手付の瓢箪子供を示すための「鍋」(カヤンバ付き) 1989/11/17

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概要

(from diary of 1989/11/17) カタナ君が、ちょうど小屋の前を通りがかったMurina氏に引き合わせてくれる。.... ちょうどNgonziniで治療をするからいっしょにくるかというので同行する。Ngonzini, Bekpwekpweの屋敷。帰宅は夜の8時になる。疲れたが、とても面白い経験。

カタナ君の紹介で、ムリナとチャリの夫妻と出会ったのだが、その場で施術に招待された。歩いて1時間程度の距離だったので喜んでついて行ったのだが、いったい何の施術なのかも知らずに行ってみると、話にだけは聞いてその存在を知っていた出産祈願のための瓢箪子供(mwana wa ndonga)についての施術だった。一連の施術からなるが、この日に行われたのは手付の瓢箪子供をムルングに示す「鍋」で、この施術自体は「鍋」治療と私が呼んでいる施術の一種である。これは必ずしもカヤンバ演奏を伴わなくてもよいのだが、この日の施術ではかなり本格的なカヤンバが用意されていた。

Bekpwekpwe の屋敷での手付の瓢箪子供をムルングに示す「鍋」のためのカヤンバ

フィールド・メモより

あまりにも簡単なメモすぎて、情けないのだが。

(from fieldnote of 1989/11/17) Ng'onzini の Bekpwekpwe の屋敷でのカヤンバ チャリに誘われて Ng'onzini の昼のカヤンバに同行する。 Bekpwekpweの妻は3人の子供を産んだ後子供ができなくなってしまった。 Nov.15 にmburuga に行き nyama によるものと分かった。 今日はそのためのカヤンバで、mwana wa ndonga を示して mulungu に子供を乞う(mwana wa ndonga wa kuvoyera mwana)である。

muwele は mulungu に憑依されているのでそこで golomokpwa する筈であったが、kavinire. そのうちチャリ自身が p'ep'o の言葉で喋りはじめ、一種の占いのような状況になる。 それによると utsai が介入しているので kavina なのだという。 まず kuphendula した後に、mwana wa ndonga が与えられることになるだろう。

カヤンバに先立ってムリナ氏によって chinu と nyungu が用意された。 chinu は戸外のバナナの木の下に据えられる。 屋内ではスフリヤに muhi をつめたnyungu と たらいに mavuo が用意される。
戸外のキザ(または「池(ziya)」)は、トウモロコシなどを搗くのに用いいる搗き臼を用いて、中に草木の薬液を入れる。浴びるためのものである。「鍋」の蒸気を浴びた後に、屋内のキザを浴び、外に出て戸外のキザを浴びる。このページ以降もときおり、こうしたスケッチが出てくるが、下手な絵であることはご了承ください。こうしたスケッチをしているときは、私がすごく手持ち無沙汰(誰にも相手してもらえない)で、写真も(初めての場所などで)遠慮しているときです。
ついで pingu が作られた。 以下を混ぜて黒い布片に包んで左・上腕に巻く。 (1) mitsanga: muwele をひなたに立たせて両手を広げさせ、地面にうつった影から頭部、胸部、両手の先、足の先とくるぶしのあたりの二ヶ所の土をとる。
午後5時ごろ。図で赤いバツ印がついている部分の土をごく少量ずつとる。おそらくライカのンガタだと思う。
(2) mihi: 細かく砕かれたmihi(種類はわからない) (3) mulungu の瓢箪の中身