu nyiru. K: Yidungbwa vipaji hebu? C: Aa yo nguo ya mulungu samba ni yidungbwe vipaji tu. ","mburuga,mulungu,dini,mwarabu,布白,布黒,vipaji",1987/7/14 0:00:00

270,"占い","まり子の体調についての占い12","Chari"," K: Yichidungbwa vipaji na achipata chiza na kukokoterwa hiku. C: Sambi chidzako udze unipatire hiro kombe ra mwarabu na pinguye. Maana kuna kombe ra mpemba na kombe ra mwarabu. Ra kunwa na ra kooga. Ala hee, chikala mudzifanya gago hata mudzimona kaana utu mundakudza lagula ye mutumia mwenye ye somoyo. K: Nindakudza mulagula uganga wani? Nimutiye ndalani? C: Eeh. K: Una kafyulamoyo mwakpwe mwirini? C: Ko kuzipata ziratu pesa, lakini achizipata kamanya zendaphi. Chikala tsivyo ambe tsivyo. K: Unambadze? Ni sawa? H: Ni jeri. ","mburuga,kombe,mwarabu,fyulamoyo,kutiya ndalani",1987/7/14 0:00:00

271,"占い","まり子の体調についての占い13","Chari"," C: Maana nihewapho ndipho nisemapho mino. Maana uchilagula kuku, be kuku ndikokala kundalagula kuratu. Sambi pesa yipate, umanye yino nayika. Unaidima kuzumbukirwa ni shida, hata kala ni ya gana mwenga au mairi. Ukamanya tsina wasiwasi. Ha chikala uchizipata, zinasira kare hovyo hovyo? H: Taire. C: Unamanya baye muhaso kaukala kumwenga. Na tsiku zizi utsambe kpwamba kuna muzungu, kuna mutaita, kuna muryangulo, kpwala kutu kakuricha utsai. Tsindakpwambira manji. Kanifanyire chiza cha mulungu na kadzungu ka mulungu. Na pingu ya mwarabu na nguoye ya chiremba na nguo ya mwarabu na ya mulungu ya mitse. ","mburuga,mwarabu,fyulamoyo,utsai,chiza",1987/7/14 0:00:00

272,"占い","まり子の体調についての占い14","Chari"," C: Ala nichikpwamba manji kukala kafanye ano maasai, kahi ni muduruma, kahi nini, aa nikulemba. Garatu manjine gandakudza tsiku zinjine, lakini mino nona phapha. (pause) Na yuyu mulungu kana mumwenga, ni chila mutu. Hata chamba unenda safari mpaka uvoye nyo mulungu kpwanza. Lakini chikala kupendeleya chitu dza chicho. Maana vyenda kukala unaamini sana chitu dza chicho. Na kisha hata kala udzima kukala kukubali chitu dza chicho uchidza amba unagbwirwa, unagbwirwa kare ati. Ala kano kafyulamoyo ukause, apate tsoga nyingaphi na mihi ya peho umuzizimise, ndo wonapho hata phenye chibarua phanakupha tabu. Hamamoto(H): Haa, nashukuru muno. ","mburuga,fyulamoyo,信心,mulungu,tsoga,mihi ya peho",1987/7/14 0:00:00

注釈


1 ソモ(somo)。名前を共有する者。2人の人が同じ名前を持っているとき、お互いをソモ(somo)と呼ぶ。ドゥルマの氏族名(dzina ra mbarini)、つまり特定のクランに所属していることで与えられる本名は、その数が限られているので、誰でも多くのソモをもっている。私は現地ではムエロの息子カリンボと名付けられていたが、子供を産むと長男であればムエロと、長女であればニャンブーラと名付けることが決まっていた。ムエロは、子供を産むとその一人にカリンボと名付けることになっている。
2 キティティ(chititi)。占い(mburuga)に用いる、中にトウアズキ(t'urit'uri)の実を入れた小型瓢箪のマラカス。
3 タイレ(taire)。2つの意味で用いられる間投詞。(1)施術の場で、その場にいる人々の注意を喚起する言葉として。複数形taireniで複数の人々に対して用いるのが普通。「ご傾聴ください」「ごらんください」これに対して人々は za mulungu「ムルングの」と応える。(2)占いmburugaにおいて施術師の指摘が当たっているときに諮問者が発する言葉として。「その通り」。
4 キマコ(chimako, pl. vimako)。「人を驚かせること・もの」。動詞 ku-maka 「びっくりする、驚く」より。しばしばチャムノ(chamuno)と同様に、病気の主症状を指すのにも用いられる。占い(mburuga, mulamulo)のコンテクストでは、占いの対象を指すのにこの言葉が用いられる。占いを諮問する相談者は、なんらかの「驚き当惑する」問題をもってきている。その問題が、家畜や他の財産に関するものか、人に関するものか、男女いずれに関するものか、などを占い師は言い当てるところから始まる。
5 チャリの父親はマラウで父系クランはムァニョータである。マラウとカリンボは同じ世代の名前で、互いにキョウダイになる。したがってチャリはカリンボにとって「我が子」になる。
6 チョーヨ(choyo, pl.vyoyo)。皮膚などの痙攣、ぴくつき。
7 キズング(chizungu)。動詞ク・ズングルカ(ku-zunguluka)「回転する、歩き回る」より。頭がくらくらする。目眩。ちなみに、白人はムズングmuzungu。「歩き回るもの」より。英語はキズングchizungu。
8 ヴオ(vuo, pl. mavuo)。「薬液」、さまざまな草木の葉を水の中で揉みしだいた液体。草木を水のなかで揉みしだく動作をク・ヴガ(ku-vuga)という。薬液は、すすったり、phungo(葉のついた小枝の束)を浸して雫を患者にふりかけたり、それで患者を洗ったり、患者がそれをすくって浴びたり、といった形で用いる。
9 ムルング(mulungu)。ムルングはドゥルマにおける至高神で、雨をコントロールする。憑依霊のムァナムルング(mwanamulungu)10との関係は人によって曖昧。憑依霊につく「子供」mwanaという言葉は、内陸系の憑依霊につける敬称という意味合いも強い。一方憑依霊のムルングは至高神ムルング(女性だとされている)の子供だと主張されることもある。私はムァナムルング(mwanamulungu)については「ムルング子神」という訳語を用いる。しかし単にムルング(mulungu)で憑依霊のムァナムルングを指す言い方も普通に見られる。このあたりのことについては、ドゥルマの(特定の人による理論ではなく)慣用を尊重して、あえて曖昧にとどめておきたい。
10 ムァナムルング(mwanamulungu)。「ムルング子神」と訳しておく。憑依霊の名前の前につける"mwana"には敬称的な意味があると私は考えている。しかし至高神ムルング(mulungu)と憑依霊のムルング(mwanamulungu)の関係については、施術師によって意見が分かれることがある。多くの人は両者を同一とみなしているが、天にいるムルング(女性)が地上に落とした彼女の子供(女性)だとして、区別する者もいる。いずれにしても憑依霊ムルングが、すべての憑依霊の筆頭であるという点では意見が一致している。憑依霊ムルングも他の憑依霊と同様に、自分の要求を伝えるために、自分が惚れた(あるいは目をつけた kutsunuka)人を病気にする。その症状は身体全体にわたる。その一つに人々が発狂(kpwayuka)と呼ぶある種の精神状態がある。また女性の妊娠を妨げるのも憑依霊ムルングの特徴の一つである。ムルングがこうした症状を引き起こすことによって満たそうとする要求は、単に布(nguo ya mulungu と呼ばれる黒い布 nguo nyiru (実際には紺色))であったり、ムルングの草木を水の中で揉みしだいた薬液を浴びることであったり(chiza11)、ムルングの草木を鍋に詰め少量の水を加えて沸騰させ、その湯気を浴びること(「鍋nyungu」)であったりする。さらにムルングは自分自身の子供を要求することもある。それは瓢箪で作られ、瓢箪子供と呼ばれる14。女性の不妊はしばしばムルングのこの要求のせいであるとされ、瓢箪子供をムルングに差し出すことで妊娠が可能になると考えられている15。この瓢箪子供は女性の子供と一緒に背負い布に結ばれ、背中の赤ん坊の健康を守り、さらなる妊娠を可能にしてくれる。しかしムルングの究極の要求は、患者自身が施術師になることである。ムルングが引き起こす症状で、すでに言及した「発狂kpwayuka」は、ムルングのこの究極の要求につながっていることがしばしばである。ここでも瓢箪子供としてムルングは施術師の「子供」となり、彼あるいは彼女の癒やしの術を助ける。もちろん、さまざまな憑依霊が、癒やしの仕事(kazi ya uganga)を欲して=憑かれた者がその霊の癒しの術の施術師(muganga 癒し手、治療師)となってその霊の癒やしの術の仕事をしてくれるようになることを求めて、人に憑く。最終的にはこの願いがかなうまでは霊たちはそれを催促するために、人を様々な病気で苦しめ続ける。憑依霊たちの筆頭は神=ムルングなので、すべての施術師のキャリアは、まず子神ムルングを外に出す(徹夜のカヤンバ儀礼を経て、その瓢箪子供を授けられ、さまざまなテストをパスして正式な施術師として認められる手続き)ことから始まる。
11 キザ(chiza)。憑依霊のための草木(muhi主に葉)を細かくちぎり、水の中で揉みしだいたもの(vuo=薬液)を容器に入れたもの。患者はそれをすすったり浴びたりする。憑依霊による病気の治療の一環。室内に置くものは小屋のキザ(chiza cha nyumbani)、屋外に置くものは外のキザ(chiza cha konze)と呼ばれる。容器としては取っ手のないアルミの鍋(sfuria)が用いられることも多いが、外のキザには搗き臼(chinu)が用いられることが普通である。屋外に置かれたものは「池」(ziya12)とも呼ばれる。しばしば鍋治療(nyungu13)とセットで設置される。
12 ジヤ(ziya, pl.maziya)。「池、湖」。川(muho)、洞窟(pangani)とともに、ライカ(laika)、キツィンバカジ(chitsimbakazi),シェラ(shera)などの憑依霊の棲み処とされている。またこれらの憑依霊に対する薬液(vuo8)が入った搗き臼(chinu)や料理鍋(sufuria)もジヤと呼ばれることがある(より一般的にはキザ(chiza11)と呼ばれるが)。
13 ニュング(nyungu)。nyunguとは土器製の壺のような形をした鍋で、かつては煮炊きに用いられていた。このnyunguに草木(mihi)その他を詰め、火にかけて沸騰させ、この鍋を脚の間において座り、すっぽり大きな布で頭から覆い、鍋の蒸気を浴びる(kudzifukiza; kochwa)。それが終わると、キザchiza11、あるいはziya(池)のなかの薬液(vuo)を浴びる(koga)。憑依霊治療の一環の一種のサウナ的蒸気浴び治療であるが、患者に対してなされる治療というよりも、患者に憑いている霊に対して提供されるサービスだという側面が強い。https://www.mihamamoto.com/research/mijikenda/durumatxt/pot-treatment.htmlを参照のこと
14 ムァナ・ワ・ンドンガ(mwana wa ndonga)。ムァナ(mwana, pl. ana)は「子供」、ンドンガ(ndonga)は「瓢箪」。「瓢箪の子供」を意味する。「瓢箪子供」と訳すことにしている。瓢箪の実(chirenje)で作った子供。瓢箪子供には2種類あり、ひとつは施術師が特定の憑依霊(とその仲間)の癒やしの術(uganga)をとりおこなえる施術師に就任する際に、施術上の父と母から授けられるもので、それは彼(彼女)の施術の力の源泉となる大切な存在(彼/彼女の占いや治療行為を助ける憑依霊はこの瓢箪の姿をとった彼/彼女にとっての「子供」とされる)である。一方、こうした施術師の所持する瓢箪子供とは別に、不妊に悩む女性に授けられるチェレコchereko(ku-ereka 「赤ん坊を背負う」より)とも呼ばれる瓢箪子供15がある。瓢箪子供の各部の名称については、図24を参照。
15 チェレコ(chereko)。「背負う」を意味する動詞ク・エレカ(kpwereka)より。不妊の女性に与えられる瓢箪子供14。子供がなかなかできない(ドゥルマ語で「彼女は子供をきちんと置かない kaika ana」と呼ばれる事態で、連続する死産、流産、赤ん坊が幼いうちに死ぬ、第二子以降がなかなか生まれないなども含む)原因は、しばしば自分の子供がほしいムルング子神10がその女性の出産力に嫉妬して、その女性の妊娠を阻んでいるためとされる。ムルング子神の瓢箪子供を夫婦に授けることで、妻は再び妊娠すると考えられている。まだ一切の加工がされていない瓢箪(chirenje)を「鍋」とともにムルングに示し、妊娠・出産を祈願する。授けられた瓢箪は夫婦の寝台の下に置かれる。やがて妻に子供が生まれると、徹夜のカヤンバを開催し施術師はその瓢箪の口を開け、くびれた部分にビーズ ushangaの紐を結び、中身を取り出す。夫婦は二人でその瓢箪に心臓(ムルングの草木を削って作った木片mapande16)、内蔵(ムルングの草木を砕いて作った香料22)、血(ヒマ油23)を入れて「瓢箪子供」にする。徹夜のカヤンバが夜明け前にクライマックスになると、瓢箪子供をムルング子神(に憑依された妻)に与える。以後、瓢箪子供は夜は夫婦の寝台の上に置かれ、昼は生まれた赤ん坊の背負い布の端に結び付けられて、生まれてきた赤ん坊の成長を守る。瓢箪子どもの血と内臓は、切らさないようにその都度、補っていかねばならない。夫婦の一方が万一浮気をすると瓢箪子供は泣き、壊れてしまうかもしれない。チェレコを授ける儀礼手続きの詳細は、浜本満, 1992,「「子供」としての憑依霊--ドゥルマにおける瓢箪子供を連れ出す儀礼」『アフリカ研究』Vol.41:1-22を参照されたい。
16 パンデ(pande, pl.mapande)。草木の幹、枝、根などを削って作る護符17。穴を開けてそこに紐を通し、それで手首、腰、足首など付ける箇所に結びつける。
17 「護符」。憑依霊の施術師が、憑依霊によってトラブルに見舞われている人に、処方するもので、患者がそれを身につけていることで、苦しみから解放されるもの。あるいはそれを予防することができるもの。ンガタ(ngata18)、パンデ(pande16)、ピング(pingu19)、ヒリジ(hirizi20)、ヒンジマ(hinzima21)など、さまざまな種類がある。ピング(pingu)で全部を指していることもある。憑依霊ごとに(あるいは憑依霊のグループごとに)固有のものがある。勘違いしやすいのは、それを例えば憑依霊除けのお守りのようなものと考えてしまうことである。施術師たちは、これらを憑依霊に対して差し出される椅子(chihi)だと呼ぶ。憑依霊は、自分たちが気に入った者のところにやって来るのだが、椅子がないと、その者の身体の各部にそのまま腰を下ろしてしまう。すると患者は身体的苦痛その他に苦しむことになる。そこで椅子を用意しておいてやれば、やってきた憑依霊はその椅子に座るので、患者が苦しむことはなくなる、という理屈なのである。「護符」という訳語は、それゆえあまり適切ではないのだが、それに代わる適当な言葉がないので、とりあえず使い続けることにするが、霊を寄せ付けないためのお守りのようなものと勘違いしないように。
18 ンガタ(ngata)。護符17の一種。布製の長方形の袋状で、中に薬(muhaso),香料(mavumba),小さな紙に描いた憑依霊の絵などが入れてあり、紐で腕などに巻くもの、あるいはライカのンガタが代表的であるが、帯状の布のなかに薬などを入れてひねって包み、そのまま腕などに巻くものなど、さまざまなものがある。
19 ピング(pingu)。薬(muhaso:さまざまな草木由来の粉)を布などで包み、それを糸でぐるぐる巻きに球状に縫い固めた護符17の一種。厳密にはそうなのだが、護符の類をすべてピングと呼ぶ使い方も広く見られる。
20 ヒリジ(hirizi, pl.hirizi)。スワヒリ語では、コーランの章句を書いて作った護符を指す。革で作られた四角く縫い合わされた小さな袋状の護符で、コーランの章句が書かれた紙などが折りたたまれて封入されている。紐が通してあり、首などから掛ける。ドゥルマでも同じ使い方もされるが、イスラムの施術師が作るものにはヒンジマ(hinzima21)という言葉があり、ヒリジは、ドゥルマでは非イスラムの施術師によるピングなどの護符を含むような使い方も普通にされている。
21 ヒンジマ(hinzima, pl. hinzima)。革で作られた四角く縫い合わされた小さな袋状の護符で、コーランの章句が書かれた紙などが折りたたまれて封入されている。紐が通してあり、首などから掛ける。イスラム教の施術師によって作られる。スワヒリ語のヒリジ(hirizi)に当たるが、ドゥルマではヒリジ(hirizi20)という語は、非イスラムの施術師が作る護符(pinguなど)も含む使い方をされている。イスラムの施術師によって作られるものを特に指すのがヒンジマである。
22 マヴンバ(mavumba)。「香料」。憑依霊の種類ごとに異なる。乾燥した草木や樹皮、根を搗き砕いて細かくした、あるいは粉状にしたもの。イスラム系の霊に用いられるものは、スパイスショップでピラウ・ミックスとして購入可能な香辛料ミックス。
23 ニョーノ(nyono)。ヒマ(mbono, mubono)の実、そこからヒマの油(mafuha ga nyono)を抽出する。さまざまな施術に使われるが、ヒマの油は閉経期を過ぎた、かつ夫と死別して夫がいない女性によって抽出されねばならない。ムルングの瓢箪子供には「血」としてヒマの油が入れられる。雨乞いにかつて用いられていたヒマの油も閉経期を過ぎた助成によって抽出されたものが用いられていた。死別の条件はなし。
24 ンドンガ(ndonga)。瓢箪chirenjeを乾燥させて作った容器。とりわけ施術師(憑依霊、妖術、冷やしを問わず)が「薬muhaso」を入れるのに用いられる。憑依霊の施術師の場合は、薬の容器とは別に、憑依霊の瓢箪子供 mwana wa ndongaをもっている。内陸部の霊たちの主だったものは自らの「子供」を欲し、それらの霊のmuganga(癒し手、施術師)は、その就任に際して、医療上の父と母によって瓢箪で作られた、それらの霊の「子供」を授かる。その瓢箪は、中に心臓(憑依霊の草木muhiの切片)、血(ヒマ油、ハチミツ、牛のギーなど、霊ごとに定まっている)、腸(mavumba=香料、細かく粉砕した草木他。その材料は霊ごとに定まっている)が入れられている。瓢箪子供は施術師の癒やしの技を手助けする。しかし施術師が過ちを犯すと、「泣き」(中の液が噴きこぼれる)、施術師の癒やしの仕事(uganga)を封印してしまったりする。一方、イスラム系の憑依霊たちはそうした瓢箪子供をもたない。例外が世界導師とペンバ人なのである(ただしペンバ人といっても呪物除去のペンバ人のみで、普通の憑依霊ペンバ人は瓢箪をもたない)。瓢箪子供については〔浜本 1992〕に詳しい(はず)。
25 あえて解説しなくても類推がつくかもしれないが、ムブルガの語りは一種の旅の比喩で組み立てられている。施術師は憑依霊に与えられるままに、いろいろな場所を移動しながら、そこで見えてくるものを報告する。一つ一つの場所は、相談相手が念頭に置いている患者が経験している問題や症状である。必ずしも身体の部分に限らない。職場でのトラブルも一つの場所、お金がすぐに無くなってしまうのも一つの場所である。
26 ングオ(nguo)。「布」「衣服」を意味する名詞。スワヒリ語も同様。さまざまな憑依霊は特有の自分の「布」を要求する。ムルングは「黒」(実際には紺色)の一枚布、憑依霊ドゥルマ人も同じ色だが、ビーズ飾りが違っている、シェラは赤い布など。多くはカヤンバなどにおいてmuwele27として頭からかぶる一枚布であるが、憑依霊によっては特有の腰巻きや、イスラムの長衣(kanzu)のように固有の装束であったりする。
27 ムウェレ(muwele)。その特定のンゴマがその人のために開催される「患者」、その日のンゴマの言わば「主人公」のこと。彼/彼女を演奏者の輪の中心に座らせて、徹夜で演奏が繰り広げられる。主宰する癒し手(治療師、施術師 muganga)は、彼/彼女の治療上の父や母(baba/mayo wa chiganga)28であることが普通であるが、癒し手自身がムエレ(muwele)である場合、彼/彼女の治療上の子供(mwana wa chiganga)である癒し手が主宰する形をとることもある。
28 憑依霊の癒し手(治療師、施術師 muganga)は、誰でも「治療上の子供(mwana wa chiganga)」と呼ばれる弟子をもっている。もし憑依霊の病いになり、ある癒し手の治療を受け、それによって全快すれば、患者はその癒し手に4シリングを払い、その癒やし手の治療上の子供になる。この4シリングはムコバ(mukoba29)に入れられ、施術師は患者に「ヤギと瓢箪いっぱいのヤシ酒(mbuzi na kadzama)」(20シリング)を与える。これによりその患者は、その癒やし手の「ムコバに入った」と言われる。こうした弟子は、男性の場合はムァナマジ(mwanamadzi,pl.anamadzi)、女性の場合はムテジ(muteji, pl.ateji)とも呼ばれる。これらの言葉を男女を問わず用いる人も多い。癒やし手(施術師)は、彼らの治療上の父(男性施術師の場合 baba wa chiganga)30や母(女性施術師の場合 mayo wa chiganga)31ということになる。弟子たちは治療上の親であるその癒やし手の仕事を助ける。もし癒し手が新しい患者を得ると、弟子たちも治療に参加する。薬液(vuo)や鍋(nyungu)の材料になる種々の草木を集めたり、薬液を用意する手伝いをしたり、鍋の設置についていくこともある。その癒し手が主宰するンゴマ(カヤンバ)に、歌い手として参加したり、その他の手助けをする。その癒し手のためのンゴマ(カヤンバ)が開かれる際には、薪を提供したり、お金を出し合って、そこで供されるチャパティやマハムリ(一種のドーナツ)を作るための小麦粉を買ったりする。もし弟子自身が病気になると、その特定の癒し手以外の癒し手に治療を依頼することはない。治療上の子供を辞めるときには、ただやめてはいけない。病気になる。治療上の子供は癒やし手に「ヤギと瓢箪いっぱいのヤシ酒(mbuzi na kadzama)」を支払い、4シリングを返してもらう。これを「ムコバから出る」という。
29 ムコバ(mukoba)。持ち手、あるいは肩から掛ける紐のついた手提げ、あるいは肩掛け編み袋。サイザル麻などで編まれたものが多い。憑依霊の癒しの術(uganga)では、施術師あるいは癒やし手(muganga)がその瓢箪や草木を入れて運んだり、瓢箪を保管したりするのに用いられるが、癒しの仕事を集約する象徴的な意味をもっている。自分の祖先のugangaを受け継ぐことをムコバ(mukoba)を受け継ぐという言い方で語る。また病気治療がきっかけで患者が、自分を直してくれた施術師の「施術上の子供」になることを、その施術師の「ムコバに入る(kuphenya mukobani)」という言い方で語る。患者はその施術師に4シリングを払い、施術師はその4シリングを自分のムコバに入れる。そして患者に「ヤギと瓢箪いっぱいのヤシ酒(mbuzi na kadzama)」(20シリング)を与える。これによりその患者はその施術師の「ムコバ」に入り、その施術上の子供になる。施術上の子供を辞めるときには、ただやめてはいけない。病気になる。施術上の子供は施術師に「ヤギと瓢箪いっぱいのヤシ酒(mbuzi na kadzama)」を支払い、4シリングを返してもらう。これを「ムコバから出る(kulaa mukobani)」という。施術師のムコバ(mukoba)には、施術に用いる装備品が入れられているだけでなく、施術から得られた収入も、すべてムコバに入れなければならない。そのお金は必要なものを購入する際には使うことができるが、黙って使用してはならず、必ず憑依霊たちにしかじかの目的に使う旨、許しを求めたうえでしか使用することはできない。
30 ババ(baba)は「父」。ババ・ワ・キガンガ(baba wa chiganga)は「治療上の(施術上の)父」という意味になる。所有格をともなう場合、例えば「彼の治療上の父」はabaye wa chiganga などになる。「施術上の」関係とは、特定の癒やし手によって治療されたことがきっかけで成立する疑似親族関係。詳しくは「施術上の関係」28を参照されたい。
31 マヨ(mayo)は「母」。マヨ・ワ・キガンガ(mayo wa chiganga)は「治療上の(施術上の)母」という意味になる。所有格を伴う場合、例えば「彼の治療上の母」はameye wa chiganga などになる。「施術上の」関係とは、特定の癒やし手によって治療されたことがきっかけで成立する疑似親族関係。詳しくは「施術上の関係」28を参照されたい。
32 キバジ(chipaji, pl.vipaji)。憑依霊の布(nguo26)に施されるビーズ(ushanga)の飾り。とりわけ縁飾り。憑依霊ごとに違いがある。図は、ムルング(mwanamulungu)の布と憑依霊ドゥルマ人の布のビーズ飾り。布本体はどちらも同じ紺色(ドゥルマ語では「黒」という)の布だが、ムルングの布は布の縁にビーズの飾り物が付けられるのに対し、ドゥルマの布の場合は、布の中心にビーズが十字に縫い付けられている。
33 コンベ(kombe)は「大皿」を意味するスワヒリ語。kombe はドゥルマではイスラム系の憑依霊の治療のひとつである。陶器、磁器の大皿にサフランをローズウォーターで溶いたもので字や絵を描く。描かれるのは「コーランの章句」だとされるアラビア文字風のなにか、モスクや月や星の絵などである。描き終わると、それはローズウォーターで洗われ、瓶に詰められる。一つは甘いバラシロップ(Sharbat Roseという商品名で売られているもの)を加えて、少しずつ水で薄めて飲む。これが「飲む大皿 kombe ra kunwa」である。もうひとつはバケツの水に加えて、それで沐浴する。これが「浴びる大皿 kombe ra koga」である。文字や図像を飲み、浴びることに病気治療の効果があると考えられているようだ。
34 ンダラ(ndala, pl.ndala)。施術師の治療場所。屋敷裏のブッシュを切り拓き空き地を作ってそこが施術の場所となっている。服喪(hanga35)に際して長老たちが座っている空間もンダラと呼ばれる。同義語にキタラ(chitala, pl.vitala)。
35 ハンガ(hanga, pl.mahanga)。「服喪」と訳しておく。死者を埋葬した翌日から数日間に渡って(期間はクランごとに、そして死者の死因によっても異なる)開催される「生(なま)の服喪 hanga itsi36」と、その数年後に開催される祝祭的色彩が濃い「熟した服喪 hanga ivu37」がある。
36 ハンガ・イツィ(hanga itsi)。死者の埋葬後、クランごとに日数は異なるが、死者の親族は数日にわたる喪にに服する。これがハンガ・イツィ(hanga itsi, 直訳すると「生(なま)の服喪」)である。死者の屋敷の人びとはこの間、椅子、寝台の使用が禁止され、大きな動作や大声も禁止され、地面の上で起居する。この間、連日屋敷の前広場では、キフドゥ(chifudu)と呼ばれる卑猥な内容の歌と踊りが催される。この「生の服喪」の数年後(残された集団の財力に依存する)、盛大な「熟した服喪 hanga ivu」が開かれる。死者の財産や未亡人の相続は、熟した服喪の後に行われる。
37 ハンガ・イヴ(hanga ivu)。直訳すると「熟した服喪」。死者のハンガ・イツィ「生(なま)の服喪」36の数年後に開催される。父系親族集団(ukulume38)はクラン(mbari)、ムランゴ(mulango, 「戸口」を意味する)、ニュンバ(nyumba, 「家、小屋」を意味する)、ムジ(mudzi39, 「屋敷」を意味する)に分節するが、ハンガ・イヴを開催するためにはニュンバレベルの話し合いで許しを得る必要がある。ハンガ・イブにはいくつものダンスや演奏集団が招待され(最近では車のバッテリで音響システムを駆動するディスコも人気だ)、主宰者の屋敷の周囲の広い敷地が会場になる。広い範囲から客が集まり、出店や簡易食堂なども出され、徹夜で賑わう。かつて(30年ほど以前)は、ハンガ・イヴを開催して初めて死者の財産や残された未亡人の相続が行われていた。死者の霊(祖霊 k'oma)に対する供犠は、ハンガ・イヴを開催したあとでしかできなかった(今日でも)。祖霊のもっとも執拗な要求は、早く自分のハンガ・イヴを開催せととの要求である。
38 ウクルメ(ukulume)。父系クラン。mbari ya kulume とも言う。母系クランは、ウクーチェ(ukuche)あるいはmbari ya kuche。ドゥルマはミジケンダの9グループのなかで、隣接するラバイと並んで二重単系出自のシステムをもつ。14ある父系クランはMwamweziおよびMurimaと呼ばれる二つのグループに分かれ、それぞれが7つのクランからなる。MurimaにはMwabeja, Mwanyota, Mwamukala, Mwalikuta, Mulaire, Mwachenda, Muchandaの7クラン、MwamweziにはMwadzine, Mwakai, Mwayawa, Muphande, Mwamundu, Mwatsangari, Mwachingodzaの7クランが属する。かつては父系的に継承されるのは土地とそこに生えている樹木、弓矢のみであった。家畜その他の動産はすべて母系相続されていた。
39 ムジ(mudzi)はドゥルマ社会における自律的な最も基礎的社会単位である。「屋敷」という日本語は裕福な家族が暮らす広い敷地をもつ大きな家屋のイメージであるが、mudzi(複数形 midzi)には家屋の大きさの含意はない。mudziの最小単位は一人の男性とその妻、子供からなり、居住のための小屋一つとその前庭、おそらくは家畜囲いがあるだけのものである。一夫多妻であれば、それぞれの妻が自分の小屋をもち、それらが前庭を取り巻く形で配置されている。さらにそれぞれの妻の息子たちが結婚し、自分の妻の小屋を父の小屋群の前庭の周辺にもつようになると、mudziの規模は大きくなる。兄弟たちは、父の死後も同じ場所に留まり、そこは父親の名前で「~のmudzi」と呼ばれ続ける。さらに孫の世代もということになると、mudziはほとんど集落、村と呼んでもおかしくないほどの規模になる。今日ではmudziの規模は小さくなる傾向にあるが、私が調査を始めた1980年代前半には、キナンゴの町とその近傍以外の地域では、こうした大きな規模のmudziが普通に見られた。そんな訳で「屋敷」という訳語は必ずしも違和感なく用いることができた。現在でもmudziが、その内部の問題を自分たちで解決する独立した自律的単位であることには変わりはなく、そうした自律した社会集団、周囲の世界(ブッシュ)とはっきり区別された小宇宙という意味で、「屋敷」という訳語を使い続けたいと思う。
40 フュラモヨ(fyulamoyo, pl.mafyulamoyo)。妖術の一種。ザイコ(zaiko)と呼ばれる薬によって掛けられる妖術。さまざまな症状を示す。特徴的な身体症状の一つが全身が痒くなって掻きむしること。しかし深刻なのはさまざまな「心理的」症状。動詞ク・フュラ(kufyula)は、「曲げる、(無理やり)向きを変えさせる」を意味し、モヨ(moyo)は「心、心臓」を意味する名詞。字義通り、人の心を変な方向に曲げてしまう妖術である。これにかかると、自分が居る場所が適切でないような気がして、どこかに行ってしまいたいような気がする、自己嫌悪、他人と一緒にいられない、などの異常な心的状態を呈する。学業不振、自殺、家庭内不和、離婚、新婦が逃げ出す、などはこの妖術のせいであるとされる。多くの種類がある。fyulamoyo renye, fyulamoyo ra p'ep'o,fyulamoyo ra dzimene, chimene chenye( mbayumbayu, mbonbg'e) etc.〔浜本, 2014:61-66を参照のこと〕
41 ムハソ muhaso (pl. mihaso)「薬」、とりわけ、土器片などの上で焦がし、その後すりつぶして黒い粉末にしたものを指す。妖術(utsai)に用いられるムハソは、瓢箪などの中に保管され、妖術使い(および妖術に対抗する施術師)が唱えごとで命令することによって、さまざまな目的に使役できる。治療などの目的で、身体に直接摂取させる場合もある。それには、muhaso wa kusaka 皮膚に塗ったり刷り込んだりする薬と、muhaso wa kunwa 飲み薬とがある。muhi(草木)と同義で用いられる場合もある。10cmほどの長さに切りそろえた根や幹を棒状に縦割りにしたものを束ね、煎じて飲む muhi wa(pl. mihi ya) kunwa(or kujita)も、muhaso wa(pl. mihaso ya) kunwa(or kujita) として言及されることもある。このように文脈に応じてさまざまであるが、妖術(utsai)のほとんどはなんらかのムハソをもちいることから、単にムハソと言うだけで妖術を意味する用法もある。
42 ムタイタ(mutaita, pl.ataita)「タイタ人」。ケニア海岸地方、タイタ・タヴェタ・カウンティに居住するバントゥ系農耕民。憑依霊にはこの名前の霊はない。
43 ムリャングロ(Muryangulo, pl.Aryangulo)。ケニア海岸地方の内陸部にいた狩猟採集民。Waata, Mboniなどとも呼ばれる。農耕民であるドゥルマの人々と交易関係にあったとも語られる。
44 ツォガ(tsoga, pl.tsoga| sing.lutsoga, pl.tsoga)。皮膚にカミソリなどで切り傷を入れ、そこに薬(muhaso)を塗りつける施術(kutsodza45)において、薬を塗り込まれた傷をツォガと呼ぶ。
45 ク・ツォザ・ツォガ(ku-tsodza tsoga)。妖術の治療などにおいて皮膚に剃刀で切り傷をつけ(ku-tsodza)、そこに薬(muhaso)を塗り込む行為。ツォガ(tsoga)は薬を塗り込まれた傷。ある種の憑依霊は、とりわけ憑依霊ドゥルマ人や多くのイスラム系の憑依霊は、自分の憑いている者がこうして黒い薬を塗り込まれることを嫌う。したがって施術には前もって憑依霊の同意を取って行う必要がある。そうせずにクツォザすることは患者を一層重篤にする。